じゃあ、日本人の苦手なこと

私は日本人の苦手なことが今後の世の中で大事になってくると思っており、苦手なことをきちんと把握し、意識的に改善することで、世界と戦っていくべきだと思っています。

個の力

日本人は「人間は一人で生まれ、一人で死んでいく。」という大前提を意識しておらず、組織に属すことでしか自分の居場所を見つけられない人が多いです。その反面、家族関係が希薄になりがちで、会社人間になっていくわけです。会社という組織を家族以上に大事にして、必要以上に忠誠心を持ち、サービス残業を平気でします。こういった勤勉さは高度成長期には良かったのかもしれませんが、今では勤勉という名の思考停止は罪悪だと思います。

最高のチームワークとは個々人が持てる力を最大限に発揮し、それが上手くかみ合ったときにチームとして最高のパフォーマンスが出せる、ということを日本人は最近まで理解できておらず、欧州サッカーに乗り込んだサッカー選手がようやく、この大原則を声高に言い出して、徐々に世の中に浸透しています。白人社会ではこれは常識であり、周りのために犠牲になって、自分の力が最大限に発揮できないなら、そんなのは何の意味もないです。

特に若い人がサラリーマンしか進路を考えていないし、不毛な学歴論争、企業偏差値だ、とか組織の格付けに熱中して、自分の個の力で何かを生み出してやろうとか、状況を打開してやろう、とかいう気持ちがないのは安定した日本に生まれて、ぬるま湯に慣れきってしまっているのだろうな、と思います。日本を離れれば、学歴がどうあれ、個の力が発揮できなければ、どんな大企業で速攻で切られる文化が多いですが、そんなことを想像もできないのでしょう。

アジャイル

日本のITが製造業のように世界をリードできないのは日本人はウォーターフォールを好み、アジャイルで仕事をすることが苦手であるため、競争が激しく、短期でどんどん変わっていく環境に合わせることが生き延びるすべであるIT業界では何もかもが遅すぎて、機会損失をし続けています。せっかく技術はあるのに、遅いのでお金をどぶに捨てているようなことは日本企業には本当にありがちです。

これを明確に示したケースが前に記事にした任天堂、Nianticの違いです。強力なIPを抱えながら、完璧にこだわるあまりに上流から下流へと何度も何度も繰り返して流れて、納期遅れを繰り返す任天堂、些細なバグ、システムの不備は無視して、コンセプトを形にすることを最優先にして、突き進むNiantic、どちらが大きな成長をするかは目に見えています。(もちろん、比較するのがおかしいくらい規模が違いますけどね。)

任天堂がようやくスマートフォンゲームに進出を決め、「マリオラン」というゲームを年末に投入しますが、こんなの何の先進性もなく、何年か前に流行ったパクリゲームの「Flappy Bird」がマリオになっただけで、ポケモンGOのような凄まじいインパクトがあるゲームではありません。あくまで、マリオだからそれなりに売れるでしょう?、というレベルです。そして、しれっと、ファイアーエムブレム、どうぶつの森を配信延期にしたのが任天堂らしいです。どれだけ時間があれば、足りるんでしょうか? これでNXまで延期したら、もう苦笑いです。

他人の出資

アメリカ人って、どんなにバカバカしいことで、挑戦する若者を応援する文化があるので、起業する人が多いのでしょう。ベンチャーキャピタル、エンジェル投資家が支援する流れがかなりシステム化されていて、うやむやに出資することはないです。日本ではパトロン、みたいなオッサンが趣味で若い人の面倒を見ている、というような情緒的な形が多く、システム化されていないため、銀行に融資を受けに行くのでしょう。

華僑はアメリカ人ほどシステム化されていませんが、同郷会のような形で成功した顔役が若い人に出資することは珍しくなく、シンガポールでもオーナーが出資する代わりに80%くらいの株を握り、実際に運営する若者が20%握って、出資者、経営者が分かれた形で運営する小規模企業はそこら中にあります。初期段階から事業計画を持って、銀行に融資のお願いをしに行くなんて話は聞いたことないです。

日本では他人から出資を受けるのが難しく、親から出資してもらうとか、銀行融資から始めるなどしかなく、銀行融資を受けると、時間がかかるうえ、手足を縛られるので、ITで起業するのには向いているとは思えません。もっと、起業コンテストみたいなイベントが増えたり、若い起業志望者、エンジェル投資家希望者の繋がりを作らないと、Google, Facebookのような会社が日本から生まれることはないだろうな、と思います。

まとめ

産業革命では工業化の促進で、質の高い製品を大量生産し、市場供給することで富を生み出すことができたいのですけど、すでに産業革命は終わり、IT革命が始まり、圧倒的にモノがあふれる時代になり、工業化、効率化、をいくら進めても、先進性がなければ、お金にならない時代になりました。世の中になかったサービスを市場に供給しないと、お金にならないのです。

そんな時代に日本人が持っている盲目的な組織への忠誠、信頼が生み出す異質なもの、人に対する敵意ってマイナスにしかならず、新しいものを生み出したければ、異質なものを受け入れ、議論し、良ければ、昇華させていく必要があります。日本人にはそれをするだけの合理性はなく、つまらない序列にこだわり、組織にしがみついて、どんどん落ちぶれていくんだろうな、と思います。黒船が来て、国が乗っ取られそうになり、大混乱するまで、日本人は盲目に組織を信じるんでしょう。