じゃあ、意識が高い系

何かとバカにされる「意識が高い系」ですが、何でここまでバカにされるのでしょうか? 意識が高いことは悪いことでは全然ないのですが、自分に酔っているだけで、社会が自分に求めている努力ではない、自分がしたい努力を繰り返しているので、バカにされるのです。

人脈

人脈って言いたがる人って一杯いますが、自分が何かしらの武器を持っていないと、きちんとした人脈は築くことができません。例えば、東大生であれば、同級生と積極的に交流することが人脈作りですが、Fラン文系が同級生といくら交流したって、何の人脈にもなりません。

そして、質の高い人脈を維持したければ、自分も努力をし続けるしかなく、大学の頃に一緒につるんでバカやっていたツレが財務官僚として上り詰めていて、自分は都銀のエリート街道を突っ走ってきた、というケースなら、お互いの力が作用して、より大きなことができるのですが、片方が高学歴ニートに落ちぶれていたら、久しぶりに会いに行っても昔話をする以外に何も出来ません。

つまり、何のブランド、専門もない人が「人脈、人脈!」っと喚いて、似たようなレベルの履いて捨てるほどいる人同士で交流しても、何の人脈にもなりません。それをまったく理解せず、フェイスブックで友達作りまくって、くだらないサークル立ち上げて悦に浸っている人が馬鹿にされるのは当然だと思います。特に何になるわけでもありませんから。

投資

単なる呑み会に「将来への投資だから!」っとか言っているアホは救いようがなく、「女の子としたいから、軽い子を集めたい!」っとはっきり言える、集めてくるだけのネットワークのある愛すべきバカのほうが何とかなるものです。愛すべきバカは大それたことを言わないので可愛いのです。

私立文系に進学した時点で、費用対効果の面で最悪であり、そんな人が「投資」なんて口にするのは矛盾しており、時間、金が有限であると理解しているなら、そんなことするわけないからです。「人生なんて死ぬまでの暇つぶし」って言うスタンスだから、私大文系に進んだんだっていうくらいの割りきりがあるほうが可愛げがあります。

バカはバカで可愛いのですが、バカなくせに妙に賢そうなことを口にする人間が最も可愛くないんですよね。かっこいいことはエリートがするからかっこいいのであって、ノンエリートのエリート意識はウザイ以外に何者でもないです。そこを意識していないから「自称意識が高い系」っとか見下されるわけです。

結果

何の結果も出せないクソサークルを立ち上げて、「折鶴を災害地に送りつける」みたいな自己満足ボランティアの一種をする人って何がしたいんですか?ネットウヨの集会も出会い系の場として活用したいんでしょうか?「ボランティアだ、国士気取りはいいが、まずは働いて税金払え!!」って言うことですよ。それが誰にでもできる小さな社会貢献です。

上っ面だけかっこいいことに何の意味もないので、何が何でも結果が出るように取り組んだらいいのに?って思いますよ。ボランティアがしたいなら、きちんと何をすればいいのか?、何が求められているのか?、を把握して、その上で行動すべきなんです。もっと言えば、自分の立場すら危うい人間がボランティアなんておこがましいです。

これって、仕事で同じで、顧客、上司の望んでいることを出来るだけかなえるための努力に意味があるだけで、自分がやりたい努力をしました、認めて下さいっていう、自己満足は嫌がられるのみです。どんなことでも結果さえ出れば回りは黙ります。結果が出てもいないのに大騒ぎするので、「自称意識が高い系」っとか言われてしまうんです。

まとめ

「自称意識が高い系」がバカにされるのは何の裏づけもなく、やたらご大層であり、具体的にどういう努力をすれば、結果に結びつくっていうところまで持っていけていないからです。そして、口にしたこと、取り組んだことで満足していて、そこから進んでおらず、完璧に自己満足になってしまっています。

私が思うに、最近の若者って恵まれすぎているんですよ。子供の頃から悪平等教育を受けてきて、「誰にでも無限の可能性がある!」っという嘘っぱちのキレイゴトに使っているので、自分の身の丈を知らないし、具体的、地道な努力を嫌がって、上っ面だけかっこいいことばかりしたがりすぎます。

これはどこの国でも同じで、少し豊かになってくると、地味な堅実な生き方でなく、華やかでかっこつけた生き方を望んで、何の実績もあげたことないくせに、無名MBAを取りたがって、コンサルだ、経営だ、アドバイザリーだ、とキレイな仕事ばかりをしたがるものです。

実際はIT革命によって仕事総数が劇的に減ってきており、手に職のない事務系はどんどん駆逐されているのですが、そんなことを高校生、大学生は考えてもいないものです。親が金持ちでもないのに、「東京でミッション系私大文系に行くんだ!」っと具体的な進路も思い描かずに楽な道に進むものです。そういった人は下流につきおとされるのだと思います。

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投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

「じゃあ、意識が高い系」への12件のフィードバック

  1. 意識高い系といったら、僕はtehuさん真っ先に思いました。
    彼は、親が金持ちの中国人で、灘中学時代に、アプリの開発をして、少し話題になった人です。
    当初は、アメリカの大学へいく事を考えていたらしいですが、アイドルももクロ目当てでそれを辞め、ブッとんだ人間を求めて慶応の神奈川キャンパスの方へ進学。
    彼は、何かになろうとしているようですが、はっきりしていないのか、SNSで人脈アピールをしまくって、ネットでネタにされてしまいます。
    例えば、誰も聞いていないのに、twitterで、
    「テレビみたら知り合いが4人もいた」
    「知り合いが事務次官になったらしい、また事務次官の知り合いが増えてしまった」などなど。
    挙げ句の果てに、小4になりすまして安倍政権を批判するも、バレて信用失墜。
    何かになろうとしているようですが、はっきりと決まらないようで、クリエイターっぽい活動もしているようですが、今は留年して迷走中なようです。

    しかし、彼は親が金持ちで日本語英語中国語のトリリンガル、灘高卒の学力など、優秀なはずなのに、残念です。

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    1. Tehuさんは恵まれた環境に対して、迷走を続ける人だとは思います。「何者か」になるって、漠然としているので、迷走しやすいんですよね。この方向と決めて、全力を尽くさないと、何者かにはなれません。そろそろ何かしらの目に見える結果がないと、飽きられるでしょうね。ネチズンにすら弄られなくなったら、おしまいです。逆に言えば、こうして話題に上るだけ、まだチャンスはあるんですよ。頑張ってもらいたいです。

      シン

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  2. 人脈というほど大げさなものではないですが、社会に出てから友達と昔の友人関係を維持しようとすると仕事や私生活を充実させる努力って必用になりますね。
    仕事を辞めてしまったり、仕事がうまくいかなくて暗かったりすると疎遠になります。また、逆に学生のころに陰キャラの私でもそれなりに社会に耐えていると学生時代そこまで関わりのない人から声をかけてもらい人間関係が充実してきました。
    また、そこからいろんな人に会いました。
    抽象的なコメントで申し訳ないですが、人脈のつくり方っていうのはこういうことを指すのだと思います。

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  3. ニコさん
    一人でも生活を充実させている人に結果的に人が集まってくると思うんです。人脈はあくまでも自己の充実の結果であり、人脈が目的化してしまうと迷走してしまうと思います。何故ならば他人が自分に下す評価なんて不確かなためです。しかしながら、自分自身が充実していれば、たとえ他人が自分を評価しなくてもぶれません。結果的にそのような人は一緒にいて楽しい人が多いので人が集まってくるんだと思います。
    自分にとって大切な人たちと自分はどうやって繋がったのかを振り返ってみると、人脈を作ろうという意識でアプローチはしていませんでした。お互いが充実した日々を送ってきた結果、それをお互いが認め合い、あくまでも結果として人脈に発展してのだと思います。そしてその人脈というのは必ずしも社会的ステータスが高い人を指すのではなく、何かと自分を気にかけて食べ物をくれる近所のおばちゃんだって立派な人脈です。そのおばちゃんとのつながりは毎朝通勤途中におばちゃんが自営のお店の前を掃除しているときにおはようございますと声をかけたことから始まりました。
    人脈をやたら口にしたがる人に限って、身近なコミュニティの何気ないつながりを軽視しがちです。職場のビルの掃除をしてくれる清掃員の方に毎朝挨拶をしたり、そういった小さな人間関係の積み重ねが出来る人に人脈って構築されるんだと思います。
    異業種交流会のようなパーティーで有益な人脈が構築されにくいのは、パーティーに参加する時点でお互いを利用しあおうという魂胆が透けて見えるからだと思います。人脈構築の意識でつながった関係性は残念な結果に終わってしまうことが多いんです。

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    1. Yさん、
      私のなにが言いたいかわからないコメントをきちんとまとめていただきありがとうございます。

      意識高い系の人が言ってる人脈ってなんなんだろ?ってよく思ってました。正直、大学の後輩ならいざ知らず、社会人になってからそんなめんどくさい学生に会いたくないし異業種交流会ってなんだろう?って思いました。
      友達は結婚相手を見つけたので一定の利益はあったと思います。

      出逢いを求めて婚活パーティーや街コンに行くのは理解できますけど、これもなかなか難しいです。

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  4. シンさん、こんにちは。
    昨日ちょうど朝井リョウさんの小説「何者」を読んだところでした。今回のシンさんの記事と主張を同じくしているような内容で、改めて自分が「何者でもない」ことの警鐘を鳴らされたような気分です。
    私はアラフォーなので、10、20代の若者とは世代が違いますが、年を重ねても、ブレ続ける自分の価値観にかなりの危機感を抱いているところです。
    今からでも間に合う、今からでもマシになる、いい意味で諦める、と希望を残したい気分です。

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      1. 以前と意見が変わったことを「ブレてる」と批判する人に対し、芸人の有吉さんが「ブレてんじゃねえ。それを『成長』って言うんだよ。」と反論していました。
        有吉さんって頭のいい人なんですね。

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        1. 芯の部分がコロコロ変わればブレているんでしょうが、芯が変わらず、意見や捉え方が変わるのは特に変なことだとは思わないし、成長なのかもしれません。時代変われど、枝葉の部分が全く変わらない人は偏狭とも言えます。

          私も前の記事を見ると、意見が変わっていることは多々ありますし、それは特になんとも思いません。世の中の環境、自分の環境が変われば、意見も変わります。困ったな、と思うのは芯の部分がブレている時で、その時は反省します。

          例えば、私は正解は自分の中にしかない、という軸は絶対だと思うのですが、他人に求めたくなることもあり、それはブレていると感じます。

          シン

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