じゃあ、小さな努力

小さな努力もしないのに、大それたことを言って、それが出来ないと嫌になることって、多くかれ少なかれ誰でもあることだと思うのですが、それで「何もしない完ぺき主義者」になってしまうと、人生は消化試合になり、ほんの少しの達成感もないものになってしまいます。

体調

まずは体調管理からしてみるといいのではないかと思います。多くの現代人は運動不足、肥満気味で、これを解消するだけでも、かなり大きな前進ですし、精神面にもいい影響をもたらします。だから、まずは毎日体重計に乗って、現状分析、進捗管理をすることを始めてはどうでしょうか?そうすることで、自己管理意識が生まれ、色んないい影響が出ます。

いつもダイエットしている女性っていますけど、モデルを職業とするわけでもないのなら、過度の減量、極端な節制なんて不健康なだけなので今すぐ止めたほうが良いです。誰にでも、健康的な自分に合う体型があるので、まずはそこを理解することがスタートだと思います。数字として、見た目として、太っていても、それで健康的なら、何の問題もないと思います。

持病がある人はきちんと通院して、治したり、緩和させたり、予防したり、自分に出来ることをするだけで、かなり改善されると思います。持病は持って生まれた顔みたいなもので、どうしようもないものであることが多いので、上手く付き合っていけばいいだけです。コンプレックスに感じることもないし、それも個性だと思いますね。

挨拶

起業するだとか、トップに立つ、難関資格を取る、だとか、景気のいいことをぶちまける人っていますけど、そういう人って、ろくに挨拶も出来ないことが多いので、まずはそこからやったらどうなの?って言いたくなります。そういう当たり前のことも出来ないくせに、人を出し抜いて、何かが出来るわけありません。

繰り返し聞きますが、「なんで、職場、取引先に入るときに元気よく挨拶しないのですか?」完全に無料で効果が大きいことはしないのに、高額なMBAだ、セミナーを検討しているのでしょうか?本当に大きな矛盾で、情弱の見本みたいなものです。当たり前のことも出来ない人がお金出せば、すごいことを他人から教えてもらえるのですか?

間違ったことをしたり、言ったら、すぐに謝ればいいのです。本当に大きな話で、ミスを認めると、とんでもない責任を負わされる、という場合は滅多になく、ほとんどが小さなミスのはずです。その小さなミスを反省せず、謝らず、ごまかそうとしても、相手には不信感だけが残ります。これも、大きな声で申し訳ございません、といえばいいのです。本気で反省して、真剣に謝って、許してもらえないことはほとんどありません。そして、感謝は口に出して、伝えるのです。

幼稚園児は「こんにちは、ありがとう、ごめんなさい」が言えれば、それで教育は十分だ、と言いますけど、まったくだと思いますよ。それが体に染み付いてさえいれば、何かしらの形で生きていくことが出来るし、誰かしらの助けを得て、それ相応にやっていくことができるものです。孤独、無視、放置を食らう人は言うべきことを言ってないのだと思います。

発信

何かが起きるのを待っているのでなく、何か起こす努力をしてはどうですか?本当に小さなことでいいんです。仲間でBBQパーティーするのを提案して、日時、場所の予約、予算をとって、どんなものを持っていったら、盛り上がるのか?、を考えてみてはどうでしょうか?そういう自分から動く習慣が何かを起こし、いい結果を呼ぶもので、その手の仕切りも出来ない人が人を率いて、利益を生めるわけないでしょう?

本当に何でも良いんです。私のようにブログ運営して、自分の言いたいことをまとめて世の中に発信してもいいし、繁華街に行って、ナンパに明け暮れてもいいのです。特に何の成果もなくとも、動いた、ということは自分の自信になるし、継続したことが結果につながるものです。どんなに不細工でも反省、対策をしながら、100人の女性に声をかけたら、何人かとは連絡先の交換が出来るだろうし、そのうちベッドまで持ち込めますよ。

ブログ第2版から言い続けているのですが、やることないなら、街に出てナンパでもしていたほうが良いです。もっと言えば、知識、経験をお金に変えることが出来ない机上の空論を学んでいるくらいなら、もっと人に会って、真剣なバトルしたらいいのです。特に若い男性にとって、ナンパは精神力、行動力、戦略力が鍛えられ、自信につながるのでお勧めします。

まとめ

今すぐ出来る努力はいくらでもあるのに、お金出して、どんな効果があるのか、はっきりしないようなことをしたがる人って、現実逃避しているのです。その現実からずっと逃げていられればいいですが、人は平等に年を取り、年をとると、現実が迫ってきます。まともに努力もしていない夢を語る、根拠のない自信で突っ走れるのは若者の特権であり、ある一定の年齢になって、地に足が着いていないと、誰にも相手にされなくなります。

学歴、資格、職歴、なんかに救いを求める人がいますけど、そうじゃなくて、裸の自分と向き合って、人間とした根本的に大事なことを継続できているのか?、という根本的な問いに対して、自信を持って答えられないなら、それは本当の自信じゃないと思いますよ。他人のブランドにしがみついて、その一部になってしまうと、そのブランドが崩れたら、自分も崩れます。

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、小さな努力” への 12 件のフィードバック

  1. 共感します。表立って言われませんが、年齢は大切な要素ですね。50代で医学部目指された方が、面接の点数で不合格となり、裁判沙汰になったのを記憶しています。
    チャレンジは大切なことですが、年齢によってステージは変わります。
    わかってはいるんですが、いざ、自分のこととなると、見積もりが甘くなっちゃうんですよね笑

    1. 若者に若さはもったいない、と言いますが、人は若さを無駄遣いするもので、年老いて、色々やろうとして、年齢制限食らって、文句言っても、誰でも若い時期はあったのだから、若者に席を譲れ、と言われてもごもっともですよ。

      いつまでも若者気取りの見苦しい中高年になるのでなく、年齢なりの味のある中高年になるべきです。

      シン

  2. 何をどのように伝えたらよいか、考えても上手く言葉が浮かばず、このままスルーしようかなと思っていたところ、今日の記事が目に留まりました。

    ごめんなさい。この場をお借りして、私はシンさんや皆さんにきちんと謝らせていただきたいと思います。先日の医学部の記事ですが、自分のコメントを読み返しながら、私は読む方に不快感を与えてしまったように感じ、反省していました。そんなつもりはなかったのですが、あらためて自分の文章を読み返しながら、夫の話をあたかも自分の経験、知識のように語っていて、なんだか調子に乗ったコメントを重ねていました。今までも自分の頭でしっかりと考えることをせず、間違えた情報をお伝えしてしまったり、曖昧なコメントを残してしまったり、過去記事を読まずにシンさんや皆さんの考えを十分に知らないままにコメントをしてしまったこともありました。その都度、すみませんとお伝えしてきたつもりではありましたが、私はオンラインに不慣れだから、議論することに慣れていないから、という自分を守る言い訳ばかりをして誤魔化してきたような気がします。

    シンさんの言葉をお借りしますと、私はまさに夫のブランドにしがみついて、その一部になってしまってきた人間で、裸の自分と向き合うことを避けてきました。40半ばにもなり、私はいまだに地に足がついていない、意識高い系だと笑われるようなおばさんです。まだまだ「ぬるりと生きる」という意味が漠然としたものなので、しっかりと自分を見つめ直していきたいものです。

    オンラインでもオフラインでもそのコミュニティで出会った方々とお付き合いしていく上でのマナーは同じなのだとあらためて感じました。相手の表情も見えない、声も聞こえない世界だからこそ、きちんと自分の考えや気持ちを文字に変えて伝えなくてはいけないですね。

    きちんと謝ることから逃げていた自分に気づきましたので、コメントをさせていただきました。皆さま、申し訳ありませんでした。

  3. 美和さん 凄く素直な方だなと思っていましたがご自分の事を客観視する努力もしていらっしゃって素敵だなと思います。 謝ることはないんじゃないかなと思います。私の様な者からすると同じ女性として凄く勝ち組のように思えるのです。要は羨ましいんですよね。でも隣の芝生はよく見えると言いますが 誰でも何かしらの苦労なり 悩みもあると思います。ただその種類が違うだけなんですよね。要は自分にはどういう種類の苦労なら受け入れられるか? 自分らしく生きたいけど世間体が、家族が、リスクは? 考えるとキリがないですが 家族をひっくるめて自分以外は他人です。子供だってそうです。究極のぬるりって 生きたいように生きる 他人の事なんて気にしない っていうことなのかな?と 自分なりに勝手に解釈しています。でもなかなかそうはいかないですよね… だから自分なりのぬるりと生きるを探求する。特に若者に真剣に考えて欲しい。ここはそういうブログだと解釈してます。違っていたらご指摘下さい

    1. そういうことです。

      他人の顔色を伺って、相手が望むようにしたとしても、それが相手にとっていいことなのかすらわかりません。自分のことすらわからないのに、他人のことなんてわかるわけがありません。明らかに相手に迷惑がかかることでないなら、自分の信念に従ってやればいいし、相手に迷惑がかかろうともしたいなら、覚悟してやればいいです。口で言うほど簡単なことではないですが、自分が納得できるレベルを模索し続けるのもぬるりと生きることです。

      女性はいい意味でも、悪い意味でも他人のことを気にするので、かりりんさん、美和さん、そのほかの女性読者さんも何に対して謝っているのかわからないことで、私に謝るのですが、少なくとも私は些細なことで気を悪くしたりしないので、謝らなくてもいいのに、と思います。

      私は感情的になって、このブログを荒らしてしまった人でも、反省して最低限のルールを守ってくれるなら歓迎します。謝罪してくれるなら、そっちのほうがいいですが、なかなか素直に謝れないものなので、態度が改まっているだけでも、間接的な謝罪として受け止めます。また、意見の違いで来なくなった人がまた来るのも歓迎します。

      また、私も失礼なことをしているかもしれませんが、そのときは指摘してもらえばいいし、それが誤りだと思うなら、私も謝罪しますし、許してくれるなら、許してくれればいいし、許さないなら、もうブログに来なければいいのです。許さない、といって、ひたすら荒らすのは困りますが、私を憎む、恨むのはその人の勝手です。

      現実の人間関係はこんなにシンプルにはなりませんが、オンライン上の関係くらいはこのくらい気楽にしたいし、この気楽さを現実に上手く反映していければ、来るもの拒まず、去るもの追わず、何かしらの接点を楽しめる関係だけが残っていくのだろうと思います。こんな緩さを理想として、ぬるりと生きられたらなぁ、といつも思ってブログをしています。

      シン

      1. かりりんさん、シンさん、ありがとうございます。
        私がこちらへお邪魔してすぐのことでしたが、ある方に逃げ切ってくださいという言葉をいただいたことがあります。今思えば、その時の私は分かったつもりになっていただけで、その言葉の深い意味をつかめていなかったように思います。
        逃げ切るのがよいのか?流されるままに流れていくもよいのですが、どこかで自分を押さえつけていると、自問自答が始まるわけです。このままでいいのか?って。
        かりりんさんの家族をひっくるめて自分以外は他人だという言葉が今の私には響いてきました。子どものために?夫のために?それが果たして自分のためなのか?

        かりりんさんと同じく、若い方々に真剣に考えて欲しいという気持ちが私にも強くあります。
        私は、安易な気持ちで私のような専業主婦になっちゃいけないよということお伝えしたいです。
        若い方々には、シンさんのブログで出会える多くの大人たちの声にしっかりと耳を傾け、自分に向き合い、前へ進んでほしいと思います。
        ちなみに大学生の娘も読者です。彼女もシンさんのブログと出会い、変わり始めています。

        1. 色んなことが捉え方次第で学びになり、死ぬまで学びは必要です。私も皆さんから学んでますし、日々、後悔、反省しながら、進んでいます。

          意外と、夫婦、家族でぬるりと生きるを読んでいる人っているみたいで、第2版時代のアングラサイトから、雰囲気が変わって来ていることに驚きます。あの頃は口に出したら、人間性を疑われるような激しい表現の仕方をしてましたからねw

          その意味で私も成長して、ごく当たり前の言い方で、同じ内容のことを伝えられるようになったのでしょう。

          シン

  4. 私自身ぬるり的だなあと思うのは、会社に居ても独りきりのような孤独感を楽しんでいる時に感じます。まだまだ経済的な自由を手に入れてませんが、物質よりも先に精神的にぬるりの境地にたどり着けそうです。それも何度も会社を辞めようと思った時にシンさんのブログで勇気づけられたお蔭ですね。

    1. それは良かったです。

      人はみんな孤独、それが利害関係のある会社の同僚とわかり合おうなんて、土台無理なんです。人間関係を理由に辞めることなんてありません。自分自身、周りを冷静に見れば、悩んでいることがバカバカしくなるはずです。それが楽しめてくれば、ぬるり道を前に進んでいると言えるでしょう。

      シン

  5. 私も最近は行動できるようにしてます。
    とにかく動かないといけないです。失敗してもやったことが大事だと思います。

  6. 経歴がきちんとしているのに挨拶がダメな人は時々いますよね。明らかに印象を損ない、損をしているのに本人が気付いていないはもったいないです。
    ビート武さんは弟子に厳しく挨拶を指導するそうです。別に弟子の良心を育てようという訳ではなく、芸人が共演者やスタッフと良い人間関係を築くのは仕事を続ける上で重要で、あいさつや礼儀作法は芸能界で生き抜くために欠かせない技術と考えているようです。
    挨拶を良心とか心の問題ではなく、処世術の道具として捉えることに抵抗がある人がいるかもしれませんが、私は彼の考え方に賛成で、学校でもコミュニケーション技術として気持ちの良い挨拶の「実技」を教えるべきだ、と考えています。
    初対面の人やプライベートでは馬が合わない人に対して、爽やかな挨拶が人間関係を円滑にする効果を生むのは明らかで、率先してあいさつする利点を子供が実感できれば教育効果も上がるのではないでしょうか。インセンティブを与えるために点数化、教科化もアリだと思います。
    設備投資も必要なく経費も大して掛からないし、公立小学校で英語を教えるよりマシではないでしょうか?

    1. その辺はアングロサクソンを見習うべきで、嫌いな人にでも、挨拶して、小話しながら、距離を詰める訓練を子供の頃からすべきです。別にいい人になる必要はなく、コスパがいいからやる、という現実主義に徹するべきですね。

      コスパがいいことはしない、コスパが悪いことはしたがる、という姿勢で、どういうメリットがあるのかを教えてもらいたいくらいです。

      実利もない、根拠もない、「世間」を評価軸にして行動する情弱はずっと搾取されるのだろうと思います。

      シン

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