じゃあ、山本五十六

私は山本五十六が好きで折を見て、彼の生きざまを振り返ります。 彼の名言はシンプルかつ完璧に管理職、親がする最高の指導法を現していると思います。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

やってみせ

自分が出来もしないことを他人に要求するな、と言うことです。指導する人間ができないなら、その立場にふさわしくないです。どうしても、自分で出来ないなら、腰を低くして、一緒に学ぼう、という姿勢で部下に接するべきです。そうでなければ、部下に薄っぺらさを見抜かれ、信頼関係が崩壊します。

人生の中で成し遂げたことなど一つもない、他人に依存してきた人が自分の狭い知識、浅い経験の中で培った薄っぺらい理想像を部下、子供に押し付け、あれしろ、これしろ、と指導というより強制すると、本当に子供に嫌がられ、最悪の場合は絶縁状態になります。

言って聞かせて

何を求めているのか?どんなゴールがあるのか?組織の中でどんな役割のある仕事なのか?、をきちんと説明する必要があります。とにかくやれ!と偉そうに指示する人は嫌がれれますし、指示されたほうは何のためにやるのか理解していないので、やる気にならない、機転を利かせられない、ということになります。

人に説明するのは非常に大事で、自分がわかっているつもりでも、他人に上手く伝えられない、ということは実は理解していないのです。だから、自分のためにも論理的に状況を説明できるように頭の中を整理すべきです。

ただ単に勉強しろ!と言って、何のためにするのか、それが将来のためにどんな役の立つのか、どんな面白いところがあるのか、を理解させなければ、子供が勉強するわけがないです。また、納得していないことを強要しても、身にはなりません。

させてみて

頭で理解しているのと、実際に出来ることは全然違うので、させてみて、出来るのかどうかを確認する必要があります。もし、間違った理解をしていれば、そこで修正できますし、よりいい方法を助言することも出来ます。

机上の空論にならないようにやってみることが大事です。言うは易し、行うは難し、というのは100%本当で、かっこいいことならいくらでも言えるが、実際にやって、結果を出すのは大変です。

褒めてやらねば

日本人は褒めべたな人が多いですが、これは本当ダメな傾向です。よく出来た場合は褒めるべきで、出来なかった場合はなぜ出来なかったのかを一緒に考えるべきです。高い要求をしすぎて、文句ばかり言い続けると、最終的には反抗するようになるのが、下に付く人間の当然の感情です。

失敗しても、失敗したことを叱るのは間違いです。言ったことをやらずに失敗したなら、叱るべきですが、やろうとしたけど出来なかった、やったけど出来なかったのは仕方ないです。次回、同じ失敗をしないように一緒に対策すべきです。

まとめ

管理職とはこうあるべきだ、というモデルです。人に指導することに向いていない人もいて、そういう人は管理職にならないほうが周りのためです。下に付く人間は迷惑します。

問題は親になる人です。子供は親を選べませんし、全然管理職に向いていない人でも親になる人は多くいます。例え向いていなくとも、親の義務なので、努力をして、自分を節して子供を育てていくしかないでしょう。

苦しいこともあるだろう、言いたいこともあるだろう、不満なこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう、泣きたいこともあるだろう、これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。

人の上に立つということはこういうことなのでしょう。別に男でなくとも、女の修行でもいいと思います。人間だれしもが、人に立つのは難しく、それ以上に指導するのは難しいので、自分自身の修行と思って、接しないとうまくやることはできないのでしょう。

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、山本五十六” への 2 件のフィードバック

  1. 指導者やリーダーのすべき役割は、魚釣りで例えると
    「魚の釣り方を正しく教えること。」
    であると私は考えていますね。
    それが出来ない指導者やリーダーは、無能であると私は考えていますね。
    両親は、御子息や御息女に、以下のことを指導して育てるのが妥当であると私は考えますね。
    ①必要最低限の躾をして、何故躾が大切なのかを伝える
    ②何故勉強するのかを伝える
    ③勉強のやり方を伝える

    ②に関しては、以前シンさんが記述した
    「じゃあ、数学の重要性について」
    という文章を読むのが適切であると私は考えますね。

    1. 書いた私すら、忘れている記事を言及していただきびっくりしました。感謝の気持ちを込めて、少し編集して、再公開したので、改めて読んでいただけると幸いです。

      全くその通りです。
      魚を与えても、釣り具を与えても、子供のためにはならないのです。釣りのルール、目的、やり方を理解させて、魚を得て、暮らしを立てることを教えてあげることが指導する人間に求められることです。

      シン

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