じゃあ、新聞を読まない

私はタダでない限りは新聞を読まないのですが、「新聞を読まないなんて無教養!」っと言い切る人に聞いてみたいのですが、「何を根拠に新聞をそんなに信用しているんですか?」って、そして、ろくな答えは出てこないんだと思います。新聞信仰って、単なる刷り込みに過ぎないので、自分が情弱だと言っているのに過ぎません。

事実

私は事実を知りたいだけなので、たかが新聞社の一社員に上から目線で説教食らういわれはないです。彼らはヘッドラインニュースとしてヤフーなどのサイトに情報提供しているので、起こったことだけは把握することが出来ます。それに対する解説なんかはポジショントークなので、読みたくないです。

新聞信者って、その辺の一サラリーマンに過ぎないので、たかがリーマンの意見をそこまで信用しきっているのでしょうか?この辺がまったく理解できません。彼らは営利団体なので、ポジショントークするに決まっているでしょう?それまでわかって読んでいるならともかく、聖典のような扱いをする理由がわかりません。

朝日新聞がでっち上げた従軍慰安婦問題って何の根拠もない個人の思い込み「反日思想」っというを正当化するために新聞を使って、読者を洗脳しようとしたわけです。その記者はでっち上げた当時は20代の若者であり、世間的にはまだまだガキにいい大人が「新聞様、新聞記者様」が言っている事だから正しいに決まっている!っと思わせるような力があったのです。

彼らは「報道しない自由」を行使するので、自分たちに都合の悪いニュースは全部スルーします。身内の不祥事、中韓の失態などはまったく触れず、自分たちが押したい「反日思想」ばかりを前面に出します。「反日コメントするなら記事にします!」っと有名人に擦り寄るわけです。自分達の主張に沿う意見だけを取り上げているのに、あたかも公平な意見かのように振る舞うのが嫌です。

反応

新聞は上から目線の言いっぱなしで、反論を受け付けません。かなり偏った記事を書いても、文責者も明らかにしないこともザラにあります。そういう点ではぬるりと生きるの方が上ですよ。少なくとも記事はシンっていう一人の人間が書いていることを明らかにしていますし、反論もコメント欄で受け付けています。

自分の記事に対して反応をされたくないので、新聞はネットを嫌うのでしょう。新聞に限らず、既成メディアは何とかしてネットを叩こうとしますして、悪いイメージをつけようとします。そして「ネットなんて間違いだらけ、新聞を読まないやつは無教養!」っとう刷り込みをしようとするわけです。

一方的に言い散らして反論は受けつかない、と言うふうにすると、「なんか変だな?」っと思っている人をそれ以上考えさせないからです。今は違和感を感じたら、ヤフーコメントだ、2chだと他の人の意見も見に行くことができます。つまり、違和感をそのままにしなくても済む時代なのです。

仮に新聞が間違っている、偏った報道をすれば、猛烈な勢いで反発を喰らいます。それが彼ら、選民民思想を持つ人間には我慢が出来ません。特に団塊世代、ポスト団塊世代は自分たちは選ばれしエリートであり、愚民どもを指導してやる、と思い込んでいるからです。

本質

最終的には自分の頭で考えればいいのです。別に新聞を読んで一意見を聞いてもいいけど、別にお金払わなくても、位置意見ならネット上にタダで転がっています。無名のシンの意見だろうが、朝日新聞のAさんの意見だろうが、一意見には違いないので、だったら、タダのほうを優先的に見ればいいでしょう?新聞代払うくらいなら、もっと早いインターネット回線でも契約して快適にウェブサーフィンすればいいのでは?

私は自分の考えを押し付けるつもりはないし、反論があるなら、いくらでも受けつけるって何でも言っているんだけど、言い返せないから感情的になって荒らす、アンチ行為をするってなっているわけです。これは生産的ではないし、本質から遠ざかる行為です。好き嫌いは別にして、きちんと反論できないなら、その違和感を解消できていないからです。だったら、もっと調べて、反論できるまで追及すべきです。

多くの本質は舞台裏に隠れているので、舞台だけを呆然と眺めていても、裏で何が行われているのかはわかりません。だから、舞台を色んな角度から見て、チラッと見えるその裏から全体像を把握する努力をする必要があるのでしょう。それは好き嫌いではなく、一面の本質かどうかだけです。

まとめ

私はこれからも積極的に新聞を読むつもりありません。そんな時間があるなら、記事の一本でも書きます。そうすることで漠然と考えていることが文字になり、読者の皆さんと共有できるからです。新聞を読んでも、偉そうな上から目線のポジショントークにお金払っているだけで、何も成長した気がしませんから。

新聞がダメだといっているわけでなく、金払っても読みたい意見をもっと書け!ってことです。丸呑みにはしないが、一意見としては非常に参考になるなら、お金を払いますよ。でも、ネットにタダで落ちている一ブログよりも面白くないって思うから、お金を払いたくないだけです。

さて、新聞信者の人がいたら、なぜ新聞がそれほどの権威を持っていて、新聞を読まないようなやつは無教養だ!っと言い切れるほどの内容を持っているのかを論理的に説明してくださいよ。私はそれが理解できないので、読まないだけで、納得したらお金を払って読みますよ!

追伸

ウォールストリートジャーナルが3か月100円のキャンペーンをしていたので、購読しています。英語、日本語での記事を比べられますし、記事数は少ないですが、なかなか面白い、と思うことが多いです。賛美するつもりもないですが、これなら、お金を払って読んでもいいかな、と思わせられました。購読を継続するかはわかりませんけど。

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投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、新聞を読まない” への 12 件のフィードバック

  1. 初めまして。四十代の主婦です。いわゆるネットサーフィンをしておりましたところ、シンさんのブログに遭遇しました。
    私自身、新聞を読むときにそのように考えたことはありませんでした。与えらた情報を鵜呑みにし、完全に受け身であり、疑問すら感じたことがない。
    ネット社会についてはその情報の信憑性を自分で判断しなくてはいけないという何かプレッシャーみたいなものを感じるとともに、やはり誹謗中傷などマイナスのイメージがあったので、一個人の方のブログが自分の考えを深めるツールになり得るなんて考えてもみませんでした。
    シンさんの仰る通り、新聞は、上から目線のポジショントークですね。一方、ブログのようにコメントをやりとりできる場所では、どんどん議論を深めることができる。
    自分にとって価値あるブログに出会い、その主の方と議論を交わせるのであれば、とても刺激になる場所、まさに学びの場でもあり得るかと感じました。私はこう思うとお互いに議論できる場はやはり必要ですね。
    実名でもなく顔が見えない世界での言葉のやりとりだという点については少しだけ不気味な感じもしますが、その感覚は、私がネット社会に不慣れであるからだと思います。
    長々と失礼いたしました。

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    1. オンラインの良さ、悪さはありますが、良さを生かすことができるなら、これほど有益なツールはありません。顔が見えないので、単なる誹謗中傷になりがちですが、顔が見えないので本音で戦えます。後腐れなく議論できる場は貴重だと思います。

      何か言いたいことがあれば、どんどんコメントして下さい。単に見てるだけでも、もちろん構いませんし、飽きたら、来なければいいし、また、気になったら来たらいいです。そういう軽い感じで運営してます。

      シン

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  2. 後腐れなく議論ができる場、なるほど、そう捉えるとよいのですね。
    ちらちらと拝見しまして、新聞よりもずっと面白いと感じました。
    どんどんコメントできるほどの知識もありませんが、思ったこと、感じたことを時折ストレートにコメントさせていただきます。ぬるりという言葉がなかなか趣がありますね。
    ありがとうございました。

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    1. 仮に我々の意見が割れて、お互いに感情的になったとしても、実生活にまったく影響がないので、思う存分できます。それがオンラインです。節度さえ持ってもらえるなら、どんな意見もありがたく頂戴するので、好きな時にコメントして下さい。

      シン

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  3. 東日本大震災の原発事故報道が新聞不信の決定打になってしまいました。事故という現象は一つしかありえないはずです。しかし何故、新聞社によって記載内容に差が出るのか理解に苦しみました。結局factではなくて、ideolgyを伝えようとするからおかしな方向に行くんだと思います。読者はメディアにideolgyは期待してないんですよ。factに基づいて、個々人がideologyを構築すれば良い訳です、日本人なのに大変矛盾していますが、CNNやNEWSWEEK、海外の研究者の有志によるyoutubeを頼りに原発事故の事実を紐解いていました。日本人なのに日本のメディアで真実が知れないって終わってますよね。記者クラブ制度を始めとし、これだけインターネットで情報が瞬時に駆け巡る現代にまだそんなことやってんのかって悲しくなります。

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    1. 原発事故は報道の混乱が酷かったですね。このブログにもパニックになった人が来たことを覚えています。日本のメディアはここぞとばかりに自分たちのイデオロギーに繋げるために原発事故を使おうとして、パヨチン事件など、その後もかなり尾を引きましたし、未だに大きな問題です。

      ほとんどの人は事実が知りたいだけで、イデオロギーなんてどうでもいいし、その事実をどう捉えて、どう動くかは各々の責任ですべきことです。その為には英語を学んで、外国メディアの意見も理解できるようにしておくと、冷静さを失わずにすむかもしれません。

      シン

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  4. 確かに英字紙のほうがより事実を客観的に書かれていると思います。私も第2次世界大戦に関する記事や資料、特に原爆に関する記事をアメリカの英字媒体で読みあさってた時期がありました。戦争は勝てば正義、負ければ犯罪者となるのが基本ですが、原爆投下に関しては当時の米大統領、側近、研究者の間でかなりの悶着があった末の決断であったこと、原爆など落とさずとも日本は既に白旗の準備を始めていた、あれは日本に対してではなくソビエトに対する威嚇であったこと。そして、広島への原爆投下のその日、ソビエトが日本へ侵攻する予定であったことなどが記されており(そうなっていたらソビエトが日本を占領していただろうか?)なかなか興味深い内容でした。最近では東日本震災で日本政府が隠しているであろう、それが真実なのかどうかはわかりませんが、明らかに日本のメディアとは真逆の解説が英字紙、英字サイトで公表されています。日本はTV局各社、新聞者に在韓、あるいは韓国と黒いつながりがあると言われておりますが、本当なのでしょうか? もしそれが本当なのだとしたら、今まで日本国民はずいぶんと操られてきたわけですよね。今でもそうだとすれば、シンさんがおっしゃるとおり鵜呑みにしないことが最初の一歩なんだろうと思います。

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    1. 英字新聞の方が客観性があるか?、と言うのはわかりませんが、少なくとも国際語で書かれているので、国外の人間の目にも触れやすい、市場規模が大きいので、質が高くなりやすいのは間違いないでしょうし、一つ視点を増やす意味では重要だと思います。

      自分が疑問に思ったことは自分でいろんな材料を見て、自分なりに解釈すべきで、新聞はその材料の一つに留め、過信しないことは本当に大事だと思います。特に日本の新聞はあぐらをかいて上から目線が多過ぎる、と感じます。ローカル言語なのに発行部数が多くて、高給取りのエリート様気質が強いです。

      シン

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  5. 上から目線が鼻に付くのはテレビ報道も同じで、大手マスコミの悪い癖ですね。
    私は読売新聞を購読していますが、政府広報紙だと思っています。政府の方針や政策の狙い等がコンパクトにまとめてあって便利です。時短になります。ネットで新聞社説を読むことも可能ですが、朝食時にタブレットを持ち出すのも面倒ですし。
    私のような「消極的新聞購読者」は結構居るのかもしれません。

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    1. 一意見として新聞を読むのはいいと思います。それ以上を求めるのは過剰だと思います。確かに習慣として紙媒体が好きな人は多いと思います。その習慣が薄れてくると経営がもっと厳しくなるでしょうね。

      シン

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  6. 私の通っている歯医者の息子さんが、アメリカのフィルターなしでイスラム社会のことを知りたいということで、アラビア語を習っています。
    彼が小学生低学年の時一度、見たことがありますが、本当に利発そうな子でした。
    彼がアラビア語を習っているところは、若い人が彼一人で、皆にかわいがられているそうです。

    英語で書かれたことはどうしてもアメリカさんの都合のいいように解釈されているということでしょう。
    彼の気概に感心しました。

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    1. 立派な考えです。報道は見方が変われば、正義と悪は逆になることがあります。アラビア語が読めて、イスラム世界の報道を視点に加えられるなら、より物が見えてくるでしょう。

      シン

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