じゃあ、英雄色好む

英雄色好む、というのは本当で、歴史に名を残す偉人で女性関係がキレイだった人はほとんどいません。軍神、山本五十六も優れた軍略家であるものの、女性関係を含めて人格者だったわけでなく、何人かの愛人がいたそうです。

山本礼子(本妻)

この人はたまらなかったでしょうね。海の男を夫にしたとはいえ、各地に愛人を作られていますから。山本五十六は子煩悩なのか、教育熱心なのか、子供が府立一中合格率の高い学校に入れるように転居したり、PTA役員をしたり、父親らしいことはしているのですが、あまりこの本妻に愛情を感じられません。

この時代の人としては当然のようにお見合い結婚なので、そんな夫を選んだ自己責任とも言えず、戦後、貧窮した時はどんな気持ちだったのでしょうか?衣食足りていれば、夫が何していても知ったことではない、という妻もいますが、貧窮したら、恨みつらみだったでしょうね。

礼子さんにとっては軍神、英雄はただのATMだったのかもしれません。五十六は転勤が多く、一緒に暮らす期間が足りない、一人で子育てする、たまに帰ってきたら、あれこれ口を出す、という大変さから、もう勝手にしてください、という諦めの境地だったんでしょう。

河合千代子

この人は新橋の芸者だった人ですごくキレイな人だったようですが、根っからの水商売体質で金持ちをパトロンにして、家を買わせたり、有名人と見れば、近寄ったりしたそうです。事実関係を確認できたわけではないですが、かの横山大観とも関係があったとの記述を阿川版山本五十六で見たことがあります。

晩年は山本五十六の影を追うだけに時間を使っていたそうです。沼津で金持ちに見初められ、料亭を持ったり、旅館を持ったりしたそうです。山本五十六の女であったことが自分の人生だと思っていたような人で世話になっているパトロンに嫌がられたそうです。そりゃ、実際にお金を出している人からすれば、迷惑な話です

戦後、この人の週刊誌への暴露で山本五十六に愛人がいたことが発覚し、大騒ぎになり、本妻はいい面の皮だったでしょう。どうしても、自分の存在を世間に訴えたい、というのは現代でも有名人と別れた女性が暴露本を出すのと同じです。

千代子さんにとっては英雄は自分の存在意義だったのでしょうね。生まれ持った容姿を武器に性を売ることしか能のない日陰の愛人家業にとって、誰もが知る英雄と関係があり、自分だけが知る英雄がいること以上のプライドは何もなかったのでしょうね。

鶴島正子

この人は佐世保の女だったようです。河合千代子と比べると有名ではないですが、佐世保に行くことが少なくなっても、手紙でのやり取りがあったそうです。手紙だけでトランクが一杯になるほどだったそうですが、戦災で消失しているので、実際にどういう関係だったのかはわかりません。

まとめ

英雄の女はただの主婦だろうが、芸者であろうが、こうして見ず知らずの人間にいろいろかかれるのです。もしかしたら、彼女たちからすれば、孫より若い世代の私に興味をもたれることは光栄かもしれないし、うっとうしいかもしれません。

英雄は妻以外にも女を欲しがるので、仕事に差し支えないお金で片付けられる女が必要で、その供給源として水商売は必須なのです。容姿しかとりえのない女性側にとっても、気軽に性をお金に出来る場所として重要なのです。

男女同権、は大原則ですが、人間が動物である以上、本能に抗うような社会システムを導入してもとても根付くとは思えません。やはり、女性は本質的に強い男性が好きです。もちろん、本妻も含めて、山本五十六のツマみたいなものですけどw

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