じゃあ、潜行三千里-2

お勧め本として潜行三千里を紹介しました。何人かの読者さんは読んでいただけたそうなので、私の感想文もあげたいと思います。

事実

凡人が生きていて潜行、亡命、偽装などをしようと思うことはないと思います。せいぜい小説の話であり、現実世界にそういうことをする人はほとんどいません。そのほとんどいないうちの一人が自分で書いたのが潜行三千里であり、それが魅力だと言っていいでしょう。

年をとってくると感性が衰えてくるので、奇想天外なリアリティーがない物語に感情移入することが難しくなり、リアリティーをどんどん求めてくるようになります。そんな時にドキュメンタリーとして潜行三千里を読むと実際に行ったこと、歴史的事実なので没頭出来るかもしれません。

作者の辻政信氏は終戦時大佐であり、参謀本部所属のスタッフであり、ラインを持っていなかったため直接指揮する部隊がないものの、多くの機密を知っている幹部であり、いきなり潜伏しても許される特殊な立場であり、他の戦犯指定が確実な幹部が身動き取れず、呆然と立ち尽くす間に逃亡してしまうのが面白いところです。

現代風に言うと、辻氏は終戦時、特命部長みたいな立場であり、役員扱いの少将になってしまうとさすがに潜伏は無理だし、大尉以下の若手だとそこまでの権力、機密情報も握っていないので、そこまで面白い話にはならなかったでしょう。ちょうどいいバランスの立場の時に潜伏したわけです。

華僑

この本を戦中、戦後の華僑文化を知るテキストとして捉えるのも面白いと思います。長く続いた中国本土内乱を逃れて、中国人は東南アジアに南下し、独自のコミュニティーを形成しています。そのため、辻氏は各地で華僑コミュニティーを頼りながら重慶を目指します。

華僑はモラルがないのが難点ですが、厳しい環境を行きぬく意味ではこれほど生命力の強い人たちもおらず、少々の権力を手にするとそれを行使して公金をポケットに入れまくりますし、賄賂払うほうも別のやり方でそれを取り返しに来ます。

その華僑たちを先発隊として中国本土の本体が進駐軍として占領しようとして現地のタイ人、ベトナム人と争っている様子が描かれています。中国人は第二次大戦の日本軍に対する被害者みたいな顔をしますが、東南アジアで現地人相手に相当暴れたんですよ。

今も変わらない図が展開されていますが、中国人は世界中で賄賂、モノ、金を握って現地経済を支配して、権力を握れば身内で独占し、上から順番に利権をしゃぶり続け、下のほうは下のほうで別の方法で取り返します。そして、権力者が変わると人が一変して霧散します。

本土の中国人はそうでもないのですが、東南アジアの華僑は元が食い詰めた経済移民の出だからか、本を読まない、思考にふける、本質を見極めようとする、など真理を追究することに興味はなく、お金、性欲を満たすことしか興味がないのも今でも同じです。

本土

当時の状況としては毛沢東率いる北京共産党、蒋介石率いる重慶国民党、汪兆銘率いる南京政府と内戦状態で、汪兆銘は援助を受けていた日本の敗戦によって脱落し、毛、蒋の両氏によって内戦が継続されています。

辻氏が頼ったのは重慶の蒋介石政権で、これは辻氏が南京に駐在していた時に蒋介石を初めとする幹部の面倒を見たことがあり、お互いにある程度親近感を持っており、上のほうに上手く話が繋がれば亡命可能だったからです。

現代でも中国人は日本人を憎んでいるようなポーズをとりますが、中国が荒廃したのは内戦が主な理由であり、そこに日本を始め、帝国主義各国が利権目当てに入り込んできたことが内戦を加速させただけで、日本の中国での非道がどうこういうことではありません。

蒋介石も敵の敵は味方、利用できるものは利用する、というスタンスでしかなく、どれだけ役に立つのかはわからないが、利用価値があるものは捨て値で拾っていたわけです。辻氏に対してもそういうスタンスだったのでしょう。中国人は合理的なのでポーズはともかく、本質的にこういう考え方をします。

庶民すら内戦の本質は思想がどうとか、中国の今後がどうとかは関係なく「一つしかないものを二人の強者が狙っていれば喧嘩になるよね?」と端的に辻氏に言い切っている無学の使用人について書いていますが、いつの時代も中国人は達観していますね。

当の辻氏もほとぼり冷めるまで潜伏したかっただけなので、蒋介石の旗色が悪くなると帰国を選択します。他の帰国者にまぎれて船に乗り込み、お得意のホラで検査を切り抜け、国内潜伏をします。そして、本を出版、ベストセラー作家、国会議員当選、と漫画みたいな人生が続いていきます。

まとめ

潜行三千里は中国人読本としても面白いと思います。潔癖の性質があり、負けてしまうと呆然と立ち尽くす日本人に対して、混乱が大好きで暴れまわって財産をつくりに来る中国人の違いがこの本で描かれています。その中間として評価の難しい辻氏がいるので、なんともいえないバランスです。

辻氏は辻氏で凡人には考えられないほどのコミュ力、体力、頭脳を持って、何かに突き動かされるように行動していく異才ぶりを発揮して、自己装飾を撒き散らしながら猛烈に表現する姿は実際に会ったら、私みたいな小物はあっという間に騙されるだろうな、と思います。

5+

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、潜行三千里-2” への 2 件のフィードバック

  1. >私みたいな小物はあっという間に騙されるだろうな、と思います。
    シンさんの感性だと、辻氏の強烈さや意思の強さに、”あ、ヤバいやつ”という勘は働きそうな気がします。でも、騙されていることが気付いても、飲み込まれそうな気迫が、辻氏にはありますね。辻氏ほどではなくても、彼のようなタイプの人間は、現代にも時々いるので面白いです。

    0

    1. そうなんですよね。コイツに関わるとマズイな、ということはわかっても飲み込まれらような雰囲気ってありますね。不思議な魅力があります。

      シン

      0

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