じゃあ、井上成美

日本帝国海軍大将、井上成美についてのリクエスト依頼がありましたので書きたいと思います。

出身

井上成美は旧幕臣、仙台出身で、実家は貧しかったようです。武家商法を地で行くような父親は立派な侍ではあったのでしょうが、商売は上手くなかったそうです。兄弟は勉学に優れ、実兄二人も陸軍士官学校に入り軍人になっています。父親は数学が得意な人で、兄弟は数学が抜群に出来たそうです。

陸軍士官学校、海軍兵学校は実家が貧しい人にとって唯一に近い進学方法であった為、その入学は極めて難しいものでした。元々、定員が少ないだけでなく、皇族、華族の特別枠があるため、一般枠を勝ち取ろうとすると相当の文武両道でないと無理で、学力テストだけで通過できるものでもなかった為、三兄弟で進学しているのは凄いものです。

当時、海軍は薩摩閥であり、仙台出身、旧幕臣では先は知れている、と言われていたそうですが、そのハンデにも負けず、入学順位は9位、卒業順位は次席となっています。これはハンモックナンバーと言われる海軍軍人にとって極めて重要なもので、井上自身の人生にも大きく関わっています。

ちなみに第2版の頃に元自衛隊の人がコメントをくれたことがあり、未だに海上自衛隊はハンモックナンバー制度であり、その序列争いは熾烈だとおっしゃってました。戦後になっても、日本は全然変わらないなぁ、と思います。適材適所で配属を決めれば良いのに、序列、バランスで配置するんですよね。

井上成美は次席ですが、首席が身体を壊してハンモックナンバーが最下位に近いところまで落ち、クラスヘッドになっています。この現象は珍しいものではなく、明治初期の制度が固まりきってない頃を除くと、ハンモックナンバー最上位者って、ほとんど有名になってません。激烈な競争で心身をおかしくする人が少なくなかったそうです。

軍人

純粋な軍人として井上成美が優秀であった、という評価はありません。むしろ、戦下手で有名であり、それは本人も認めている節があります。猛将としてはあまりにも理知的で、落ち着いた佇まい、品行方正な政治家のような軍人だったと評す人もいます。そういう人でも実戦に出してしまうのが、日本軍であり、そういう例はいくつもあります。

井上成美が才能を発揮したのは軍政、教育者であり、持ち前の海外経験、語学力から国際情勢の現実を知っており、英米と直接対峙する三国同盟に反対しており、実質的に日本は英米に依存状態にあり、彼らとは上手く付き合っていかなければならない、と考えていた現実派です。

また、ヒトラー、我が闘争も原書で読んでおり、訳書では省かれていた日本人をモノマネ猿扱いしている部分も知っていた為、日本とドイツが真の盟友関係になるのは無理だと思っていたようです。

海軍兵学校校長時代は無意味な規則、習慣の改善を図り、教育者として成果を上げますが、ハンモックナンバーに依存した人事制度を変えるに至らず、今の今まで序列で人事配置する習慣は尾を引くことになります。未だに銀行など、古い組織にはこの習慣が残り、国際競争に勝てなくなりつつあります。

教育者として海軍兵学校の大きな変化をもたらし、その評価が高い人ではありますし、その人格者としての行動は素晴らしいですが、日本社会、日本人の体質を変えるほどまでにはなっていません。こういうことは我々、日本人が本気になって帰る必要があることだと思います。井上自身、その他海軍OBですら、アメリカ式の適材適所が好ましいと認めながら、それができていないのです。

語学

語学の天才、と言われた井上成美ですが、私には本当のところはよくわかりません。彼の訳書があるわけでも、スピーキングを録音したものがあるわけでもないので、なんとも判断できません。一般的に言うなら、日本人の語学力は上がり続けており、現代社会ですら、ほんの10年前に上級者扱いされていたレベルが中級者止まりになってきています。

特にスピーキングは機器の発達で飛躍的に良くなっており、英語教師もオッサン、オバサンは全く通じないくらい下手な人もいますが、若い人でそこまでひどい人は極少ないだろうと思います。気軽にネイティブの音に触れられるし、良質な教材があふれる時代なので、的外れな努力をしないからでしょう。

想像するに、戦前の外国語使い、とされた人、国内習得組のほとんどがかなり真剣に聞けば理解できるくらいだったと思われます。原書を辞書を引きながら読むだけ、というような根性主義が平気で成り立っていた時代です。呆れるような下手な通訳がいくらでもいたでしょう。

国際交渉では日系二世が通訳に使われていたそうで、そうでない人は使い物にならなかったのだろうと思います。前に紹介した辻政信の潜行三千里で登場する中華民国、東南アジア部隊は現地生まれの華人であるように、危機が未発達の時代はそういう環境で身に着けた言語でないと通用しなかった時代だと思います。

ただし、井上成美は楽器が得意で弾き語りを趣味としたそうで、耳が抜群に良かった可能性があり、そうなら、驚くほど流暢に三ヶ国語を操っていたのかもしれません。私が知る限り、歌自慢は綺麗に外国語を話すので、多少の経験と独学で音を学んでいけるようです。

まとめ

この人の真価は戦後なのかもしれません。海軍大将という特別待遇を受けてきた人にも関わらず、汚いことして食い扶持を得るわけでも、過去の人脈に窮状を訴えて助けを求めてるでもなく、自殺するわけでもなく、貧困に耐え、近所の人に格安で語学を教えながら、孤高を貫いています。

華やかな戦歴、大陸風大人、山本五十六に比べると、あまり注目している人がいませんが、井上成美は海軍きっての切れ者であり、人格者であり、実践家であり、自らの思想に準じて野垂れ死に覚悟をして貫いた孤高の人物だと私は思っています。

阿川弘之氏が書いている井上成美を読んでみてもいいかもしれません。安易な海軍善、陸軍悪、という考えには賛同しませんが、戦前の軍人を悪の権化みたいに捉える人は間違っていると思いますし、戦後体制が崩れつつある時代だからこそ、全時代の軍人から学ぶのはいいことだと思いますね。

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