じゃあ、オスマン帝国

歴史シリーズがリクエストされて充実してきてますね。今回はオスマン帝国について記事にします。長い歴史を持つだけでなく、評価が難しい国でもあるので、記事にするのにかなり苦労しました。

イスラム

オスマン帝国、という存在は「オスマントルコ」と呼ばれた時代がありましたが、そのトルコ人の帝国というわけでもなく、イスラム教という宗教に対して方向性が定まり、その勢力が拡大した、ということにあるでしょう。

そのイスラム圏がキリスト教圏まで拡大していき、半ば浸食しました。西欧、と定義されるオーストリア国境まで勢力を伸ばし、北アフリカも制したのですが、このラインが現代においても、一つの境になるのは面白いものです。

イスラム国、ISも特定の民族ということで連携する集団ではなく、イスラム教、という教義によって結束する集団であり、ISの存在がどうということは置いておいて、イスラムというのは強烈な連帯を持つ集団ですね。

現代においても、イスラムって特殊な集団であり、どこに行っても現地にすんなり同化することはなく、片田舎にモスクがいきなり出来て、近隣住民が異質なものがいきなり現れたことに恐怖する、という図は世界中どこでも見られ、閉鎖的な日本でもそれは同じです。

遊牧民

その起源にはいろんな意見があるようですが、トルコの遊牧民、オスマン一世が徐々に勢力を持ち、トルコを制し、アナトリア(イスタンブール)に政権を打ち立てた、ということは間違いないようです。イスタンブールはちょうどアジア、欧州の境目にあたり、欧州人にとっては最果て、という感覚なんじゃないでしょうか?

モンゴル発祥の元、との共通点は多くあり、遊牧民から発して、大きく拡張していき、従来の勢力圏を越えていったことですが、元には宗教という一体感がないことが違います。その為、オスマン帝国は欧州で同化しなかったのに対して、元は中国と同化していっています。

大きな共通点としては、遊牧民にある親族で最も優秀な人間が後継者になる、という風習があるため、話にならないような暗君は少なく、だからこそ、浮き沈みはあるものの、長らく政権維持をしており、産業革命、近代化により西欧諸国の力が圧倒的になるまで維持されています。

武力という点で考えた場合、近代兵器の登場まで馬、肉弾戦の強さはそのまま国力になったので、遊牧民がまとまって勢いに乗ると、とんでもない勢いで拡張するということなのでしょう。逆に言うと、科学的、技術的な進化はさほどしない民族なのかもしれません。

文化

オスマン帝国はトルコ人の帝国というわけでもなく、共通語がトルコ語だというだけで、トルコ系でない人も中央にいて、各地方では各地方の言葉が話され、自治権も与えられていました。意外なんですが、イスラムは国教ではあり、国の連帯なんですが、非イスラム圏の支配地域で改宗を強要したということでもありません。

絶対君主制で中央政権、監督官が各地に送られるものの、それなりに好きにさせていたので、激しい反乱が起こらなかった、というのはあるでしょう。今でもトルコ人はイスラムですが、緩いイスラムであり、豚肉は食べないが、酒は飲んだりするので、そういう緩さだったんのではないか?と思います。

文化的にはこれほど長い時代でありながら、さほど凄いものも登場しておらず、その辺も元と似ています。イスラム芸術などで一定の成果はあるものの、後世に大きく影響を与えたものは思いつきません。遊牧民の文化は良くも悪くも質実剛健であり、廃退的、耽美的な芸術は発生しづらいのかもしれません。

まとめ

第一次世界大戦での敗北がきっかけでオスマン帝国は衰退しているんですが、これは産業革命によって飛躍的進歩をした西欧との差を埋めることができず、力の差がつきすぎてしまったことにあるでしょう。それは中国、日本も同じことで、日本は明治維新によって近代化を急速に進めることで西欧の侵食を防ぐことができました。

オスマン帝国は負けた時に起こるお決まりの割譲、賠償、内部からの共和制への移行圧力がどんどん進んで、帝政が維持できなくなり滅亡する、という近代化が進みます。それ以降、トルコは強国ではなくなり、周辺国からの圧迫に苦しむに至り、未だに強国には戻っていません。

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