じゃあ、誰でも出来ること

好きなことを仕事にする、といっても、それが誰でも出来ること、参入障壁が低いものだと、凄まじいレッドオーシャンで、よほど突き抜けて上手いか、まったく新しいことをしないとろくに収益化は出来ません。

文芸

義務教育を受けていれば、誰でも文章を書くことは出来るので、書いて発表したがる人は多いのですが、文芸雑誌の新人賞応募数は発行部数より多い、という冗談があるくらいで、読まないけど、書きたい人が溢れており、文芸は強烈なレッドオーシャンです。

売りたいと思うなら、まずは他の事で有名になって、知名度を上げてから書いた方がマシなくらい無名の人が書いても読んでもらえないし、まして、買ってもらうことなんて強烈に難しいです。(変な話ですが、私の記事、小説にお金を払ってくれる人がいることが驚きなくらいです。)

バブル以降に、本が売れなくなってから、出版社はあの手この手で色んな作家を売り出そうとして、人目を引く経歴の人に賞を与えて、時代のスターにしようとしていますが、バブル以降にデビューした作家で時代を代表するようなスターは一人もいません。

有名なお笑い芸人なり、AV女優が自分の仕事についての小説を書けば、それなりに面白いものが出来ますし、最初から他人の興味を引き付けているので、そこそこ売れます。そうじゃなくて、全然関係ないテーマで重厚なことを書いてくれると良いのにな、と思いますが、売らないとダメなので、売れ線を狙うのは当たり前でしょうね。

文章なんて売れていないのに、ブログ、電子書籍などで、誰でも自分の文章を発表できるようになったので、完全な供給過剰市場ですが、読むことが好きな人にとってはプロ、アマ問わずに面白い文章を選びたい放題、気が向いたらお金を払えばよくなったので、良い時代だと思います。

絵画

文章と同じようにどの程度の絵かを別にすれば、誰でも書くことが出来るので、これも寡占市場です。クラッシック絵画でなくとも、イラスト、アニメ、漫画と種類は色々ありますが、そのどれもが完全に供給過剰であり、どの業界も一部の大勝している人以外はワーキングプアです。

すでにデジタル処理の時代なので、写真をトレースすれば、それなりのイラストなんて誰でもかけるし、ソフトの使い方を学べば、誰でもイラストレーターになれるんですけど、そこに味がなければ、それを売るのは困難です。

文芸と比べると、漫画は売れているので、一発当てれば、一生好きなことをしていられるくらいのまとまったお金は入ってくるだけマシであり、夢があります。アニメ化、グッズ販売などの二次使用もされやすく、「バクマン」じゃないですけど、夢を追うには十分に市場がでかいです。

クラシック絵画なんかは画材にやたらお金がかかるだけで、市場が小さく、一般人が画廊に行って、絵画を買うことなんてまずありえないし、美術館にも、なにかしらの機会がないと行くことはないので、これで食っていくのはほとんど無理な世界です。

文芸と比べると、手間がかかるので、値段も高めですが、それは仕方ないでしょう。私の記事は15-30分でかけますが、パターン化した似顔絵スケッチくらいしかそんな短さではかけませんから、高くするしかないでしょう。ソフトが進化したとはいえ、普通の安いパソコンどころか、スマフォでかける文章よりもお金がかかります。

文芸、絵画と比べると、圧倒的に才能がものをいう世界なのが歌で、生まれ持った声質、声量、声域を努力によって広げることはほとんど無理であり、歌うために生まれてきたような人でないと一流になることはありません。

だから、この分野では女性の天才が少なからずおり、誰がどう聞いても、ガツンと刺激されるような歌声の人だと、デビューして、すぐにスターになり、そのまま一流になり、伝説になっていく人がほとんどです。

そして、上手いだけなら、上手い歌手はいくらでもいるんですけど、独特の声をした人である必要があり、長い下積み、継続の結果、一流といえるような実績を上げる人はほぼゼロであり、完全に才能です。

確かに誰でも歌うことは出来るので、他の分野の有名人が歌を歌って、そこそこ売れることはありますが、一流に成ることはありません。星野源さんなんかが継続によって注目されて、売れている例かもしれませんが、一流とはいえないだろうと思います。一昔前だと福山雅治さんみたいなものです。

Youtubeで世界的スターになったジャスティン・ビーバーさんみたいに、ともかく圧倒的に上手くはなくても、見た目を含めてキャッチーであるなら、すぐに売れるし、普通のオバサンのスーザン・ボイルさんだって売れます。(彼らは市場の大きい英語ネイティブということもあります。)

日本人でオンライン上からスターになった人はいませんが、十分可能性はあり、単に圧倒的に才能を持った人が歌っていないだけで、そのうち出てくるのだろうと思います。American Idolみたいなもので、すごければ、その場でデビューが決まりますからね。

まとめ

誰でも出来ることの中でも、特に文芸は誰でも気軽に手を出してくるので、凄まじいレッドオーシャンであり、そう簡単に収益化は出来ません。だから、文章そのものを売ることを諦めて、まったく関係ない怪しいグレーゾーンの金融商品、情報商材を売り煽ったり、利益率の高い転職サイトへの誘導をするわけです。

歌と違って、文芸、絵画なんかは大して才能がなくとも、ずっと黙々と続けることで味が出てきて、新境地に至り、それを応援してくれる人が徐々に出てくることもあるのですが、ほとんどの人はそれほど好きではないので、黙々と出来ないのです。そして、単に過激なやり方で注目を浴びる炎上商法に手を出します。

好きなことで生きていく、と言うのは簡単ですが、本当に好きなことでないと、ほとんど黙殺された状態が延々と続き、何の評価どころか、反応が得られなくとも、ずっとやり続けられないなら、いくら世の中が変わって、収益化の方法が増えても、応援してくれる人は現れないものです。

行き詰って、好きなこととは関係ないことで収益化しようとすれば、目的と手段が入れ替わり、応援してくれる人がどんどん減ってますます荒んでいきます。なんでもそうなんですけど、お金が絡んでくると、それを上手く使いこなせないと、お金に飲み込まれていきます。でも、収益出来ないと、継続も出来ないので、本当に難しいです。

私自身がたった三年、全力疾走したことがないので、改めて思いますが、圧倒的な熱量がないと、突き抜けられないどころか、たった三年も続けられないのです。当たり前のことを当たり前にやるのがいかに難しいのか?、と言うことです。

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投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、誰でも出来ること” への 10 件のフィードバック

  1. 亡くなった方の遺品を整理していると、俳句や川柳、陶芸品や水彩画なんかの作品が出てくることが多いです。
    小さい子は大概絵や粘土細工が好きですし、人は本来創作や表現が好きなんだと思います。
    老人の場合は暇つぶしってゆうのも大きいかもしれませんが 笑

    継続のために収益化は必要だと思うんですが、それ以前に、好き、楽しむという感覚が無いと結局は続かないような気がします。
    なので私はあまりカリカリ収益化やサイトのPV数のことばかり考えないようにしようかなと思いました。
    あくまで「継続」の方が目的なんですけど、収益にこだわってしまうと目先の小銭にばかり目が行き、つまらなくなりそうです。

    それよりもある程度自分勝手に好きなものを描いて、変なたとえですけど
    「休日にプラモデルに没頭するような感覚」の趣味として続けたいと思います w

    でも、やっぱり誰からもなんの反応もないとつまらないので、ある程度作品が溜まってきたら同じような絵が趣味の人達とコンタクトを取ってみようかと思ってます。
    盛り上がるだろうし、学ぶことも多いように思います。

    これがガチの仕事だと「競合相手」になるので気軽に情報交換できませんが、趣味だとそういう方向も有りかなと思っています。

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    1. そうなんです。

      最近、楽しいことを沢山見つけたい、と思っていて、ブログ以外にも新しくやり始めたことがあります。人は何かしらを作る方が好きだし、新しい場所を見たり、経験したりするのが好きです。それを斜に構えるのでなく、楽しめばいいのだと思っています。

      目的は継続であり、収益化、注目は手段なので、手段と目的が逆になって、自分を追い込むことをしたくないです。

      シン

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  2. いわゆる通常芸術と呼ばれる分野はどれもレッドオーシャンですね。
    それでもやっていて楽しいので、その道を選ぶ人は絶えないんだろうなーと思います。

    カルテットというドラマのセリフに「20代の夢は男を輝かせるが30代の夢はくすませるだけだ」というセリフがありましたが、まったくそうだと思います。しかし30までにロクな職歴がなければ人生詰んでしまうので、何かしら技術をもった上で趣味として続けていくのがまともな考えですね。
    ちなみに私は東野圭吾さんのファンなんですが、彼は地元の府立大学工学部出身でデンソーで働いてたこともあり、技術は持ってます。余談ですが、シンさんの一人一揆で若い女に欲情するシーンがありましたが、東野圭吾さんのそれと同じくらいリアリティがあるなと思いました。

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    1. 寝食に困ってもやりたいくらい熱量があるなんて、それはそれで才能なんですよね。少なくとも私は絶対に嫌ですが、それでもやり続けた人っています。

      東野圭吾さんのような人気作家と比較されるとこそばゆい感じですが、リアリティのないストーリーは自分が入り込めないし、読者さんが入り込めるわけありません。自分の身を重ねるようなストーリーを書きたいです。

      シン

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  3. シンさんの記事が大好きでファーストステージからのファンです。文章の行間にいつまた止めてしまうのか、と心配になりますが、読者層の幅が増えてシンさん自身が面白いと感じ続けないと継続は難しですが、これからも応援してます。

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    1. このブログは議論があって、私が面白くないと継続が困難になるので、幅広い読者さんが様々な意見を言ってくれる環境づくりが必要です。だから、誰でも思うことを率直に言えるように、私自身も率直でありたいです。

      よろしくお願いします!

      シン

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  4. 声優の専門学校やライトノベルの専門学校ができてますが、絵を描かなくてもいいことや役者のように稽古がいらないからだと思いますが、参入障壁が低いので逆に才能の世界です。

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    1. 芸事で、個人的に師匠を持つならともかく、学校なんていっても食い物にされるだけです。情弱だから、声優、ラノベが誰でも出来る簡単なことに思えるんでしょう。そういう弱さを狙われて、お金と時間を奪われます。

      シン

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  5. 作家の全盛期・・を考える事があります。
     例えば劇団。第三舞台、チームNacsなど非常に面白い舞台がありましたが、同じ戯作者の次回作は失速し、そのまま復活する事はありませんでした。
     また、宮崎駿氏もピークは随分前(カリオストロの頃が最後の輝きだと思います)で、後は延々雰囲気アニメを作り続けていたと思います。若い頃、たぎっている頃にある程度表現してしまうと、あとは描きたいものや情熱が無くなっていく・・これは自然な事なのかなと思います。年を取ると割といろんな事がどうでも良くなって行きます。
     熟年期を過ぎてもアイディアやパワーが衰えなかった人は、もともとアイディアが沢山あるタイプなのか・・そういう質なのか・・そういう人は多くはないと思います。画家やクラシック作曲家は比較的年齢が行っても衰えない人が多い気がします。消耗度合いが違うのでしょうか。

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    1. 新しい芸を作るのはすごいパワーがいるので、デビューから数年が最盛期で、あとは惰性で続けていくことが多いです。もっと言うと、継続による昇華でなく、元から持っている才能、アイディアの爆発が新しい芸なので、プロのミュージシャンでも楽器の演奏が素人レベルの人は少なくないです。彼らって演奏のプロでなく、作品のプロ、パフォーマンスのプロなんですよね。

      古典的な芸は職人みたいなところがあり、長く続けることによる味みたいなものがあるので、才能が枯れたということはさほどないのかもしれません。

      シン

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