じゃあ、30代で大学へ行く

「海外では30代で大学に行くことも珍しくない!」という言い方をして自分を肯定したり、現実逃避したりします。こういった漠然とした言い方をすることで、時間、お金を浪費自分を肯定したがるのでしょう。30代で大学に行くケースを考えてみましょう!

パートタイム

これに関しては少なくともシンガポールでは珍しいことではないです。また、アメリカでもさほど珍しい話ではないです。しかし、イギリス、特に文系ではあまり聞いたことがないです。機会損失がなく、失業リスクもないので、やりたければやればいいと思います。誰かに迷惑がかかることもありませんので、趣味みたいなものです。

アメリカでは学部で専門をやらないリベラルアーツカレッジというスタイルの学校も多いので、文系ですら、大学院に行くことがさほど珍しくないのです。それに対して、イギリスは大学の前にジュニアカレッジという教養課程があるので、大学でいきなり専門が始まります。大学院は研究職向けだといってもいいでしょう。

大卒、高卒は明らかに職業選択の幅が違ってくるので、大卒でない人がパートタイムで大学に通うのは前向きでいいのではないかと思います。また、理系修士でも多少なりのプラスはあると思います。それに対して文系修士は殆ど無意味でしょう。国にも因りますが、ある程度積極的に評価するのはアメリカくらいで、そのほかの先進国で文系修士が評価される国を知りません。

趣味

定年退職した老人、逃げ切れるだけの資産を築いた暇人の趣味として大学に通うのはいいことだと思います。若い時に興味のあったことを暇つぶしに学んで、人生を有意義なものにするといいと思います。どれほどの意味があるかはともかく、テレビをつけっぱなしにして、時間を殺しているような人生よりは100%いいでしょう。

趣味はあくまで本業の合間にするものです。きちんと経済的な自由が確保できていない状態で特にメリットのない大学進学は明らかに時間の無駄で、そんなものは大学に通わずに自分で調べていればいいです。文系なら図書館でたいていのことが勉強できます。設備がないと出来ない理系ならわかりますが、文系であえて大学に通う意味は何ですか?

もともと、文系なんて暇人の趣味みたいなものであり、専攻自体が仕事になることはアカポス以外はほとんどないので、生きるために働かなければならない人が学ぶことではないです。モラトリアムが許されている若者ですら、文系進学が無意味だと言われている中、モラトリアムが終わったオッサン、オバサンが文系進学するなんて、素っ頓狂ですよ。

見栄、現実逃避

英語圏のFラン文系修士はこの手の見栄っ張りでいっぱいです。30代はさすがに少ないものの、20代後半くらいなら、そこらにあふれています。発展途上国では英語圏で学位を持っているだけで、そのレベルがどんなものであっても、評価するような傾向があるので、見栄でFラン文系修士を取得するのです。

こういった見栄はジモティーには通用しないので、その手の人たちは殆どが外人です。少なくともほとんどのシンガポールの私立大学は唖然とするような質です。女子学生が水商売、風俗に足を踏み入れていることもあります。欧米だと現地の白人に相手にされず、日本人だけでつるんで、怠惰な生活を送っている落ちこぼれどもということになります。

完全に白人に食い物にされている人たちで、手にしてもお金に変えられない、知っていても、知らなくても取り立てて意味のないことにお金を払って、聞いて、レポートでも書いて、単位認定してもらい、卒業証書という紙切れもらって、社会の荒波に放り出されます。子供ならともかく、20代も後半になったいい大人がMBAとか言って、時間、お金を無駄にしているのは阿呆もいいところです。

実学

実学とは就職と直結する勉強のことです。卒業後の進路が確保される医療系なら問題ないと思います。現在のところ、行き詰った凡人が苦境を跳ね返せるような資格は看護師くらいしかなく、看護師は学校の通わないと受験できません。就職に圧倒的に有利な通常の理系ですら、30代で学部を卒業しても、まともにその道で就職先を探すのは困難です。これはどの国でも同じです。そして、文系学部卒で理系修士に進学することはほぼ不可能です。逆は当然出来ます。

なんでもそうですけど、一つのことを若いうちから続けていることがお金になるわけで、適当に暮らしてきた人がいきなり実学やろうとしても、ちんぷんかんぷんでしょうし、よほど真剣にならなければ、実学を身に着けることはできません。多くの息詰まった人が資格だ、学位だ、とわかりやすいアイコンに食いつくのですが、ある程度の年齢になれば、経験があってこその資格であり、学位だと思いますよ。

関連性のないことをやってきた30代が高いお金払って、ロースクールに行って、苦難の末に司法試験を突破しました!っといっても、まともに投資を回収するめども立たないのは当たり前です。独占業務があったとしても、その希少性が確保できないなら、対価は得られないことくらいは考えればわかるでしょう?

仕事の一環

官庁からの派遣、企業からの派遣は仕事の一環なので、まったく問題ないでしょう。組織がその価値があると思ってお金を使ってくれるわけですから、今後の輝かしい未来であって、学校に通うことでマイナスはありえません。なんでもそうですが、お金をもらうってやるから意味があるのであって、お金を払ってやるならタダの趣味です。お金を払う以上は投資行為で、それに見合った投資効果がない限りやる意味はないです。

某プロ野球選手は「誠意とはお金」と言いましたが、まったくその通りであり、人間にとって命の次に大切なお金を他人のために出すっていうことだけが確実に誠意だと言い切れるのです。だから、会社が身銭、利益を削って、社員のために教育を与えるというなら、確実に誠意ある行動であり、その誠意を受け取っておけばいいでしょう。

どんなバカな人でもお金を払っていればお客さんなので、お金を払って大学に行く学生っていうのはお客さんであり、お金を払っている間はバカなことをしても、黙認されますが、お金を払った後、卒業後にどうなろうが知ったことではないです。大学がきちんとした就職データを出すようになったのは最近のことであり、新しいお客さん(受験生)の要望によるもので、過去のお客さん(卒業生)なんてどうでもいいですよ。

まとめ

「海外では30代で大学に行くことは普通!」っと言う人に聞きます。どの海外で普通なのでしょうか?私が知る限り、どの国であっても特殊な理由なしに30代で大学に行くことは珍しいことです。考えてみれば当たり前でしょ?30代となれば、いいオッサン、オバサンなわけで家庭を持って子供がいる人もいるだろうし、すでに会社員として管理職になっている人もいるわけです。いまさらお金を払って大学に行く余裕なんてないし、そのコスパは悪すぎるので、よほど特殊な理由がない限りする意味がないです。

なんでもそうですけど、貴重な時間、お金を使って、何の価値もないことをするのだから、それ相応の覚悟がいるし、それが誰からも評価されないどころか、馬鹿にされたとしても、何も言い返せることなんてないです。自己満足を評価しろ!っと言われても、気持ちいいのは自分だけで、見せられた他人は困惑しますよ。特殊な事情もなく、30代になって大学に通うって、そういう覚悟でやるものだと思います。