じゃあ、私立校受験

日本の教育システムで、あえて私立校に行くべきケースってほとんどない、と思うのですか、行かせたがる親は多いです。理由は見栄以外の何物でもないでしょうが、見栄は人生を大きく狂わせます。

トップ

私立校に行く、と言うのが、開成、灘、だと言うなら、理解できます。でも、ほとんどの人はトップ私立校に行くわけでもないのに、お受験して、中堅校なり、大学までエスカレーターの中高に進学します。これって、どんな合理性があるのでしょうか?単に無駄遣いしているようにしか感じられません。

公立校の地域トップ校以下の進学実績しかない私立校に進学する意味ってなんですか?その答えがはっきり答えられないなら、それはつまらない見栄でしょう?そんなつまらない見栄のために限られた資金をつぎ込む意味ってなんでしょうか?公立は子供、教師の質が、と言いますが、最低限の環境が整えられているなら、あとは本人次第です。

実家が裕福でもないのに親の見栄で意味もなく受験して、中学から私立で、学資ローン漬けになって、社会人になってヒーヒー言っている人がいますけど、親が頭が悪かったために、借金背負って、苦しんでいるんですよ。惨めだな、と思います。働いても、働いても、それが過去の無意味な支出を埋めるために消えていくなんて、ため息しか出ないでしょう。

高度経済成長期は大学の学費って、格安だったので、ともかく少しでも偏差値が高い大学目指して、少しでも大きい企業な入れば、割高の給与で、学資ローンはあっという間に返せたんですよ。だから、借金してでも、とにかく学歴をつけるっていう考え方も理解できるのですが、現状に全くあっていません。500万借金して、大卒になって、年に50万返していくなら、10年かかります。それに見合う価値があるのでしょうか?

無料

学費無料どころか、お小遣いまでくれるなら、それはプロですので、喜んでいけばいいでしょう。学力、スポーツ推薦なんかで、厚遇されている子供は才能があるのだから、それを非難する理由がわかりません。なんでも才能があれば、それを支援する人はいるものです。

非営利団体の公立校があからさまな区別をするのは許されませんが、営利団体の私立校が団体に利益をもたらす可能性のある子供を優遇して何が悪いのでしょうか?日本に蔓延る悪平等の考えがどんな場合でも不平等を許さないのでしょうが、世の中なんて、不平等が大前提でしょう。

資本主義をひた走るアメリカは何かの才能がある子供は学費なんて払わないし、それどころか子供に企業スポンサーがついて、あれこれ援助してもらうことが当たり前です。そうして、才能が開花するから、アメリカには偉業を成し遂げる人が多いのでしょう。

テニスの錦織さんもソニーからお金もらって、アメリカに渡り、才能を開花させましたけど、テニスが上手いだけで、優遇されるなんてズルい!、錦織さんは日本で自腹でトレーニングして、世界を目指すべきだ!っとか言うわけありません。才能開花させるのにはお金が要りますからね。

大学

大学も国立の方がいいに決まっているけど、国立に入れないから、私立に行くなら、理解できます。国立がどんどん値上げしたので、学費はそこまで変わらなくなったけど、国立は設備が違います。その点では設備など関係ないマスプロ講義しか受けない文系は国立のメリットはあまりありません。

学力的に国立理系は無理だけど、私立理系は可能だと言うなら、その投資は回収できる可能性が高いので、やってもいいと思います。高いから、理系を諦めて、文系に行って、まともに就職できない方が明らかにリスクが高いです。文系の就職率はひどいものだし、その内容も悪いです。

なんの取り柄もなく、やりたいこともない子供が実家から通える近くの私立文系に行くのは理解できなくはなく、意味もなく大卒が応募要件になっている仕事がたくさんあるので、ともかく、大卒資格だけでも取っておこう、と言うのは消極的ではあるけど、仕方ない一面があります。

Fランであれ、機電には入って、卒業できるなら、なんの取り柄もない、とは言いづらく、多少なりとも理系の素養があるだけでも、立派な才能だと思います。それを磨いていけば、技術として認められ、専門家になることも可能です。多くの子供は最低限の努力すらできないです。楽そうなことに手を出して、文句だけ言っていることを選びます。

しかし、大学で文系専攻しても、何か身につくものがあるわけでもなく、大卒資格をお金で買うみたいなもので、何かしらの方法で他人と差別化して、生き抜く方法を考えないと、淘汰されてしまうでしょう。大卒文系は完全に余っているし、ITによってもっと余ってからことが確定しているグループに所属することになるわけですから、呑気でいられません。

まとめ

いつも言っていますけど、着地点のはっきりしない行動って、投資ではなくて、見栄でやっている浪費なんですよ。見栄は張れば張るほど、落ちぶれる可能性が高くなる危険な感情です。見栄をコントロール出来ない自覚のある人、パートナーにそのけがある人は気をつけてください。

庶民にとって学校は就職を有利にするために行く場所でしかないので、それ以外のことを考える必要はほとんどありません。そして、就職をする時に中高をどこに通ったかなんて、ほとんど見られませんので、ここに力入れる意味もないです。よほど何かないなら、近くの公立に行けばいいのでは?

限られた時間、お金を何に集中してつぎ込むか?、が人生の大きな分かれ道で、ここで無駄遣いすれば、一生、資本家から搾取される人生を歩んで行くことになるでしょうから、よくコスパを考えて、教育問題に取り組んでください。多くの人にとって、住宅の次に高い買い物です。

3+

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

「じゃあ、私立校受験」への104件のフィードバック

  1. 私のように全くエンジニアとしての適性が皆無な人でも理系の大学を卒業するだけの価値はあると思いますね。

    とりあえず、数学、物理、化学が死ぬほどきらいでなければ進学すればいいと思います。
    やっぱり合わないと思えば文系就職すればいいですし、大学の勉強が苦手でも最低限卒業できたなら仕事はなんとかこなせる場合もあります。好きでなくても向いてくることもあります。
    また、クビにできないので設計、開発が合わなくても知的財産部やセールスエンジニアみたいな仕事も用意してくれます。

    それでも、嫌になったら営業や管理部門に配属を変えていただくこともできます。会社から能力が低いとみなされたりしてもなんとかなります。毎年何人かそういう人がいますので大丈夫です。

    0
    1. 日本企業だと正社員として入ったら、どんなにダメでも解雇されず、いろんな部署にたらい回しにされて、しがみついているだけで暮らすことはできます。同じ会社でも、文系、理系では入社難易度が全く違いますし、理系は文系理系科目が嫌で仕方ないのでないなら、理系進学がいいでしょう。

      シン

      0
      1. 知ってる人で10年たってもエンジニアとしては新卒以下の人もいます。
        事務職でも入社は、理系で技術職の人が多いです。

        良いか悪いか別にして、個人の細かい適性までわかりませんし、勉強が苦手でも仕事はできる場合もあるしその逆もあります。入社してしまえばなんとかなるので敢えて文系を選ぶ必要はないですね。

        0
        1. 敢えて文系を選択する理由は存在しないと思います。あくまで、理系に進めない場合にのみ、文系進学をすべきでしょう。

          シン

          0
  2. 私は地方出身で幼稚園から大学まで全部国公立ですが、東京に初めて住んだ時から10年以上経過しても知らない私立校だらけです。地方でも有名な私立校を除くと、地方の進学校の方がはるかに受験の実績が良い場合が多いので、何でわざわざ高いお金を払って行くんだろうというのが率直な感想です。ブログの通り、やはり親の見栄が動機なんだろうなあとは思いますが見ていて滑稽です。

    実際今後子供をいつか学校に入れることを考えると、どの学校がどの程度のステータスなんでしょうかね?学校名を見ても私には全然ピンと来ないです。つまらないステータスよりも実を取らせたいですが、地方県よりも東京や神奈川の公立は荒れてそうな気もするので、実際ある程度名の通った私立に入れたほうが良いのかなあとも思っています。私としては自分の子供に開成や筑駒を薦めたいです。やっぱり経験上地域のトップ校(特に高校)はいろんな意味で楽しいので。

    0
    1. まったくです。事実、トップ校は進学実績、縦横の繋がり、有名無形にお得ですが、中堅私立校って、何がお得なんでしょうね。

      >地方県よりも東京や神奈川の公立は荒れてそうな気もするので、

      ほとんどの親はこんな感じでお受験させるんでしょうが、単に気がするので、お金を使うのは勿体ないですから、もっと調査して、はっきり意義を確立させて、私立進学をすればいいのに?、と思います。国立中学もあるんだし、なんで私立なのっていうところに答えがないと、お金の無駄です。

      シン

      0
      1. ご返信ありがとうございます。子供がまだ就学義務年齢前なので、じっくり(とは言いつつ早めに)段取りを組んでいきたいと思います。

        首都圏の学校案内を読んではみたのですが、何だか学校が似たり寄ったりで判断が難しいですね・・・。ご指摘の通り何となくとか、皆やっているからとかいう意味不明な理由で私立に入れるのは避けたいです。時間がまだあるので、見学可の学校であれば実際に足を運んで自分の目で見て確かめようと思います。国立というのも面白い選択だと思いました。

        0
        1. 教育は投資なので、明確なリターンが期待できないなら、すべきでないですし、なんとなく、みんながしているから、で投資して満足できるリターンを得られることはほとんどありません。納得するまで、調査して、投資に踏み切るべきでしょう。

          シン

          1+
  3. 私は中高一貫私立 →やめて県立高にいきましたが、私立の最大のメリットは環境だと思います。
    大学受験レベルの勉強なんて自学自習で可能のため、確かに環境に意味はないと考えがちですが、子供は周辺環境に流されがちで、周囲と異なる意識を保つことは困難です。いま、県立高の友人と中学の友人の収入を比較したときに、中高一貫6年間の学費差分の投資は回収できるのではないかと考えています。
    (※もちろん、もっともコスパの良い方法は公立で自学自習ですが。)

    3+
    1. 明確にリターンがあると思うなら、私立もいいと思いますよ。そのリターンが投資に見合わない、リターンがはっきりしないのに私立に行かせる人が多いので、私は疑問に思います。

      シン

      0
  4. 私立の学費は大した出費ではないのですが、その為に子供時代の最後を塾漬けにするのがどうにも勿体ない気がして、なかなか踏み切れません。公立中学で殺人事件が起きているようなら考えますが。環境が私立の方が居心地がよいのは十分理解できますが、多少逆境に揉まれた方が子供にはよいのではないかと思います。

    0
    1. 高いか、安いか、は相対的な話になるので、比較対象が英語圏の私立校なら、日本な私立校は安いですし、比較対象が日本の公立なら、高いです。仮に12年間で一千万円くらい余分にかかるなら、高いんじゃないですか?ワンルームくらいなら買えてしまいます。

      費用云々を置いておいても、お金をもらうようになったら、人を選んで付き合えないので、公立で揉まれる方がいい、とは私も思います。

      シン

      0
  5. こんにちは シンさん

     私の住んでいるところは「私立=頭がいい、金持ちが行くもの」という事がまかり通っているので、この記事には正直な話違和感があるのですが、「いい勉強環境が欲しい、医学部に行きたい」という希望があるのであれば、中高一貫校に行ってもいいのではないか?と思いますね。

     ただ、頭が悪いのに私立の中学・高校にわざわざ高いお金を出していく行為については正直な話、無駄遣いに近いのでやめておいたらどうだろう?としか言いようがないです。そういう浪費に近いことをするより、看護師の高専とか工業高校などに進学してインフラの企業に就職することを目指したほうが本人のためにもいいのではないか?と思います。

     私の知り合いに英語の教員をしている人がいるのですが、その方が言うには、工業高校に進学して資格をとっておくのもいいのかもしれないと仰っていましたね。電気関係の資格を取ったあとにインフラ関係の大きなところに就職した子がちらほらいるそうです。こういう事例を幾つか聞くと、「凡人には機電に行っておけ」とシンさんは仰っていましたが、それは納得できるものが有ると思います。

    1+
    1. 地域性によるんでしょう。地方だと、私立は公立に落ちた子供がいく学校、という認識であることもあります。首都圏だと、その程度の私立校に行ってどうするの?、と聞きたくなるような私立に嬉々して進学しますよ。真剣に国公立医学部目指すなら、私立でもトップ校限定になると思います。それなら、理解出来ます。

      並みの子供、やりたい事がない子供なら、手に職をつけたり、食いっぱぐれにくい資格を取って、現業公務員なり、インフラ企業にでも入っておくのが安全だと思います。

      シン

      1+
  6. シンさんは、私大に特にメリットはないといっていますが、僕はあると思いますよ。
    ちなみに、僕は駅弁大学工学部ですが。
    文系は国立私立関係なくコスパが悪いので、工学部の機電についてのみ論じます。
    1.入試科目が数学物理英語だけ
    国立だと、古典と化学、社会をやらないといけません。
    現代文や公民はノー勉でも余裕ですが、地理や古典、化学はしっかり勉強しないと死亡します。
    機電だと、数学物理英語が全てですから、関係ない科目はやりたくない人には適した入試制度です。
    ノーベル賞の中村さんも暗記科目はからっきしだったらしいです。
    2.下宿して国立と自宅から私大なら、大学にもよるが学費はさほどかわらない。
    3.都会にある。
    遊ぶだけでなく、都会の方が人生経験は豊かになると思いますし、就活のときすごくラクだと思います。
    都会の国立は難しすぎるので、国立に行くとなると基本都落ちしないといけないです。
    4.自分の大学だと、学部から博士までオール私立の教授が意外と多いです。
    教授は、旧帝大など国立大卒のイメージがあったので、意外でした。
    私大といっても、早稲田や慶応や海外の大学ではない、明治や立命館、東京電機などです。
    トップレベルの私大でなくても、教授になる人がいるなら、それなりのレベルはあると思います。

    以上の理由で、僕がもし東京都民なら芝浦工大あたりにいっていたと思いますよ。
    都会民には、自宅からそこそこ私大工学部はコスパ最強だと思います。

    1+
  7. よくお金持ちのボンボンが、トップ校以外の私立の中学校を受験させてるのを見ますが高校までその金を貯金して大学に例えば、中堅私立でも薬学部のような学科に入れさせてあげたほうがいいのになと思うことがあります。
    知り合いでも薬学部は国公立でないととかいう家庭が多いです。

    私は兄弟がいたので身内のとこで下宿できる場所でないと私立に進学させてもらえなかったのにと思うともったいない気がします。

    0
  8. 地域によって違うので適当ですがw

    公立を落ちたので滑り止め私立に行った。
    内申重視県なのに積極性がなかったり実技が苦手なため私立に行った。
    中高一貫が進み高校から入れるところが激減したので中受で私立に行った。
    公立は部活も1年半位で受験へシフトしていくため、5年位打ち込める私立中高一貫へ行った。
    塾の費用なしが期待できるので、時間費用のコスパから私立に行った。
    親が公立の緩い風紀が気に入らないので、私立に行った。
    宗教教育が期待できるので私立に行った。
    地域の受験熱が高く、公立中が優秀層が抜けた絞りかす、荒れているため私立に行った。
    おっとりした家庭で、おっとりと女子大、親のコネでおっとりと就職、親のツテでおっとりと結婚専業主婦になる予定なので、おっとりとした女子校に行った。

    3+
  9. 身の回りでもいますが、中学受験のために塾漬けの子を見るとかわいそうだなと思います。
    ところで、中学受験の勉強をした子としてない子、高校受験時点での学力で差が出るのでしょうか?
    個人的には、中学受験はコツがいるので、そのコツを知ってるか知らないかが問題であり、頭の良し悪しには影響ないと思うのですがいかがですか?

    中学はグレ始める子が出てくるので、できればそういう子がいない環境においてやりたいなと思う気持ちもあります。自分の場合は、ヤンキーがたむろしてるような中学より、進学高校の方が断然居心地が良かったです。公立中学でそのような進学中学があれば良いのですが。

    2+
    1. dwさん
      >中学受験の勉強をした子としてない子、高校受験時点での学力で差が出るのでしょうか?
      →中学受験と高校受験の両方を塾で教えていましたが、単純な積み重ねだけを考えれば、学力で差は出ると思います。
      理科、社会、現代文においては、中学受験と高校受験(公立高校)では、テキストの難易度はあまり変わらないように思えました。
      範囲は異なりますが、中学受験の時点で、高校受験(公立高校)レベルの問題を解ける学力があれば、圧倒的に有利です。
      しかし、中学受験失敗→公立中学でやる気を失い勉強せず→中学3年の夏から高校受験向けの勉強を始めた生徒と、
      小学校時代をのんびり過ごし、中学2年の夏から高校受験向けの勉強を始めた生徒では、後者の方が高校受験では上位に来るのではないか、と思います。
      算数の場合は、数学と大きく異なるので、そのまま役に立つことは少ないと思います。ただ、思考の訓練にはなるので、やっている方が有利でしょうね。
      まあ、基本的に中学受験は、中高一貫で効率的に大学受験を突破するのが目的なので、両方経験する人は少ないと思いますが…。

      >中学受験はコツがいるので、そのコツを知ってるか知らないかが問題であり、頭の良し悪しには影響ない
      →受験指導をしない筑駒が東大進学率一位なのは何故でしょうか。
      中学受験で頭の良い生徒を選抜出来ているからだと、私は思います。

      2+
      1. マグナムさん

        ありがとうございます、中学受験には疎いので参考になりました。

        >>中学受験はコツがいるので、そのコツを知ってるか知らないかが問題であり、頭の良し悪しには影響ない
        >→受験指導をしない筑駒が東大進学率一位なのは何故でしょうか。
        >中学受験で頭の良い生徒を選抜出来ているからだと、私は思います。
        少しズレていると思うので補足しますが、ある個人が中学受験をした場合と、していない場合で学力に差があるのか、という質問でした。マグナムさんの言うとおり、思考トレーニングにはなるのでしょう。

        >まあ、基本的に中学受験は、中高一貫で効率的に大学受験を突破するのが目的なので、両方経験する人は少ないと思いますが…。
        参考になりました。中学受験・高校受験両方あるものだと思っていました。

        1+
        1. dwさん
          >少しズレていると思うので補足しますが、ある個人が中学受験をした場合と、していない場合で学力に差があるのか、という質問でした。マグナムさんの言うとおり、思考トレーニングにはなるのでしょう。
          →すみません、一部勘違いしました。補足いただき、ありがとうございます。

          ところで、ある個人が高校受験をした場合と、していない場合(中高一貫)ではどうでしょうか。
          先取り学習をする上位中高一貫校では、授業に付いて行くために毎日勉強をする上、効率的なカリキュラムを組めるので、高校受験の無い方が、学力が高いです。
          しかし、下位中高一貫校や私大付属校だと、中学での学習内容を理解しないまま高校に進学出来てしまうので、高校受験をした方が、学力が高いのでは、と思います。

          0
          1. マグナムさん

            知り合いの中高一貫の子どもでは、やる気がなくなってしまったりするみたいです。
            ある程度のレベルならば中高一貫のほうが効率がいいですが、それでなければだらけてしまい良いことはないかもしれませんね。
            高校受験のためのブレイクは勉強面はもちろん、部活などでも一旦体力が落ちるので非効率だなと思います。環境をリセットしたい子にはいいかもしれませんけどね。

            また、東京23区で公立中高一貫で探すと、17,18くらいしかないので、どうしたものかなぁと思います。

            0
          2. dwさん
            公立中学は真ん中のレベルに合わせるので、中学受験で上位層が抜けるとかなり残念になりますね。
            昔の公立中学のように学力別クラス編成をしなくなったので、出来る生徒は中3にもなると授業中は暇を持て余し、夕方から塾で本気を出すようになります。
            真の平等とは、クラスのレベルを均一にするのではなく、金が無くても能力に合った教育が得られることだと思うのですが…。

            2+
          3. >真の平等とは、クラスのレベルを均一にするのではなく、金が無くても能力に合った教育が得られることだと思うのですが…。

            日本の公立校なんて十分な質であり、これでダメだというなら元々ダメだと思いますよ。与えられた環境なんてドーピングみたいなもので、効果が切れると地獄の苦しみになります。

            必死になって塾漬け、中高一貫校でカリキュラムの先取りをすることでようやくトップスクールに入れても、ゲーム、遊び感覚で勉強して普通にしているだけでトップスクールに入れる人には到底敵いません。拗らせるリスクの方が高いです。そもそも、親が必死になっても、なるようにしかならないですし、たかが受験なんかに必死になっても、それそのものは見返りなど大したことありません。トップスクールに入れば、全てがうまく行くようなことをいうバカはいますが、納得できるような根拠を提示されたことは一度もありません。それどころか、一学年に万といるマンモス私大出身なら支配者側に行ける、という噴飯コメントをする人すらいるのは呆れてモノも言えません。

            受験そのものよりも、何をして飯の種を稼ぐのか?を意識すべきです。とは言え、凡人には受験は大きなものであり、一つコメントがあるだけで一気にPVが伸びるのはコンプレックス産業だからなんでしょう。

            シン

            3+
          4. >日本の公立校なんて十分な質であり
            →仮に公立中学が3クラスあるなら、上中下に分けて授業をすべきです。すべて中にすると、上レベルの生徒は退屈し、下レベルの生徒は付いて行けません。

            親曰く、昔は公立でも学力でクラス分けをしていたが、平等(?)の観点から学力別クラスを止めたそうです。
            (地域差が大きいと思いますが)

            今の制度では、中レベル以外の教育を受けたいなら私立か、トップレベルの国立中学に行くしかありませんが、行ける人は極一部です。

            公立中学が学力別のクラスにすれば、進学塾、補修塾いずれも必要性が減り、財力による学力差が減ります。

            公立中学では学力の高い生徒が暇を持て余し、学力の低い生徒も付いて行けずに暇を持て余しています。

            学力別クラス編成によってこれらを改善すれば、お金を掛けずに平均学力が上がります。

            文句があるなら私立に行け!
            という公立校の言い分には納得が出来ません。

            5+
          5. 出口である公立高校入試が公立中学のカリキュラムに沿ってしか作られないのだから、まったく問題ないと思います。そして、日本では公立高校からでも十分にトップスクールに入れます。大学受験を有利にしたいから私立に行きたいなら、自分でいけば良いし、それは公立の仕事ではありません。家計と相談して自己責任でやれば良いです。

            >親曰く、昔は公立でも学力でクラス分けをしていたが、平等(?)の観点から学力別クラスを止めたそうです。

            欧米では学力というか、記憶力を人格のように扱うやり方に限界を感じて、減点式の入試をやめました。(近代ではしてました。)彼らのやり方が素晴らしいとは思いませんが、人間にとって「賢い」ということには色んな側面があり、賢いから点数が取れるとか、難易度の高い学校に行く、というわけではない、という当たり前のことすら理解できなくなるなら、勉強してバカになってますよ。

            だから、学力順にクラスを決めて、無駄なストレス、競争心を煽るやり方など、バカらしいも良いところです。まだ、シンガポールではしてますが、人格形成に最悪だな、と思います。日本人でも暗記競争全盛期の団塊から団塊ジュニアが良いおっさん、おばさんになっても、受験、学歴の話題になると嬉々として持論を語ってくるのを見ると、薄っぺらいなぁ、と思います。大学生同士でもないのに、初対面で学歴を聞く、とか恥ずかしいと思わず、聞くんですね。そして、それで相手に対する態度を決めるなんて人間として軽蔑しますね。

            そもそも、教育とは自分がしたいことに近づく為、人生の満足度を上げる手段なのに、目的になってしまう考え方は極めてバカらしいと思います。

            シン

            12+
          6. >教育とは自分がしたいことに近づく為、人生の満足度を上げる手段なのに、目的になってしまう考え方は極めてバカらしいと思います。
            →同意です。

            >学力順にクラスを決めて、無駄なストレス、競争心を煽るやり方など、バカらしいも良いところです。まだ、シンガポールではしてますが、人格形成に最悪だな、と思います。
            →国家全体の学力を向上させるために、公教育はどうあるべきか、議論の余地があると思います。

            小学校:受験なし、学力クラス分けなし
            →教師の保護のもとで社会性を学ぶのが主目的であり、落ちこぼれる児童も少ないのでこのままで良いと思います。

            中学校:受験なし、学力クラス分けなし
            →学力差が付いて来るので、学力クラス分けが必要だと思います。
            学力の高い生徒は退屈ですし、学力の低い生徒は落ちこぼれます。これは非常に勿体無いです。

            高校:受験あり、学力クラス分けなし
            →受験によって学力で高校が分けられるので、学力クラス分けは不要だと思います。
            しかし、高校の選択肢が少ない田舎では、学力クラス分けをしても良いでしょう。

            韓国では高校受験を廃止し、住所によって高校が決まるようですが、日本もそれに倣うべきでしょうか?
            生徒のレベルがまとまっている方が教育効果が上がるので、学校選択制(高校受験)は必要だと思います。
            同様に、中学でも学力クラス分けをした方が、教育効果が上がります。

            ストレスになったり、競争心を煽ったりするのは駄目ですが、手つなぎゴールのような制度は、日本の衰退に繋がるのではないでしょうか。
            飛び級を認めるのも、良いかも知れません。

            3+
          7. >→学力差が付いて来るので、学力クラス分けが必要だと思います。学力の高い生徒は退屈ですし、学力の低い生徒は落ちこぼれます。これは非常に勿体無いです。

            与えられる環境に文句を言っても楽しくはならないのは大人とて同じなので、中学生くらいで、自分が考えて退屈を潰せば良いです。仮に地域の公立高校では退屈すると思うなら、全国屈指の進学校を自主的に目指せば良いでしょう。逆に中学レベルでついていけないなら学力競争から降りた方が良いです。それを自覚する場としてごちゃ混ぜは良いと思いますね。大人ですら勤務先に退屈したなら自己責任で起業するなり、転職すりゃ良いのと同じです。最近では営業成績で煽りまくり、下位から順番に解雇していくようなやり方は米系すら避けてますが、それって、単に居心地が悪くなり、人が長居しないことになります。

            >韓国では高校受験を廃止し、住所によって高校が決まるようですが、日本もそれに倣うべきでしょうか?

            むしろ、高校でしっかりとコースを分けるために中学は分けない方が良いと思います。色んな人に接して自分が見えてくるものです。校風を含めて自分に合う学校を探すべきですし、それは大学、就職、転職、婚姻、とずっと続いていくことです。仮に学力至上主義が良いと思うなら、学力でクラス、席順が決まる高校に行けば良いと思いますが、その手の高校はまったく人気がありません。大抵の進学校は自己責任でやる自由な校風です。(男子校だけで、女子校は割とうるさい進学校が多いように思います。)

            >飛び級を認めるのも、良いかも知れません。

            同じ学校での飛び級はストレスになるので、空気を読まないアメリカ人ですら避けるそうです。ギフテッドスクールに転校するそうです。日本にはギフテッドスクールはありませんが、全国屈指の進学校は各地にあるので、都市部、都市部近郊に住んであれば、そこにいけば良いです。学費も私立としては格安ですしね。

            同じ学校内で過度の競争を煽るとろくなことにならず、もっと高いレベルに行きたいなら別の学校に行くべきです。

            灘、開成は高校からも受け入れていますが、高校組の方が大学進学実績が良いそうです。理由はほぼ確実に自分の意思で公立校ではなく、私立に来ている高校進学組に対して、中学組は親の意向で進学した子供が多いからでしょう。だから、ダレたり、落ちこぼれたりする子供がすくなからず出るわけです。物理的に言えば、圧倒的に中学組の方が大学進学実績に有利ですが、結果は逆です。

            シン

            1+
          8. そもそも、公立中学の授業で本当に退屈している子供なんてほとんどいません。楽に9割とれて、公立トップ高校に行く子供は2-3%しかおらず、そこで楽にトップスクールに入る子供はその中の2-3%とするなら、何千人に一人しか存在しません。楽にトップスクールに入ることすら出来ない子供がクラス分けがないと退屈なことはないでしょう。

            シン

            0
          9. 私は中学でのクラス分けがあってもいいと思います。
            公立の中学は玉石混合すぎて、be動詞が理解できないような子や学校に来ないヤンキーの子と、東大にいけるようなレベルの子が同じクラスにいることがあります。
            私は、学校の意義は「楽しく過ごせること」だと思います。それにより素直で真っ直ぐな人間性が育ちます。
            中学から人間性に差がつき始め、優等生組はヤンキーに気を使って過ごすようになります。それでは楽しくないので、できるなら気を使わないメンバーの中にいれて生活・勉強するのがいいと思います。学力は会話レベルに比例すると思いますので、クラス分けはそういう意味でも効率的だと思います。中学校では大人しくしていた優等生組が、高校になると途端に楽しそうにする姿を多く目にしました。
            またクラス分けをしたところで、勉強偏重になるとも思いません。ただ、「学力が低い」クラスは作る必要はないと思いますね。

            >灘、開成は高校からも受け入れていますが、高校組の方が大学進学実績が良いそうです。
            これは気になりますね。もしそうなら、色々考え直す必要がありそうです。
            東大への進学実績では、中高一貫校のほうが有利みたいです。それは中学から効率のよいプラグラムを敷くからだと思っていましたが、その学校が教えるのが上手or単に頭のいい子が集まりやすい、からでしょうか。

            4+
          10. >中学から人間性に差がつき始め、優等生組はヤンキーに気を使って過ごすようになります。それでは楽しくないので、できるなら気を使わないメンバーの中にいれて生活・勉強するのがいいと思います。

            そんなの実社会でも同じなので、面倒な連中の適当なあしらい方を早めに覚えるべきだと思います。それが出来ずにパワハラで鬱になる、とかありふれた話ですしね。純粋培養の優等生タイプほど、社会に出て潰れるのは当たり前だと思います。私立は私立で別種のヤンキーがいますし、そんなのはどこにでもいます。よほど特殊な環境でないならヤンキー、ヤンキーまがいの上司、同僚、客は必ずいます。選んで付き合うことは出来ません。

            >またクラス分けをしたところで、勉強偏重になるとも思いません。

            自称進学高校が特進クラスを持っていることは多いですが、そのレベルですら妙なプライドを持ち出し、エリートクラスwとか呼ぶバカが現れるものです。そもそも、自称進学高校に在籍している時点で何がエリートだ?wというツッコミを入れないんですよ。それが子供であり、学力順のクラス分けなんかすれば、それが全てになるものです。

            >東大への進学実績では、中高一貫校のほうが有利みたいです。

            東大というか、旧帝大は二次試験の科目数が多いので根本的な範囲が広い為、中高一貫校で早め早めに進めておくのが有利、ということです。多くの公立校ではカリキュラムの最後までしないので、学校の授業だけでは旧帝大は無理、ということになります。

            ただ、結局は本人にやる気があれば、予備校に通ったり、通信教育もあるので、圧倒的に有利にはならないということです。中学受験で燃え尽きて、やる気を失ってりゃ、いくら進度が早くて旧帝大対策がしやすくても意味ないです。

            シン

            3+
          11. 十数年前まで中学生をやっていた立場からすると、僕はマグナムさんの意見に同意します。

            僕が中学校のときは、学校の進度が塾の進度よりも常に遅れており、授業が退屈だったからです。ホームルームを無くすところまで行く必要はないと思いますが、中学校での教科ごとの習熟度別のクラス分けは最低限必要だと思います。

            同じ授業を習熟度がバラバラの生徒40人が一斉に受けても理解度向上の妨げになるだけです。はじめから習熟度別でクラス分けした方が教員・生徒双方の負担低減になりますし、生徒の理解度に合わせて難易度を調整することが容易になります。税金と時間を使ってやる以上、効率の良いほうが望ましいと思います。

            それに、定期テストの点数や成績という形で個人差が可視化されてしまう以上、クラス分けをしなくても競争の発生は避けられません。既存の方式をやめて、公文式や寺子屋方式のような個別の習熟度別学習主体にするしかありません。

            7+
          12. >僕が中学校のときは、学校の進度が塾の進度よりも常に遅れており、授業が退屈だったからです。

            これは当然です。補習塾は典型的なコンプレックス産業であり、必要不可欠ではないので、常に学校より早く進んで、学校の授業しか受けてない人よりも理解できる優越感を擽ることを目指すからです。そうでないと、子供はメリットを感じず、辞めてしまいます。そもそも中学レベルで補習塾に行かないと上位にいられない時点であまり勉強に向いてないのだと思います。

            >それに、定期テストの点数や成績という形で個人差が可視化されてしまう以上、クラス分けをしなくても競争の発生は避けられません。

            そんなのは給与みたいなもので、自分でベラベラ言わなきゃ、大体しかわからないし、それくらいで十分であり、同じ階級の社員なのに給与ごとにフロアが変わったらギスギスしませんか?

            シン

            2+
          13. 学校の授業が退屈だというなら当然、楽に全教科9割以上得点し、当たり前に学区公立トップ高校、それ以上の私立に進学することになると思うのですが、その対象の子供は2-3%でしかなく、なぜ明らかな少数派に合わせてクラス分けする必要があるのか、まったく理解できません。

            シン

            0
          14. 確かに僕の場合、塾通いしなければトップ層にはなれなかったと思います(上位にはなれたと思いますが)。でも、塾通いをすること自体はごく普通のことです。テストの点については、中学生の環境下で『俺はテストの点数を言わない』という姿勢を貫くのは周りとのコミュニケーション上、なかなか難しいことです。

            僕が公立中学に通っていたころを思い返すと、周りの人間の8割は塾通いをしていたと思います(首都圏の話です)。学力レベルは関係なく、上位・中堅・下位問わずです。結果的にみんなが学校の先取りをしているので、センスの有る無しの話でもないのです。塾に通わせない家庭は子供の学力に無頓着か、とくに貧乏なところだけでした。僕は高校は一番いいところの県立高校に進んだので、中学時代にまして塾・予備校に行くのは当たり前のことという認識でした。

            そして、特に公立中学校の場合は授業がダメなだけでなく、DQNが暴れまわって荒れているために生徒が安心して勉強できないケースがあります。こういうところでは教員側も神経質になっており、些細なルールで生徒を叱ったり束縛を強めてくるもので、不必要に強いストレスを受けやすいのです。公立中学校より私立の中高一貫校が選ばれる理由の一つです。

            こうした理由から、親・生徒のどちらからも公立校の教育は信頼されていないのです。学力を担保するためには教材・授業の質がよりまともで、学習環境の整っている塾・予備校、時には私立中高に通わざるを得ないというだけのことです。

            受験産業が発達しているのは利権でも何でもなく、既存の公教育システムが社会のニーズに応えられないまま温存されているからと言うほかありません。公立校(とくに中学)の存在意義は、金がかからないのとDQNと底辺の生態を身をもって体験できる(叩き込まれる)くらいではないかと思います。

            10+
          15. >でも、塾通いをすること自体はごく普通のことです。

            その「ごく普通」と根拠もなく信じ込むことが危険であり、貴重なお金と時間を奪われる考え方です。内容を精査して必要だと思うから塾通いすべきです。そして、「ごく普通」を疑わない姿勢が同調圧力であり、多数派であれば、正しいとする、イワノフさん自身が嫌う考え方の基礎です。

            >僕が公立中学に通っていたころを思い返すと、周りの人間の8割は塾通いをしていたと思います

            素っ頓狂な話です。そのうちの何割が塾を本当に必要とし、自己実現への手助けにしたのだろうか?と思います。1割もいないでしょう。お金をドブに捨てています。

            >受験産業が発達しているのは利権でも何でもなく、既存の公教育システムが社会のニーズに応えられないまま温存されているからと言うほかありません。

            全く違います。ほとんどの親は強迫観念で塾通いをし、ほとんどの子供もその意義をきちんと見出さず通っています。これはまさに利権であり、愚民化教育の賜物です。社会のニーズは需要のあることを学ぶことなのに、塾は偏差値を追いかけさせ、学ぶことを意義を問いかけません。ニーズなんて一切考えず、ともかく当たり前、と信じてお金を払う情弱向けの施設です。

            公的教育でIT時代に不可欠なコーディングが学べないので、塾で学ぶならニーズがあると言えるでしょう。

            シン

            5+
          16. 長いものに巻かれろではないですが、僕自身は塾に通ったことはよかったと思っています。学力の底上げになったという実感が確かにあったからです。学校の中身の薄い教科書と授業だけでは絶対に達成できなかったことです。とはいえ、これ以上は平行線になりそうなのでこれ以上の議論は避けます。

            あと、習熟度別クラスに関しての言及をしていませんでしたね。

            僕個人としては習熟度別クラスはやっぱり必要だと思います。上位の少数派のためだけではなく、下位の人たちのことを考えても絶対に必要になります。中間層だけを想定した授業で、できる生徒の学習を足止めし、できない生徒にはわからない部分のフォローをしないままやっても、生徒全体のためにならないからです。

            少なくとも習熟度別クラスを導入するにしても選択制にすれば角は立ちません。例えば中学校において教科ごとに発展クラス・普通クラス・基礎クラスなどのように分けることができると思います。

            先取りをしたい生徒には発展クラスを希望させて本人のペースを尊重して学習させる。一方でまったく中学レベルがわからない生徒には基礎クラスで小学生レベルでも何でもいいので立ち戻ってやり直し、そこからできるところまで理解度を高めていく。

            こうしたやり方のほうが、ガチガチの学習指導要領に沿って全員が同じ授業を受けさせられるよりもずっと健全ですし、教育効果も高まると思っています。勉強に限った話ではなくて、スポーツだって野球の上手い中学生ならシニアのチームでやりますし、サッカーならユースチームに入るものです。レベルで分けることはいたずらに競争を煽る性質のものでもありません。

            結局は棲み分けをした方が人は肯定感を得やすく、個々人の長期的成長には有効に働くと思います。

            6+
          17. >これ以上は平行線になりそうなのでこれ以上の議論は避けます。

            鰯の頭も信心から、というように、本人が効果があると信じているなら、それでいいと思いますが、「普通」「みんなしてる」「当たり前」という考え方は極めて危ないし、真っ先に疑うべき考え方です。そして、塾に通っていて、大学進学の為にお金を借りているならアホだな、とも思います。

            >勉強に限った話ではなくて、スポーツだって野球の上手い中学生ならシニアのチームでやりますし、サッカーならユースチームに入るものです。レベルで分けることはいたずらに競争を煽る性質のものでもありません。

            >結局は棲み分けをした方が人は肯定感を得やすく、個々人の長期的成長には有効に働くと思います。

            これも一昔前はチームに一軍から五軍くらいまで作って、一軍選手が自己肯定感というか、優越感を感じるやり方が流行ってましたが、極めて空気が悪くなるため、元から一軍に入れそうにない選手は受け入れないやり方が増えてきました。そもそもチームが違うならともかく、同じチームではレギュラー組、控え組くらいしか作らず、入れ替えが頻繁に起こるくらい切磋琢磨できる体制が好ましいのでしょう。

            まったく選抜されていない公立中学だと、一軍から五軍みたいな分け方になり、殺伐とした空気になるでしょう。実際、それをしていた団塊ジュニア世代なんかは校内暴力全盛期です。まったくメリットを感じられません。

            シン

            4+
          18. と言うわけで、公立中学は学力によってクラス分けすべきだ派の人には入るのにセレクションがないグループで習熟度によってクラスを分けて効果を出した実例を出してもらいたいです。私は成績によるクラス分けをしていた団塊ジュニアが校内暴力、学歴コンプをこじらせた過去を実例として出しました。逆に上手くいった実例があるなら私も考え方を変えるでしょう。

            別に学力である必要はなく、他国でも構いませんが、その対象は生活の中心である必要があります。趣味の英会話なり、ギターが習熟度でクラス分けされて過度に気にする人はいないでしょうが、平日毎日通う学校、職場、青春をかける部活などでは別問題です。

            厳しくセレクションを受けて通過したプロスポーツ選手ですら、支配下登録選手に制限があり、一軍の人数は決まっており、一軍と二軍は本拠地が違うため切り離されています。一軍内、二軍内で出場機会を得られる人数しか維持せず、機会を得られそうにない人は戦力外として放出し、出来るだけギスギスしないようにしています。

            シン

            4+
  10. 私もシンさんの意見に賛成ですね。
    受験生や高校生には、勉強しなくていい言い訳になるので言わないですが、教育って何のためにやるかは人生の満足度を上げるためですね。
    偏差値追いかけてもいいことないですからね。
    物の例えで受験に例えますけど。

    0
    1. ニコさん

      教育とは、教育産業の金儲け、ですねw
      高校、大学、予備校などなど。
      本来、小学中学の指導要領を完璧に習得すれば教養程度の学力は全く問題無いはずなんですから。
      それ以降は、何をして稼ぐか?を習得すべき話なんですよね。
      実際には、自動的に進級する仕組みのおかげであほうが量産されてますけどもw
      義務教育だと言うのならば完璧に習得できるまで延々と留年させるべきだと思いますw

      0
  11. シン様
    >>与えられる環境に文句を言っても楽しくはならないのは大人とて同じなので、中学生くらいで、自分が考えて退屈を潰せば良いです
    →自分が通っていた公立中学の教師がこれをさせてくれなかったんですよね。授業の進度が遅くて退屈だと思った生徒は教科書の先の範囲を(もちろんその時間に授業がなされている教科です)一人で読んだりしていても問題ないと思います。しかしそれを妨害する教師が一定数いたのです。(退屈で教科者の最後の方のページを一人で読んでいると、「Y君、今授業で説明しているのはそこじゃないぞ」というお咎めを度々貰いました。それが半端なく息苦しかったです。→違うだろ教師が咎めなきゃいけないのは要点もろくに理解もしないで漠然と板書を写している生徒だろ。情報の選択眼を有さずに思考停止になっていることの方が学業にとってはよっぽど害悪じゃないか。これじゃ社会に出ても自分の頭で考えるようにはなれないぞ。という言葉を必死で呑み込んだものです)
    そこまで自分の授業に生徒全員の意識をフォーカスさせたいならば、レベル別に授業しろよと思ったものです。さらに板書をノートに書き写すことを強要するとか半分人権侵害ですよね。情報の取捨選択権は基本的に情報の受け手である生徒にあるのに・・・。
    大学に進学して麻布中学や武蔵中学に通っていた生徒に話を聞くと彼らの中高時代が心底羨ましくて仕方なかったです。彼らは10代の多感な時期を自分の興味を少なくとも教師には阻害されずに追求出来て、それを共有できる仲間に恵まれて・・・。
    従って習熟度の高い生徒が授業中に先取りをしていてもそれを許容するとの条件付きであれば、公立学校でレベル別に授業をする必要は無いと思いますが、それを許容できる器の大きい教師なんてわずかですよ。そう考えるとレベル別にするのは致し方ないと思います。
    今までのコメント読んでいて、違和感が一つあります。ぬるりの読者さんはそれなりの高学力の方が多いので、レベルの高い生徒が遅い進度に合わせるのが非効率という視点での意見が多かったのですが、むしろ逆にレベルの低い生徒にとってこそ習熟度別クラスは有効なのではと思うのです。
    残念なことに小学生レベルの筆算が出来ずに中学を卒業してしまう生徒が一定数います。そうした生徒に最低限の四則演算を理解させて社会に送り出すのは、社会にとってそれなりに有意義かとも思います。義務教育である以上、義務に見合う学力レベルの生徒をを少しでも多く社会に送り出すのが本来のあるべき姿ではないでしょうか?
    (Fラン大学で筆算や方程式の基礎をやり直すとか正直手遅れです。) 

    10+
    1. 繰り返しになりますが、授業が退屈だ、と言えるような子供は極少数派であり、教師からすれば、授業を聞かずに他のことをしている生徒を快くは思いません。そんなの実社会でも同じですし、自由の国、アメリカだろうが、同じです。むしろ、内申点が極めて大きな割合を持つので、教師とのトラブルは致命傷になりかねません。

      塾に行って授業を先取りしている様子もないのに学年トップクラスを維持している生徒がそうしているなら、心ある教師なら転校、別ルートの進学を進めるでしょう、悪しき平等思想に取り憑かれている教師も少なくないのは事実ですが、、、。実例を挙げると、ホリエモンは小学生時代、授業が退屈で仕方なかったそうで、教師が親に久留米附設への進学を勧めたそうです。ホリエモンは平凡なサラリーマン家庭に生まれているので、教師の勧めがなければ、親は私立校進学を考えなかったでしょう。Yさんも、麻布、武蔵に行くべきだったんでしょうね。ただ、繰り返しになりますが、例外的ケースです。また、麻布、武蔵に行っても、東大京大国公立医学部以外に進学する人が半数以上であり、学力があるとすら言えないわけで、余計なエリートw意識はその後の人生を生きづらくするでしょう。そもそも、全国的進学高校に楽に入って、そのまま楽についていく層は東大京大国公立医学部しか受けないので、それ以外に進学しません。受からなければ浪人、多浪で廃人になります。

      中学レベルでついていけてない子供は学力がどうとか、授業の速度がどうとか、よりも本人の家庭事情、素行、志向に原因があり、そもそもやる気がなくヤンキーになっていたり、不登校、不登校気味になっているので、レベル別にしても勉強なんてしないし、一番下のクラスに入れられた劣等感からもっと卑屈になるでしょうね。これもごく稀に元々の知能が健常者ギリギリで、真面目にやっているが、授業についていけないなら子供もいますが、やはり少数派であり、ここを基準にすべきではないと思います。

      シン

      10+
      1. 社会人も同じです。突き抜けた数字、技術を持っているわけでもないのに、与えられた仕事がつまらないから、あからさまに業務時間内に勝手に勉強してれば、間違いなく干されます。従業員のレベルに合わせて業務を決めるべきだ、自己啓発塾、夜間通っている学校ではもっと先に進んでいる、とか言っても、それが入社時に決めた職務領域なら文句を言うのが間違いです。その上で、勤務先の仕事がレベルが低いと思うなら、与えられた仕事できちんと数字を出しつつ、転職先を探して、もっと職務領域の高い仕事をすべきです。業務時間内に自分のしたい勉強するなら大人しく、それっぽく、目につかないようにするのがマナーです。上司も目についたら注意しないわけにいかないでしょう?この程度のルールも守れないなら、どこに行っても自意識過剰野郎として爪弾きになり、キャリアアップもなく職場を転々とするだろうと思います。

        これは理解してもらえると思うのですが、なぜ、子供は違う、という意見が多く出るのか疑問です。子供だって、社会の構成員であり、時間の問題で需給に晒されます。

        シン

        8+
        1. シンさん
          私は、わりと中学校の授業は好きでした。多くの先生は、教材研究もよくやってわかりやすく教科書を進めてくれて学校が好きでした。
          私の友人で中学校の英語の先生になった人は高校の先生は受験対策でつまらないから中学校にしたと言ってました。
          なので、公立中学の内容ってそこまで悪いもんじゃないと思います。

          授業面白くないですか?

          2+
  12. シン様
    >>まったく選抜されていない公立中学だと、一軍から五軍みたいな分け方になり、殺伐とした空気になるでしょう。実際、それをしていた団塊ジュニア世代なんかは校内暴力全盛期です。まったくメリットを感じられません。
    →一つ質問なのですが、そうした習熟度に応じたクラス分けシステムと校内暴力にはどういった相関関係があるのでしょうか?

    1+
    1. >→一つ質問なのですが、そうした習熟度に応じたクラス分けシステムと校内暴力にはどういった相関関係があるのでしょうか?

      質問に答えず、逆質問をするということは良い実例はないという事でよろしいですか?

      学力がすべてであり、学力が低い人間は存在価値がない、という風潮を産むので、何かしらの方法で存在を自分を知ってもらおうとする為、暴力で威圧するからでしょう。恵まれた家庭出身のヤンキーなど、ほとんどおらず、家庭内で居場所を失っているので外で悪い仲間とつるみ、悪いことをして存在価値を見出そうとする、ということです。ヤクザ、マフィアの類は被差別階級出身者がほとんどで、暴力で対抗するしかないから、そうしているわけです。

      シン

      2+
      1. シン様
        回答が遅れてすいません。気が付いたらこんなにもコメント欄が盛り上がっており、驚いております
        >>質問に答えず、逆質問をするということは良い実例はないという事でよろしいですか?→申し訳ないですが、どの部分がシン様の質問にそうとうするか教えていただけないでしょうか?
        >>実際、それをしていた団塊ジュニア世代なんかは校内暴力全盛期です。
        →習熟度別授業と校内暴力の相関は0とは言えないですが、比較的低く、それよりも高度成長期を経て1970年代に急速に進んだ核家族化。ニュータウンの開発により、従来なんの縁もゆかりも無い人(日本国内での微細なバックグラウンドが異なる)達が集うことになったことの方が因子としては大きいと考えております。
        2003年には文科省が学習指導要領に習熟度別指導が可能であると明記)それに伴い、全国での公立小中の習熟度別授業が2000年代初頭では実施校は四割くらいでしたが、現在では七割くらいに増加しています。そしてその時の校内暴力での小中学生の検挙、補導人数は1000~1500人で推移しています。(2000~2010年代)
        その一方で、昭和55年~60年代初頭(1980年代)では5000人から10000人で推移しています。
        http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/58/nfm/images/full/h7-2-1-4-02.jpg
        こうしたことから習熟度別授業が校内暴力などの直接的な原因とはどうしても考えにくいのです。1980年代に習熟度別授業がどのくらいの割合で実施されていたかのデータが探せなかったのですが、少なくとも文科省が正式に学習指導要領の習熟度別授業が可能であると明記した2003年以降よりも実施割合は少ないはずです。
        統計データのみを抽出すると新潟県の中学校の教員数と生徒数の年次推移のデータがサンプルとして容易に抽出できるので、それによると1980年代の教員一人当たりの生徒の人数が約18人、2010年では約12人です。よって1980年代の方が明らかに習熟度別授業の実施は困難であったと考えられます。

        強いて言うならば、1980年代くらいまでは業者テストを公立中学校で導入し、それに基づいた進路指導や定期テストの成績優秀者を校内に張り出すなどの学力偏重型の評価を行っていたことは間違いなく、それが学力下位層や貧しくて家庭内教育が覚束ない生徒の劣等感を扇動し、非行に走らせたことは一理あるかもしれません。

        3+
        1. すごく盛り上がりましたね。

          セレクションのない集団を習熟度別のクラス分け、指導分けして上手くいっている、上手くいったケースを私は国内外、学力以外でも知らないです。これを知りたい、という質問です。

          >2003年には文科省が学習指導要領に習熟度別指導が可能であると明記)それに伴い、全国での公立小中の習熟度別授業が2000年代初頭では実施校は四割くらいでしたが、現在では七割くらいに増加しています。

          今は一般的に行われており、効果を上げている、ということでしょうか?それなら、完全に私の思い違いです。だとするなら、どこでどういう風に行われて、どのような効果が上がったのかを知りたいです。そこがはっきりすれば、私は考え方を変えます。

          私の知る限り、どんな指標を使って上下をつけたとしても、その集団は多かれ少なかれピリピリし、その上下が固定するとかなり嫌な雰囲気になります。これを回避するには上下がひっくり返るくらい拮抗した力の差である必要があります。そうでないなら同じ場所ではなく、違う場所で管理した方がいいです。士農工商エタヒニンが分かれて暮らし、エタヒニン居住地域は住民と限られた資格を持つ人間しか近寄らなくなったというのは歴史ですね。今でも正社員、派遣の壁は大きいですし、元請け、下請けの壁は大きく、一緒に管理するとかなりピリピリします。下に位置付けられた人達のストレスが半端ないことになります。

          公立中学ではほぼ最上位、最下位は確定した状態になるでしょうから、最下位は強烈な雰囲気になるだろうと思います。これを避けるなら、習熟度別と言いながらも、はっきりと分けず、かなり気を使った分け方をする必要があり、そうなると大きな効果見込めないだろうと思います。それなら、そもそも管理方法をわける為、公立中学受験を更に進める方が有益だろうと思います。だから、習熟度別指導というのが、具体的に何を指しているのかは気になります。

          シン

          0
  13. (※超長文なので注意)

    > シンさん

    僕は逆に聞きたいのですが、そこまでして塾や予備校を私学を嫌う理由とは何でしょう。塾でもコーディングを学ぶのならば社会的ニーズがあるからOKで、高等教育で必要となる数学や英語を学ぶのは受験対策で本質を考えないからNGなのですか。どうにも理のないことに思えますが、いかがですか。議論しても結論が出るものではないと思いますし、単に志向の問題かと思います。

    僕自身の話になりますが、公立小中校での授業がほとんど自身の学力向上に役立ったためしがないのです。逆に、学研や地元の進学塾は大いに役立った記憶があります。公立校の授業のレベルが低くて不安だから、テキストも授業の質がずっと高い塾や予備校に通う、という理由では駄目なのでしょうか。

    多額の金をかけていながら、生徒や保護者からの信頼度がそこいらの民間の塾・予備校にすら劣る公立中高の存在意義とは何でしょう。私立中高に人が流れるのも実利あっての選択で、公立校に需要がないから避けられているということではないですか。僕の通っていた県立高校だって、学校の授業がまったく当てにならないからとみんな自分で勉強し、おのおのが塾や予備校に通って勉強していたんです。

    学力が真ん中以外の人間にひたすら我慢や暇つぶしを強制し続けることに意味がありますか。それに、わからない授業を適当に聞きながしていれば劣等生が劣等感を持たずにすむわけでもありません。偽善的な平等の幻想などさっさと捨て、格差があることを認めた上で教育制度を再構築すべきです。そうでなければ、有効な施策は打ち出せません。

    授業が退屈ならば自ら暇つぶしを考えろ等と、教育制度の構造的欠陥を個人の努力問題に帰着すべきではありません。

    〜〜〜

    習熟度別クラス編成の効果については、なかなか信頼性のある資料が少ないです。自身の主張に都合のいい資料を挙げるならば以下のようなものになるでしょうか。あくまで少人数の話ではありますが。

    『習熟の遅いグループに対する少人数指導を行った学校に在籍する低学力層の児童生徒は、学習に対する関心・意欲・態度に関する質問項目に対して、肯定的回答をする児童生徒が多い傾向が見られる 』

    http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/03/__icsFiles/afieldfile/2009/04/01/1259912_1_1.pdf

    〜〜〜

    校内暴力と成績別のクラス編成との相関についてはどうもハッキリしません。これらに相関があることの論拠とは一体何でしょう。団塊ジュニア世代が中学生だったのは1980年代前半〜後半にかけてですが、その時代に校内暴力の件数が際立って多いというデータはなく、むしろ最近のほうがずっと多いという結果になっています。

    http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/__icsFiles/afieldfile/2017/10/26/1397646_001.pdf
    8ページ / 学校の管理下における暴力行為発生件数の推移

    昔なら校内暴力として認知されなかったものも数多くカウントされているというのはあると思いますが、人口が減少し、学力競争が昔よりはるかに落ち着いているはずの現在の方が校内暴力の件数が多いことの理由が説明できません。今の生徒が昔の生徒よりずっと暴力的になったからという結論もナンセンスです。

    団塊ジュニア世代が校内暴力全盛期だったというのは単なる印象論であり、校内暴力と成績によるクラス分けとに有意な相関はない、とみるのが適当ではないですか。

    〜〜〜

    ギスギス・殺伐というのはつかみどころのない議論ですが、『生徒間の競争の増加=ギスギス、殺伐』という前提でお話をされているようです。僕が思うにギスギスというのは互いが疑心暗鬼に陥り、少しでも得をしてやろう・他人を出し抜いてやろうという心理状態から生まれるものだと思いますので、こうしたものが発生しないような習熟度別クラスの作り方を考えてみます。

    ① ノーレイティング (生徒の成績を一律で5)
    ② 教室分けせず、同一教室での習熟度別学習 (いわゆる公文式)

    ①であれば勉強が出来る・出来ないの差では成績の差が発生しません。必ず内申点が取れるので、みんなを納得させられます。いくら習熟度別でクラス分けをしようが誰にも損はないので殺伐とする必要がありません。現在の学校教育では、相対評価ではなく絶対評価なので、全員に5をつけても問題ないことになります・・・

    これは極端な例ですが、ノーレイティングではなく、個人の到達度にインセンティブを与える方式も考えられます。生徒ごとに到達目標を設定し、個別に難易度調整した試験で合格点をとるか、指定された単元まで到達できれば成績5を与えるというものです。他人を出し抜く必要がなく、個々の努力次第なのでやはり殺伐としようがありません (逆に上位層へのインセンティブの薄さが問題になりそうですが・・・)

    ②のケースでは、習熟度別での教室分けを行いませんが、公文式よろしく同じ教室で生徒一人ひとりが自分のペースに合わせて学習します。これであればむやみに他の誰かに劣等感を抱かせるような心配はありません。

    習熟度別クラスが本当にギスギスとした環境を生み出すかは個人的には疑問ですが、もしそれが事実だとしても、制度設計や運用次第でいくらでも回避することが可能だと思います。

    スポーツ選手に至っては、才能あっての世界でありパフォーマンスや待遇の差が出るのが当たり前で、クラス分けするのは止むを得ません。クラス分けの粒度はどうとでも出来ますし、チームの方針次第です。ここではこれ以上の議論はしません。

    〜〜〜

    自己肯定感というのは、ただの出来る奴の優越感とは違います。以前の自分を基準とし、自分が前よりも成長できたとして、自身の成果を肯定的に捉えられることです。これは人が持続的に成長するためにはいちばん大事なことです。

    自己肯定感を得るのに、必ずしも他人を見下す必要はないのです。相対主義の精神で、常に他人と優劣の比較をしていたら誰でも不幸になるに決まっています。勉強でもスポーツでも音楽でもどんな分野だってそうです。僕だって高校時代は他のできる奴との埋めがたい差でいつも悩んでいたのです。

    それでも、前に進むためにはどこかで自分より優れた人間への際限のない妬みを断ち切り、自分のやるべきこと、自分の得意分野をまずは見つけなければならないのです。別に勉強が苦手だったとしても他の得意分野があるなら、劣等感に溺れる必要はないのです。

    日本の公教育の問題点は、モノサシが成績とテストの点と部活動くらいしかなく、多様な才能を認められないことにあります。スポーツで際立った成果を挙げられない者は、不本意であっても塾通いをして成績の底上げを図らなければなりません。現行の評価制度の弊害で、成績を上げることが最適戦略となるためにこのような事態が発生しているのです。

    それでいて職業教育がまったく充実しておらず、勉強への適性がないからとドロップ・アウトして職業訓練に移行しようという人間の受け皿が非常に少ないのです。これはもう、既存の学校という枠組みでは解決不可能です。どうしても精神的な悪影響を避けたいならホームスクーリング・フリースクール・通信制なり多様な学習形態を認めるというくらいしかないと思います。

    13+
    1. >僕は逆に聞きたい

      Yさんも同じですが、質問に答えず逆質問するのは反論できない、ということでよろしいでしょうか?

      >そこまでして塾や予備校を私学を嫌う理由とは何でしょう。塾でもコーディングを学ぶのならば社会的ニーズがあるからOKで、高等教育で必要となる数学や英語を学ぶのは受験対策で本質を考えないからNGなのですか。どうにも理のないことに思えますが、いかがですか。議論しても結論が出るものではないと思いますし、単に志向の問題かと思います。

      何にも考えず、みんなしているからするならバカだというだけで、特定の学校、学部に入りたいから予備校に通うのは良いと思いますし、やる気はあるが、やり方がわからず、補習塾でプロの力を借りるのも良いでしょう。それはどんな学校でも同じですが、補習塾は目的が曖昧になりがちで、中学で優越感に浸ることが目的になりやすいです。

      >公立校の授業のレベルが低くて不安だから、テキストも授業の質がずっと高い塾や予備校に通う、という理由では駄目なのでしょうか。

      レベルが低いと思うなら、なんで進学したの?という話です。最初からレベルが十分な学校に行けば良いでしょう?レベルが低い学校に行って、塾通いで先行したカリキュラムを根拠にして学校の授業をバカにしてりゃ、険悪になるだけです。それは職場だろうが、趣味グループだろうが同じです。

      >昔なら校内暴力として認知されなかったものも数多くカウントされているというのはあると思います

      これが全てです。データの取り方だけの問題です。セクハラ報告件数は確実に増えてるでしょうが、セクハラは過去より増えてるのですか?

      今では大問題の体罰も日常茶飯事であり、とんでもない暴力が横行してましたが、凶悪事件以外はもみ消されてただけです。ヤンキー文化、暴走族文化も団塊ジュニアのものです。そして、偏差値病による私立校の乱れ打ちも彼らが始めた文化です。

      >習熟度別クラスが本当にギスギスとした環境を生み出すかは個人的には疑問ですが、もしそれが事実だとしても、制度設計や運用次第でいくらでも回避することが可能だと思います

      これを実例を出したり、提案してほしい、と言っています。しかし、肯定派の誰からも出てきません。

      >自己肯定感というのは、ただの出来る奴の優越感とは違います。以前の自分を基準とし、自分が前よりも成長できたとして、自身の成果を肯定的に捉えられることです。これは人が持続的に成長するためにはいちばん大事なことです。

      これは大人でも難しく、ぬるりと生きるでも継続してテーマにしています。子供に他人と比較するな、過去の自分と比較しろ、と言いながら、他人とあからさまに比較してクラス分けしているのはメチャクチャですよ。

      >日本の公教育の問題点は、モノサシが成績とテストの点と部活動くらいしかなく、多様な才能を認められないことにあります。

      これはどの国でもほぼ同じ課題です。多少進んでいる欧米では偏差値教育、暗記競争はとっくにやめてます。そして、塾は偏差値教育、暗記競争を煽るものがほとんどです。そうしないと、必要ない人を煽って引き摺り込まないからです。

      >どうしても精神的な悪影響を避けたいならホームスクーリング・フリースクール・通信制なり多様な学習形態を認めるというくらいしかないと思います。

      そうです。だから、自分で考え、自分に必要なものを選ぶべきで、塾通いを8割がしているのは明らかに強迫観念による無駄遣いになっているでしょう?ということです。本当に必要としているのはそのうち何割なの?という話です。ホームスクール、フリースクールもその価値を感じ、メリットデメリットを精査していくならともかく、みんなしてるから、で行くならバカです。

      シン

      5+
      1. 日本の中学二年生の四千人規模の学力の要因の検証によると、習熟度別クラスの効果があったことが確認されています。

        https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2011/09/pdf/016-027.pdf

        習熟度別クラスにすることで、150点中、理科が3点の効果がありましたが、数学は1.2点と小さいです。
        少人数クラスは全く効果がなかったようですね。
        この検証では家庭環境も対象で、例えば父親が大卒以上だと5点の効果、辞書を所有していると7点の効果でした。

        学力は学校教育よりも、家庭環境の要因の方が大きく影響するという結果ですので、学校教育の限界を感じます。

        それでも、習熟度別クラスが多少効果があることが確認されていますので、習熟度別クラスが小さな費用で出来るのであればやる価値がありますが、
        大きな費用が掛かるのであれば、あまりやる意味はないでしょう。教育も費用対効果で考えるべきですね。

        1+
        1. どういうスタイルで習熟度分けをやったのかはわからない、と資料にはありますが、私が想像するに上位組が伸ばし、中位組も少し伸ばし、下位組が変わらない、さらに悪くなり、トータルでは多少の効果があり、その副作用で学校の雰囲気は悪くなり、クラスごとの対立が出ただろうと思います。やるにしても、生徒間の人間関係に細心の注意を払う必要があり、リスクに見合った効果はないと思います。特に中学生の精神状態は不安定です。中二病wと言うくらいですしね。

          結局、親の経済力、教育レベルが最もモノを言うのだから、親が学校教育に対して無関心であれば、子供も同様で、手を尽くしてもあまり効果がなく、下位組に入れられるとさらにやる気をなくしたり、荒れたり、卑屈になったりするだけです。その手の子供に関わりたくないなら、中学受験をすりゃいいが、その投資はタダではないし、社会にでると、否が応でも自分と全く違う人種と関わるんだから、そこで学んでおいたら?とも思います。

          シン

          4+
  14. 金八先生の世界をリアルに体験してきた自分としてはシンさんのお話の方が共感出来ます。
    社会経験が長くなればドキュン上司に巡り会うことも有るし、そんなタイプの方が出世するので確率は高いと思います。人の手柄を自分の手柄に出来るような鬼畜タイプの方が、
    きっちりと計算して上への胡麻すりが確り出来て、失敗は下の人間に擦り付ける卑怯者程、権力者の寵愛を受けるものです。
    学業に専念してもスポーツで一流になってもこの呪縛から逃れられないと思います。
    このブログはぬるりと生きるですから、どうやれば他人に迷惑を掛けずに自分を貫いて好きに生きるかを究めて行きたいものです。

    2+
    1. >このブログはぬるりと生きるですから、どうやれば他人に迷惑を掛けずに自分を貫いて好きに生きるかを究めて行きたいものです。

      まったくです。それが何であれ、みんなやるから、それが普通だから、常識、と思考停止せず、自分なりに考えて正しいことを徹底したい、と常々思っています。それしか、自分に対する満足度は上がりません。

      シン

      0
    2. 貧しい凡人がぬるりと生きるには、理系大学行くのが良い。
      →貧しさから国立大学にしか行けないため、高度な学力が必要。
       →高度な学力を身に付けるには、上位高校進学が必要。
        →上位高校進学には、塾が必要。
      というのが、現実だと思います。
      しかし、中学でクラス別授業をすれば、塾無しでも上位高校に行ける可能性が上がります。
      金の無い人間は、私立や塾には行けないので、公教育にすがるしかありません。

      >学業に専念してもスポーツで一流になってもこの呪縛から逃れられないと思います。
      →底辺に対応する能力は、社会を生き抜くのに必要ですが、そのために学力を犠牲にしても良いということでしょうか。
      仮に学力があっても、底辺校やFラン大学に進学する方が良いのですか?

      2+
      1. >→上位高校進学には、塾が必要。

        これが理解できません。公立高校の入試は公立中学のカリキュラムに沿ってしか出題されないため、授業をきちんと理解し、9割得点できれば、合格可能です。

        これが私立となると、完全にカリキュラム外の出題が乱発するので、予備校が必要となるのは理解出来ます。

        さらに言うと、東大も教科書の範囲内から逸脱しない為、自習で十分に合格可能です。ただ、それはなかなか難しいので、予備校に通う人が大半です。

        もう一つ言うと、予備校頼みでようやく東大合格するくらい人で大成する人はほとんどおらず、あっという間に埋もれて、しがないサラリーマンすることになりますから、東大にすら入れば、なんでもやりたいことができる、と言うようなことを言う人は東大出身ではないのだと思います。突き抜けてくるのは学力上位1割が良いところだし、学力はともかく、強烈な個性で良くも悪くもクソ目立つ人ですね。そういう人は大人しく予備校通いなどしません。ホリエモンがいい例だと思います。

        シン

        0
        1. >公立高校の入試は公立中学のカリキュラムに沿ってしか出題されないため、授業をきちんと理解し、9割得点できれば、合格可能
          →確かに、春ぐらいから自分で過去問を研究し、戦略を立てて1年間ガリ勉、さらに分からない部分を教えてくれる教師がいれば、高校入試で9割得点出来るかも知れません。
          ただし、それは中学生には酷なので、塾に行くのが現実的だと思います。

          >予備校頼みでようやく東大合格するくらい人で大成する人はほとんどおらず
          →大成しなくても良いと思います。予備校無しで地方旧帝、予備校ありで東大なら、後者の方が楽に生きられるというだけで十分価値がある、というのが凡人です。

          2+
          1. >→確かに、春ぐらいから自分で過去問を研究し、戦略を立てて1年間ガリ勉、さらに分からない部分を教えてくれる教師がいれば、高校入試で9割得点出来るかも知れません。

            そうですか?公立中学なら普通に部活をして、塾にも行かず、楽に9割取れるのが当たり前で、地域トップ校に行くのが王道で、塾通いでなんとか入る人は高校で落ちこぼれる、というのが私の認識です。強迫観念でほとんどの子供が通う地域であっても、必死になってようやく合格レベルならやめといたら?と思います。駅弁が精々ですしね。だったら、二番手でも三番手でもそのまま入ればいいじゃん?と思います。

            >→大成しなくても良いと思います。予備校無しで地方旧帝、予備校ありで東大なら、後者の方が楽に生きられるというだけで十分価値がある、というのが凡人です。

            そんな事はないですよ。東大に期待しすぎです。平均よりもほんの少しマシなくらいで、他の旧帝大より明らかに楽になることはありません。そもそもサラリーマンなど、たかがサラリーマンであり、大した違いはありません。生涯獲得賃金に数千万円の差がついたら、明らかに楽になるのですか?そんなのはやり方で簡単にひっくり返されます。流石に数億円以上違うならひっくり返すのは困難ですが、東大出てても、ファッキューマネーを手にする人は明らかに他大学を出ている人よりも多いわけではありません。

            シン

            2+
          2. >公立中学なら普通に部活をして、塾にも行かず、楽に9割取れるのが当たり前で、地域トップ校に行くのが王道
            →公立から予備校無しで東大に行く人達ですね。
            凡人は塾でトップ校に行き、予備校を使ってようやく極一部が東大、一部旧帝、残りは駅弁以下でしょう。
            塾ありでトップ校から駅弁なら、塾無しの二番手校で駅弁の方が良いかもしれません。耳が痛いですが…。

            >生涯獲得賃金に数千万円の差がついたら、明らかに楽になるのですか?そんなのはやり方で簡単にひっくり返されます。
            →しょぼい話で申し訳ないのですが、塾の100万円、予備校の200万円、私立中高一貫の1000万円で、生涯獲得賃金に数千万円の差が付くのなら、投資価値があると思います。
            しかし、全くプラスにならない人もそこそこいるので、それが難しい所ですが。

            追伸
            シンさまを始めとする、みなさまのご意見が非常に勉強になります。
            議論に参加させていただき、ありがとうございます。

            5+
          3. >→しょぼい話で申し訳ないのですが、塾の100万円、予備校の200万円、私立中高一貫の1000万円で、生涯獲得賃金に数千万円の差が付くのなら、投資価値があると思います。しかし、全くプラスにならない人もそこそこいるので、それが難しい所ですが。

            一千万円払って、確実に数千万円の生涯獲得賃金に差がつくなら良い投資ですが、かなり不確実です。また、その投資がなかったらできなかったのか?も謎です。駅弁くらいだと、二、三番手高校どころか、四、五番手高校から一念発起して自力で入る人も少なからずいます。流石に四、五番手から東大は滅多にいませんけど。

            働き出すと、学歴、学力よりも、コミュ力、政治力の方がモノを言う場面も多いです。それこそ、学力よりもドキュン上司のいなし方が上手い方が、役立つことも少なくありません。そもそも、働き出してからの方が学校に通っている時間より長丁場であり、不確定要素が大きいのですしね。

            塾、予備校通って、最終的に私立文系、就活に失敗してニート、とか割とあります。

            シン

            2+
        2. ウォンテッドリーシリーズを読んでもらうと分かると思いますが、学力だけで結果は決まりません。

          学力だと、川崎さん>>>>>>萩原さん>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>仲さん、でしょうが、

          政治力は仲さん>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>萩原さん>>>>>>越えられ壁>>>>>>川崎さん、であり、

          現在の資産は仲さん>>>>>>>>>>>>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>川崎さん>>>>>>>>萩原さん、なんですよ。

          つまり、学力なんていうのは一要素に過ぎず、過信せず、過少判断せず、自分がしたいことをする為のツールとして関わるのが良いだろうと思います。学力ではブッチギリの川崎さんが必ずしも勝つわけではなく、資産でブッチギリの仲さんがこのまま逃げ切れるかもわからないし、誰の満足度が一番高いのか?は本人たちにすらわからないと思います。

          シン

          1+
          1. >>そもそもサラリーマンなど、たかがサラリーマンであり、大した違いはありません。生涯獲得賃金に数千万円の差がついたら、明らかに楽になるのですか?そんなのはやり方で簡単にひっくり返されます。

            これは、全くその通りだと思います。
            考え方一つで、自分の必要なものだけを買い、必要でないものは買わない。
            必要なものは高くても自分の好きなものを買う。
            見栄でものを買わない。
            これだけで、サラリーマンで少々年収が高い人より、はるかに豊かな生活を送ることができます。

            1+
      2. 私も、塾で成績を上げて無理して自分の実力より上位の高校に行って、勉強ついていけなく苦労するより、その高校より1ランク下げた高校に進学し、そこで基礎学力をつけ、大学もそれなりの自分の実力に見合った大学に進学した方が本人のためにもいいと思います。
        高校3年間、自分の実力・校風に合わないといやなもんだと思いますよ。
        それよりも、少しランクを落としても、校風に合い、上位で卒業できそうな高校、大学に進学した方が本人も楽しいはずです。

        就職のこと考えて機電系にいくなら駅弁に受かれば十分だと思いますし、たとえ奨学金を借りながら私立に行っても十分返済できるはずです。
        そのために、進学する大学の就職状況を精査するのは当然です。

        1+
        1. nobunobuさま
          >塾で成績を上げて無理して自分の実力より上位の高校に行って、勉強ついていけなく苦労する
          →上位校はほとんどの生徒が塾上がりですし、公立高校は中堅でも上位校でも進度は同じ(教科書は違いますが)なので、そんな事態はほとんど起こらないと思います。
          上位校へ行く一番の理由は、切磋琢磨できる仲間を得るためなので、1ランク下げた高校に進学すれば良かったと思う生徒もほとんどいないと思います。
          (高校を1ランク下げて評定上げて指定校推薦というのはあるようですが)
          正直、公立中学よりも塾で身に付けた考え方、勉強習慣の方が血肉になっているので、高校受験が終わったら無意味なものだとは思いません。ドーピングではなく、ずっと役に立つ基礎体力の養成です。
          私は中三の夏に部活を引退し、それから塾に通い始めましたが、塾は部活感覚でした。(辛いことも楽しいこともある)

          しかし、中堅普通科に行ったが付いて行けず、実業系に行けば良かったと思う生徒や、
          私立中学の厳しいカリキュラムに付いて行けず、ランクを下げれば良かったと思う生徒はいるのではないか、と思います。

          >たとえ奨学金を借りながら私立に行っても十分返済できるはず
          →親から国立のみと言われた高校生が、600万円の学資ローンを受けて私立に進学するのは至難です。

          0
          1. >>上位校はほとんどの生徒が塾上がりですし、公立高校は中堅でも上位校でも進度は同じ(教科書は違いますが)なので、そんな事態はほとんど起こらないと思います。

            進度は同じだと思いますが、その教科書並びに問題集の違いが大きいと思いますよ。
            例えば数学で同じ例題でもトップ校なり2番手の高校と4,5番手の高校では例題そのもの難易度が違います。そして私は、基本的なことを理解し、基本的な計算ができれば大学で機電系に進学しても困ることはないと思っています。

            >>上位校へ行く一番の理由は、切磋琢磨できる仲間を得るためなので、1ランク下げた高校に進学すれば良かったと思う生徒もほとんどいないと思います

            切磋琢磨し合ってお互いに伸びていくことができれば、それに越したことはないと思いますが、必ずそこで落ちこぼれていく生徒は出ます。
            それよりも1ランク落とした高校に進学する方を私は選びます。

            >>正直、公立中学よりも塾で身に付けた考え方、勉強習慣の方が血肉になっているので、高校受験が終わったら無意味なものだとは思いません。ドーピングではなく、ずっと役に立つ基礎体力の養成です。

            これは、その通りだと思います。
            高校の3年間を切磋琢磨し合って勉強することができる人は、もちろんトップ校にいくべきですが、やっと、入学できるくらいの人は1ランク下の高校で、塾で培った勉強習慣で自分の勉強方法で自分に合った高校で勉強していくのがいいと思います。

            >>親から国立のみと言われた高校生が、600万円の学資ローンを受けて私立に進学するのは至難です。

            昔と違い、今、国立理系と私立理系でそんなに差がありますか。
            国立の入学金 282,000円、授業料 535,800円ほどです。
            私立理系の場合授業料が年間120万円ほどです。
            国立理系と私立理系の学費の差が、年間70万として4年間で280万ほどです。
            これが、私立文系で就職もできないとなると、大変な借金ですが、
            普通に就職できる機電系では、この300万円の低利の借金を返済していくのが、そんなに困難ですか。
            普通のサラリーマンでも2000万くらいの家の借金でも、定職があれば返済していけるのですよ。普通のサラリーマンでも2000万くらいの家の借金でも、定職があれば返済していけるのですよ。
            まして、機電系を修め定職に就いたエンジニアが返済できないわけないと思いますよ。

            0
          2. >基本的なことを理解し、基本的な計算ができれば大学で機電系に進学しても困ることはないと思っています。
            >それよりも1ランク落とした高校に進学する方を私は選びます。
            →なるほど、国立狙いなら上位校で切磋琢磨するべきだが、そもそも中堅私大狙いなら中堅高校でじっくりやるべき、ということですね。鶏口となるも牛後となるなかれ、とも言いますし。

            >国立の入学金 282,000円、授業料 535,800円ほどです。
            →国立は授業料免除が充実しているので、親の収入が少なければ授業料半額は難しくないです。
            仮に半額なら、差は400万円となりますが、それでも普通に就職できる機電系なら十分に払える額です。

            >普通のサラリーマンでも2000万くらいの家の借金でも、定職があれば返済していけるのですよ。
            普通のサラリーマンでも2000万くらいの家の借金でも、定職があれば返済していけるのですよ。
            まして、機電系を修め定職に就いたエンジニアが返済できないわけないと思いますよ。
            →その通りです。しかし、それは一部の大人にしか分かりません。
            親が高卒などで理解が無い場合に、子供が親を説得するのは至難、ということです。勉強しない言い訳に聞こえますしね。
            親に国立しか駄目と言われたら、子供は国立に行ける確率の高い、上位校を目指すしかありません。
            実際、地方だと二番手、三番手校から高卒公務員になる人も多いですしね。

            3+
          3. >>ドーピングではなく、ずっと役に立つ基礎体力の養成です。

            上で、私は、その通りだと思います。と書きましたが、よく自分のこと考えるとやっぱりドーピングですね。
            私は、家が本当に貧乏だったのですが、母が教育熱心な人で貧しいながらも私が中学生の時、塾に入れてくれました。
            そのせいもあって調子のいいときは、結構ないい成績とれてました。(当時は、成績上位者の順位を期末試験、実力試験ごとに発表していたので、自分の順位がどのくらいか1目瞭然だったんです。)先生の授業はよく理解していたとは思いますが、授業に退屈するようなことはなかったですね。
            で、高校に進学すると(県内ではいい高校ですが)入学当初、とたんに授業が難しく感じられました。
            明らかに今までの中学の成績は塾によるドーピングだったんですね。私の場合、ずっと役に立つ基礎体力の養成じゃなくって単なるドーピングだったんです。
            それと、私も東大に進学していった人のことを思い出すと、彼等から授業の悪口、先生の悪口、中学の悪口なんか本当に聞いたことないですね。
            彼等は、与えられた環境で淡々と勉強していました。
            私は、あいつは教え方下手だなぁとかよく思っていたし実際言っていたと思います。そして、今でも教え方下手な教師はいるなと思います。
            ちょっと外れますが、今ではYoutubeなんかで非常にうまい教え方している先生もいるので、昔よりは勉強しやすい環境にいると思います。

            >>親が高卒などで理解が無い場合に、子供が親を説得するのは至難、ということです。勉強しない言い訳に聞こえますしね。

            親が高卒とか大卒とか言うのは関係ありません。
            むしろ子供が何の考えもなく人が行くから自分も私立文系に奨学金を借りていくというのを、そりゃだめだよと言うのは子供の将来を考えたいい親だと思います。
            私立機電系に行く場合、就職状況等の資料で、自分は返済できると言うことを親に納得させるのは至難というほど難しいでしょうか。

            >>実際、地方だと二番手、三番手校から高卒公務員になる人も多いですしね。

            その人にはその人の考えがあって、国立にいけないから公務員になったと考えるのは短絡です。
            むしろ、文系の大学に行っても行かなくっても同じだと割り切り、自分の進路を考えた賢明な選択かもしれません。

            2+
  15. シンさま
    >中学レベルでついていけないなら学力競争から降りた方が良いです。
    →その通りです。それでも、基礎学力は必要です。
    教育業界には7、5、3という言葉があり、学習内容を完全に理解している生徒の割合は、小学校7割、中学校5割、高校3割と言われています。
    そこで、中学に習熟度別クラスを導入すれば、中学校6割、高校4割になるのではないか、と考えます。
    中学で応用問題が解けなくても、基礎さえ理解していれば、高校でもやっていけます。
    その結果、これまでは中学で諦めていた生徒が中堅高校に進学し、私大機電を卒業出来るかも知れません。

    >高校でしっかりとコースを分けるために中学は分けない方が良いと思います。
    →それも一つの考えだと思います。ただ、高校で分けても遅いのではないかとも思います。

    >同じ学校での飛び級はストレスになるので、空気を読まないアメリカ人ですら避けるそうです。
    →米国などでは飛び級は当たり前と思い込んでいました。子供の頃に聞いた記憶のままでした。

    >灘、開成は高校からも受け入れていますが、高校組の方が大学進学実績が良いそうです。
    →都市圏の中学受験率を1割とすると、高校受験者は中学受験者の9倍います。(質は異なりますが)
    しかし、下記のように、高校の募集人数が少ないことによる、入学難易度の差ではないでしょうか。
      中学募集  高校募集
     灘:180人  40人
    開成:300人  100人
    灘中学、開成中学に上位合格した生徒以外が公立中学に進学していたら、灘高校、開成高校には受からないと思います。

    >公立中学の授業で本当に退屈している子供なんてほとんどいません。楽に9割とれて、公立トップ高校に行く子供は2-3%しかおらず、そこで楽にトップスクールに入る子供はその中の2-3%とするなら、何千人に一人しか存在しません。
    →公立中学の授業は真ん中の生徒に合わせて行われます。40人クラスなら、20番目、定期テストで60点、中堅校進学想定です。
    しかし、同じクラスに定期テストで90点以上の生徒(上位1割)と、10点未満生徒(下位1割)がいます。
    授業で退屈している生徒は、上記の2割くらいでしょうか。楽にトップスクールに入る生徒だけではありません。

    >セレクションがないグループで習熟度によってクラスを分けて効果を出した実例
    →効率化のために集団レベルを揃えるのが目的なので、公立中学でもセレクションをするのが理想です。
    しかし、中学生に遠距離通学は大変ですし、受験は手間が掛かるので、次点の策としてクラス分けを求めています。

    dwさま
    >学校の意義は「楽しく過ごせること」だと思います。
    →同意です。公立中学は退学にならず、教師も殴ることが出来ないから、無法地帯になるんですよね。
    ヤンキーに妬まれて集団で苛められたら成す術が無いので、必死で目立たないようにします。
    面倒な連中の適当なあしらい方は早めに覚えるべきだとは思いますが、授業を妨害する生徒と同じクラスで勉強しなければならないのは、辛いし効率が悪いです。
    実社会では、ヤンキーはそもそも入社出来ないし、仮に入社できたとしても言葉の暴力でクビ、物理的暴力なら懲役です。
    ヤンキー客がいても、会社や警察が守ってくれます。
    灘、開成の件は、単に高校受験の方が難易度が高いからだと思います。

    イワノフさま
    >既存の公教育システムが社会のニーズに応えられないまま温存されているからと言うほかありません。
    →おっしゃる通りです。ウォーターフォールのお役所なんですよね。
    私も県立トップ校出身ですが、塾に通っていなかった生徒には一人しか知りません。
    (彼は塾無しで東大に行きました)
    公立中学の授業は、中堅高校進学想定です。
    高校受験は中学の内容を逸脱しませんが、受験は相対的なものなので、天才以外が上位2,3%のトップ校に入るのに塾は必須です。

    >学力の底上げになったという実感が確かにあったからです。学校の中身の薄い教科書と授業だけでは絶対に達成できなかったことです。
    →公立中学の教師は授業が崩壊しないことを第一に考えた上で、中間層に合わせるので、内容が薄いんですよね。
    塾に通って初めて本質が見えて、学力の底上げになったという実感が確かにありました。

    >結局は棲み分けをした方が人は肯定感を得やすく、個々人の長期的成長には有効に働くと思います。
    →成長を目的とするなら住み分けた方が良く、趣味なら一緒が良いのではと思います。
    補習塾、進学塾、私立中学、高校、大学などは住み分けた方が良いですが、
    社会人のランニングサークル、草野球などは一緒の方が楽しいし、裾野も広がります。
    大学スポーツだと、1部リーグはプロ入りを目指す学生、5部リーグは大学から始めた学生となり、上手く機能しています。
    もし一緒にしたら、1部リーグの学生は退学して高卒社会人チームに行き、5部リーグの学生は退部してバイトでもするでしょう。

    Yさま
    >麻布中学や武蔵中学に通っていた生徒に話を聞くと彼らの中高時代が心底羨ましくて仕方なかったです。
    →彼らをガリ勉受験マシーンみたいに言う人は多いですが、実際には受験に関係ない教養の部分でも、秀でているんですよね。
    公立中学で退屈な授業を聞き流した後に、塾で高度な授業を受けていた生徒と、
    私立中学で高度な授業を受けて、放課後は自由に過ごした生徒の違いだと思います。

    >むしろ逆にレベルの低い生徒にとってこそ習熟度別クラスは有効なのではと思うのです。
    →授業が最も苦痛であり、今後リカバリが効かないのは彼らですね。最低限の四則演算を理解出来ないと、給与、賃貸、保険、ローンなどで食い物にされますし。

    同じ上位10%を能力を持っている子供でも、環境によって下記のように大きな差が生まれてしまいます。
    下位10%の能力の子供も同様に差が出ます。

    ・私立中高一貫→トップ大学
    ・公立中学(クラス分けあり、塾なし)→公立トップ校→上位大学
    ・公立中学(クラス分けなし、塾あり)→公立トップ校→上位大学
    ・公立中学(クラス分けなし、塾なし)→公立中上位校→下位大学
    →公立中学でクラス分けをすれば、財力による学力差が少しは改善するのではないかと思います。

    恐らく、シンさま、ニコさまは「中学くらいまでは一緒にやれば良い」と考えており、
    dwさま、イワノフさま、Yさま、私は「中学時代に習熟度に応じて学習することが将来の礎となる」と考えているのではないでしょうか。

    7+
    1. >恐らく、シンさま、ニコさまは「中学くらいまでは一緒にやれば良い」と考えており、

      ニコさんは知りませんが、私は中学前の選別がシステムとして組み込まれることは反対ではありません。欧州はギムナジウム、リセという大学進学を前提としたコースに進むのか?を10歳過ぎに決めますし、アメリカはそもそも所得層、考え方で住む地域が違っていますから、進む学校も違います。シンガポールも同様に小学校から所得で行く学校が違い、10歳過ぎに学力で選別されます。

      日本も公立中学受験が制度として組み込まれてもいいと思いますし、都市部では始まってます。余計なトラブルを避けるために中高一貫校に行くのも良いと思います。ただし、入試のない公立中学が学力によるクラス分けをすれば、手がつけられなくなるほど荒れるのは団塊ジュニアが証明してます、と言うことですし、塾通いで先行したカリキュラムを根拠に公立校の授業をバカにして、堂々と自分がしたい勉強をしてりゃ、よほど突き抜けてないとイタイ人になります。

      「セレクションがないグループで何かの指標で選別して、効果を上げることはない」ということなので、そもそもセレクションをするなら、更に選別しても良いと思いますが、それすら、ギスギスするので避けられる傾向にある、ということです。

      >実社会では、ヤンキーはそもそも入社出来ないし、仮に入社できたとしても言葉の暴力でクビ、物理暴力なら懲役です。ヤンキー客がいても、会社や警察が守ってくれます。

      学力関係なくドキュン、その類はそこら中にいますよね?そのいなし方を知らなきゃ、痛い目にあうのはわかりきったことです。これはマスコミ、都銀、総合商社、大手メーカーなんかでも、まったく同じです。隠れドキュンの方が巧妙に暴言吐くし、嫌がらせをします。わかりやすいドキュン程度もいなせない人間はよほど運が良く、まともな人しかいない職場に当たらないと、パワハラ喰らって職を転々とすることになるでしょう。

      シン

      3+
      1. シンさん マグナムさん
        中学校レベルの話をしますと
        塾で習熟度別のクラス分けを行うとある一定のレベル以上(中堅上位)から機能しますが、それ以下だと話を聞く、ノートを書く、授業に参加すること、宿題をやることから始めないといけないです。
        なにが言いたいかいうと習熟度をしても荒れるかやる気をなくすかなのであまり意味ないです。
        ただ、外で遊んでいるより、教室にいるだけでもマシなので、授業をする側も雑談や飽きない工夫をする必要があります。内申点のため、答えを写してでも学校の宿題をやればOKとしないといけません。
        中堅上位だと学校が勉強の面倒を見るというより、個人の目標によるとこが大きいです。
        なので、義務教育で受験対策までやらなくてもいいのでは?と思います。
        優秀な人間やDQN耐性とストレス耐性やいろんな人格に触れることは義務教育には大事かなと大人になって思います。

        1+
        1. ニコさん
          >塾で習熟度別のクラス分けを行うとある一定のレベル以上(中堅上位)から機能しますが、それ以下だと話を聞く、ノートを書く、授業に参加すること、宿題をやることから始めないといけないです。
          →下のクラスの生徒が、自身を掃き溜めクラスと言っていたのを思い出しました。
          中の下、下の上の生徒にとっては、全員一緒のクラスの方が雰囲気も良くなるので、伸びるかも知れません。

          >習熟度をしても荒れるかやる気をなくすかなのであまり意味ないです。
          →下の中、下の下の生徒は、負の同調圧力によってそうなる可能性がありますね。
          ただし、その中にも向上心があり、時間が掛かっても理解して積み上げたいという生徒もいるので、悩ましいですね。

          そう言えば、新卒で入った会社の技術研修は、以下3クラスに分かれていました。
          ①事前基礎研修の成績上位→応用研修からスタート
          ②事前基礎研修の成績下位→応用研修からスタート
          ③事前基礎研修を受けていない→基礎研修からスタート
          ①②と③はスタートが異なるので、分ける必要がありますが、①と②に差を付けたことで、雰囲気が悪くなったような気がします。

          研修修了後、①~③に全く差はありませんでした。
          これは、大して差が無いのに無理矢理クラス分けして煽った結果、の失敗例だと思います。
          選抜を経て入社している→即ち差が小さい場合にクラス分けをすると、デメリットがメリットを上回るのかも知れません。

          0
          1. >①②と③はスタートが異なるので、分ける必要がありますが、①と②に差を付けたことで、雰囲気が悪くなったような気がします。研修修了後、①~③に全く差はありませんでした。

            この場合、セレクションを受けて入社しているわけで、明らかな差はなく、たまたま知っていた、準備していた、の違いしかないのに、クラス分けをしたことで、余計な溝になり、しこりを残してしまいます。

            >→下のクラスの生徒が、自身を掃き溜めクラスと言っていたのを思い出しました。

            こうなると、その子はそのクラスにいることが苦痛になり、単にお金と時間の無駄になります。

            シン

            2+
      2. >私は中学前の選別がシステムとして組み込まれることは反対ではありません。欧州はギムナジウム、リセという大学進学を前提としたコースに進むのか?を10歳過ぎに決めますし、アメリカはそもそも所得層、考え方で住む地域が違っていますから、進む学校も違います。シンガポールも同様に小学校から所得で行く学校が違い、10歳過ぎに学力で選別されます。
        →シンさまの考え方が理解出来ました。
        個人的には、都市部の公立中高一貫に期待しています。

        >学力関係なくドキュン、その類はそこら中にいますよね?
        →いなし方も学問もどちらも大事なので、その塩梅が難しいです。
        いなし方はタブー視されがちですが、無視出来る物ではありませんし。

        1+
        1. >→いなし方も学問もどちらも大事なので、その塩梅が難しいです。いなし方はタブー視されがちですが、無視出来る物ではありませんし。

          なので、学力優先から中学受験すればいいし、いろんな人に揉まれることを優先するならきちんと授業を受けて、得点することを目指すべきで、塾通いで先行しようとするのは中途半端だと思います。通うのもいいけど、授業をバカにし出すのは本末転倒です。例え事実でも、それを態度や口に出すと、トラブルになることはザラにあり、これも処世術として覚えないと、中途半端な実力だと干されます。

          ドキュン慣れって、本当に慣れであり、彼らが嫌うこと、好むことを知っておくのは重要です。社会に出て、いきなりドキュンに接すると、ショックで退職しかねないと思います。

          シン

          5+
  16. 自分の話や経験になって申し訳ないですが、学力の下位の中学生に教室で話を聞かせるってのは難しくて習熟度クラスでなんとかなるほど簡単でないです。
    私は、不登校や荒れた奴ややる気ない中学生ばかり塾で相手にしたことありますが学校の宿題をこなしてお昼の高校にいけるようにしただけで親に感謝されてびっくりしました。
    その経験から、不登校を受け入れるような高校から採用の声がかかりました。
    でも、バイトですらかなりキツいのでみなさんが考えているよりよほど注意して習熟度別を運用しないとうまくいかないと思います。
    上位を伸ばすのは簡単で誰でもできるけど、下位は下手したら殴られます。

    3+
    1. ニコさん
      >不登校を受け入れるような高校から採用の声がかかりました。
      →凄いですね。私にはとても出来ません。しかし、それを一生やるとなると、寿命が縮みそうです。

      Fラン大付属の中学と少し絡みがあったのですが、ここは公立中学よりも進度が遅いです。
      学費が高いので、問題を起こす子供はそもそも来ませんし、仮に来てもすぐに退学にされるので、平和です。
      公立中学で苛められたり、付いて行けなくなることを恐れた、お金持ちの子供がメインです。
      (公立でそうなってから編入する生徒もいます)
      こういった、悪さをしないけど勉強が苦手な子供を育てる環境が、私立のみになってしまうのは残念ですね。
      特別支援教育は充実しているのですが…。
      彼らが付属から上がり、Fラン大を卒業した後にまともな就職先は無いと思いますが、中学から不登校で引き篭もりよりは良いのでは、と思います。

      >下位は下手したら殴られます。
      →女教師だと、殴られるだけでは済まないこともありますね。
      公立中学・高校で問題を起こしたら、少年院のような施設に入れるべきだと思います。
      未成年でも他人の人権を踏みにじるなら、人権は剥奪すべきです。
      彼らの相手をするのは、教師ではなく、刑務官だと思います。
      (毒を吐いてすみません)

      1+
      1. マグナムさん
        ぬるりの読者の多くは、学生時代は勉強ができる人が多いから学力別のクラス編成を希望するのだと思います。
        駅弁機電以上の大学を卒業してきちんと社会で活躍してると考えてます。
        ただ、私のような公立中学で上位35%程度の人には、授業内容や進度は適切だと思いましたし、定期試験については、先生も馬鹿ではないので学校の問題集の問題がそのまま出るなんてなかったです。
        高校の授業みたいに受験学年になると放置プレイみたいな授業と比べると中学の授業は、きちんと最後まで説明と板書をしてくれて多くのことを勉強させてもらいました。

        4+
  17. シンさん

    僕は何度も論拠を示しているし、提案もしましたよね?

    格差があるのだからそれに合わせた制度にした方がいいと繰り返し言っています。わからない人がわからない授業を受け続けるメリットはあるのかと何度も聞いています。クラス分けしてでもわかるところから始めなければ達成感などあり得ません。

    あと、校内暴力と習熟度別クラスに相関のあることを前提にしていますが、校内暴力と学力別クラスの実施時期が重なっていたからという説明しかしていませんよね。その程度でも相関があると言えるなら1980年代の体罰廃止と教師の権威低下という要因のほうが、説明としてはより適切だと思いますが。

    あと、習熟度別クラスだとどうして細かいクラス分けをしてギスギスした空気でやるという話になるんですか。この前提条件はどこから出てきましたか?ギスギスするのは確定事項ですか?この件は僕なりに対案を上げましたが、シンさんは本当に何も根拠を提示していませんよね?

    『一軍から五軍みたいな分け方になり、殺伐とした空気になるでしょう。実際、それをしていた団塊ジュニア世代なんかは校内暴力全盛期です。』←これは根拠と言えますか?

    付け加えるなら、僕は前の方でホームルームを分けるところまではいかなくても良いと言っています。教科ごとに移動教室をするのでも十分です。これなら大きなコストは不要です。

    なぜ極端な仮定と前提条件からスタートして、自分と反対の主張を一通りこき下ろしてから、自分側の主張が優位だから反論してみろという展開の仕方になるんでしょう。せっかく数字や論拠を出しても、そんなもの無意味だ、馬鹿だ、で一蹴しているのでは一方的な勝利宣言と何も変わりませんし、まともな議論にもなりません。

    8+
    1. まあまあ、落ち着いてください。別に勝敗を争っているわけではなく、真理に近づこうと議論しているだけです。私は公立中学で学習習熟度によるクラス分けをすることが、全体にとってメリットがある、という論拠が示されるなら、それで考え方を変えます。考え方を変えても何にも損しません。

      そして、今のところ、そのメリットは見いだせてません。イワノフさん以外にも色んな人がコメントをくれました。ここもよく考えてみましょう。

      ニコさんは学力下位集団が集まると、手がつけられなくなり、教師が耐えられないし、異常な雰囲気になる、という実体験を語ってますが、たしかにそれが人間の特性です。ヤンキーは家庭環境の悪さから自分を認めて欲しくて悪さをする一面があり、同じタイプが集まると共鳴し、さらに悪くなります。そこに単に学力が低い子供、精神的に弱い子供なんかが加わり、カオスになるだろうと思います。ミニ底辺ヤンキー高が現れるようなものです。これは不穏になりませんか?

      マグナムさんが言うように同じ会社の同期なのに、成績順のクラス分けで嫌な雰囲気になった経験を語ってますが、これも割とよくある話です。

      CIさんは習熟度によるクラス分けは一定の効果があるようだが、親の経済力、教育レベルの方が影響が大きいという報告を示してくれました。そりゃ、そうだろうと思います。そもそもの素地が最も大きな差であり、レベルにあった教育を与えようが、なかなか埋まりません。

      この辺を踏まえても、セレクションのない組織を習熟度によってクラス分けするのは全体にとって、あまりメリットのあることではないと思います。向上心があるなら、元からセレクションに参加して、より高いレベルの学校を目指すべきですし、セレクションに参加せず、公立中学に来たなら、授業をしっかりやり、その上でやりたきゃ、塾に行くのもいいでしょう。ただ、マナーは守るべきで、塾でやったからわかってるよ、こんなのもわからないのか、塾の方が有益、という態度をあからさまに見せるようでは嫌われるのは当たり前です。それは仕事だともっと嫌われます。

      シン

      7+
  18. 世の中のドキュンは何処にでも居ますよ。高速道路を猛烈にパッシングしながら走る車、電通の鬼10則の様に一部上場企業でも会社その物が猛烈な会社は有ります。
    そもそも「ぬるりと生きる」を実現していれば中卒でも東大出ていても全く関係ないと思います。コスパ最高なのは中卒で総理大臣まで上り詰めた田中角栄先生だと思います。
    生きていく為に必要な経済力を用意出来て入れば好きなように趣味に没頭するも良し、真の自由を満喫出来ますね。目的はあくまでもどう生きるかだけです。

    3+
  19. 中学校の学力別クラス分けが議論されていますが、テーマは私立校受験ですよね。私の考えとしては金があれば良いんじゃない?くらいです。そもそも地域によってはまともな私立中どころか高校も無いですから。(1時間以上通学時間をかければ別ですが、私はそれをよしとしません。)私は関東某県育ち在住ですが、そんな環境です。だから高校までは公立で充分だと思います。団塊ジュニア世代ですが学力別クラス分けもありませんでしたし。私自身も地元の定番自称進学校高校でしたし、そこは正にカオスで、上は東大、東工大だし、下は名前を聞いた事も無いような大学もいっぱいいました。このカオスって何気に大事で、中学高校と色んな意味で揉まれた気がして、それが今の自分に繋がっている気がします。今機械系生産技術の親玉をやってますがヤンキー耐性があるおかげか現場の人間とは不思議と溶け込めます。
    ここで議論されている一部の方の話の前提が良い大学に入れればその後も安泰!ではないでしょうか?部下を持って分かったのですが頭でっかち(学歴学力優秀)より少々馬鹿くらいの方が使える様に感じます。あまりにコミュ障は扱いに困りますが。
    何が言いたいか分からなくなってしまいましたが十代の頃は好きに、でも少し熱く過ごせば良いではないでしょうか?大人になったら好きに生きれませんから。

    8+
    1. >私の考えとしては金があれば良いんじゃない?くらいです。
      →金が無い場合、私立が無い場合にどうするか、を考えています。
      結局、学校分け、クラス分けの粒度が荒いと、上位の人間が損をするんですよ。
      公立中学上1割だと、公立中学の授業の物足りなかった、下位の人間に邪魔をされたと感じ、
      公立中学の中間層なら、公立中学の授業がちょうど良かった、上位の人間に良い刺激を受けたと感じるのではないでしょうか。
      「トップ校出身だけど、中学の玉石混淆が良かった」という意見は、今の所出ていません。

      >そこは正にカオスで、上は東大、東工大だし、下は名前を聞いた事も無いような大学もいっぱいいました。
      →その東大、東工大の人、あるいは旧帝の人は、自称進学校高校が良かったと思っているのでしょうか。
      本当はカオスではなく、トップ校で切磋琢磨できる環境が欲しかったのではないですか。特に、旧帝の人はその環境があれば東大だったかも知れませんしね。
      ここでも中間層なら、自分のレベルにあった授業が受けられるし、上位の人間から良い刺激を貰えます。

      >一部の方の話の前提が良い大学に入れればその後も安泰!ではないでしょうか?
      →ひっくり返せないレベルではありませんが、良い大学の方が平均年収は高いし、安泰な率も上がるので、凡人はまずそこを目指します。

      >ヤンキー耐性があるおかげか現場の人間とは不思議と溶け込めます。
      →ヤンキー耐性は大切です。しかし、それを玉石混淆の理由にしてはいけないと思います。
      自称進学校高校ではなく、工業高校の方がもっとヤンキー耐性がついたのではないですか?

      >部下を持って分かったのですが頭でっかち(学歴学力優秀)より少々馬鹿くらいの方が使える様に感じます。
      →失礼ながら、頭でっかち(学歴学力優秀)で人間力が低い人と、少々馬鹿くらいで人間力が高い人なのだと思います。
      前者が勉強をせず低学歴だったら、人間力が上がったのでしょうか。

      議論を通し、中学校の学力別クラス分けをした場合、以下のようになるのではないかと思いました。
      上位層:レベルの合った授業を受け、切磋琢磨して、足も引っ張られないので伸びる。
      中間層:上位層、下位層ともに影響が無くなる。コンプを持つ人が増えるが、それがモチベーションになる場合もある。
      下位層:レベルに合った授業を受けられるので、理解出来る人が増えるが、ヤンキー比率が上がるので足を引っ張られる。
      同じ学力でも、下位クラスのトップと考えればモチベーションが上がるが、下位クラスだからそもそも駄目と考えればモチベーションが下がる。

      所属する層によって意見が分かれ、全体としてはメリットデメリットの両方があることも理解出来ました。
      ヤンキー耐性も大事ですしね。

      現実として、学力別クラス分けにはならないのだから、中学受験を考えるほうが建設的です。

      現状は都市部の金持ちしか中学受験が出来ませんが、
      今後の公立中高一貫の広がりに期待しています。

      ちなみに、文京区は4割が中学受験するそうですが、このエリアの公立中学にはあまり関わりたくありません。

      4+
      1. ろくな私立校がない、すなわち私立校進学は選択肢になかった私の地域の話をしています。私立校が無ければ公立でベストを尽くすしかないのでは?東大、東工大に行った連中がどう思ってるかは分かりようがないですが、私の主観では、あいつらは切磋琢磨とか関係なくて、自分がこう決めたからただとにかくやる!的に勉強してましたよ。あいつらはどの学校に行ってても結果は変わらないのではないかと思います。周りは気にしないからか文句も聞いた事ないです。逆に出来ない奴程授業がー、教師がー、って喚いてましたよ。出来ないのは自分のせいなのに。
        中学校の学力別のクラス分けを押している様ですが、良し悪しは別にしてもこれは仕組の変更で、自分で出来ることじゃないですよね?議員に陳情とか具体的な行動を起こさないならいくら良い仕組を考えても絵に書いた餅ですよ。置かれた状況が公立ならそこでどうするのが自分にとってベストなことか、戦略をじっくり練ることの方が建設的じゃないでしょうか。

        10+
        1. >逆に出来ない奴程授業がー、教師がー、って喚いてましたよ。出来ないのは自分のせいなのに。

          攻撃的なきつめの言い方になるので、言いませんでしたが、私もまったく同じことを思ってました。私が知る限りではいかなることに対しても、与えられた状況で最善を尽くす人は他人、環境のせいにしないし、出来が悪く、成果も出せない人ほど、他人、環境のせいにします。

          はっきり言って、公立トップ高からトップスクールに入った人で、公立中学がクソだった、とか言う人を私は見たことありません。むしろ、言うのは公立トップ高校には入ったが、冴えない大学に進学し、冴えない仕事、高校ブランドが心の支えになっている人が文句を言ってますね。田舎の公立中から全国屈指の私立進学高校に入り、楽に東大合格、博士まで取って、世界的コンサル企業に入った人を知ってますが、公立中がどうとか、言っているのを聞いたことがなく、むしろ、田舎に何かしらの形で恩返ししたいと常々言ってましたね。

          仕事だと、バカ上司、クソ経営者、ブラック企業、とか勤務先をボロクソに言っている人ほど全然力がなく、良い条件で転職出来ず、ずっと低待遇でしがみついていたり、転職して更に落ちぶれるものです。どこに行っても文句ばかりで転職ごとに落ちていく人も珍しくありません。クソ環境にいる出来る人はさして文句を言わず、そこで得られるものを得たら、良い条件の転職先を探してスッといなくなります。

          シン

          4+
          1. シンさん
            本当に優秀な人なら教科担任から難しい問題を用意してもらえたり、全国クラスの私立高校を高校から受験するように言われます。
            また、その手の生徒は生徒会や私のような馬鹿な塾の先生にも文句は言わないです。
            生物化学者の弟は、全国クラスの私立に編入するように勧められましたし、予備校から医学部どうされますか?と言われたそうです。
            だから、それくらいずば抜けないと文句は言えないですね。

            0
          2. まったく、そうだと思います。

            他人、環境に対する文句を言いたいなら突き抜けてないとイタイ人になってしまいます。そして、突き抜けてると、周りが気を使ってきます。ホリエモンの例ですね。

            突き抜けるって、ある種のアスペ気質でないと無理なので、淡々と自分のしたいことをするので、他人、環境に無頓着で、特に文句も言わないことが多いです。逆にめちゃくちゃ細かく、喜怒哀楽が激しく、常に文句を言っているが、あまりにも才能があるので、他人が助けてくれる人もいます。

            シン

            0
          3. ずば抜けないと文句は言えない、ずば抜けた人は文句を言わない、だと誰もなにも言えなくなってしまいますね。
            「文句」と言うと言葉が悪いですが、改善提案を上げて、議論することは大切だと思います。

            出来ない生徒がいたら、どうして個人のせいにされてしまうのでしょうか。
            講師を選べる予備校ならば、そうでしょう。
            しかし、公立教師は一度雇われたら、どんな授業をしても給与が変わらない公務員です。
            教師が悪いかも知れませんし、生徒が悪いかも知れません。それとも、単に相性の問題かも知れません。

            >クソ環境にいる出来る人はさして文句を言わず、そこで得られるものを得たら、良い条件の転職先を探してスッといなくなります。
            →その通りですね。これと同じことが教育でも起こっています。
            公教育を変えようとせず、私立に行かせるという流れです。
            公立中学教師で、子供を私立中に入れる人もいます。
            私はこの流れが良いとは思わないので、公教育の改善提案を議論したつもりです。

            2+
          4. >公教育を変えようとせず、私立に行かせるという流れです。公立中学教師で、子供を私立中に入れる人もいます。

            資金が許し、近くにより良い環境があるならそうするべきだと思います。その結果、東京の公立は努力して子供を取り戻そうとし、子供が公立に戻っている地域もあります。それが地方都市にも広がってます。私は都市化を進めて、田舎を縮小させることは良い方向だと思ってますから、より良い環境を求めるなら田舎に止まるな、と思います。だから、こういうのは市場に任せるしかありません。

            >私はこの流れが良いとは思わないので、公教育の改善提案を議論したつもりです。

            公立中学より塾の方が明らかに良い、授業が退屈で他のことをしてた、学力の低い同級生など、相手にしたくない、足を引っ張られた、というような意見が出ているので、そこまで言うなら、突き抜けてないとイタイ人では?という話です。

            明らかな不正、不実が横行しているならともかく、日本の公立校は世界的に見ても、しっかりしている方ですし、公立の授業を聞いているだけで、トップスクールに入れるなんていう、極めて珍しい国ですよ。そして、習熟度によるクラス分けをして効果を出したケースは聞いたことはなく、リスクは大きいので、やるなら慎重に、成功例を積み上げまで行くべきです。それよりも、中高一貫公立校を増やしていき、私立と市場競争させる方が良いと思います。

            シン

            4+
  20. 私のコメントのキックが悪かったとも思いますが、コメント全体を俯瞰して日本の教育で習熟度別授業が総合的に有効かという点と自分の与えられた環境を受け入れてそこで努力することの大切さが混在していると感じております。
    個人的に日本の公教育での習熟度別授業の有効性の観点で、皆さまの建設的な意見が集まることを望んでおります。私自身も現在様々な統計データなどのエビデンスに当っているところです。塾に通えない生徒が公教育で少しでも勉強の楽しさを見出してくれることを願って止みません。
    シン様
    >>むしろ、言うのは公立トップ高校には入ったが、冴えない大学に進学し、冴えない仕事、高校ブランドが心の支えになっている人が文句を言ってますね。
    →シン様の身近にこうした人が多かったかもしれませんが、このようなコメントは今までのコメント欄で習熟別授業の長所を書き込んでくれた方々を間接的に貶めているような印象も受けます。もちろんコメント者の誰かを名指ししている訳ではありませんが、個人の属性に対する批判はしないというルールを逸脱しかかっている危うさを危惧しております。
    コメント者の中には幅広いテーマで建設的、有意義な意見を書き込んでいただいた方々が多くおられ、胸が痛む思いです。

    5+
    1. >個人の属性に対する批判はしないというルールを逸脱しかかっている危うさを危惧しております。

      これは私もダメだな、とは思いつつ、大事なことなのでコメントしました。

      事実がどうあれ、クソなのは自分であり、今現在てやれることがある、どんなに非効率な環境であれ自分なりのケジメをつけて離れる、と強く信じられるか?が、ここぞという時の勝敗を決める気迫になる、と私は思ってます。精神論ではありますが、人間は先進の生き物であるがゆえ、絶えず変化をしてきたのだと思います。

      シン

      0
  21. 出来るやつが文句を言わないというのは、ただの幻想ですね。不満を口に出していないだけの可能性も排除できません。

    本当は「出来るやつは与えられた環境に文句を言わない」のではありません。所詮は生存バイアスに過ぎません。一握りの人間は才能に恵まれ、どんなやり方でも結果が出るので、与えられた環境に文句を言う必要がないというだけです。あとは、これを言う人は無意識に「文句を言う人間をはじめから出来るやつの範疇から除外している」ということにも気づく必要があるでしょう。

    僕の話になってしまいますが、文句を言うところまでは行かないまでも、塾や予備校よりも高校の授業のほうがよかったという意見は同級生からはほとんど聞かれませんでした(一部マイナー科目は面白いという評判でした)。公立中学の評判についても、高校の同級生からの評価は全般的に芳しいものではなかったですね。授業の質以前に、ウチの中学校は荒れてて大変だった云々の話が出てくるのもよくあるパターンでした。

    中学校は物足りない授業に悩みました。高校に入ってみると、今度は自身の趣味丸出しで『勉強は自分でやってね』という教員の方が多数派になりました。教員の自己満足に付き合わされるのはたまりませんでしたね。公立校の授業だけでトップスクールに行くなんてまるで夢物語です。

    僕の居た県立高校は東大合格者を現浪合わせて毎年20人前後出すのですが、同期の東大合格者のほとんどが予備校に通っていた一方で、学校の勉強だけで東大に行った人も一応はいました(1人か2人くらいだったと思います)。

    この手の人達は、教科書を2,3回見て覚えてしまうとか、中学校時代数学オリンピックに出ていたとかというレベルなのですが、自分の才能を自覚しておらず、無邪気に「学校の教科書だけで十分」「学校の授業だけでも東大に行ける」などと勘違いして語ってしまうケースが少なくなかったように思います。

    3+
    1. >出来るやつが文句を言わないというのは、ただの幻想ですね。

      それはないですよ。完全に突き抜けた能力を持っている人でないなら、その場、その場で最善を尽くせる能力が勝敗を決めます。上のステージに行けば行くほどそうです。歳を取るほど、いろんな人に会うほど、世界各国、違う文化を見るほど、それを実感します。

      自分は能力が低いから塾、予備校に行かないとならない、と本当に思っているなら、学校の授業も無駄にせず、得られるものを探すでしょう。文句を言っているだけ無駄です。

      仕事をし出せば、もっとその傾向が強くなります。自分の努力だけではどうにもならないことがどんどん増えます。タイミング、相性、運とかですね。上手くいかない時の取り組み方がその後を決めます。文句の数だけチャンスが逃げ、見逃し、協力者が減り、足を引っ張るひたすら現れます。私が言っていることが本当に理解できず、幻想だと思うなら、どこに行っても、何をやっても満足できず、文句ばかり言うクソ人間として人生を過ごすことになります。それこそ、俺はまだ本気を出してないだけ、俺はもっとできる、環境が悪いだけ、周りがアホ、という幻想の中で生きることになるでしょう。

      シン

      9+
  22. 馬鹿馬鹿しいと思いますが、学校をうまく利用することも考えてみてもいいと思いますよ。
    一般入試がキツそうな人に学校の授業をしっかり勉強して指定校推薦でランクの高い理系に進学させたりしました。
    内職して先生に文句言ってたりしてる人は不合格になったりしてました。

    0
  23. 何回も反芻して考えています。ゼロベースで考えることが大切ですね。
    自分は、同じ学部ならより良い大学に行くことがいいと思ってましたが、もしかしたらそれほど意味がないのかもしれません(努力に対するコストパフォーマンスはそれほどよくない)。無理しないでも行けるところにいけばいいじゃん、ということでしょうか。

    ヤンキーの件に関しては、私自身処世術が分かってないのでなんとも言えません。今は「気に入らなかったら関わらなければ良い」という対処法です。やはり私は、彼らと関わってるからといって扱い方が上手くなるわけでもないと思うので、ヤンキーの少ないところで安心して授業を受けられる方がいいと思います。公立でも、そういう環境が与えられればいいですね。

    1+
    1. 出口である就職において、学部は指定条件になることが多いですが、大学ランクが指定条件になることはほとんどなく、ごく限られた職種限定になります。例えば、大手企業の研究職なら旧帝修士以上が暗黙の了解になるのでしょうが、同じ会社の生産技術ならDランくらいで条件を満たします。待遇は大差ないし、出世しやすさは社風によりますが、現場で揉まれた後者であることも多いです。研究職がしたいことならその限りでもありませんが、そうでもないのに無理をしたり、やりたいことを我慢してまで、ワンランク、ツーランク上の大学に行く為に必死になることがコスパが良いのか?と言われると、そうではないと思います。

      ヤンキーどうのっていうのは、関わらない、というのを基本スタンスにしたって、どうしても関わらざるを得ない時はあるので、仕方ないと割り切って、その生態を観察して、対処を覚えたら?ということです。すでにそうなってしまったことにグダグタ文句を言ってもなんの得もありません。ただ、その環境は学校である必要はないので、ヤンキーのいない学校がダメだと思いません。と言うか、形を変えたヤンキーはどんな学校にでもいるので、完全に避けることはできません。運が悪ければ、どんなに環境の良さそうな場所でも遭遇します。その手の隠れヤンキーはより陰湿にイジメをしたり、巧妙に追い込んだりするだけです。それは社会に出ても同じです。

      シン

      4+
      1. シンさん
        私個人の考えでは、Eラン、Fラン機電なら就活市場では、ちょっと扱いが変わるのかなと思います。
        就職が全くないわけではないが、電気工事の管理技術者、試験評価等の準技術者といったようなちょい技能職系が含まれるのかな?と思います。
        準技術職で扱いを分けてる会社も見たことあります。
        うまく就活して生産技術かなと思います。
        技能系が含まれても苦手でなければいいのですが、設計や生産技術を目指してるならちょっと違うなと思います。
        成績が悪ければ派遣になりかねないので最低でもDラン機電は目指してほしいなと思います。

        1+
        1. よほど官僚的な組織でもなければ、入ってしまえば、割とどうにでもなるので、さほどそれまでの経歴にこだわる必要はないと思います。そもそも、日本企業できちんと職務領域を限定して採用しているケースはほとんどありません。気まぐれに準技能職とか、準総合職とか作ってみるけど、徐々に線引きが曖昧になってくることが多いかと思います。

          ただ、環境を考えると、DランとEランでは割りと違って、Eランくらいになると、理系ですら講義が成り立ってないくらいの学校もあると聞くので、あえて進学しなくても良いとは思います。

          シン

          0
          1. 確かに、EランとDランって見えない壁があるかなと思います。
            シンさんのおっしゃるように上記の環境が違うので、Eラン機電が精一杯なら文系でもいいかなとか思ってしまう自分がいます。
            Dラン機電に合格する努力って私の感覚からだとマーチレベル文系なら行けちゃう気がします。

            1+
          2. まぁ、特権階級、才能があるなら好きにすれば良いし、自分は要領良くて、実需のないことしてもお金を稼げると信じているなら、文系で良いと思います。あと、大学行かなくても実需のあることは出来ますしね。

            シン

            0
          3. たしかFランってどこぞの予備校が合格偏差値を測定出来ないレベルをボーダーフリーって呼んでそのフリーからFランクになったと記憶しています。いつの間にかABCDEFにランクという言葉を付けて序列付けしてるっていかにも日本的な気がします。私の時代にはこういう言い方はしてなかった記憶があります。
            興味本位でお聞きしますが、ギリギリDランクといったらどの辺の大学になるのでしょうか?人によって基準がまちまちな気もしますが。学部学科で違うでしょうが、一般的な機械系ということで。
            ちなみに私基準だと4工大日大辺りかなと思います。

            1+
    1. ニコ様
      そうなんですね。固有名詞を出すのはどうかとも思いましたが、Dランがどの程度かある程度はっきりさせた方が良いと思いました。

      0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です