じゃあ、数学の重要性

以前に書いた「数学の重要性」についてという記事についてコメントで言及されたので、感謝の気持ちを込めて、編集して、公開したいと思います。

論理性

数学と言うのは論理性であり「問い」に対して「様々なアプローチ」をして「回答」まで持っていく論理学だと言っていいでしょう。古代では数学は哲学の一種とされており、すべての謎に「数」を通して、答えを見つけていこう、というスタンスが数学だと言っていいでしょう。数字を記号にするのが数学で、言葉を記号にするのが哲学でしょうか?

多くの人間とは論理的でないもので、説明のつかないことをするものです。しかし、説明のつかないことは自分の中で完結していて、他人に伝えることは出来ません。従って、考えをまとめて、それを自分の外に出し、共有する為には論理的でないと、相手に伝わりません。何でもかんでも「あれ」「これ」「みたいな」っと具体性のない言い方は説明不足にも関わらず、共感を強要しているだけの非論理的行動です。

社会に出ると「定量化して説明しろ!」っと言われることも多いと思うのですが、多いって言うのが何に対して、どのくらい、ということを数字化しないと、その定義ははっきりしないので、いつまで経っても話がかみ合わないのです。サンプル数、サンプル対象をはっきりさせて、曖昧なものを出来るだけ具体的にしようとするのが統計学です。

親子も「なぜ、ダメなのか?」をきちんと対話すべきです。親が「ダメなものはダメだ!」っと問答無用の強権発動をすれば、論理性は培われません。つまり、数学の勉強は論理性の訓練であり、物事をきちんと数字化して整理するために非常に重要です。A=B, B=C, A=Cっていう誰でも理解できる論理をきちんと自分の頭で整理できる人って非常に重要で、ごく基本的なことが出来ない人は多いです。

基本的に何をやっても、論理性のない人は成功しないので、論理性を培うために基本的な論法を学んだり、きちんと定量化して話をする癖を付けるといいでしょう。「みんな持っているから買って!!!」っという子供に、「みんな」とはどの集団をさしているのか?、サンプル数は十分なのか?、と突きつけてやってもいいでしょう。きちんと自分を納得させるだけの材料を用意させて、理解できるなら、買ってやればいいでしょう。

基礎算数

算数といわれる四則演算が絶対的に誰にとっても必要なのは言うまでもないです。スーパーのレジ打ちすら、四則演算が出来ないようでは務まりません。だから、とにかく暗記するのが一番いいのだと思います。そこから派生した一次方程式、関数くらいまでは暗記で公式を頭にねじ込んでも損はないでしょう。何をするにしても、知っていることで素早く理解できます。

ちなみにドイツ人、フランス人は暗算が苦手で、彼らの数の数え方が不規則で暗算に不向きなので、暗算を間違えて、お釣りを間違うのでしょう。例えば、ドイツ語では21は ein und zwantig となり、1と20、と言う言い方をするため、桁数順に数えないため暗算しづらい、おつりの合わせ方は札、小銭を使って、徐々に加算していくので間違いが出ます。アジア式のおつりから、代金をそのままダイレクトに引いて終わりっていう訓練を受けているほうが間違いが少ないです。と言っても、彼らは算数自体が苦手ではないです。

文化的背景もあると思うのですが、算数の弱い民族は熱帯で暮らしており、刹那的であり、その場さえよけえれば、それでいい、そのときの感情が最も大事だ、という傾向があります。そのため、我々日本人には理解できないようなことをすると、理解できない計画を押し通そうとします。この考え方が悪いとは言いませんが、資本主義社会には合わない考え方であり、散々搾取されることになるでしょう。

どんな計画も四則演算を基にするものであり、最低限の算数も理解できないと、何事もすることは出来ません。例えば、きちんと算数すら使わない人間は完全に論理破綻したことを言う人が多いのですが、簡単な計算もせず、目の前のことしか考えず、不確定要素を自分に都合よくしか捉えないので、彼らの計画は常に計画倒れなんだな、と思います。熱帯地域ではその場が最も大事であり、先のことは自然任せっていう文化が根付いているからでしょうし、先進国でも下流は親も同じだったから、その場しのぎばかりなのでしょう。

基礎数学

よく「微分積分だ、虚数なんて、なんの役に立つんだよ!」って言う子供がいるのですが、実学を学んでいない高校生には意味のわからない数字の羅列であり、勉強することが苦痛になってくることもあるでしょう。これに具体例を挙げながら教えていくなら、それもいいと思うのですが、日本の高校では具体例を出さずに暗記させます。虚数の必要性を語るために信号処理を教えていたら、時間がいくらあっても足りません。だから、高等教育のためにともかく暗記させるのがアジア式です。

例えば、微分積分は流行の「最適化問題」に直接絡むので「外銀でクオンツやるぜ!」と言う人は基礎部分となる微分積分の専門家でないとダメなくらいです。また、データマイニングも解析なので、データアナリストしたい、と言う人は高校でやっているだけでなく、大学でもこの分野の学位、それも博士号を要求されることが多いです。虚数は機電に必須なので、高校でよくわかっていないと、大学に入って苦労します。

こういうことを高校生にいくら口で説明しても、理解しないでしょうから、実際にやらせてみるのが一番なんですが、それは時間がかかり、非常に効率が悪いので、暗記を強要させるにいたっています。実際に理系の専門を勉強しているうちに「そういうことね!」っというふうになるわけで、文系に進んだ人間はそれに一生気づかないってことが多いでしょう。

アメリカの高校は微分積分もやらずに大学に進むので、理系に進みたい人間しか、まともに数学をやらないのですが、まあ、合理的と言えば合理的で、文系にしか進めない程度の子供に微分積分教えても、時間の無駄であり、とにかく、もっともらしい言い分をねじ込む交渉術でもやらせておけ!っと言うのは理解できます。そのくらいなら中学レベルの数学がわかれば、十分に通用しますから。

つまり、専門を身につけたいのに高校レベルの基礎数学もこなしていないと、専門には行き着かないということです。数学は理系に必須ではあり、わからないと、根本的な構造を理解せず、実務だけを覚えることになります。技術者と言うか、技能者になるなら、別に構造を理解していなくとも、取り立てて問題ないですが、いつまで経っても高度なことは出来ません。

まとめ

誰にとっても算数の基礎は100%必要ですが、数学に関しては必要でない人の方が多いです。大学に行かない人なら、まったく必要ないですし、私立文系なら、経済学部であろうが、統計なんか勉強するよりも、ナンパでもしていた方がその後の人生に役に立つでしょう。具体的ににお金にする方法がないので、学ぶ意味が無いです。私大文系卒にクオンツ、アクチュアリーやらせることは無駄です。銀行に就職しても、学んだこと関係なしにやることはどぶ板営業メインになるでしょう。

それに対して理系はFランであっても、虚数がわからないと、信号処理が出来ないので、電気がさっぱりわからない、と言うことになるので、設計は出来ない、と言うことになります。だから、高校のときは意味がわからなくとも授業についていくことが大事で、入ってからも、四苦八苦してでも、理解に努めるべきです。そうでないと、上っ面だけをなぞることになり、基本を理解していないので、先に進めなくなります。

文系でCADデザイナーしていたり、プログラマーやっている人っていますが、あれは上っ面をなぜているだけで、基礎工事をせずに建築しているようなものであり、何か予期しないことがあれば、そのまま倒れてしまうってことです。この手のなんちゃってエンジニアって競争が激しくなると、ほとんどが淘汰されるので、文系SEみたいな人は時間の問題で消えるでしょう。実際に日本以外には存在しないので、例外をずっと続けていけるとは思えません。

子供が「数学なんて意味ない!」っと言ったら、ともかく、数字で説明できる論理性がないと、誰も納得しないし、四則演算、そこから派生した中学数学までを正確に素早く処理するのは何にとっても役に立つ、と伝えればいいでしょう。そして、専門性を身につけたければ、高校数学は基礎中の基礎であり、やらなければ、何も学べないし、数学のいらない文系はその後の人生の選択肢を激減させるし、競争が激しいので、何かしらのずば抜けた武器がないと、最低限の収入も確保できないよ、と言ってやってはどうでしょうか?

もし、時間、能力に余裕があるなら、数学を使った仕事の実例を見せてやるのもいいでしょう。その点で、理系の人は子供の理系教育に有利であり、文系は口だけで説得する羽目になります。適当な知ったかぶりするよりも、自分が数学をサボったために何の専門性も身につかず、散々苦労してきたから、出来る限り数学を投げ出さないほうがいい、とありのままに言ったほうがいいと思います。それでも嫌がるなら、警告だけはして、好きにさせるしかないです。自分が文系なんだから、仕方ないですね。

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