じゃあ、価値観の強要

私は価値観の強要が嫌いなんですけど、どうしても強要せずにいられない人っています。なんで、強要するのでしょか?

自己肯定

十人十色っていう言葉があるように、人の価値観は様々であり、正解、不正解って存在しないんだと思います。その人がそれでいいなら、それでいいわけで、他人がとやかく言うことではないです。他人に迷惑がかからない限りは自分の選択を尊重すればいいでしょう。

しかし、自分の選択に迷いのある人、一般的な選択でないことをしている人は自分の中で葛藤があるため、単なる一般論であって、自分に言われたわけでなくとも、少しでも自分の選択を否定されたと感じると、猛烈に抗議しますし、挙句の果てには自己肯定のために他人を否定します。そのくらい精神力が弱いわけです。

精神力が弱いなら、一般的な選択だけをして生きていけばいいのにな、と思います。まあ、人生の重要な選択、ターニングポイントって後になってみないと、判断できないようなことがほとんどです。つまり、その選択をベストであった、と思えるようにするために前向きに努力すればいいのであって、自分への否定に対して過敏になり、他人への否定で何とか自己肯定して、自分と保つようなみっともない真似をしないほうがいいと思います。

思想狂い

私はフェミが嫌いであり、彼女たちのダブルスタンダード、実態を無視した言い分に賛同するところは何もないと思っています。だからと言って、彼女たちが女性優遇を求めるフェミニズム思想を持っていることは好きにしたらいいと思うし、そんなのはその人の勝手だと思っています。それが正しい道だと思う人が多くなれば、民主主義で法律がそうなるでしょう。

極右だろうが、極左だろうが、その思想を持っていることは何ら問題がないと思います。きちんと許可を取ったうえで、駅前で演説活動をしている分には好きにしたらいいと思います。私はどちらも嫌いですが、私に不利益がない限りはいろんな意見があってもいいだろうと思います。

問題は思想の強要なんですよ。極左勢力である赤軍メンバーは左翼革命を起こすために警官を襲ったり、考えが合わなくなった身内を粛清したりしていたんですよね。それは完全に間違っていて、そう思っているのは勝手だけど、そう思わない人間を巻き込んで、命を奪ってはダメですよ。

絶対正義

アメリカが何で嫌われるかって、自らの絶対正義を信じ込んでいて、他国にアメリカ的価値観を押し付けるからだと思うのですが、こういうことする日本人って結構いるんですよ。特にネットが普及したことで、色んな人がいろんな意見を発信するようになりましたことで、日本人のねちっこさを感じるような場面が多くなりました。

誰かがツイッターなり、ブログなりで発信した意見が自分の価値観に合わないと、それをぶっ潰してやろうとして、荒らしたり、特定して晒し者にしたりして、活動を停止させようとするのです。私は「何でそういうことするのかな?」って思います。そういった迷惑行為で私が愛読していた面白いブロガーたちがどんどんネットから消えました。

アメリカ人の絶対価値の押し付けって、「お前間違っている ⇒ 直接虐める。」っと、シンプルなんですが、日本人の絶対価値の押し付けって、「お前間違っている ⇒ ボロを出さないだろうか? ⇒ 見つけて個人攻撃、人格攻撃してつぶしてやる!」っと、すごくねちっこくて複雑です。どちらがいいとは言いませんが、日本人ほど粘着気質な国民はいません。

日本人以外でこれほどネット上での特定を恐れている国民っていないと思います。他国で炎上がないわけではないですが、それは明らかに問題行為をしており、それが批判されただけですが、日本人の場合は自分が思っていることをブログに書いていただけで、誰に迷惑をかけたわけでもないのに、本名、勤務先まで晒あげられたり、するって異常で、そんなことする国民は日本人以外に聞いたことがありません。

ネット上の荒らしって本来は気の弱い人で、現実世界ではおとなしい人だと思われている人が多いのではないかと思います。匿名であることで、大人しいことで押し付けられてきた鬱憤を吐き出す場面を見つけて、病的に何かに執着するのではないでしょうか?

まとめ

日本人はいい意味でも、悪い意味でも粘着気質です。いい面に出た場合は繊細な仕事、完ぺきな仕事で世界を圧倒しますし、悪い面に出た場合は繊細すぎるため、自分の選択に自信が持てず、やたら不安になったり、些細な違いが許容できず、暴力的になったり、個人攻撃、人格否定したり、ねちっこく存在を抹殺しようとします。

私が仕事上で日本人らしいな、と思う点はリストラがねちっこいことです。シンガポールの法律はすごくシンプルなので、「絶対権力者がダメ出し ⇒ 呼び出して、解雇通告 ⇒ 一か月分払って解雇 ⇒ その場で帰宅」となります。「⇒ 解雇通告 ⇒ 期日までに転職先を探すことを求める」のパターンもあります。

「誰もいない部屋に放り込んで、何もさせない。」とか陰湿すぎるし、「あからさまな左遷異動命令が出る。」とかもあまりに間接的すぎます。こういうのって、お互いに面倒なので、本音をぶつけたほうがいいんじゃないかな、と思います。法的にリストラが容易でないのも、ウェットな関係を望む日本人体質だとも思います。

というわけで、私は価値観の強要をしたくないのと同時に価値観の強要をされたくもないです。もっと楽にシンプルになればいいのであって、肩の力を抜けばいいのに、と思います。

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、価値観の強要” への 2 件のフィードバック

  1. リストラで思いだしたのは、パワハラオヤジが仕事ができない部下に対して、仕事をさせずに自己否定の作文を一ヶ月近く書かせて精神的に追い込んでたのを見たことあります。
    仕事とは別にその上司の好き嫌いや価値観や生き方が合わないと恐怖政治になりますので若手が配属を嫌がり派遣だらけになりましたね。

    私は思うのですが芸能人の不倫も犯罪者みたいに叩かなくてもいいのにとか思います。多様な価値観を認めないのは息苦しいです。

    1. ネチネチ追い込むくらいなら、正規手段で解雇すればいいし、それで仕事が回らなくなるなら、その人が解雇される、と言うことでいいと思います。

      不倫なんて、当事者以外には関係ないのに、なんで世間に謝っているのかさっぱりわかりません。叩きたいだけなんでしょうけど、日本はストレス社会です。

      シン

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