じゃあ、メスと仕事-2

新年明けましておめでとうございます。新年1回目の記事は年末から思うことがあった伊藤山口事件にしたいと思います。

伊藤詩織さんが民事勝訴しましたね。前の記事がいきなりPVが伸びましたが、コメントはつかないのは繊細すぎてトバッチリを受けたくないという怖さなんだろうと思います。あえて、記事にしたいと思います。

感情

伊藤さんの被害公表から世の中の論調は感情論一色になり、少しでも彼女の軽率な行動に対する責任を問うような意見は差別主義者としてバッシング対象になり、誰も口に出来ない状態です。当然、民事裁判でも世論に引きずられたことは否めません。

民主主義政治というのは感情論で動いていくものです。誰もが耳障りのよい意見に賛同したいし、正義側に居たいと思います。綺麗事、正義を盾にすれば、相手は沈黙をし、勝利に酔いしれることが出来ます。だからと言って、本質は捻じ曲げることは出来ません。

この件に限らず、世界中でポピュリズムが蔓延しています。実現性、継続性を無視したような綺麗事が好まれ、支持を受け、現実論で反論すると差別主義者のレッテルによって沈黙させられます。最終的には本質を無視した行動は必ず立ちいかなくなります。

環境少女、グレタさんの投げかけは良いと思います。ただ、彼女の主張は山本太郎さんと同じように具体性がありません。可能性のあることから少しずつ始めなければ、全てがめちゃくちゃになることは間違いありません。

伊藤さんの話に戻すと、誰も「メスを使って権力者に近づき、後味の悪いセックスをした」という事実の危険性、責任を問わないので、何も学ばないし、もっと危険が増えたり、もっと手の込んだ凶悪事件が増えるんじゃないかな?と思いますね。

メスを使って権力者に近づくのはリスクがあることだと言い切ることが被害を減らす唯一の手段です。男は性慾の奴隷であり、どんなに危険でも一線を踏み越える人は古今東西いなくなった事はありません。変わらないことを変えようとしても歪むだけです。

男性は女性をセックス対象としてみるべきではない、というのは無理ですし、女性が男性をセックスをネタしてお金、労力を引き出そうとするのをやめさせるのも無理です。ただ、お互いにリスクがあることだと認識するのが現実論でしょう。前者の声が圧倒的に大きく、後者は声を上げられないのが現状です。

司法

ゴーン氏逃亡だとか、上級市民事件だとかで取り沙汰されますが、我々は日本の司法を変えるべきだと思います。検察が勝てると確信しない限りは不起訴という無罪に近い決定を密室でしてしまうのは中世と変わりません。それを欧米に叩かれても反論の余地がありません。

伊藤山口事件は「レイプ事件は勝てる確信がない場合、検察は不起訴を選ぶことが珍しくない」ということです。つまり、山口さんが政権に近いとか、大手マスコミ社員だとか、忖度があったということよりも、似たケースでは日常的に不起訴になっています。

ここを伊藤さん支持者は無視をしています。この件に限って見切り発車で山口さんを逮捕して徹底的に追い込めば、決定打が出たはず、という感情的結論から入ると、検察は証拠をでっち上げてでも有罪にもっていきます。それが日本の司法だからです。

村木厚子元厚生労働省局長事件みたいに「弱者」である女性が日本の司法制度の犠牲になることだってあるわけですよ。これは起訴してしまったが為に引くに引かず、強引に有罪に導いてしまった事件です。これも「強者」であるホリエモンも被害者ですし、誰にでもあるです。

起訴と不起訴は天国と地獄であり、レイプ事件として起訴されれば、有罪はほぼ確定であり、それは密室で明確な規定もなく決められていることをもっと議論すべきだと思いますし、根拠を出させることを当然とすべきでしょう。

昇華

伊藤さん自身はこの司法の問題点をある程度理解しているようですが、勝つ為に意図的に自分は弱者であり、被害者のスタンスを徹底的に強調して騒ぎまくったことで、支持者は判官贔屓で喚き散らすようになり、世論が感情論へ移行しました。

もし、伊藤さんがジャーナリストとして一本立ちしたいなら、この問題をきちんと取り組んで作品にしてもらいたいです。そうでないなら腫れ物から脱皮することはなく、その筋からの同情で食っていくことは出来るが、腕は三流以下になりかねません。

少し前に焦点の定まらない酷い記事だな、と思って読み飛ばしていたら筆者が伊藤詩織となっていたので、この事件で彼女はジャーナリストとして成長する機会を失ってしまったのだろうと思います。弱者様に指導するのは困難だからです。

女性が弱者としてレディファーストは当たり前、男女平等と矛盾しない、というような勝手なことを言い続ければ、真の意味で女性に限らず、弱者が才能を開花させて強者と同等以上に仕事をするようにはならないでしょう。

SASUKE、初代完全制覇の秋山さんは弱視を制覇するまで隠しており、言い訳したくない、と言ってましたが、ハンディキャップを背負ってぐうの音も出ないくらいの成果を出すことが美学だろうです。

そこまででないにしても、アファーマティブアクションは真の平等への途中段階であり、本当は属性に限らず、純粋競争で成果を競うべきだと思います。ただ、特権階級は特権を手放しはしないし、弱者利権を行使する人はしない人よりも多いでしょう。

まとめ

伊藤詩織さんの本当の勝訴はジャーナリストとして良い仕事をすることだと思います。

民事裁判で数百万円の端金をもらっても明らかに時間の無駄ですし、山口さんは控訴してますから更なる時間の浪費が待っています。こうなりゃ、これも作品として昇華させないと大損です。それこそ、ホリエモンの獄中日記みたいな転んでもタダでは起きない精神が必要でしょう。

ただ、大学を卒業してからジャーナリストとしてどんな小さな仕事でも良いと泥に塗れることなく大手しか嫌だと、フラフラ海外キャバ嬢したり、ブログもろくに更新してなかったあげく、メスをつかって権力者に近づき、苦い思い出を作り、若い時間を被害者として喚くこと、裁判に費やしてしまって三十路を迎えた人が良い仕事をできますか?ジャーナリストでなくとも、どんな職業でも努力なく、成果もなく三十路を迎えたら一般的にはゲームオーバーです。

それでも、私は山口さん、アンチ、私のような傍観者を含めて唸るような作品を書いてもらいたいですね。今の段階では無料でも読みたくありません。無料記事すら読み飛ばす酷い力です。お金出してなんてありえませんよ。

無関係な私、読者さんへの教訓としては男女間で揉めれば、圧倒的に女性優位であり、状況がどうあれ女性が声を上げた瞬間に男性は何の異論も許されなくなることを理解すべきです。だから、男性は本当に気をつけて女性と関わるべきですね。

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