じゃあ、キャリアダウン

サラリーマンのキャリアアップについては語られますが、キャリアダウンについて語る媒体は少ないです。私の経験から書いてみようと思います。歳をとるごとにキャリアアップは困難になり、脱落していくことは大前提であり、上手いダウンの仕方を覚えておくといいと思います。

土俵

サラリーマンとして二十代は種まき期間であり、色んな方法で経験を積んでいきます。学校に通ったり、就職したり、転職したりと様々です。この時点での一貫性はさほど求められません。若いんだから仕方ないよね?、という反応をする人がほとんどだからです。

サラリーマンとして頂点に立った、と言ってもいいGoogle、ピチャイ氏とて、迷走時期はあり、学校を出て始めた仕事は材料エンジニアですし、次はコンサル、そして、当時IPOしたばかりのGoogle入社と手当たり次第にキャリアを積んでいます。

ただ、ピチャイ氏は三十そこそこの若さでGoogleに部長クラス入社を果たしているのです。これは現在のGoogleではほぼ無理だと言えます。彼くらいの経歴の人は珍しくないので担当レベルでしか採用されないでしょう。

当時、IPOでファッキューマネーを手にして会社を去った創業期に入社したコアメンバーの隙間を埋める形でまだまだ発展途上のGoogleを選んだところが彼の先見の明を讃えるべきでしょう。リスクを取らなければ、リターンもないのです。

つまり、三十代になり初めての転職、異動、任務が上手くいってキャリアアップの土俵に乗ったということであり、ここが失敗したらキャリアアップはかなり難しくなります。取れる道は三つ、足掻いてみる、ニッチポジションを狙う、キャリアを諦める、です。

ここで、種まきすらしなかった、種を蒔いたが、花は咲かなかった、という人はキャリアは諦めるしかありません。この時点での下方集団にいるなら、そこからのサラリーマン人生は厳しいものになるでしょう。

待遇が横ばい、ダウンさせながら職を転々とさせたり、後輩に先に行かれ、それを黙って見ながら淡々と生き残る為の算段をするなり、半ば投げやりにその場しのぎで感情の赴くままにやっていくことになります。

成果

三十代半ばになると成果を求められます。その人の代名詞になるような成果がないならキャリアアップは出来なくなります。先頭集団は管理職、専門家になってますから、まだまだ修行中では通りません。成果がないならもう負けた、ということです。

成果を上げられず、逃げるようにMBAに行くとか、資格に走るとか、脈絡なしに異業種に行くとかする人もいますが、もっと悲惨なことになることがほとんどです。ここで時間とお金を浪費すれば、キャリアどころか、プライベートもメチャクチャになる可能性が高くなります。

ここまで来ると、キャリアダウンも受け入れるしかなく、縁の下の力持ち的なポジションとか、社格、規模、待遇を落としてポジションを上げるとかして現実と向き合っていく必要があります。この時点で逃げ切り態勢に入るのは難しいですから、なんとか戦える場所を探すでしょう。

稀ではありますが、大企業の平社員が格を下げてマネージャーポジションを掴み、次の機会で大企業にマネージャーとして復帰、というケースもなくはありません。ただ、同年代は一つ、二つ先に行っているため、中団復帰が精々でしょう。

盛り

四十代に入ると、勝敗は決しています。先頭集団は部長クラス、人によっては役員になってます。ピチャイ氏は四十代で雇われ社長に抜擢されてますし、長期政権を狙うなら、この時点で登らないとトップ中のトップにはなれません。

ここで本格的なキャリアダウンが始まります。日系だとキャリアの脱落者から片道出向、転籍が始まります。外資だと待遇を明らかに落として転職をしたり、過去の資産を食いつないでサラリーマンにしがみつく人も多くなります。

ファッキューマネー、それに近いくらいの資産を築いて、セミリタイア的な仕事をしだす人も多くなり、逃げ切り態勢を意識して行動し出すようになります。お金でなくとも、今までに作った人間関係、技術などを切り売りしながら生きていきます。

売るものがない人は組織にしがみつくしか無く、ピエロを演じて上に媚びたり、常に不機嫌になり周りを威圧したり、腫れ物になることで触られないようにするわけです。外資だとこういう人は解雇ですが、日系だと、腫れ物、お局になるのが身を守る方法なんです。

終活

五十代になると、キャリアの終活です。オーナー、長期政権の絶対君主になった人以外は転籍、リストラ、お荷物になります。今まで日系では彼らを面倒見るから平穏が保たれていたんですが、これが壊れて殺伐としてきましたね。

ここまでに何が出来るのか?という話で、何にも出来てないなら不安になり、イライラするか、あえて考えないようにして現実逃避することになります。ここで初めて若さとは極めて重要な財産であり、取り返すことができないことを実感するでしょう。

キャリアが完全に終わっても、ここからの人生が意外と長いんですよ。年金をもらうにも10年以上ありますし、子供にお金がかかる時期でもあります。今までの有形無形の貯金が物を言います。これから蓄えることなど出来ません。

まとめ

キャリアダウンも早め早めの対策が大事だと思います。いつまで働くつもりなのか?どういう形態で働くつもりなのか?どこに集中すれば、収入を確保できるのか?を見据えながら競争から離れるべきだと思います。

最初から競争に参加しないのも手ですが、ある程度は努力して貯金を作っておかないと、本当にダラダラ組織にしがみつくのも大変です。周りに嫌がられ、尊厳を傷つけられながらも働くのは楽ではありません。

一番ダメなのは中途半端に競争に参加して、出世に色気を出しながら、全力疾走もせず、投資だ、投資だ、と限られた時間、お金を手当たり次第に使ってれば、競争に負けたことを強制的に認めされられた時の絶望、準備のなさに呆然とするしかないでしょう。

日本ではしばらく終身雇用、年功序列が続き、日本人はキャリアダウンのモデルケースを見てきていません。なんとなく勤務先に定年まで面倒を見てもらえると、根拠もなく信じ込んでいるわけです。そして、裏切られて精神崩壊します。

若者は自分の身を守る為に努力していくことを選ぶのではなく、最低保障のついた医者、終身雇用制度を維持している公務員を漠然と目指している衰退国家、日本ですね。いつまで過去の貯金を食いつぶすだけでやっていけるのでしょうか?

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CI
4 years ago

終身雇用の崩壊は結構前から言われていて、不安に襲われましたが、
ずっと不安な気持ちを持ち続けるのは苦しいですし、思考停止しても解決にはなりませんから、
もし、将来リストラで収入が大幅に減少した想定で、どれくらいの生活レベルを保てるか計算したところ、ある程度維持できそうと見積れました。
不安と向き合い、対策を練ることで不安が軽減しますね。

そして、リストラの想定はあくまで最低限の確保であって、その上でどういった目標を立てるか考えます。

収入源を会社の賃金だけに頼るのではなく、インデックス投資による資産形成を実施し、
会社でのポジションが一定以上保てているか意識し、真っ先にリストラ対象とならないようにし、
本業ではできるだけ他でも通用する専門性のある仕事をすることを目標としています。

次は目標に向けて行動するのですが、それほど努力家でないことを自分でよく理解しているので、この目標に対しては1日15分だけ努力するとか、
時間を区切り、ルーチン化し、毎日コツコツと長く継続できるよう努めています。

これが私の不安の思考を目標に変え、行動に移すプロセスですね。

若者の多くが公務員になりたいというのも不安に対する行動だと思いますが、
公務員になるためにコツコツと努力する能力があるのであれば、別の道を模索してもとは思いますけどね。

まあ、これは自分を変えるための方法であり、他人に変わって欲しいということではないです。

5+
千兵衛
4 years ago

今回はあまり語られていない切り口でキャリアダウンについて書かれていますね。キャリアダウンという考え方自体持ち合わせていなかったのでとても参考になりました。

ただ、今自分が考えるべきはキャリアアップだろうと思い少し質問したいのですが、僕たちの世代のキャリアアップについてシンさんはどうお考えですか?

僕が働き盛りであろう10~15年後には現在40~45歳の方々が企業の年長者になっています。しかもその世代は人口ピラミッドの山にあたる部分で役職やポジションが相当詰まっているでしょう。かたや老人を支え、仕事場では上を目指しにくいとなると働く意欲も湧いてこなくなりそうです。国が法律を変えたり、新たな政策を打ち出したりするかもしれませんが自分がコントロールできない外部要因に頼るのは人として情けない気がします。自分でコントロールできる範囲を広げつつ、キャリアアップをしていくにはどうすればいいでしょうか。『じゃあ、若者に』に通ずるものがあるかもしれませんが回答して頂けると嬉しいです。

0
くろねこ
Reply to  千兵衛
4 years ago

>僕が働き盛りであろう10~15年後には現在40~45歳の方々が企業の年長者になっています。しかもその世代は人口ピラミッドの山にあたる部分で役職やポジションが相当詰まっているでしょう。

→この世代は、人口が多いのに就職氷河期だったので、大企業などまともな企業に就職できた割合が上の世代に比べてとても少ないのです。
運が悪い世代です、そういう意味では今の若者世代は恵まれてますね。

4+
4 years ago

国、組織に頼らない技術ってなかなかないですよね。
資格、公務員は全滅ですし。

1+
ニコ
4 years ago

会社の評価について秘書室の事務のお姉ちゃんと話をしてたことがあるのですが、そこで事務のお姉ちゃんの評価と昇給が高いのが気になりました。
そもそも、事務なのでお客さんいないので失敗がないし、仕事内容も難しいわけではないため評価されやすいのかなと思いました。
技術部門や営業部門と事務を一緒にして正規分布から相対評価を行うってのは、数学の点数と社会の点数を比較するみたいな話ですね。

2+
ぬるりと生きたい
4 years ago

耳に痛いテーマを書いて下さりありがとうございます。

多分、皆さま方が考える転職理由(給料を上げる、高い役職に就く)と
私の転職理由(やりたい仕事ができなくなる、上司に意見が通らなくなる)が違うので
これから書く内容は脱線になるかもしれません。

私にとって仕事とは会社の資源を使い、会社に収益をもたらす自己表現です。
その結果、少なからず成果(金銭面)を上げてきました。

しかし自分のペースで仕事が進めなくなる都度、転職を繰り返した結果
浅く広い業界知識と研究開発経験を身に付けました。
反面、日本ではこれ以上転職できなくなりました。
(日本国内の日系企業が転職回数が多い人間を忌避することは周知の通り)

その後、縁があって海外の求人先からこれまでより高い待遇を頂くことができました。
(先方は過去の知見を基に発展させた価値を生み出すことを期待しているようです)

私は部下を用いて『組織全体で売上目標を達成する』仕事が苦手(というか興味がない)です。
可能ならば一生涯、価値を掘り起こし・生み出す仕事を続けたいと考えています。

そこで皆様に問いたいのですが、キャリアの終着点は『管理職』『マネージャー』が絶対ですか?
(いわゆる部下を持ち、部門・組織を運営する立場)
私のように個人の力量と知見で価値を生み出すキャリア(≒専門職?・技術職?)はダメでしょうか?
(ダメという質問が不適切なら、一般的ではないでしょうか?)

空気読みと社内政治だけが社会に対する価値(=社会で生き残れる方法)ではないのでしょうか?

お暇がありましたら、ご意見頂ければ幸いです。

5+
ぬるりと生きたい
Reply to  シン
4 years ago

ご回答ありがとうございます。

私の少ない経験ですが、日本の企業で部下なし専門職のキャリアパスはありませんでした。

加えて管理職が私のような専門職(的な)の成果を横取りするケースが見受けられました。
(私が作った技術成果を基に製品企画化した上で閑職へ追いやる)

だから価値を生み出した個人に対し評価が得られる環境で働きたいと考えます。
残念ながら日本で縁があった企業にそのような環境は僅かでした。

最後に後進の育成には一切興味はありません。
能力と意思がある若者ならば、手を差し伸べなくとも、独力でチャンスを掴み成長しながら成果を掴むのでないでしょうか。
私もこれまでもがきながら少ない機会を掴み現在まで生きてきました。

1+
ぬるりと生きたい
Reply to  シン
4 years ago

おっしゃる通りです。
結局は「自分に合ったキャリアパスで生きる」に尽きると思います。

※人材ニーズが多い分野に限る。

0
ぬるりと生きたい
Reply to  シン
4 years ago

この先生きのこるために、以下を心がけながら生きるつもりです。

1)キャリアの整理。
2)語学能力の向上。
3)職務能力の研磨。

1)は自身の商品価値を整理するため、
2)は日本以外で生きていくため、
3)は自身の商品価値を高めるために必要と考えます。

能力を発揮できる環境で成果を提供し対価を得るのが自然な姿でしょう。
十分な環境と対価が提供できない地域に
住み続けることで、残り少ない人生を無駄にしたくないです。

日本社会から十分、様々な経験をする機会を得ました。次は別の地域で引き続き突き抜け続ける予定ですw

0
CI
Reply to  ぬるりと生きたい
4 years ago

> 私のように個人の力量と知見で価値を生み出すキャリア(≒専門職?・技術職?)はダメでしょうか?
> (ダメという質問が不適切なら、一般的ではないでしょうか?)

日本の企業は長らく年功序列で給与を決定してきましたから、そもそも人事がその人の専門性を査定して給与を決定する能力がないんですよね。
ですから、突き抜けた技術を持っていたとしても、報酬に反映することが出来ず、外資系に高い報酬を提示され引き抜かれても、引き留めることもできないわけです。

うちの会社には高い報酬を出す仕組みはないから仕方がないとあっさり諦めるわけです。
これでは日本の企業は新しい価値を生み出すことができなくなり、徐々に衰退していくわけです。

1+
ぬるりと生きたい
Reply to  CI
4 years ago

以前在籍していた会社(誰もが知っている大企業のグループ会社)で先輩にこんな事を言われました。
「あんたの代わりは募集すればいくらでも手に入る」

30年近く在籍した前任者が産み出せなかった成果を数年で作り出した私に対するコメントがこれでした。

功績に対する評価と、人材活用の不合理を実感した一例でした。

4+
ぬるりと生きたい
Reply to  CI
4 years ago

個人が生み出した技術的な成果を基に事業化したにも関わらず、成果に対する見返りの代わりに与えられたのが冷や飯でした。

私の恨み節ばかりになりますが、成果に対する見返りが日本社会で得られないなら、国外で働くのもアリかと思います。

日本で共倒れになるくらいなら、能力を活かせる人間から出て行き、税を払う価値がある国・環境で能力を発揮し対価を得る生き方こそ、違いの幸せにとって有意義ではないでしょうか。

組合と労働法に守られながら定年まで生きるだけの人生も、家族や自身の生活を守るためには有意義かもしれませんが、私には合わないようですw

0
dw
4 years ago

トヨタ社長が「終身雇用は難しくなった」と明言しましたね。経団連の会長に続き、権威ある人の言葉なので重いです。

キャリアダウンには恐怖を感じますがきちんと考え、準備をしていかなければいけませんね。キャリアについてはそれぞれの実力に応じた対応策がありますが、皆に共通して必要なのは「人格」と「支えてくれる人たち」だと思います。
人格が出来ている人は年を重ねても尊敬されますし、いうことを聞いてもらえます。また、人生はピンチがつきものですので、そのときにちゃんと支えてくれる家族も大事な資産ですね。(なんだか、抽象的なことを言ったような気がしますw)

6+
ぬるりと生きたい
Reply to  dw
4 years ago

dwさま

貴方のコメントを読んだ結果分からないことがあります。

〇『人格が出来ている』とありますが、具体的には何を指すのでしょうか?
 (道徳・規律を順守すること?他人に優しいこと?)
〇『支えてくれる人たち』とありますが、これは不変のものだとお考えでしょうか?
 (会社など組織に根ざした『人たち』?血縁・地縁に根ざした『人たち』?)

私見ですが『人格』も『支えてくれる人たち』も、
自身の能力と力量を前提に得られる結果だと思います。
 (能無しの貧乏人と付き合っても、面白くもないし得もない)

追伸 『終身雇用は難しくなった』のは産み出した価値に比例した
   対価を提供しない日本型企業が辿る当然の結果ではないでしょうか。
  (十分な売上・利益がないのに、これまで同様に給料を支払えないのは当然では?)

2+
dw
Reply to  ぬるりと生きたい
4 years ago

ぬるりと生きたいさん

「人徳がある」と言い換えてもいいかもしれません。
具体例は様々ですが、貴方の周りでもいませんか?人間ができている人。
いくら仕事ができてもパワハラ上司だったり、コミュ障だったりしたら切られやすいです。

「支えてくれる人たち」とは、家族のことを指しました。不変のものではないですが、いい家族はつらいときに支えてくれるものです。
ですので、それらを若いうちから身に着けておく(=準備しておく)必要があると思いました。

「目に見えやすいお金や健康だけではなく、人間関係もきちんと構築しておかなければダメだよ」ということです。当たり前ですね。

1+
ぬるりと生きたい
Reply to  dw
4 years ago

dwさま

コメントありがとうございます。

私の経験上、パワハラ気味かサイコパス気味な方が権力を持つケースを多く見てきたせいか、失礼ですが「人間ができている方」が上に立っているケースが信じられません。

家族や仲間を大事にする事ですが、経済的・社会的に満たされている(例えば、公務員や大企業で働いておられる方々)ことが前提で、その上で積み上げられる「礼儀作法」のようなものだと考えます。

日本社会のレールから脱落しなかった「きれいな」方々には必要なことかもしれませんね。

1+
dw
Reply to  ぬるりと生きたい
4 years ago

ぬるりと生きたいさん

言いたいことがなんとなく分かってきました。ですが、ありていに言って視野が狭いと思います。
まず私は「上に立っている人」などと限定していません。上に立つ人で人間ができてる人はたくさんいますし、下っ端でも人間ができている人の方が人徳で残ることはあるでしょう。
あと、社会的に満たされてる人でなくても、家族に支えられるシーンは数多くあります。
健康を崩したときはもちろん、転職先を探すときなど、家族にサポートしてもらうことは多々ありますよ。つまり「きれいでない」人も家族に支えられることは当たり前のようにあります。

私は至極当然のことを書いているつもりなので、なぜ理解されないのかさっぱり分かりません。
「人徳、支えてくれる家族、これらはキャリア同様大切な資産です」と言ってるだけなのですが。。

7+
しゅうまい
4 years ago

自分が生み出した成果に対する社内の評価が、市場で得られると思われる評価と大きく乖離していると確信があるのであれば、速やかに転職してしまうのが一番だと思います。

日本の状況はわかりませんが、通常本当に市場で評価される技術や成果があるのであれば、自然と業界内で評判が伝わりヘッドハントの声が早晩かかるはずです。もし声が掛からないのであれば、自分の業界内でのネットワークが弱いか、自分で思っているほど技術や成果が市場から評価されていないかのどちらかです。

特にLinkedinが普及してからは、常に自分のスキルと経験を市場に晒すことができるため、定期的に他社やヘッドハンターから来る誘いの話を聞くことで、市場は自分に今いくらまでなら払うのかモニターすることができます。大きな乖離が見られるようになった際には、現在の雇用主と報酬やポジションの再交渉を持ち掛け、払えないなら他社に行くだけです。

6+
ぬるりと生きたい
Reply to  シン
4 years ago

シンさま

ご指摘ごもっともだと思います。
大卒後1社目の上司は、まさにそれで、可愛がられた結果、多くの機会を頂き、結果を出すことができました。 加えてキャリアの基礎になる多くの知見を積む基礎も得られました。

反面、上司のあしらい方が下手なので、「自分がしたい仕事」を取ることができず、2社目以降は相性が良い上司と巡り合うまで転職を重ねてきました。

今回の海外転職は、トップがこの我が強い性格を認めた上で、これまでよりも多い待遇・報酬で採用して頂きました。

「突き抜けた」仕事だけでは茨の道を歩むしかないことを承知でこれまで生きてきました。「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、気質は容易に変わるものではありません。

今のところ、これで生きてきた結果、報酬は横ばいですが、職種を変えずにこれまで転職を重ねられました。私にとって仕事(結果が出せる環境でこの職種で働く)は生きがいなので、報酬より重要なのです。

「人格者」については、良い実例に巡り会えたら納得できるかもしれません。期待はしていませんが。

0
ぬるりと生きたい
Reply to  しゅうまい
4 years ago

しゅうまいさま

おっしゃる通りだと思います。

ヘッドハンティングするには程遠い価値だから報酬が上がらないのだと思います。

しかし私の職種は相対的に少なく、採用してもらうだけでも大変なのです。だから「環境を変える」ことが目的ならば報酬が上がらなくても良いのです。(結果、環境は変わらなかったのですが)

0
ぬるりと生きたい
4 years ago

dwさま

おっしゃる通り、視野が狭いかもしれません。

職務に突き抜けた生き方をしてきたため、「人」については勉強不足だと思います。

これまでの経験上、職場に長く居つくのは「仕組みを属人化」させた牢名主的なパワハラorサイコパス上司か、「気遣い風味の風見鶏」な先輩が目立ちました。

面倒見が良い人格者は少数ながらいましたが皆、冷や飯を食っていました。

家族に支えて頂いた点は同意です。こんな私に対しても有形無形の支援をして頂きました。だから今回も新しい道へ進めます。

しかし家族以外の他人様とのご縁は、残念な結果が多かったです。よってこのようなコメントになりました。

お気を悪くされたなら、失礼しました。

0
ぬるりと生きたい
4 years ago

ここにおられる皆様の大半は、青少年期にお勉強を重ねた結果
日本の世間でいう『良い学校』を卒業され、『良い会社』で
活躍されている方が多いと思います。

しかし青少年期にお勉強をする機会を逃し、『良い学校』を卒業し
『良い会社』へ入る機会が得られなかった方々は人生終了なのでしょうか?

このブログの上半面において、18歳までに努力して良い大学に入れると、
将来安泰だと娘に教えているようですw
https://blog.tinect.jp/?p=11030

実際、その通りでしょう。
司法試験に受からなくとも、帝大卒業ならば
同学のつてで職にあぶれることもないです。

しかし青少年時代にお勉強しなくとも、気が付いたとき、
必要になったときに『学び』を始め、『なりたい自分』をつかむ
そのような人生もあると思いますし、そのように生きたいです。

文章を見たらわかると思いますが、青少年期に学ぶ機会・動機が得られず
日本社会とも馴染めなかった私にとって、この社会に嫌悪感を持っています。
(そのような方々は他にもいるでしょう)

加えて安全な身分・安全な立場にいる人間が発する
『きれいごと』に対しても嫌悪感を感じます。
(いわゆる公務員や帝大卒、大企業、労働組合の人間が発する『道理』)

あとコスパのみを追求した生き方も不快感を感じます。
(帝大卒の知り合いはコスパを追求して司法試験に臨みましたが合格しませんでしたw)

年を重ねるに従い、キャリアの限界が来ると思います。
その時までに、自分の立ち位置の落としどころを探し出し
長く自身の生きがいと生計を維持できる居場所が見つけることが
幸福に繋がるのだと思います。

皆様、率直なコメントを頂きありがとうございました。

0
ニコ
Reply to  シン
4 years ago

シンさん
本当にその通りだと思います。
公務員なら安泰かと言われてますが、変な人間をクビにできないのでそんな連中と一緒に仕事して精神的に病む人がいると聞いたことあります。
大企業でも仕事が楽な部署には、パワハラで追い出された人が配属されてきたりと安定した環境ではありません。

0
ぬるりと生きたい
Reply to  ニコ
4 years ago

大企業や公務員は、ヘンテコな上司でも数年経てば配置転換で消えます。

でも中小零細では上司がヘンテコだと、転職以外に逃げられません。
(大企業、公務員から中小零細まで経験はあります)

だから大企業・公務員も安泰ではないというコメントがありましたが相対的に恵まれています。
(研修も充実してますしw)

しかしどこで働いても日本にいる限り、能力と成果に対し待遇で報いて貰えませんでした。

私の場合、良いパトロンを見つけるしかないようです。

0
ぬるりと生きたい
Reply to  シン
4 years ago

超ドメスティックな家庭環境のお陰で日本以外の世界を知ることもなく青少年期を過ごした結果、学びの価値を知らぬまま成人になりました。

その後、必死に学び、キャリアが積めそうな職につきましたが、世渡りで躓き海外で働くことになりました。

海外の友人は皆、母国語+英語が話せることが普通です。これを知ったのはほんの数年前です。恥ずかしい話ですが事実です。

日本国内だけで今後も生きていけないのに、日本国外で生きていく力を与えない教育。

同じ会社で奴隷奉公ができないと、切り捨て非正規へ転落させる社会。日本社会・国家にとって日本人とは奴隷なのでしょう。

私はこれからもこのような日本の社会を憎みながら日々の生活を通して学び・成長していきたいと思います。

(これくらいの背水の陣を敷かないと海外でやっていけないw
)

0
ぬるりと生きたい
Reply to  シン
4 years ago

日本が憎い気持ちは、私にとって燃料です。 燃料がないと突き抜けて走り続けられません。

落ち続けたくなければ走り続けるしかありません。これまでもこれからも走り続けるでしょう。

在職中にも縁があり助け舟の提案を頂きました。それに甘んじれば居場所はありましたが、自分の生き方と異なる道へ進みたくないのでお断りしました。

経験を基に「幅を知る」事が自分の居場所を知る近道だと考えます。だから海外就労が理想郷などとは思っていません。ただの「自身の幅を広げる機会」に過ぎません。

若くもなく年老いてもいない私ですが、今回の海外就労の場で、業務経験だけでない「新しい気付き」を手に入れ、引き続き自身のキャリアを発展させるつもりです。

1+
マグナム
Reply to  ぬるりと生きたい
4 years ago

ぬるりと生きたいさま
>ここにおられる皆様の大半は、青少年期にお勉強を重ねた結果
日本の世間でいう『良い学校』を卒業され、『良い会社』で
活躍されている方が多いと思います。
>このブログの上半面において、18歳までに努力して良い大学に入れると、
将来安泰だと娘に教えているようですw

⇒受験勉強という苦行を乗り越えたご褒美として、『良い学校』⇒『良い会社』の流れがあると認識する方が、
高卒や私大文型の方には多いと思います。
しかし、東大を始めとする上位層、及び理系の人は、そもそも勉強が好きな人が多いのではないか、と考えています。

私自身も、模試で思うように点が取れない時は絶望しそうになりましたし、古文単語の暗記や、計算問題は苦痛でした。
ただ、趣味でやるハードな部活と同様に、何だかんだ楽しかったです。

運動が嫌いな人には、フルマラソンの市民ランナーが理解されないのと同じだと思います。

2+
ぬるりと生きたい
Reply to  マグナム
4 years ago

マグナムさま

今の私には「フルマラソンの市民ランナー」の気持ちは分かりますよ。しかし青少年期には分かりませんでした。

その「勉強が好き」になったのは必ず機会や動機があったはずですよね。これらの機会がない限り、意欲的に続けられないと考えます。機会や動機って人の成長にとって大事です。

今でこそ、好きな仕事に携わってるので関連の技術や語学を学ぶことが好きになりました。
しかし青少年期は、「興味がある教科」以外は全く学びませんでした。特に英語はヘドが出る程嫌いでした。今でも「アポーペン」な日本英語学習は大嫌いです。

結果、日本の社会で10年近くお勉強した英語(使えない)より、自分の意思で学んだ語学(使える)の方がレベルが上がりました。

あまり話すと日本社会への唾棄になるのでこの辺でw

1+
松本
4 years ago

誰もが不安の中にいて私はこのblogにたどり着いて困難に立ち向かう知恵をかなり頂きました。5年位前から愛読してますが、府に落ちるのも何年も経ってからの記事も有りますよ。

3+
4 years ago

自分もキャリアダウンした口ですが、後悔はしていませんし、心身とも健康に、楽しく働き、楽しいプライベートを過ごせています。
自分の場合は管理という仕事が全く性に合わず、嫌で嫌で仕方なかったのですが、キャリアアップをするには管理の仕事をしないとどうしようもないんですよね。その時は非常に悩みました。

そして現場での仕事を半ば強引に希望して、移った先で信頼を勝ち取って主導権を握るようになり、時には本部にもモノを申しています。
最近はパワハラが騒がれて、管理職も前のように威張れなくなり、そのくせ仕事は更に大変になって、全然羨ましくないです。

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