じゃあ、潰れる会社

潰れる会社って段階があり、すぐに潰れるわけではないです。徐々に経営が蝕まれていって最後は死に至ります。

産業構造

世の中は常に変化しているので、創業当初に正しかった路線をずっと続けても、どこかの時点で変わっていく必要があり、これはきわめて難しいです。ゼロからはじめるわけではないので、有形無形の財産を生かして、第二、第三の創業をすればいいのですが、誰でも出来ることではありません。

創業の魂である軸を変えろ、ということではなく、やり方を変えなければ成らないということで、軸が変わってしまうと、それはそれで危機に陥ることが多いです。ソニーみたいに「面白いもので世間をあっと言わすんだ!」とい社是がなくなり、社内官僚の巣窟になれば、仮に上手く行っても、それはメーカーではないんですよ。

例えば、創業時はいくつかの大口と契約が取れて、そこにベタつきの営業をしていれば、それで仕事が成立していたとしても、その大口が産業構造の転換で経営危機になる、従来のモノ、サービスがいらなくなる、発注システムが変更になる、担当者レベルで考えが変わってきたりします。であるなら、それを見越した上で現実にあった商売に転換する必要があります。

でも、業務転換をするのは創業者でなく、二代目、三代目、サラリーマン社長だったりするので、そう簡単にいかないのです。苦労して起業を成功させた人物でなく、単に引き継いだだけの人はそこまでのパワーはなく、前例主義で今までと同じことをしてしまうからです。そして、現実、前例がどんどん乖離することで、売上規模がどんどん落ちて、縮小の一途ということになります。

現実逃避

企業の使命は増収増益であり、そうでないと、社員(株主)を納得させるだけの待遇を用意できないからです。月給20万円もらっている新入社員は5年したら、30万円欲しくなるし、200円で買った株主は300円になることを当然望みます。逆にそうでなかったら慈善事業になってしまいます。

この大原則はトヨタ自動車だろうが、零細企業だろうが同じことであり、増収増益が達成できないと、どんどん会社は暗くなっていき、若くてやる気のある社員は退職し、単にしがみついているだけの中高年ぶら下がり社員で溢れてくるようになります。将来への希望が持てなければ、若い人は辞めるに決まっています。

経営者は限られた売上で利益を出そうと、必要な費用を削ってくるので、給与は上がらない、新規投資、メンテナンスをしない。不安をかき消そうと、部下を怒鳴り散らしたりするので、どんどん泥沼に陥って、どんよりしたブラック、グレー企業になっていくわけです。

オーナー企業だと、オーナーがキツイ現実と向き合うのを止めて、趣味事業にのめりこんで本業をろくに省みなくなったり、社員も仕事をろくにせず、まったく仕事と関係ない遊び、さぼりを勤務時間にやるようになり、それを上司も黙認して、誰も真面目に仕事しなくなります。そうなると、実質的に破綻したのと同じです。あとは時間だけの問題です。

それでも、日本では雇用の流動性が低く、根拠なく勤務先を信じ込んだり、心中することが美徳とされるような習慣があるので、完全に奴隷となっても、社畜根性の染み付いた社員が辞めないので、ゾンビ企業のように市場から必要とされなくなっても、なんとなく存続するわけです。

キッカケ

最終的には何かしらの大きな事故、事件が発生して、それがキッカケとなって破綻へと進みます。リコールだったり、粉飾決算だったり、腐った風土が当たり前になって、それが世間に明るみにでて、どうにもこうにもならなくなってようやく倒れます。

それまではなんとなく存続しているのが日本企業なんです。多くの日本企業は借金を嫌うので、借り入れで資金をぶん回しながら突き進むことは少なく、売上が伸びなくなると投資もしなくなったり、払うべきものを払わなくなるので単に社員の待遇を下げていけば、すぐには倒産しないのです。

これが中華だったり、アングロサクソンだと、待遇が下がった時点で、多くの優秀な社員が退職をするので、かなり早いテンポで会社が回らなくなるのですが、日本人は技術的、能力的に立派な人でも、自分の待遇に対して無頓着で明らかにおかしな条件提示も飲んでしまうので回ってしまうんですよね。

外的なきっかけがないと動けないのが日本人の悪い癖で、内的に「これはダメだな。」と思っても、動かないし、そのまま思考停止させて居座ってしまうので、新陳代謝は行われず、一度、風向きが変わると、誰もがおかしいと思っているのにどんどんおかしな方向に突き進むのが国民性なんです。

まとめ

傍目から見ても、こんなバカなことをしている会社が良く生き残れるよな、と思うような日本企業は多いです。また、日本には何でこんなバカな会社にしがみついているのかわからない人も多いです。これを外国人になぜかと聞かれても、「そういう国民性だから。」としか説明できません。

第二次世界大戦に突き進んだ時もこんな感じだったんでしょうか?まともに現実を知る人なら、とてもアメリカと戦えることなんて出来ないことくらいはわかっていたはずなのに、上に習え、と無茶振りをこなして、ボロボロになってしまったわけです。もっと現実的な対処はできなかったのだろうか?、と思います。

その当時の人は今の日本人と同じように明らかにおかしいと思いながらも、何の行動にも起こさず、ただ、付き従っていたんだ、と答えるのだろうと思います。まあ、後付けで色々言う人はいますが、その時に声を上げるのは勇気がいるし、私とて、匿名、ネットという形でないとなかなか言えません。意味のわからない根性論で怒り狂う人がいるから面倒なんですよね。

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、潰れる会社” への 14 件のフィードバック

  1. 会社をたたむタイミングって難しいと思います。
    利益剰余金がマイナスになる、純資産がマイナスになるなどして倒産を選択する、不渡りを出して否応無しに倒産になるなどありますが、業績のいい時にうまく畳んだ話はあまりありません。
    倒産した会社のBSに興味が出てきました。

    1. 理想的には経済規模の拡大がなくなった時点で事業をたたんでしまうのがいいですが、それを認めるのは辛いから強引に新事業を立ち上げて継続してしまうんですよね。現状維持していると、時間の問題で縮小に向かいます。

      期限、資金を決めて拡大に取り組んでダメならスパッと諦めるのが正解なんですが、期限無制限、資金は行き詰まるまで、というダラシない計画になりがちです。

      東芝を例にすると、まともに戦える事業はインフラ産業機器くらいのものでした。半導体すら巨額投資による回収期というだけで競争力があるとも言えない事業なので原子力に手を出したんですよね。

      まだ上手くいっているが時間の問題で行き詰まるから畳んで綺麗にしました、という例は思い浮かびませんね。

      シン

  2. 潰れる会社の特徴として前例踏襲主義や事なかれ主義があると思いますが、甲子園開会式に参加した高校生たちにその一端を見たように思います。

    開会式でスピーチ役のおっさんが、高校野球は仲間同士で支え合うスポーツです云々と喋っています。その矢先に先頭でプラカード係を務めていた女子高生が暑さで突然バタっと倒れましたが、1名を除いてそのすぐ周りにいる人たちもスピーチのおっさんもボーっと突っ立って何もしないままです。むしろ邪魔そうな顔をしています。スピーチの内容を考えると酷い皮肉です。

    こういう思考停止した高校生たちが真夏の炎天下で全力疾走をして、アウトになるのがわかっていても無理やりヘッドスライディングをして、泣きながら甲子園の砂を持って帰るという様式美を求める人たちがまだいるのかなと思うとちょっと気持ちが悪くなってきました。

    1点収穫として、軍隊式野球を標榜して悦に入っていたとあるチームの監督が、かき氷を球場で食べていた相手チームをたるんでいると批判していましたが、その相手チームがサクッとそこに勝ってくれたのは良かったなと思います。意味不明な文化が消えていってくれるとうれしいですね。

    1. Garfieldさん
      私もその山口県の高校野球の記事を読みました。

      勉強、仕事、スポーツいずれも共通することですが軍隊式で強制するだけではダメである程度やり方を自分で考えて自分に合う方法をやらないとうまくいかないですよ。

    2. 山口県の下関国際高校ですよね。あの監督さんの意見に私は大いに共感しました。本当に共感したので意見も長くなりますがお許しください。
      あの監督は、
      「文武両道」はありえない、とか、
      「自主性」には任せない、などいいこと言ってます。
      そりゃあ、一部の子は「文武両道」ができたりしますし、できる子なら「自主性」に任せてもよいと思いますが、大多数の凡人には「文武両道」なんて無理だし、「自主性」に任せてたら10年経っても何も進みません。勿論、しょぼい「文武両道」ならできますよ、例えば、低レベルの大学に進学しつつ、3年間部活そこそこやりましたとか。その程度ならありでしょう。
      でも、甲子園出場と東大京大レベルの大学に合格なんてほぼ無理です。稀にいるのでしょうが、それは生まれつき優れた頭脳と恵まれた身体能力を持っている人だけに限られます。つまりは「文武両道」なんてのは机上の空論に過ぎないと私は思います。実際、灘や開成は甲子園には出ることはないです。野球に限らず、他のスポーツでもインターハイ上位には進学校なんてまず見ません。たまにまぐれで出ると大騒ぎになるくらいですから。

      狂ったような練習にしても、凡人に毛の生えたような人しかいない高校が、身体能力に優れたスポーツエリートをかき集めた高校に野球でせめて互角程度に張り合おうと思ったら、合理性や科学的なアプロ―チではどうあがいても無理でしょう。もう、狂うしかないですよ。ここで、自主的に狂えるならいいのですが、そこまでの狂気は普通の高校生にはないので、誰かが強制して狂わせるしかないです。そして狂った結果、甲子園に出場という結果を出せたのだし立派だと思います。
      狂った高校生だって、これでスポーツ推薦で大学に行きやすくなるし、就職するにしても甲子園出場という肩書があればその辺の高校生よりは遥かに有利ですし、恨むところはないです。仮に甲子園に出なくとも、狂いまくって練習した結果、それなりに強くなったという成功体験を得ることができます。この高校は、偏差値36なので、成功体験のある子なんてほぼいないと思われます。仮に3年間を「自主性」に任せて過ごしたら、「どうせ俺なんか」とあきらめ癖のついた高校生しか生み出しません。

      そういう意味では監督さんは素晴らしい教育者だと思います。凡人どころか凡人よりも劣る程度の子を鍛えに鍛えて、並以上にはしてくれてます。勿論生まれついて素晴らしい才能のある人間なら潰れてしまいますが、そういう人はこの高校にはいかないので問題はないです。

      実際、私の子供も偏差値36くらいだったらこういう高校で朝から晩までしごいて貰いたいと思います。
      「狂うほどに練習したらそれなりにうまく、強くなるものなのだ」という成功体験を持って高校を卒業できるわけです。これはデカいですよ。

      だから、一部の生まれついての才能のある人は別として、凡人には人生において、このような無茶なことをする時期も必要ではないでしょうか?

      1. 文武両道は難しいと思いますね。
        愛知県の野球選手を輩出するくらいのスポーツの高校の校長先生が言ってたことですが、体育会系の部活やるなら腹を括って入部しろって言ってましたね。その後の進学を諦めろと言わんばかりです。
        その校長は、進学校の校長も経験したのですがそのころは部活は5時までで1日はオフがあるというあくまでも部活は教育の一貫だという方針でした。

        1. 高校に見合った教育をしてる良い校長先生ですね。
          「自主性」や「文武両道」を適用するには、公立中学で言えば最低限偏差値65程度はないと無理でしょう。これって10人いたら上から1、2人くらいですよ。県立トップ校または準トップ校に合格できるような子供たちなら、ある程度は「自主性」に任せてもよいし、「勉強だけじゃなくて部活も頑張れ」くらいは言ってもよいのだと思います。

          1. 774さん
            Garfieldさんは1000人に数人程度の高度な知性を持った方なんですよ。このような自分で考えて試行錯誤出来る人にとっては体育会式って違和感アリアリなんだと思います。774さんのおっしゃる通り、放っておいたら何もしないし、試行錯誤できる能力の無い人にとっては体育会式はうまくはまるんだと思います。
            これはゆとり教育の失敗にも言えると思うのですが、ゆとり教育がうまくハマるのって上位数%くらいの子供達だけだと思うんです。そうした子供たちは親や先生が勉強を強制しなくても自分で課題を見つけて問題集を解いたり、博物館や図書館に出かけて興味のあることを積極的に調べて、自身の特性をどんどん伸ばしていけると思うんですよ。残りの95%以上はゆとり教育だと、宿題が減っても結局ゲームしかしないっていう残念な結果に陥ってしまうんです。
            さらに残念なことにゆとり教育をうまくこなせた教員って教員全体の数%くらいだったと思うんですよ。特に総合的学習の時間なんて普通の先生は何をやって良いのだろうって途方にくれていたと思うんですよね。つまりその教員自身にも自分で考える力が決定的に欠落していたっていう・・・。子供の自主性や積極性を伸ばす教育を標榜しておきながら、それを教える教員自身に自主性や積極性が無かったんです。本当に能力のある先生はゆとり教育以前から灘、麻布、開成の教員に代表されるように、独自の教材を開発しユニークな授業を進めて結果も出していました。(生徒の基礎的な能力が非常に高いこともあるでしょうが)

            そうした背景から上位数%の子供達や先生達にとっては大変申し訳ないんだけど、ゆとり教育は公教育全体の観点で見ると失敗で、従来式に戻ってしまったのです。できる子は公立中学に期待しないで私立中学に行ってねということです。
            つまり全体の平均を上げるのであれば、体育会式も詰め込み式も一定程度の効果はあるのでしょう。
            残酷ですが個性を主張できるのって、能力のある人にしか許されないんですよ。

        2. 色んな人間をまとめる管理的立場を経験すると考えが変わります。
          低偏差値高校でも、部活で死ぬほど鍛えられた体育会系ってすごく優秀なんです。
          以下体育会系のメリットを述べます。
          1.「練習すればうまくなる」という成功体験があります。
          プロとかそういうのとは程遠く、「自主性」もなく、ただやらされてただけに過ぎないのかもしれません。それでも、「やればうまくなる。やればできる」という体験があるのは非常に重要です。低偏差値高校出身者はこれがないものが大半です。だから努力しません。
          とにかく、一番でかいのはこれです。「成功体験」は人を育てるのです。
          2.なんだかんだで礼儀正しい。
          挨拶の声がでかいです。また、「この人は管理的立場だ」と認識すれば従います。さらに、「この装置は大切だから丁寧に扱ってね」、というと、その通りにします。低偏差値高校出身者はこれすらできません、それどころか、人の話を聞けません。毎朝の朝礼で話をするときに、ふらふらしてまともに話を聞くこともできないんです。
          3.努力するときはしてくれる(子もいる)
          危険物や、特殊ガスなどの資格が必要なとき、私が個別に教えたりすることもあります。
          今日仕事終わったら、勉強会やるから集まれる人は集まりなさい、というと、集まってくれます。あまり飲み込みは早くはないのですが、とにかく頑張ってくれます。結局、簡単な資格(危険物乙種とかたいしたものではありません)でもちゃんととれるのは体育会系の子たちです。また、部品加工の○○加工士みたいな資格もきちんと取得してくれます。一度、聞いてみたことがあるのですが、「部活に厳しさに比べれば楽勝」的なことを言ってました。
          4.結構周囲を大事にする。
          ホリエモンみたいな人にはワンピースかよwみたいに笑われますが、エリートから見ればそりゃそうでしょう。でも凡人なら仲間と協調しないとだめではないでしょうか。体育会系は意外と面倒見が良いです。

          これらのメリットを体感すると、なぜ企業が体育会系を評価するかがはっきりとわかります。
          もちろん。一流大卒しかいないような環境なら、「体育会系?DQNでしょ、はーんw」てな感じでしょうが、高卒もいるような職場だと体育会系の良さが身に沁みます。

          話は変わって、アメリカのスラムなんかだと、黒人に生まれたら薬の売人になるか、ギャングにでもなって撃たれて死ぬか、あるいは撃ち殺して刑務所に入るかのいずれかしかないのですが、仮にこういう子を集めて寮にぶちこんで日本式の部活で鍛えたらきっと真人間になるのでしょう。
          このように考えると日本の教育で最も偉大なのは体育会系ではないかと思います。
          体育会系は日本の誇りだと思いますよ。

          1. メリットばかりなので、私が見た体育会系のデメリットも上げます。
            1.マウンティング
            とにかく序列をつける癖があります。上には従いますが、下には横暴な面が出ます。そのため、鬼軍曹的な立場以上にはなりにくいです。工場なら、○○班長や○○工程の組長とかまでです。(大企業ならそれでも年収700-800万にはなるので、悪くはないです)
            この欠点は体育会系の礼儀正しさの裏表なので、改善は不可能と思います。これを改善すると礼儀正しさもなくなりますからね。
            2.目の前のことばかりやりたがる
            「自主性」をあまり育ててこなかったつけのようにも思いますが、あまり長期的な視野がありません。「成功体験」が目の前にある言われたことをしっかりやる、ということから来ているのでこれも改善しにくいです。

            体育会系の2大欠点は以上になります。これらの欠点はありますが、配属と使いどころを間違えない限りはかなり優秀なので、企業では重宝されるのは間違いないです。
            偏差値50以下の高校を出た普通の子たちは、メリットがなくデメリットばかりなので、それに比べれば月とスッポンですから。

          2. <アメリカのスラムなんかだと、黒人に生まれたら薬の売人になるか、ギャングにでもなって撃たれて死ぬか、あるいは撃ち殺して刑務所に入るかのいずれかしかないのですが、仮にこういう子を集めて寮にぶちこんで日本式の部活で鍛えたらきっと真人間になるのでしょう。

            アメリカのスラムの黒人が、非行に走るのは、貧困や家庭環境が悪いからじゃないですか?
            それなら、経済的・教育的支援をすればいいだけです。
            無理やり、寮にいれて体育会系教育をするのは、人権侵害です。
            そうすれば、真人間になるという根拠が僅かでもありますか?
            礼儀正しいといっても、自分より強い立場の人間に対してだけでしょう。
            自分より強い人間には服従し、自分より弱い人間(後輩など)には、パシリにするカスみたいな人間の割合が増えるです。

            また、自主性が育たないので、頭脳労働には不適で、ロボットのように指示されたことだけをやる仕事にしかつけないです。
            本人が、そういった仕事につくことに、不満がないならいいですが、本人の希望を聞かずに、無理やり体育会系の教育を受けさせるのがいいというのは、間違いだと思います。
            私立高校は、まだ本人の意思で入学するものなので、まだいいかもしれないが、この発言は老害だと思われても仕方ないと思います。

  3. 774さん
    >1.マウンティング
    とにかく序列をつける癖があります。上には従いますが、下には横暴な面が出ます。

    この下関国際高校の監督の相手の高校に対して、敬意や謙虚さが足りない態度がたたかれるのだと思います。

    1. 774さん

      体育会系に限らず・・・ですが
      >デメリット
      過去の成功体験を忘れられない

      確かに成功体験は大事だと思いますが、結果は水ものと割り切ることも必要だと思います。
      下関の高校の例を挙げるなら、たまたまいくつかの状況が重なって、甲子園出場を果たすことが出来たのであって、狂ったように練習したことではないはずです。今回、かき氷高校に負けたしても、その結果のみで否定することも間違っていると思います。それに偏差値なんて私は何の評価もしていません。偏差値36という数字は、そのテストの内容について「何も知らない」と示しているに過ぎません。

      体育会系が優秀なのは、死ぬほど鍛えられたからではなくて、努力しなければ何も得られないということを知っているからではないですか?努力は結果に結びつくよう工夫しなければ無駄になる、と散々言われていることでしょう。私はブラック企業や鬼軍曹が嫌いなので、精神論に繋がりやすい考えは否定的です。

  4. 〉色んな人間をまとめる管理的立場を経験すると考えが変わります。

    これに尽きますねw

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