じゃあ、理想の友人

理想の友人について書きたいと思います。

親友

毎日会っても変わらない、10年ぶりに会っても変わらない、会ってすぐに小突き合えるような親友は最高だと思います。人それぞれ歩いていく道が違うので、いつも一緒にいられませんが、一緒にいられるときは常に楽していられる友人は最高だと思います。取り立てて話すことがなくても、ダラダラ酒を一緒に飲んだりするのがいいのです。

こういう親友は古い友達だけであって、社会に入ってから作るのは非常に困難です。と言うのも、社会に入ると、利害関係、上下関係が出てきて、学生のときほど単に「気が合う」というだけで仲良く出来ないからです。同期と言っても、何年かすれば出世争いをしますので、仕事関係者は本当の意味で気兼ねない友達にはなりません。

利害関係のない趣味の世界で親友を見つけることも可能でしょうが、社会人は絶対的に時間が足らないので、深く通じ合うことは困難です。仕事をして、家庭を持っている人間が新しい人と深く通じ合うだけの時間が取れないのです。そういう意味では独身者同士なら社会人でも親友を見つけられる可能性が高いのではないかと思います。

友達

その空間に一緒にいるから友達をしているだけで、その空間から出て行ったら、付き合いがなくなる程度の軽い友人ってたくさんいます。学校に通っているときだけ親しかったけど、卒業したら、何しているのかも興味がない、一緒の会社に勤めているときは毎日飲んで帰っていても、転職したら、付き合いがなくなる、という程度の関係です。

こういう友達は多少の社交性があれば、いくらでも出来るので、大切にする必要もないです。共通体験があるから一緒にいられるだけで、違う道を歩いていっても、気兼ねなくバカ話できるほどの信頼関係がないのです。自分のわからないことを話していても、それが苦痛じゃないくらいの関係にはなかなかなりません。

女性の友人関係はほぼこれです。女性は嫉妬するので、同じ空間(女子カースト)から抜けて、どちらかが上がったり、下がったりして、立場が変わると、お互いに憎み合うので、いつも気兼ねない親友には発展しないのです。同じレンジにいる人間としか親しく出来ないのが女性なんだと思います。

知り合い

便宜上、友達と呼んでいるだけで、単に知り合いっていうのがほとんどです。無数に知り合い、そして別れていくだけの軽い関係です。寂しい気がしますが、人生で知り合う人の90%は知り合っただけの関係で、それ以上の関係にはなりません。まあ、人生は短いので知り合う相手全員のことを知るだけの時間もありませんから。

こんなものは何人いても意味が無くて、「友達多い人」って言うのは単に知り合いが多いだけで、広く浅い付き合いを好んでいるって言うだけに過ぎないのです。本当に困ったときに知り合い程度では助けてくれませんし、泣きつくこともできません。お互いにメリットがあって初めて助け合えるのです。

自分は友達が多い、少ないっていうのを定義するときにここに分類される友達はカウントしてはダメです。八方美人やっていれば、いくらでも増やしていけるので、ちょっと会った人をフェイスブックで友達にしまくって、いいね!連発、実のないコメントしまくっていればいいのです。

まとめ

ぬるり的には親友が何人いるかっていうのが大事であり、親友はは自分が損したって、何とか相手を助けたいっていう関係じゃないなら意味ないです。上手くいっているときは友達って言うなら、そんなものはどんな人間関係も同じことだからです。お互い、片方が苦しいときに助け合えるのが本当の友達です。

そして、単なる友達っていうのはは少々気が合って、同じ環境にいれば、簡単に仲良くなりますし、簡単に縁がなくなります。Easy come easy go, と英語では言いますが、この程度の関係はなんでもないので、適当にこなしていればいいし、会社内に友達だらけでも、一人も友達がいなくても、そんなものは何の意味もないです。

最後に知り合いなんて関わるだけ無駄なので、関わりたくないです。一回、二回、酒飲んで薄っぺらい関係になって、友達になって気がするだけのくだらない時間つぶしだと思います。特に私は情が薄いので、特にメリットもない関係を持ちたくないです。なので、読者さんに飲みに行きませんか?っと言われても、よほどのことがない限りは行きません。ぬるり、という空間で楽しんでいればいいだけで、それ以上はお互い興味なんてないじゃないですか?

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投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、理想の友人” への 6 件のフィードバック

  1. 個人的には高校時代の友達に親友と呼べる人が多い印象です。(中高一貫校の人ならば中学から)理由の一つとして、公立小学校、公立中学校のコミュニティって自分がどこに生まれたかで決まってしまい、自分自身が選択した環境ではないからです。高校になると曲がりなりにも自分の意思で環境を選び、そこで知り合った友達とは高校という共通のアイデンティティがあるので深い仲になりやすいです。ここでのポイントは自分自身の意思で選んだ環境ということです。そのため、ある程度の学力上位層が集う名門私立中学や、地方のトップ公立高校の方がより濃い関係が作れる気がします。それは受験前にその学校に通う目的意識を持って勉強をし、厳しい競争を潜り抜けた者同士達にしか共有できない親近感が芽生えるからだと思います。また大学受験を一緒に乗り切った(苦しいことを共有した)ことで、一層親近感が深まります。そうした意味でトップ層の大学にもそうした親近感は得られますが、コミュニティが大きすぎて、どうしても広く浅い付き合いになります。また高校のように朝から晩まで一緒のクラスで勉強することもありません。サークルはすごく楽しかったのですが、ちょっと仲の良い友達という感じで親友関係に達するのは難しい印象を受けました。(話していてすごく面白いけど、本当にその人が困っているときに飛んで行って助けにいけるかというと微妙)また進路も大学院進学、多方面への就職ということで大学受験と同じくらいの共通体験が得られにくいです。ただし、ゼミとか研究室とかで共同研究を行うなどするとかなり深い仲に発展する可能性はあります。体育会で一緒に苦しい練習に耐えたとかも該当するかと思います。
    総じて、食べ物に例えると高校時代の友人は味噌だけでなく出汁まで一緒の味噌汁で、大学時代の友達はかなり頑張らないと出汁まで一緒にはならなくて味噌だけ一緒という印象を受けます。

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    1. Yさん
      私も高校時代の友達が親友と呼べる人が多いです。また、そこまででなくても友人の中でも上位です。
      利害関係なしで結婚式も呼んでいただけるし定期的に会って話をしたりします。
      大学では、そこまでの人間関係は一緒に同じ単位を落として留年した人くらいで後は音信不通です。
      わざわざ、飲み会やるために休みを取ってまで地元に駆けつける人もいます。
      まさに、理想の友達です。

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      1. みなさん高校時代の友達を大切にしていますね。その意味で高校は重要で、進学だけでなく、校風が自分に合っているか?、をよく考えて進むべきです。

        シン

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  2. 自分は、転校が多かったので、古くからの思い出を共有できる親友などはいませんね。
    大学の同じ学科の人、サークルの人は親友というより、友達か知り合い程度で、卒業してからわざわざ会おうとは思わないかな。
    社会人になったら、今の大学のある地域からも離れると思うし、転勤などで新しい土地に行けば、友達0からのスタートですね。
    社会人で、学生時代の友人と疎遠になると、友達作るのが難しいってのは、よく聞きますので、心配ですね。

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    1. 身を呈してでも、守りたい親友がいるっていうのは人生における宝なのです。どこで会うかわからないので、出会った時には大切にしてください。

      シン

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  3. 古い記事へのコメントですいません。

    上でコメントされたYさんも似たようなことを書かれていますが、惰性で生きていたときよりなんでも良いから一生懸命物事に取り組んでいたときのほうが親友を作れた気がします。

    私自身は珍しいケースですが大学のサークル活動に相当力を入れていたので30近くなった今でも月に1度はサークルの同期の誰かと会いますし、年に2,3回は配偶者や小さい子供を連れて皆でバーベキューをしたりお泊まり会をしたりして、幸せものだなと思います。お金に変えられない宝物です。

    また、人生のどのステージにおいても一生懸命物事に取り組んでいた人の中には、親友とはいかなくとも親友に近い友達をたくさん作れる人もいるような気がします。もちろん絶対数は相当少ないですが。彼らを羨ましいと持った時期もありましたが、才能の問題なのか私には真似できませんでした。

    4+

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