じゃあ、希望は戦争

コメントで「希望は戦争」という、私が昔取り上げたテーマを言及する人がいたので、改めて考えたいと思います。赤木智弘さん、というフリーライターの方が書いたブログ記事が発端で、その後の「下流ビジネス」に繋がっていく流れがあり、追ってみるのも面白いと思いました。

発端

赤木さんは「深夜のシマネコ」というブログを運営していた、コンビニ深夜バイトの31歳で、夢も希望もない日々の呻きを「希望は戦争」という記事で書き、それを朝日新聞が見つけて、彼がフリーライターになっていくきっかけを作ります。今はネット雑誌に寄稿して、生計を立てているみたいです。

http://t-job.vis.ne.jp/base/maruyama.html

彼は1975年生まれで、この世代は社会に出て行くときにちょうど景気が最悪になり、それまでの価値観が完全に崩れました。「氷河期世代」と称される、おそらくは生きている日本人の中で最も割を食った世代です。少し前まではバブルを少し味わうことが出来たし、少し後は若干景気回復していたり、世の中がはみ出し者に寛容になっていたからです。

そんな世代の象徴として、彼は祭り上げられ、今も世の中に対して不平不満を言い続けているみたいです。さっき、彼の記事を見たら、作家様wのはあちゅうさんに噛み付いていて苦笑しました。ゆとり世代の象徴的存在で、恵まれたはあちゅうさんが嫌いなんでしょうねw 2007年には丸山眞男さんに噛み付き、2017年にははあちゅうさんに噛み付いている、とやっていることはあまり変わっていません。

http://blogos.com/article/219417/

昨今、下流ビジネスが流行って、下流XXとかいうキャッチフレーズでマスコミが煽りまくっていますけど、赤木さんはその流れに乗ったといっていいのではないか?、と思います。貧困XXをテーマにして生計を立てる文化人の一人で、大して面白いことは言ってないですが、注目されています。

弱者

赤木さんのスタンスは「弱者」であり、とにかく、卑屈に不平不満をぶちまけるスタイルです。そして、何をしても「弱者様は正しい」と言い続けて、この10年を過ごしてきたのでしょうが、そこに一定の需要があるから、コンビニバイトからライター様wにジョブチェンジできたわけです。

世界的な傾向として、「弱者様」は猛威を振るっています。かなり前から、「ゆりかごから墓場まで」といって、社会福祉の充実を目指してきた欧州は当然そうですが、資本主義の塊のようなアメリカでも同じであり、不法移民だろうが、人権、人権、と騒いで、暴れていれば、アメリカにいられます。

日本では「弱者様を叩くなんて、とんでもない!」っと声高に主張する人も少なくないですが、「弱者といっていれば、何でも許されると思うな!」っという声もあり、それなりに議論になっているだけ、まだ、いいんじゃないかと思います。アメリカでは「弱者様」から「差別主義者」のレッテルを張られたら、社会的死に至りますから、それよりも、日本は自由です。

たぶん、赤木さんが私の記事を見たら、内容をあまり精査することはなく、はあちゅうさんに対する反論と同じように「温利信は強者であり、強者の戯言など、聞く必要がない!」っと言うのではないかと思います。実際、彼が今現在、本当に社会的弱者なのか?、はわかりませんが、弱者のスタンスを取るなら、私への反論はこれで終了です。

平等

私は「平等、という概念自体が幻想であり、世の中は不平等なものなのだ」、ということが大前提だと思います。お金持ちの子供が相続税を払うなら、イケメンはイケメン税は払う必要があるし、才能のある人は才能税を払い、若い人は希望税を払う必要があり、もう収拾がつかなくなります。

戦争が起こると、今まで存在した既得権益が壊れて、今まで強者でいた人が弱者になることがあります。それが丸山眞男さんじゃないけど、エリートがその枠組みから外れて、二等兵になることもあります。(実際、大卒者は幹部候補生になれるチャンスがありますが、丸山さんはあえてそれを選択しなかっただけです。)

これって、左翼にありがちな「羨ましい、引き摺り下ろしたい」という嫉妬なんですよね。自分がその立場になれないから、その立場にある人間を自分のいる底辺にどうにかして引きずり落としてやりたい、という願望なんですよ。そして、この手の人が権力の座につけば、メチャクチャ強権的に成るのは歴史が証明しています。

だから、赤木さんははあちゅうさんが羨ましいんですよ。ミドル出身で私立文系に進学できて、大学在学中に注目されて、デビューして、電通、スタートアップ参加、と華やかな道を歩んで、今は「作家様w」と名乗る彼女が羨ましくて仕方ないから、どうでもいいことに噛み付くんです。

私、温利も、はあちゅうさんが何がしたいのかわからないし、薄っぺらいことを主張する人、厚顔無恥な人だと思っていますが、嫉妬しているわけではなく、あれくらい開き直って、自分をさらけ出すことで、世の中から注目を浴びて、それで飯を食っているなんてすごいと思います。同様に赤木さんもライターで飯を食っているんだから、すごいじゃないですか?少なくとも、私は文章を書いても、飯を食えません。

だから、私は言いますよ!「赤木さんは強者だ!文章で飯を食っている!文章では月に千円も稼げない温利よりも圧倒的な強者だ!」とね。言い出したらきりがないんですよ。差を認めるしかありません。お金持ちに生まれたのも才能だし、勉強が出来るのも才能、自分を売り込んで芸で飯を食うのも才能なんです。

その反面、赤木さん、はあちゅうさんも同じく弱者であり、労働によって生活していく必要のある奴隷なんですよ。だから、はあちゅうさんが強者を気取るのも笑ってしまうし、赤木さんが弱者を気取るのも笑ってしまいます。既得権益層にはこの手の不毛な争いが最もありがたいのです。

まとめ

世の中が停滞してくると、戦争、革命を望む声が上がってくるのですが、弱者があまりにも虐げられると、その鬱憤が溜まって、暴発するように出来ているので、施政者、特権階級はその鬱憤をうまく解消するように努めたり、奴隷同士でいがみ合わせるように持っていくのです。

だから、既得権益を持っている企業オーナーは鬼軍曹を育成し、平社員同士でいがみ合わせようとしますし、マスコミは弱者の味方みたいなスタンスですが、彼ら自身が土佐藩ばりに、正社員を上士、下請けを下士として二重構造にしています。そして、本物の旨みを吸うオーナーは別のところいますし、マスコミが彼らを攻撃することはありません。

私は弱者は叩きすぎないほうがいいと思っています。弱者を適度に救済して、世の中を混乱させず、自分の権益を荒らされず、適当にやっていくのがいいです。そうやって、アングロサクソンは弱者を管理していますが、それが上手く行かなくなってきている、ということでしょう。

世界的に格差が広がって、希望がなくなりつつあり、弱者が声を上げて、強者を叩く、という図が多く見られるようになりましたが、多くの人は強者の振りをしている弱者を叩こうとしているだけで、本物の強者を叩こうとしていません。

ウォールストリートで座り込んで抗議しても、そこで働いている人のほとんど全員がfuck you moneyを持っていない奴隷なんです。そんなに強者を叩きたいなら、ブッシュ家なり、ケネディー家の前で嫌がらせデモをしたらいいでしょう。トランプタワーでやったら、むしろ宣伝になってしまいますw

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投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、希望は戦争” への 8 件のフィードバック

  1. 日本には宗教がないですからね

    現実の社会で、勝ち負けを強くつけすぎてしまうと
    負けた側は「じゃあ何をやってもいいだろ!」と
    なってしまいます

    そう考えると、シンさんの言っていたように 好きなことで金
    を稼げるといいですね

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    1. 放置されてたことに回答もらったので、こっちに回答しますが、日本人は宗教規律を持ちませんが、恥の文化があり、歯止めが効きますが、中国人は宗教、道徳を双方を否定しているので、歯止めがかからりません。

      何にしても、赤木さん、はあちゅうさんは好きなことをお金にできているので、強者だと言えるのかもしれません。

      シン

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  2. 覚えてましたかw
    長文失礼します

    僕の言いたいのは、理系文系限らずに淘汰される人は
    淘汰されるし、淘汰されない人は淘汰されないということです

    理系でなんとか生き残ったとしても、延命治療でしかないと思います
    実は淘汰されてしまった方が”楽”なのでは?

    というのが僕の意見です、行き着く先は死かホームレスだとしても
    人間はどうせ死んでしまうので一緒です

    ただし、延命治療として効果が高いのが理系や機電系で、苦しみを
    度外視すれば食えなくなることはないです

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    1. それだと理系の晩年、という文章と全然繋がりませんよ。リンク先の記事だと、理系を選んだばかりに割りを食った、技術でなく、コミュ力を磨け、という趣旨だと思うのですが、コミュ力なんて、持って生まれたもの、育った環境で身につくもので、大人になってから、多少の改善は可能でも、根本的な改善は不可能だと思います。また、図抜けたコミュ力でなければ、ほとんど意味はありません。

      文系なら誰でも図抜けたコミュ力を持っているわけでもなく、文系を選択したから、コミュ力が身につくわけでもありません。それよりは技術を磨く方が効果的です。機電選べば、どの程度かは別にして、希少技術が身につくので、努力で他人と差別化可能です。

      ダメな奴は何やっても無駄、という論法は戦略的努力を否定して、行き当たりばったりを肯定してしまいますから、どうかな?、と思います。そういう厭世的な考え方はぬるりではないですね。頑張りたくないから、詐病でナマポ生活します、と言うのが楽だろうけど、何の成長もなく、ただ、生きることに意味があるとも思えませんね。生ける屍です。

      まだ、何が言いたいことがあるなら、いくらでも付き合いますが、私にはつけものさんがなんでそんなつまらない文章に拘るのかがわかりません。

      シン

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  3. まったくです。世の中は不平等です。
    資本家は労働者が無知なことをいいことに、富をしゃぶってます。
    この辺りは資本論が本質をついています。資本家も労働者に階級をもうけて
    鬱憤がこないように策をめぐらせてますね。
    殆どの人が該当する労働者として大事なことは、専門性を身に着けて、割のいいところで働くことではないでしょうか。

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  4. 赤木氏の言う「弱者」に対する「強者」はおそらく幅広くて、普通の正社員(これも幅広いですが)さえも「強者」の分類に入るのでしょうが、その「強者」の方が今のところまだ多数派で実際にそれなりの税金を払って社会を支えている側なので、赤木氏の主張には一種の欺瞞や卑しさを感じて多数派はなびいてくれないだろうなと思います。

    丸山氏の話と似た話で「アーロン収容所」の会田氏の話がありますが、京大卒でも一等兵として徴兵されてだいぶ苛められたようですね。なおこのとき戦争に負けるという赤木氏が望むような事態は起こりましたが、本書によると会田氏の所属していた隊の方はそれぞれ終戦前の学歴や経歴に沿った職種や社会的地位に戦後収まっているようです。今後大きな戦争が起こったとしたら、各社会階層間で一部入れ替えはあるものの、おそらく概ねは変わらないのではと思います。

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    1. そうですね。

      赤木さんは強者とみなしている範囲が広すぎて、一般庶民にまでヘイトを撒き散らしているので、大多数の人から共感は得られないでしょう。貧困ビジネス関係者、社会に強烈に不満を持っている層にしか受け入れられないと思います。

      戦前、戦中のエリート層である軍人は戦後、公職追放で排除されかけましたけど、結局、社会の中枢に戻っているので、一時的に混乱状態になっても、ほとんどの人が時間と共に元の位置に戻って行くのでしょう。

      クメールルージュくらい徹底的に知識人を弾圧して、追い込むなら話は別ですが、それはそれで後々まで大きなダメージを負います。

      シン

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