じゃあ、改憲

改憲の見込みが強まって来て、ここ、場末のブログ、ぬるりと生きるでも議論したいですね。

改憲

憲法を絶対視する人は少なくないですが、法律は時代に合わせて変わるものであり、それは憲法も例外ではなく、諸外国では憲法改正は珍しいことではありません。ただし、日本国憲法は成立以来、一度も改憲したことがない、というだけの話です。

どのように変えるか?はともかくとして、変えては絶対にダメだ、と鼻から決めつけているのは頭が硬すぎるし、少なくとも憲法で決められたように民主的に選ばれた国会議員の3分の2が賛成して、国民投票により改憲されるのであれば、どういう問題があるのかわかりません。

国のルールの根底になる憲法に従う形ですら、改憲を許さない、と言うなら、その主張自体が憲法を守らず、勝手なことを言っていることになる矛盾にならないでしょうか?変えたくないのであれば、ルールに従って阻止すべきです。民主主義を否定するのもどうか?と思います。

護憲

曲がりなりにも現憲法で平和が保たれてきて、その憲法を変えなくてもいいじゃないか?、という感情論だと思うんですが、わからなくもありません。長らく同じ状態が続いていたことを変えるのは勇気がいりますし、特に今のところ何も起こってないから、変えるのが嫌だ、という事です。

憲法学者がどうとか言う人がいますが、憲法学者という人たち自体が非常に曖昧な人たちで、白黒つけられるだけの材料を持っているわけではなく、裁判所の判例にしたがって、あーでもない、こーでもない、と後付けして整合性を取っているだけの人たちです。それはそれで意味があるかもしれませんが、彼らの意見に絶対性、合理性はあるわけではありません。

そして、改憲=戦争、と論理の飛躍をする人が少なくないですが、どういう根拠で言っているのかわかりませんし、憲法に戦争の放棄を謳ってない国の全てが戦争しているわけでもなく、永世中立国のスイス、オーストリアも交戦権の放棄なんてしてないですし、平和を守ってますよ。

感情論

仮に中国が侵攻してきたら、酒を酌み交わして理解し合えばいい、とかお花畑理論を展開するする人がいますが、だったら、まずは北の将軍様から説得して、実践してみてはどうかと思いますが、なぜしないのでしょうか?

軍隊、警察という暴力以外で、平和が保たれた歴史はなく、実例のないことを出来る、と言い張るのは結構ですが、まずは実験的にで構わないので、一切の争いがない組織を作って欲しいんですよね。そうして、もっと大きな組織、国に展開してはどうかと思います。

理想論は結構だし、理想を捨てたら、堕落するのはわかりますよ。でも、現実論も忘れてはダメで、出来るだけ可能性の放棄をすべきでない、小さな可能性であっても、危険を見逃がすべきではない、ということは当たり前だと思いますね。

まとめ

色んな意見があると思いますが、状況に応じてルールとは変えるべきものであり、その議論は止めるべきではないと思いますが、その議論すら許さない人たちの暴力的な言論封殺には嫌気がさします。そういう態度の方が戦争に近づくと思いますよ。

ぬるりと生きるでも、私と意見の違う人も歓迎しますし、議論したいですが、感情的になり、達成の筋道すら見えないような情緒的なことを喚き散らされても、どうも反応できませんし、建設的な議論をしたいな、と思います。議論した結果、私が何がなんでも護憲すべきだ!、憲法9条は死守すべきだ、と思うかもしれません。

論点

シンプルに改憲派、護憲派で議論しませんか?なぜ、そうすべきなのか?ってなかなか実生活で議論できません。狂ったように喚く人がいますから、怖くて言えません。私は改憲派ですが、平和が保てる、という見込みがあるなら、護憲派に回ってもいいんです。でも、酒を酌み交わして対話で解決、というような感情論では納得しないので、現実的に国を守り、平和を守れる方策を教えて下さい。

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