じゃあ、日本の英語公用語化

さて、世界の英語化について記事にしたので、日本が英語公用語になるのか?、どういう事態が想定されるか?、を記事にします。

学校教育

すでに非英語圏でも大学院レベルの英語化は一般化しており、英語化の遅い日本でも外国人受け入れの為に英語教育コースがありますし、これは疑いもなく、広がっていくでしょう。

修士以上を取りたい人がある程度の英語力もないって言うのは問題ですし、自分のやっていることを英語で論文書いて、英語で発表も出来ない人が大学院に進むなよ!っと言いたくなります。

学部レベルでも、何かしらの高度な仕事をしたいなら、英語で行えるのが当然になりつつあり、インフラ系などの完全な内需産業でもなければ、国外需要を取り込めない企業に将来は無くなっているので、英語で業務遂行するのは当然と言っていいでしょう。

中等教育以下まで、英語化することはかなり慎重になるべきで、学力の低い子供が完全に落ちこぼれて、切り捨てる必要が出てくるので、やるにしても一定以上の学力を持つ子供しかいない学校だけで、英語化を行うべきです。

シンガポールの落ちこぼれた子供は本当に悲惨で、授業の内容がわからないどころか、先生が何を言っているのかすから、怪しくなるので、学校にいるのが苦行みたいになります。そして、シンガポールでは義務教育でも、退学があるので、子供が荒れると、即辞めさせられます。

これはインターナショナルスクールの英語ノンネイティブも同じですけど、母語が教育現場で使われてないので、学力が低い子供は放置されることになります。その為、まともなインターナショナルスクールは英語ノンネイティブ受け入れ割合に制限を設けています。

枯渇

英語ネイティブって、完全に供給不足で、英会話教員レベルだと、本国では他人に教えられるような教養のある人間だとみなされていない人も非英語圏で「先生」をやっています。それに理系博士、とか条件をつけると、もう完全に枯渇しています。

これを補うのがノンネイティブの英語話者であり、これは供給過剰だと言っていいくらいいるので、うまく活用していけばいいです。私はフィリピンオンライン英会話に肯定的で、中級レベルくらいまでなら、十分ことが足りると思っています。

すでに英語圏ですら、理系科目の英語ネイティブ教員が足らず、ノンネイティブを使って間に合わせているくらいなので、もう英語ネイティブ、特に白人はプレミアム化して、手が出ないくらい高くなっているのです。

だから、日本が英語公用語化を進めていくなら、英語ノンネイティブの活用をしっかりする必要があり、認定制度を確立すべきです。質の悪い英語ネイティブでなく、質の高い英語ノンネイティブを確保することを優先させるべきです。

資金がたんまりある私立校なら、質の高い英語ネイティブ教員だけで、運営できるでしょうが、公立校でそれを望むのはとても無理ですから、現実路線を模索する必要があります。英会話教員でなく、英語で数学なり、化学なりを教えられる英語ノンネイティブが必要です。

将来

英語公用語を30年も続けると、日本人で子供の頃から英語教育を受け育った世代が教員として、教壇に立つようになるので、英語教員確保がさほど難しくなくなります。一世代の辛抱をすれば、日本も英語公用語となるのです。

その頃には日本の文化はかなり消滅し、日本語も英語をごちゃ混ぜにして話すようになっているでしょう。すでにシンガポール人、フィリピン人は日常的に混ぜて話をするので、その様子は簡単に想像できます。日本語文法に英単語が混じった不思議な言葉を話すのです。

そして、エリート層はアングロサクソン化していき、契約にうるさくなり、有利な条件を求めて、日本にこだわらなくなっていきます。そうなると、一物一価が進んで、日本だけでしか通用しない条件の仕事って、どんどんなくなっていく、値崩れするでしょう。

ナショナリズムが台頭して、英語派、日本語派、の熾烈な闘争が起こるのも想定の範囲内です。シンガポールでもあったし、ベルギーでは今でもフランス語派、オランダ語派で揉めています。多言語環境で落ち着いているのはスイスくらいでしょうか?特殊な国でないと、安定しません。

まとめ

好むと好まざると、そのうち日本も英語公用語になってくるでしょうが、いつなるのかはわかりません。ずっと前に英語公用語を導入したシンガポールですから、一本化は出来ていないからです。良いバランスを取るのが極めて難しいのです。

いずれにしても、英語の勉強はしておいてほうがいいです。少なくとも自分の専門については議論ができるくらいは勉強すべきです。そうでないと、自分の可能性を制限してしまうので、もったいないと思いますよ。まずは暇つぶしに趣味の世界を英語で覗いてみてはどうでしょうか?

 

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