「憚りながら」を読んだ人は気になったと思いますが、後藤忠政さんの生涯の友、野村介さんについて書きたいと思います。
[amazonjs asin=”4796681345″ locale=”JP” title=”憚りながら (宝島社文庫)”]右翼
我々が目にする右翼って、祝日に街宣車でやかましくウロチョロしたり、街頭演説でギャーギャー言う変な人たちだったり、新大久保で韓国、朝鮮人と戦う変な人たちだと思います。そういう人たちがヤクザと結びついて、市民の安全を脅かしている、というイメージがあるんじゃないかと思いますし、私もそう思っていました。
でも、野村秋介さんの句を眼にして、それほど単純なことじゃないだろう、と思い直して彼について少し勉強したんです。
俺に是非を説くな 激しき雪が好き
これを見たときにガツンと頭を殴れらたように衝撃を受けて、彼がしでかした事件とあいまって、何なんだこの人は?と思ったわけです。
犯罪
野村さんは時の大臣である、河野一郎(国賊、河野洋平さんの父上)さんの家を放火して逮捕されました。その理由は本人も語らず、なぜ、放火したのかは真相は闇のままなんですが、野村さん本人は信念を持ってやってことであり、反省の気持ちはあるが、賠償するつもりもないし、情状酌量を求めない、としています。
その事件は拳銃片手に河野亭(新築)に乗り込んで、主人不在の家人を脅して、外に出した上で放火したので、誰も殺していないし、傷つけてもいません。他人の財産を奪う大罪ではあるのですが、大臣クラスの政治家なら、そこまで痛い話でもないのかもしれません。警告のつもりだったのでしょうか?
でも、野村さんの思いは通じなかったのか、息子の洋平さんは悪名名高い「河野談話」で日本に損害を与える国賊になってしまうのです。孫の太郎さんは多少マシみたいですが、良い政治家だとも思えないのが残念です。
受刑
事件の代償として、野村さんは12年受刑することになり、28歳の若者が40歳になるまで塀の中で暮らすことになります。その苦悩はあったようで、妻子がいて、家族がいる普通のお兄ちゃんが自分の信念に従って犯罪を犯して塀の中で暮らす、というもので、完全に頭の狂ったサイコパスみたいな人じゃないんですよ。
その間に書いた日記がなかなかいいです。
[amazonjs asin=”4931190774″ locale=”JP” title=”野村秋介獄中日記〈千葉編〉”]マニア的人気になって高い本なので買う読者さんはいないと思いますが、一応貼っておきます。興味がある人は図書館で借りると良いと思います。また、購入して熟読するまでもなく、さらっと読んでみるくらいがちょうど良いと思います。
刑務所の中で精神修行をするような野村さんは碁、俳句をしたり、同じ受刑者と語り合ったりしています。ネットウヨみたいに朝鮮人を差別することもなく、彼らの悲劇を嘆いたり、貧困から犯罪を犯した青年を労わったりしています。思想的にも大アジア主義と言うか、白人からアジアを守りたい、という気持ちを綴っています。
まあ、白人をそこまで目の敵にしなくてもいいじゃないか?、という気もしますが、彼らがアジアの直接支配から手を引いたのは最近の話であり、その当時はガンガン介入していたので、今の価値観で野村さんたちの考えを笑うことは出来ません。
最後
敬愛した三島由紀夫さんと同じように自決して最後を迎えます。山藤章二さんが書いた風刺画に怒って抗議、本人は詫び状をすぐに送ったそうですが、朝日新聞の姿勢に激怒、拳銃で自決をします。それでも、朝日新聞はまったく変わらず、未だにふざけたマスゴミです。
こう考えると、命を賭けて喚起を促した河野氏、朝日新聞はまったく変わらず反日であり、野村さんの努力は何だったのか、というむなしさを感じますが、こうして若い世代の私に考えさせる材料になってくれただけでも、意味があったのだと思います。また、何かを表現する人間なら、安易な風刺はせず、信念を持ってやるべきだとも思いました。
まとめ
思想の違い、生き方の違いあれど、筋を通した人同士は分かり合える、という好例だと思います。元は野村さんもチンピラみたいなことをしていましたし、ヤクザの一種なのかもしれませんが、後藤さんとの邂逅はなかなか味のある関係だと思います。そして、その間を繋いだ僧侶もまた味があります。
私は右翼、ヤクザ、僧侶のどれでもありませんし、成ろうと思ったこともありませんが、どんな仕事であれ、世の中に必要とされるから存在し、その筋が通っているなら、理解できる点はあるのだな、と思いました。全然関係ない世界だと、初めから聴く耳を持たず、拒否するのは簡単ですが、理解しようとすると見えてくるものがあるのかもしれません。
大人物が抗議の末、自決に至る心情が、私には難しすぎます。自分の亡き後、ちゃんと意志が完遂されるのか?と心配になってしまいます。ならば、コツコツ出世したり、権力者の犬になったりして、目的を成し遂げたいと思うのが凡人ですが、大人物には自決して完遂する何かがあるのかなぁと思います。
事実として、朝日新聞、河野洋平氏は反日を貫いていますし、野村さんの命を賭けた主張はどんな意味があったのだろうか?、と思います。思想に殉じるのはカッコいいですが、泥にまみれても完遂するために足掻くのもカッコいいです。私は後者の方が好きですね。
シン
本題とはややずれますが、私は朝日新聞の反日捏造報道がどうにも理解出来ません。
権力に擦り寄るために翼賛報道をする、スポンサーの受けがいいように情報を捏造をする、
といったのなら、賛同は出来なくとも理解は出来なくもありません。
しかし朝日新聞は、何の益にもならない捏造を繰り返し、人々を不幸にしてきました。
強制連行や中国各地での虐殺が捏造であったのは既に証明されています。
(朝鮮人の貧困に付け込んだ悪質な口入業や、南京市街戦に伴う一般市民の巻き添え、
兵站の軽視による現地住民からの食糧徴発があったことは否定しません)
そうした数々の捏造報道により、日本人に戦争犯罪の冤罪を被せました。
北朝鮮を「地上の楽園」と称賛し帰国事業で多くの在日韓国人とその家族を生き地獄送りにしました。
ここまで人々を不幸に陥れることしかしなかった、狂信的な組織は他に例がないと思います。
カルト宗教や暴力団でも、特定の人には利益をもたらす為に行動しています。
こんな害悪しかもたらさない組織が、今なお新聞を発行して、
それなりの部数を維持しているの異常としか言い様がありません。
朝日新聞社は直ちに取り潰し、一部の社屋はアウシュビッツと同様に負の遺産として展示、
社員・元社員・記事を寄稿した者は、外患誘致罪で全員死刑、とするのが妥当だと思います。
戦前、朝日新聞は戦争賛美をしてましたから、その反動で極度の反日に転換しました。新聞はしばらく最大のメディアで発言力があり嘘、大袈裟がまかり通ってしまったんですね。負の遺産として長く残るでしょう。我々ができることは朝日新聞に関わるものを買わない、見ない、相手にしないことで干上がらせることです。
シン
やはり朝日新聞内は「自虐反日の記事が売れる」というビジネスと「戦前の反省」がごっちゃになってたというのが、正直なところなんじゃないでしょうか?
それは今は消滅した日本社会党の候補で何回も選挙に出ては落選し、我が家を経済的崖っぷちに追い込んだ亡父の生前を思えば分かります。
父もよく言ってましたが、従軍慰安婦問題なんかを朝日新聞が騒ぐのは間違いで、日本でも昭和32年3月までは売春業は合法産業でしたから、今の倫理観で過去を判断するのは愚者のすることなんですね。
亡父は軍国少年だった幼年期と、敗戦後、全ての価値観が覆された衝撃で、過激な右翼と左翼が同居してるような思考をしていました。
それを上手にビジネス化したのが朝日新聞だったんじゃないのでしょうか?