じゃあ、教育学部

読者さんから寄稿いただきましたので、記事にしたいと思います。

教育学部について記事にします。文系の学部の中で代表的な国家資格?である教員免許が取れる学部ではありますが、その実態と将来性について考えてみます。

入試

教員を目指すパターンとしては、国立の教員養成課程が王道でしょう。国立の教員養成課程はセンターボーダー約7割、二次試験は前期が英語と国語(もしくは数学)の2科目のパターンが多いです。

もしくは、数学の教員免許を取る過程(名称としては、中学校=数学となっていると思います。)では二次試験は数学一教科だけのパターンもあります。後期試験は小論文が中心です。私立の教育学部もありますが、科目としては、国語・英語・地歴の一般的な文系3科目のパターンが多いです。

学力的には、いわゆる「自称進学校」以上の高校に入学し、真面目に勉強しておけば合格するレベルでしょう。一般大学に入学し、教員免許取得を目指すパターンもありますが、従来の科目に加えて、教職関係の単位も取らないといけないのでかなり大変だと思います。

免許取得

免許の取得にはいろいろなパターンが考えられますが、小学校・中学校・高校の全学種を一度に取れるのが教員養成課程の強みだと思います。他の一般的な学部は中高はとれても小学校の免許が取れないことがあります。

また通信制で免許取得するパターンもありますが、介護体験や教育実習が必修となっているので、社会人が教員免許を取得することが難しいことがあります。

小学校免許につきましては、「教員資格認定試験」という文部科学省が行っている試験があります。この試験は満20歳以上なら受験でき、合格すれば(二種になりますが)小学校免許が授与されます。

ですので、中高の免許しかないが、小学校の免許が欲しい、他学部を卒業して、社会人をやっているが、小学校の教員になりたいと方は、受験することをお勧めします。

採用

教育学部を卒業しての就職は公立学校に就職する場合と、私立学校に就職する場合の二種類があります。いわゆる教員採用試験と呼ばれるのは公立学校の就職試験のことです。この教員採用試験ですが、小学校はまだ採用が多いのですが、中高になると、競争率が跳ね上がります。

特徴として、文系(特に社会)や芸術(美術・音楽)は採用がないこと、また地方も採用がないことが挙げられます。中高の採用試験では一次試験は筆記で二次は面接や小論文、模擬授業となります。

筆記試験の教科難易度としては、旧帝国大学レベルであり、国立大学レベルであれば、一年程度真面目に勉強すれば通るかもしれません。ネックなのは、二次試験の方で他の公務員試験のようにブラックボックスな部分があります。大分県や沖縄県で不正採用が問題となったこともあり、校長や教育委員の子息をコネでねじ込んでくることも起こります。採点が不透明なところがありますが、それは他の公務員や民間の採用試験でも同じでしょう。

私立学校においては中高一貫校が多いので、中高の免許を持っておく必要があります。(場合によっては付属小学校がある場合小学校の免許が必要となることもあります。)試験内容としては、筆記試験においては、まちまちですが、レベルとしては旧帝国大学~東大・京大レベルです。また、二次試験において模擬授業や面接や小論文を行うことは公立と同じです。

仕事内容

昨今話題となっておりますが、かなりブラックです。公立に念頭において話しますと、全ての学校において、授業以外のイベント(修学旅行や運動会等)があり、その準備に時間がとられます。また中高では部活動を担当させられるので、土日の休みが全くない場合があります。それだけではなく、事務作業も多く、それらのせいで授業準備が全く取れないことがあります。私立校においてはましな私立も探せばあるのでしょうが、私立校においてもイベントは存在するので忙しさは変わらない場合があります。

忙しいだけではなく、最も大変なのは問題児への対応です。公立の小学校・中学校においては、学力が低い子はとことん低く授業が成り立ちません。教員の説明が上手い・下手の問題ではなく、まず言葉が理解できていない場合が多々あります。また彼らは総じてモラルが低く、教員にため口は当たり前で、授業妨害も日常茶飯事です。学力差が激しいクラスを担当するのは並大抵ではありません。高校になると、学力でくっきり分かれ、県一番の進学校と底辺校(教育困難校)と分かれるのですが、

底辺校は特に大変です。最近福岡県で高校生が教員を暴行する事件がありましたが、底辺校においては、殴りはしないものの教員にあのような態度を取る生徒はたくさんいます。高校教員は底辺校に異動させられる場合があるので覚悟しないといけないと思います。進学校はモラルの低い生徒は少ないですが、受験があるために教員は授業準備や教材研究をしっかりとやらないといけません。それはそれで大変です。

将来性

私が一番議論したいこととしては教員の将来性です。昨今のネット技術の進歩によって、かなりの数の仕事がなくなると予想されてますが、教員もその範疇に入るでしょう。私自身は従来の集団授業を行う教員の需要はなくなっていくと思います。その理由として受験サプリに代表されるような安価な映像授業やアマゾンで参考書が安価に購入出来るために、独学がしやすくなっていることが挙げられるでしょう。

また、大学入試改革も見逃せません。新しい大学入試が導入されれば、面接等の対策が必要となってきます。そうならば、個別指導の必要性は高まってきます。そうなれば、ますます、一斉授業の意味が薄れてくるでしょう。知識習得は映像授業や参考書が中心となって、小論文等の対策は個別指導となるのがこれからスタンダードとなってくるでしょう。それは、今の30~40人学級で教員が授業をする意味を失わせることとなります。

そして、教科としての将来性なのですが、特に危険なのは、国語と社会だと思います。社会は一番独学しやすいので、社会の教員は大ナタを振われる可能性があります。

そして、国語なのですが、国語自体の重要性は否定しませんが、国語の教育内容には問題があります。まず、一点目としては、学校の国語は入試(小論文も含む)で役に立ちにくい点が挙げられます。学校で国語を習ったとしても、入試には結び付きにくいのです。二点目としては、国語の授業では実生活に必要な国語力が付きにくい点があります。現在の国語は小説を読み解いたりすることが中心であり、実生活で必要な文章を書くことを繰り返し練習したりはしません。

まとめると、公的な規制で教員の仕事は現時点で守られているだけで、実質的な需要はなく、いつ失業してもおかしくないと思います。

まとめ

以上、教育学部についてまとめてみました。確かに、他の文系に行くよりも資格が取れるだけましだといった意見もあるでしょう。しかし、上記でまとめたようにいつ制度が崩壊してもおかしくないと思います。高校生であれば、国立(私立)の教員養成学部に入るのであれば、同じ点数で入学できる看護学部を目指した方が将来性は広がるでしょう。もし、教員になりたいもしくは教育関係(塾等)で生きていきたいと考えている方であれば、

1)需要の多い理数系の免許を取得すること
2)塾や家庭教師を通じて経験を積むこと(他の文系科目でもそうですが、教育学部の理論を学んだとしても実戦で役に立ちにくいです。)
3)プレゼン力等のトークスキルを磨くことの3点が重要になってくると思います。

シン追記

かなりしっかりした内容なので関係者の方からの寄稿だと思いますが、かなり色んなことを考えさせられました。教育ってブラックボックス化しやすく、子供の為、国の為、といえば、無制限にお金をつぎ込むことが肯定されるような風潮がありますが、多くの人(国)にとって大きな投資なので、真剣になってどうしたらいいのか?を予算、使い方を含めて議論すべきだと思います。

また、職業としての教員の役割も考え直すべきです。部活指導は教員でなく、外注すべきですし、単なる事務作業はパート事務を雇って教員にさせるべきではないと思います。また、あまりにも酷い子供に対しては退学通告権限を与えるべきだろうと思います。(シンガポールはそうしています。)そうでなければ、たちの悪い子供は教員が対抗手段がないと舐めきって統制が取れなくなります。

私個人としてはどんなに世の中が変わっても、同年代の子供が集まって学校に通い、馬鹿なこと、真面目なことを一緒に取り組んで育っていくことの重要性は落ちないと思いますし、仮にオンライン受講があっても、それはそれで、一部の需要にこたえるだけで一般化はしないのではないか?と思います。単に受験対策だけなら、その道のプロである予備校に行けばいいですが、やはり高校に通う子供が一般的なのと同じだと思いますね。

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