じゃあ、アリとキリギリス

リクエストが立て続けに入りました。アリとキリギリスについて書きます。

寓話

本来のストーリーは夏に歌って遊んでいたキリギリスは冬になって困り果てると、アリに助けを求めるが「夏に歌っていたなら、冬は踊ったらどうだい?」と冷たくあしらわれて餓死する、という自己責任の話なんですが、社会が変わっていくとストーリーが捻じ曲げられます。

我々日本人からすると、自己責任社会を生きているアメリカ人が変えているのは面白いな、と思います。ルーズベルト大統領のもとで行われていたニューディール政策に気を使ってディズニーが「アリはキリギリスを助ける」という風に変えているようです。

この手の改変は本当は怖いグリム童話とかで知られていますが、現代社会は「弱者様」を叩くことを許されないのです。特にアメリカのアファーマティブアクションは良く知られており、その方針と違うことを公言すれば、社会的に抹殺されるほど厳しく禁じられています。

役割

真面目な一般庶民をアリとすると、キリギリスって誰なんでしょうか?社会主義的な考えが強い人は資本家をキリギリスだといいたがりますが、実際は資本家の税金によって社会が成り立っていて多くの庶民はろくに税金を払っておらず、フリーライダーだとは言いませんが、受け取っているもののサービスの方が多いでしょう。

だから、資本家は労働者とは違う汗をかいているだけで、遊んでいるわけでもなんでもなく極めて労働熱心なアリだと思います。日本電産、永守オーナーも大金持ちでおじいちゃんなのに完全にワーカホリックですしそういう人はさほど珍しくありません。

相続財産で遊んで暮らしている人も彼、彼女の先祖が何かしらの成功、幸運を手にしたのでそれが許されるわけで誰にも迷惑をかけていません。ルールに従って相続したなら、文句を言われる筋合いがないでしょう。既にたんまり食料を持っているアリです。

芸で生きている人は文字通り歌って踊って生活していますけど、あれは遊んでいるわけではなく仕事をしてます。成功しなければ、野垂れ死にが待っていることを知っていながらリスクとをって収益化に成功した有能な人たちですから、まさしくアリだと思います。

キリギリスの正体は「弱者様」なんですよ。自分を「弱者様」だと認定することで公共のサービスを無料で楽しむだけでなく援助まで受け取っても、まだ足りない、社会が変わるべきだ、といい続けることで冬になっても遊び続けられます。

福祉

でも、私は福祉はいると思うんです。今は健康でも、将来のことはわかりません。第2版で「欝は自己責任」という記事を書いたときに荒れ狂ったんですけど、弱者様って感情的になって暴れる人が多いので荒れます。もちろん、真面目なうつ病の方もコメントされていましたので、全員が暴れる人だとは言いません。

その記事の要旨としては「欝」という病は現在のところ癌のようにがん細胞が増えるとか、高熱が出るようなわかりやすい病ではない申告病です。だから、本人が鬱を申告するなら本人が貯めてきた貯金、保険を使って治療に専念すればいいけど、他人に気を使え、とか生意気だろう?ということです。

ぬるりと生きるにも欝の人って来るんですけど、聞いてもいないのに「自分は欝だ!」と妙に誇らしげに言うんですよ。私が仮に欝だとしたら、出来るだけ言いたくないんですけど、現実では会ったこともない私だから気軽に言うのか?現実でも言っているのか知りませんけど、言って得もないのに公言してなんか偉そうなんですよ。

癌になっても同じですよね?なんで、欝だけ特別扱いされるんですか?「頑張ってね!」と声をかけることも精神的圧迫になるので許されない。「生活保護を受けているなら出来るだけ早く仕事を見つけてね!」ということは言葉の暴力なので許されない。黙って全肯定して見守って社会保障を与えることしか許されないっておかしくないですか?

私も欝に成るかもしれませんよ。でも、そうなったら、自分の裁量で治療を受けるとかして、どうにもならないくらい辛いなら潔く死にますよ。死ぬ、死ぬ、と言って身体を張った自作自演をしながら、死ぬわけでも労働に戻るわけでもなく、最低限のレベルを下げるわけでもないって何様なんだろうな?と思います。

誰もがなりたくて病気にならないし、ハンディキャップを抱えませんから、社会の構成員として支払った、貢献した公共福祉を困った時に使うことは権利だと思いますが、使っていない人に対して感謝の気持ちがいるし、多かれ少なかれ申し訳ない気持ちがないとダメなんじゃないですかね?

まとめ

困った人を助けたい、という気持ちは少なからず私にもあります。でも、それはその人が立ち直ることを願って助けたいだけで、助かる見込みもない、助かる為の努力もしたくないなら、諦めて死んでくださいよ、と言いたくなります。

本来は人間は一人で生まれて、一人で死ぬ。生まれ持ったカードを使いこなして一番有利な戦略を選択しつつ、その場に応じた戦術で生き残りを図っていくものだと思うんです。そして、それがダメなら、諦めて土に戻るしかないでしょう。それが人の一生であり、それを強く信じて足掻いていくのが個の力だと思います。

「俺は欝なんだから、疑問を投げかけるんじゃない!」「私は障害があるから最優先で助けろ!」とか違うじゃないですか?それが生まれ持ったカードなんだから、受け入れていくしかないでしょう?世の中が豊かになったから、そういう恥知らずなことを騒げるだけで、過去の時代なら間引きにあっていましたよ。

精一杯生きるなら、支援者は現れるはずですから、キリギリスからアリになってそれぞれの形で満足のいく人生を歩んで欲しいものです。

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