じゃあ、塾の効果

塾って意味あるんでしょうか?、私は基本的に意味のないものだと思っており、お金、時間の無駄遣いになると思います。

予備校

私が唯一意味があると思うのは予備校です。具体的な受験目標の下に、プロの指導を受けるなら、それは意味があるでしょう。大学受験、高校受験、中学受験、とレベルの高い学校であれば、あるほど、プロの助けなしで合格は困難です。特にトップ私立中学受験は小学校の指導要領からかなり外れているので、塾なしに合格はほぼ無理だといっていいでしょう。

特に海外大学にいきたい場合は更にプロの助けなしには困難です。受験システムが違うので、その国の教育システムをよく理解したプロに指導を受けないと難関大学から入学許可が来ることは無いので、プロの指導を受けない=Fラン進学、と言うことになります。純粋に学力を求めている国ばかりではありません。

このことを理解していなかったため日本でも有数の進学校を卒業した後にコミカレに進学するはめになった人を知っています。どうも、漠然と海外に行きたいと思っていて、適当な留学エージェントを訪問したら、提携先のコミカレを紹介されて、言われるがままに進学してしまったそうで、3年次編入で中堅大学に行ったそうです。

補習校

特定の目的を持たず、学校の授業の補足的に親が強迫観念で通わせているパターンです。子供の意思で行っていないので、完全に無駄であり、何の効果も期待できません。こんなことにお金、時間をかけるなら、スポーツでもやらせて、心身を鍛えたほうが確実な効果が出るでしょう。将来、特定の学校を受験したくなった場合に体力、精神力が生かされます。

「自分でやる子供はやる、やらない子供はやらない」、のです。親が無理に塾に通わせても、子供が集中していなければ、ただの時間の浪費に過ぎず、何のために通っていのか理解していないでしょう。せいぜい、親が言うから、友達が通っているから、といった消極的な理由で通うなら、効果はほとんど望めません。

もっと言うとこの手の塾はドーピングみたいなものであり、それなりの成績を維持していたとしても、学校の勉強と宿題をきちんとやっていて、同じくらいの成績を維持している子供と比べると伸び代が少なく、上の学校に行けば行くほど辛くなってくるのが目に見えています。公立の小中で塾がないと上位の成績を維持できないなら、高校で苦しむだろうし、大学受験はもっと苦しむでしょう。

特定科目

日本でも英語塾、数学塾というのがありますが、さほど一般的ではないです。シンガポールはこのスタイルが多く、得意教科を伸ばしたい、苦手強化を克服したい、というパターンに使われます。これは多少の意味があり、何がしたいのかがはっきりしているので、明確な効果が出やすいです。日本だと公文がそれに当たるのでしょうか? ちなみに公文式は東南アジアのそこらじゅうで見かけます。

例えば、帰国子女で英語が得意になったが、帰国後の英語力維持に塾を利用する、というのは手ですし、得意な数学を公文などで学校の進度より圧倒的に進めて、今後の受験を楽にするというのも手だと思います。逆に苦手科目の克服はかなり難しく、子供は勢いに乗ればガンガン進みますが、気が乗らないとほとんど効果が出ないのです。吸収力が高いが、理性が利かないからでしょうね。子供が望めばいいのではないか? と思いますが、親のエゴで通わせるようなものではないです。

まとめ

受験と言うのはテクニックであり、親が上手くテクニックを駆使し、お金を上手く使えば、子供にある程度の能力があれば、それなりの大学には簡単に入れます。特に文系なら、英語をうまく利用すれば、東大にだって入れる可能性が高いです。私立文系はお金で簡単にねじ込むことができます。

しかし、それは学校にお金を払っているから、厳しく能力が問われないわけで、就職すれば、お金をもらう側になれば、テクニックで手にした学歴など、すぐに消し飛びます。むしろ、学生時代に身につけた体力、コミュ力のほうが使えるでしょう。専門のある理系ならともかく、文系は専門性などないので、学歴なんて飾りです。

見栄、強迫観念で塾に送りたがる親は多いですが、そんなお金があるなら、他のことに使ったほうがいいです。みんな、という不特定多数が行っている事を理由としているなら、完全に情弱です。貴重な資金は子供が真剣になり、特定の志望校を望んだときに貯めたお金を一気に使うべきでしょう。お金の使い方は賢くあるべきです。

 

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