じゃあ、見栄は自分を苦しめる

このブログで繰り返し言っているのですが、見栄を張ると、その場は気持ちよくとも、最終的に自分を苦しめることになります。そして、身の丈にあわないことをすると、贅沢は麻薬なので一度慣れると自らレベルを落とすことが出来ません。最終的に破滅に行き着きます。

一般人にとって人生で一番高い買い物は家です。また、賃貸であっても、支出の最も大きな割合を占めるのは家です。つまり、家の選び方で人生設計、生活スタイルが決まるくらい大きな要素を占めています。

一度良い家に住むとそこから離れたくなくなります。海外駐在のように期間限定の会社がさせてくれる贅沢だと理解しているならいいですが、いい家に住むのが日常になってしまうと、ランクを落とした家に住むのが地獄の苦しみになります。

ローン地獄に陥ったり、自営業がうまく行かなくなっていて、債権者にひたすら追い込まれていても引っ越して家賃を下げたり、売却しない人は多いです。負けを認めて家のランクを落とせば再起可能であっても、負けを認めずに破産を選ぶのです。

教育

たいていの親は子供の教育に気を使います。出来る限り多くの可能性を持たせてあげたいっと思うのは当然の親心ですが、これが自分のコンプレックス解消からくる単なる見栄張りになっているケースも非常に多いです。

私は地域トップ公立高校以下の進学実績しかない中高一貫校に通わせる親をまったく理解が出来ません。なぜ格安の公立教育があるのに、あえて私立に行かせるのでしょうか?地方都市なら、トップ公立校ならそれなりの進学実績があるし、東京なら国立にいかせれば良いだけです。

国立、公立トップ校に入れないって言うなら、勉強自体が向いていません。向いてないことにお金を突っ込んでも何の結果も出ません。勉強が向いていない=何にも出来ない、ではありませんから、できることをさせて自活できれば良いんです。

当たり前ですが、出来る子供は放置しても出来るし、出来ない子供はどれだけお金をつぎ込んでも、何の結果も出せません。これが現実なんですが、それを認めたがらない親は多いです。特別なことを何もしなくても、明らかにずば抜けているなら、親でなく、他人が一生懸命になるものです。

並みの子供なら、子供が本気になったときに支援できるだけの財力を確保しておけば、それで十分です。日本のシステムなら、どんな底辺高校からでも東大に入れます。予備校の学費を用意したり、浪人できる金銭的余裕を確保しておけば十分です。

日本人の若者は車にそれほど執着しなくなりましたが、シンガポール人は強烈に執着します。車の価格は関税、ライセンス料で日本の3倍くらいするのですが、長期ローンで無理をして買うシンガポール人は沢山います。

そのため、高級車が公団住宅に止まっていることはざらにあります。一つは車って言うのがわかりやすいステータスだということがあります。シンガポール人曰く、「知人を家まで招待することはめったに無いが、車を見せる機会はざらにある!」ってことらしいです。わかりやすく見栄を満足させる方法みたいです。

もう一つは歩きたくないっていう怠惰です。南国の人間は歩くことが本当に嫌いで、ほんの少しでも車を使ったり、タクシーを使ったりします。これは貧しい国でも同じことで、のんびり歩いて15分くらいでもバイタクなんかを使うんです。歩いていると貧乏人って思われるんじゃない買っている見栄もあるでしょうw

シンガポールのように交通インフラの整った国で車を持つ意味は無く、必要なときにタクシーを使っているほうが明らかにいいのですが、シンガポール人はどうしてもそれでは我慢できないようです。まあ、見栄と怠惰です。

まとめ

まあ、バカが見栄を張ってくれるから世の経済が回っていく側面もありますが、私のようにぬるりに徹している人間からすると、見栄を張る人間=相手にしたくないバカ、という風に見えます。

贅沢を否定しているのでなく、元から富裕層だったり、荒稼ぎしてセーフティーゾーンまで逃げ切った人がその範囲内で散財しているのは結構なことだと思っています。嫌いなのはお金が無いのに見栄で使いまくる人間です。最終的に真面目に生きている人間に尻拭いさせることが多いので嫌です。

身の丈にあった家を買って、適切な教育を子供に与え、適切な交通手段を選択するならたいしてお金はかかりません。「お金が足りない!」っと常に言っている人間はバカで見栄張りだからです。収入不相応な家に住み、車を持ち、大して出来もよくないガキにクソ高い教育を与えても、行き着く先はFラン文系なら浪費以外何者でもないです。

0