じゃあ、限界

その人の限界ってあるんですけど、それは産まれ、学歴、社格、とは関係ないんですよ。(当たり前ですけどw)

興味

多くの人は身近なことしか興味がありませんし、自分の理解しやすいレベル、言うなれば「物差し」で他人、物を測ろうとします。そうすると、元々の物差しが小さい人は大きな人、物の全体像を見ることなく見えている部分だけで卑小に理解します。

二言目には学歴、学歴、という人は受験勉強くらいしか頑張ったことはないし、成果を出したことがないので、その物差しでしか他人を測れないからですし、社格、社格という人は勤務先の世界が全てだと思っている為です。世間一般になんとなく付いているラベル、序列で評価して自分を上に持って来て、下を見下ろしながらちっぽけなプライドを満たしているわけです。

こういう考えは自分の精神状態を保つ庶民の知恵というか、非常に楽なので選択されがちで悪いとは思いませんが、もう少し視野を広げると新しい世界が見えるのにな、と思います。自分が思っている以上に面白いこと、面白い見方はあります。でも、人には限界があるので、自分の半径数メーターくらいしか興味持てない人もいるわけです。それがその人の限界、ということです。

調査

仮に興味を持ったとしても実際に調査する人は少なくなります。ググればいくらでも情報は出てくるのに、自分なりに調査することもなく、他人のいうことを鵜呑みにしたり、感情的に判断します。調査は地道な作業ですし、調べた後に噛み砕いていくのもかなりの労力が必要です。

私がともかく有価証券報告書を確認してくれ、とか、大学公式の就職先情報を確認してから意見してくれ、と何度言っても、感情的、感覚的に自分が知っていること、そうあって欲しいことを根拠も示さずに言いまくる人がいます。

きちんと議論するのは誰にでも出来るかではありません。多くの人は調べることもなく、自分の身近なこと、自分がすでに経験したことを感情的に根拠もなく吐き出して、それに他人が共感して欲しいと思うわけです。そして、共感してもらえないと怒り出します。

人生は何事も投資であり、どの分野でもも良き投資家は徹底して調べますし、自分が納得するまで延々と色んな角度で見ていきます。パッと思って感情的に買うのは楽なんですが、それでは市場に食い物にされることは確実です。人間は意識しないと無意識にコツコツドカンをするからです。

調査するまでは割と好きな人はいます。凝り性な人、議論好きな人は根拠を探りますし、その根拠を元に自分の考えを整理していくので、それを他人に説明することもできますし、自分の中で確信に似た感情を得られる事もあります。そこまでが評論家、実践家の分かれ道です。

勇気

最後の最後は勇気です。どれだけ勘の鋭い人、資金力のある人、人望のある人、学力のある人も踏み出す勇気がなければ何の意味もありません。机上の空論を喚き散らすことまでなら、割と誰でもできます。実際に踏み込んでもいないのに、後付けでそれっぽいことを言う「先生方」は世の中に溢れています。

でも、実際にリスクを取って前に進むことは誰にでも出来ません。他人がやるのではない、自分がやるのだと信念を持って、きちんと準備して、踏み込んでいける人は極少数です。そうしてリスクを取っても、必ずしも勝てるわけではなく、負けることだってあります。その恐怖に打ち勝ってしか大きな物は得られません。

調査を無視して、自分の興味の範囲内で突っ走ることは勇気ではありません。そのリスクを理解してないから出来るのなら、それは無意味な玉砕突撃であり、知らないから出来る安易な進撃は、ほとんどの場合、惨劇に変わります。仮に勝っても、同じことを繰り返して、時間の問題でやられます。

まとめ

自分の限界はどこにありますか?自分の身に回りのことしか興味を持たず、誰かから聞きかじったことを鵜呑みにしてませんか?それどころか、それをあたかも自分で考えたかのように口にして悦に浸ってませんか?

私自身が気をつけていないと、陥る非常に危険な罠です。自分の可能性を制限する思い込みを出来るだけ無くして、自分の目で見たこと、経験したこと、考え抜いたことを選択していかないと、納得できる成果は得られないのだ、と思います。

他人の言うことを聞くな、と言っているのではありません。他人の言っていることにも何かしらの一面の真理はあり、明らかにバカげた意見ですら、そのバカげた意見はどういう風に出てきたものなのか?という気付きがあるはずです。

だから、私は最低限のルールさえ守ってくれるなら、どんな人でもコメントは大歓迎ですし、そうして得られた気付きの繰り返しが、自分の人生の中で重要な言いを持つ瞬間があり、こうしてどうでもいいことを延々書き連ねています。

25+

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

「じゃあ、限界」への2件のフィードバック

  1. 〉調査を無視して、自分の興味の範囲内で突っ走ることは勇気ではありません。

    φ(..)メモメモ

    〉誰かから聞きかじったことを鵜呑みにしてませんか?それどころか、それをあたかも自分で考えたかのように口にして悦に浸ってませんか?

    φ(..)メモメモ

    守破離、守の段階の人にはそういう段階も必要かと思いますよ。あと、自分の意見だけはオリジナルと悦に入る人もいますが、どこかで聞いた内容ですよね。

    シンさんのブログも内容はフツーですが(すみません)、キレのある説得力ある内容なんですよ。「あぁ、そうなんだよ。こういう風に書かれるとぐっとくるんだよ」そんな感想です。

    なんか凡人には頭が良くなった気がするんですよね。反芻することでさらに。

    1+
    1. >シンさんのブログも内容はフツーですが(すみません)、キレのある説得力ある内容なんですよ。「あぁ、そうなんだよ。こういう風に書かれるとぐっとくるんだよ」そんな感想です。

      どんなことでも本質はシンプルで普通です。それを自分なりにキチンと考えて表現することが自分なりの理解であり、そのまま吐き出しても、どこかで聞いたことあること、なんの工夫もないので説得力はないと思います。私がキチンと消化できているか?は別にして消化しようとはしてますね。

      シン

      5+

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