じゃあ、子供を褒めすぎるな

シンガポールって過酷な受験戦争で知られるんですけど、試験で点数が取れる、ということ以外の価値観を認めない文化だともいえます。徐々にスポーツ、芸術に力を入れだしてはいるものの人々の意識は常に受験です。

早熟

試験の点数が取れる子供を褒めまくる文化って、アジアはどこでもあるんですけど、シンガポールは本当に酷いです。小学校の卒業試験の上位成績者が企業広告に使われて「Aを飲むと成績優秀になるよ!」とかやっているのを初めて見たときは引きましたね。

今後、徐々に成績が落ちたり、キャリアが上手く行かなくて並、並以下になったら、子供の頃にそんな広告に出ていたことが「黒歴史」になって当時の友人に会えなくなるくらい地獄に突き落とされます。

まだまだどうなるかなんてわからない時期に派手に騒いで子供がいろんな意味で拗らせて行って親は責任取れるんですか?アッパークラス出身でどうなろうがお金とコネで救済できるならいいですけど、そうじゃない人は本当にいいのでしょうか?

並化

なんでもそうですけど、年齢が上がっていくにしたがって難易度が上がっていきます。小学生の頃には神童と呼ばれて調子に乗っていても、上位1%以上のトップ層しか行かない学校に行けば、それで並レベルになる可能性があります。

そこでも上位1%をキープすれば、よほど道を踏み外さないなら中の上以上の人生は確定なんでしょうが、すでに一万人に一人レベルの学力となるので、そうおいそれとは存在しないレベルになります。

更に誰の目にも明らかな成功をつかむなら、そのレベル内で競争になり、強運と根気があって初めて到達します。にもかかわらず、小学生の時点で試験の成績が良かったくらいで、成功できるのが約束されているような扱いを子供にしていいのか?と思います。

別物

学力とは別の世界で生きているスポーツ選手、芸能人の学歴を異常に気にして、二言目には「BはXX卒だから」と言い出す人って、完全に学歴中毒ですが、彼らは学力がすべてだ、という教育を受けてきたのだろうか?と思います。

頭の良さなんていうのは試験で測れるほど単純なものではなく、複合的で色んな側面を持ったものです。それを学歴という単視点でしか評価できないのは人間としての底が浅いです。

子供が相対価値でしか他人、物事を捉えられなくなっているなら、それは親の責任だと思います。そういう育て方をしてきたから、底の浅い人間になりかけているわけです。そのことに気がついたら、猛省して家庭教育を見直すべきです。

まとめ

親が子供に与えてやれる唯一の教育は自分の背中を見せて本質で語ることだと思います。塾漬けにしても学力がない子供は大した成績は残せないし、習い事漬けにしても本人に興味がなければ継続すら出来ません。本人がやる気を出した時にさせてやれる経済力はあったほうがいいですが、無理してやる意味はないです。

自分に出来ないことは他人に求めるべきではありませんし、それは自分の子供に対しても同じです。自分の失敗談を率直に語りながら、アドバイスは出来ても強制はすべきではありません。自分の価値観は過去のものであり、現在にそぐわないことだってあるでしょうし、最後は子供が自分で決めることです。

子供を褒めすぎ天狗にして伸び悩んだところで放置するなんて例はいくらでもあり、性格がゆがみます。学力、学歴がどうあれ性格がゆがんだ人は付き合いづらいので孤立しますし不幸になりやすいです。自然体で堂々としている人は幸せをつかみやすいと思いますね。

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