じゃあ、博士号の価値

日本と海外では博士号の価値がかなり違います。よく言われることですが、PhD.を持つ人をMr.と呼ぶと怒り出す、と言うのは実際にあります。怒り出すまでは大げさでも、むっとした表情になる人はいます。

就職

一部のアカポスを取れる人を除いて、日本の博士号は無用の長物状態で、一般企業に就職するときは嫌がれることが多いですが、海外、英語圏では博士号を持って、一般企業への就職は珍しいことではなく、在日外資企業なんかは多くの博士号持ちの社員を抱えているところもあります。金融、コンサル、なんかは看板が重要ですから、東大博士、という名前が信用を生みます。

日本企業は年功序列、終身雇用をしてきたので、こういった年齢、プライドが高くなった人を取りたがりません。自社に研究所があるので、修士くらいで雇って、企業文化に染まったうえで、研究開発した貰った方がいいからです。博士課程でどんな勉強をしていても、企業がやりたいことをピッタリ嵌るかの保証はないので、自社で若い人間をはめたほうが効率がいいのです。

最近、徐々に博士採用が増えるものの、あくまで理系だけの話であり、文系でPhDと書いた名刺を持っている日本企業社員に会ったことはありません。つまり、文系は博士を取ったら、一般就職はほとんど諦める必要があるということです。アカポスのめどが立たないなら、行き場はありません。以前は予備校が受け皿になっていた時代もありましたが、予備校も経営が苦しくなり、受け皿として機能しなくなりました。

審査

日本ではアカポスが取れそうにもない学生を簡単に博士課程に受け入れてしまいます。多くの場合、育英会の無審査同然の学資ローンを使って、大学にお金を払ってくれるので、担当教官、研究室はタダの労働力として受け入れてしまうのです。博士が取れず、路頭に迷っても、知ったことではないからです。

以前に記事しましたが、日本学生支援機構は誰にでも貸してきたので回収不能の巨額の不良債権を抱え、破綻寸前に追い込まれています。そりゃ、Fラン進学者、文系課程博士などは無職予備軍なので、闇金並みの利子、追い込みをしないと運営が成り立つわけがないです。

身銭切って、学生を雇っているわけでもない、日本の大学はきちんとした中間審査で研究成果の進捗を厳しく問うこともなく、入ってしまって、論文さえ出せば、博士号は取れてしまいます。つまり需要もないところに大した能力もない学生が自腹で入り口になだれ込み、出口はパンパンになって、行き場のない人が大量に発生するのです。

利権

文部科学省はロースクールと同じように必要もない大学院をそこら中に設置した結果、Fラン文系にすら修士課程くらいは存在し、場合によっては博士課程まで存在します。Fラン大学院を出た後、どこに行くのでしょうか?

そんなことは学校側は知ったことではないのです。こういった課程は完全に利権がらみで存在しているだけであり、教員は一流大学から天下り、運営側には役人の天下りがいるのです。その大学プロパーの教員はほとんどいない植民地となっているのです。

この状態で得をしているのは利権をむさぼる大人だけで、学生達は搾取されるだけの奴隷みたいなものです。教育とは国を支える若者に対する投資のはずですが、こういったFラン大学院は利権者を肥え太らせるだけの無職予備軍養成機関になっているのです。

東大ですら、大学院定員を大幅に増やして、基礎学力に不安のある学生を受け入れますので、すでに修士すら、よく考えて進学すべきだと思います。すでに修士とったから、博士とったから、どうだ、ということはなくなりつつあり、就職して働いていたほうがメリットが多いかもしれません。

まとめ

よほど優秀でない限り、日本企業に就職するつもりの人は博士課程に進まないほうが良いです。まずは修士で就職して、どうしても博士に進みたいなら、英語圏に行くべきです。審査の結果、何の援助も受けられないなら、才能、努力不足なので、諦めた方が良いです。

援助を受けられるなら、そのまま突き進んで、正規教員になれるまでは日本に帰らないつもりで頑張ればいいのではないでしょうか?日本人は外圧に弱いので、海外で実績を挙げていれば、正規教員になりやすいですよ!

当たり前ですが、文系大学院はもっと修羅の道なので、自分は天才だ!、という人以外は進むべきではありません。学部を旧帝出ているなら、せいぜい修士までなら、なんとかなるでしょうが、博士まで進んでしまえば、引き返し不可能な一本道となります。

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

“じゃあ、博士号の価値” への 53 件のフィードバック

  1. 博士は、親が金持ちで働く必要がないけど、ニートは世間体が悪いから、といってとる人いますね。
    腰掛け程度に、非常勤講師をやっているイメージです。
    ただのニートより、文学博士ニートの方がインテリ感あっていいと思いました。
    それと、東大も就職率は7割くらいならしいです。
    また、大学院進学率も文系でもかなり高いです。
    東大とはいえ、教授にはなれない人の方が多いでしょうから、意外と東大のニート輩出率は高いかもしれない、と思いました。
    公務員試験浪人や司法試験浪人、公共政策大学院や法科大学院なども考慮しても、東大卒ニートは割といると思います。

    1. 就職率だけでいうなら、東大、京大はあまり良くないです。自分を過信して、文系大学院に進む人も珍しくないし、根拠もない特別感を引きずる人も多いからでしょう。

      親の世帯収入平均が最も高いのは東大ですが、貴族はそんなにいないでしょうし、惨めなことになっている人も珍しくないでしょう。林修さんも予備校講師としてブレイクしなければ、同窓会に参加できないくらい落ちぶれていたと思います。

      シン

  2. 私の卒業した大学では、正規採用になるなら海外で博士号を取ることが義務ですね。
    それでも、文系理系ともに公募したら山のように優秀な人材が来るそうです。中堅大学以上なら潰れる心配が少ないからかもしれません。

    私の会社にも博士いますがあまり意味がないのと企業名に○○研究所という配属でないなら?って感じです。

    1. 一昔前ほど、博士にプレミア感はないので、よく考えて進学してもらいたいものです。安易に進んでも、何となくどうにかなるものではありません。

      シン

  3. 素晴らしい記事です。希望に燃える若者が搾取される図は日本の様式美ですが、それに気づいた時が彼らの新たな誕生日ですね。

  4. 今までの記事でも拝見しましたが、やはり文系、ダメ!なんですね。(苦笑)
    私自身が文系修士卒です。在学中に結婚、出産、転勤と重なり、博士課程への進学を断念しました。大学のカラーや時代背景もあるかとは思うのですが、私が大学にいた当時は、修士を出るとそのままほぼ全員が博士課程に進んでいました。研究、論文重視。先輩や同級生は大学に残り、ほとんどの方が現在は大学の教員になっています。文系の場合、博士課程まで残る人間は本当にその分野が好きで研究したくて残る人ばかりというプラスのイメージが私にはありました。
    引き返し不能な一本道、確かにそう言われてみればそうですが、引き返したいと思わない人間が進む道。自分が何をしたいか、就職したいなら中途半端に修士過程にすら進むのはお金と時間の無駄だとこれから就職を考えている娘を持つ親の立場としてそのように思います。そもそも学問を追求することに興味のない学生さんは、とりあえず修士過程、とりあえず博士課程、なんて考えてはいけないと思います。

    1. 余裕のない時代になったので文系大学院に進むのは危険極まりなくなりました。予算がつかないので、もう受け皿がほとんどありません。団塊、ポスト団塊世代は博士取れば、地方の新設大学なら、常勤講師になりましたが、今は非常勤講師すら奪い合いです。

      お金にならないことを知りつつ、それでもやりたいからやるものです。作家になりたい!、と言っているのと同じくらい険しい道です。

      シン

      1. 分かりやすい説明をいただき、納得しました。夢や理想ばかりを追い求めず、現実をしっかり見なさいということになりますね。

        私自身の専攻が心理学でしたので、少しお話をしますと、例えば、心理学を勉強したい、心理カウンセラーになりたいなんて漠然な夢を持ったならば、臨床心理士の資格のことを調べるとよいです。臨床心理士は国家資格であり、臨床心理士になるためには、指定大学院を卒業する必要があります。もちろん他大の大学院も受験できますが、指定大学院のある大学に行くほうがよいかと思います。
        巷には大学に行かなくても心理カウンセラーになれます!というような講座や専門学校もありますが、具体的にはどのような需要があるのか私には分かりません。心を扱うお仕事なので誰にでもできるお仕事ではありませんが、臨床心理士という国家資格があることを興味のある方に参考までに。

        1. 臨床心理士って、割りに合わない資格の代表格ではないのですか?

          私の認識では仕事はほとんどないのに、なりたい人ばかり多く、資格を取るのに大学院まで進学する必要があるコスパ最悪の選択です。

          前に臨床心理士になりたかったけど、あまりのコスパの悪さに諦めて、看護師になった人がこのブログに来たことを思い出しました。

          シン

          1. 学校カウンセラーって仕事がありますけど、それなら教員になったほうが良くないですか?って思うことあります。生徒の悩み事とかに向き合いたいなら。
            知り合いの教員が一度悩んでカウンセラーに相談したらしいのですが意味ないらしいです。
            別に心理的を馬鹿にはしてないですよ。

          2. 医者ではないので、薬は出せないし、養護教員ではないので、保健室にも勤められない。独占業務もありませんし、法的に配置義務もない。法律が変わらないと、需要は増えないでしょうね。

            シン

          3. ちょうど私が大学院に在学している時は指定大学院の数が少なかったのですが、その後どんどん指定大学院が増えているのが現状ですが私の身近な人の話ばかりを聞いていて需要があるのだとばかり思っていました。
            私自身が大学から離れているのでその後の就職状況まではしっかり把握していませんが、資格をとっても職がないなら考え直さなくちゃいけないし、それこそ安易に進むべき道ではありませんね。

          4. ニコさん
            お知り合いの方が相談されたスクールカウンセラーの方がどのようご経験をお持ちの方かはわかりませんが、そのお話は残念ですね。
            うちの子の学校にいらっしゃる方は評判のよい方です。
            私はスクールカウンセラーについては、教員とはまた違う立場で関わることにそれなりに意味があると思っています。

          5. シンさん
            結局はそうなりますね。必要だからと指定大学院を増やしてもあふれているなら意味がないですね。
            仕事としては、医学の現場でも医師や看護師とは違った関わりをしていますし、心理士の仕事は必要とされているんですけどね。
            所属する大学の関連先に就職できなければ結局は趣味で心理学を学びました!となり兼ねないようですね。

          6. 必要だから、と言うのが社会需要が定量的にどこに何人だ、ということをはっきりせず、単になりたい人の為に必要だ、と乱立させている気がします。

            こうなってくると、夢を売り物にして、若者を食い物にするビジネスになるので、笑うのは若者でなく、既得権益です。

            必要だ、と言うなら、どんな非実学でも、必要は必要なのです。それを社会的に広く必要とされているか?、は別問題です。

            シン

        2. シンさん、そして読者の皆さまへ私の前コメントに対して、訂正とお詫びをさせていただきます。
          結論から申しますと、臨床心理士は、国家資格ではありませんでした。
          本日、あらためて日本臨床心理士資格認定協会の情報を確認してみました。そもそも臨床心理士という資格は、日本臨床心理士資格認定協会の設立された1988年より認定された資格であり、2016年4月現在で31,000名の方が認定されているそうです。臨床心理士は、医師や看護師のように生涯資格ではなく、更新制度があるため、その資格を持っている方のほとんどが現職の方です。
          他の関係団体との間での折り合いがつかず、なかなか「臨床心理士=国家資格」として認定されなかった経緯があるようで、2015年9月にようやく『公認心理師法案』という法案が成立したばかり、「公認心理師」の資格はまだ認定されていないのが現状のようです。間違った情報をコメントしてしまい、申し訳ありませんでした。

          そのような背景のもと、指定大学院ばかりが増えていく現状もどうかとあらためて考えさせられました。臨床心理士を目指し指定大学院へ行っても資格を取得できない学生さんもいるそうです。

          1. 美和殿、
            教えていただきありがとうございます。

            知り合いで臨床心理士がいたのですが研修が~や学会や勉強会を自腹だとかいろいろ愚痴をこぼしてた理由に納得しました。
            収入が安定しないや収支マイナスの月があるとか言ってたことが納得しました。

            食べていくには、厳しい職業ですね。

          2. 就職先もないのに文系大学院定員だけ増やした、という一連の流れと、臨床心理士は同じだと言うことですね。まずは法整備して、資格の独占業務、範囲を明確にして、卒業後の受け入れ組織を決めて、大学院定員を増やさないと、ニート、フリーター養成校になります。

            こんなことで日本の教育は大丈夫なのか?、と切に思います。

            シン

          3. 大学から離れてPTAや地域の子ども会などボランティア活動ばかりに関わってきた専業主婦の私は世間知らずでした。安易な気持ちで大学院に進学することがリスクを伴うとは思いもしませんでした。
            「大学院バブル」、「学歴ロンダリング」という言葉もあるのですね。知らないことだらけで、勉強になりました。

    2. 美和殿、
      知り合いの文系の大学教員から聞いたのですが、社会科学系の分野も理系の分野を勉強しないと籍がないそうです。
      数学が苦手な人が多いので、あえて数学を使った研究テーマで勉強しないと食えないとか言ってました。
      経済なんかは、理学部数学科に近い学問になりましたし、その知り合いの先生は心理学なんですが統計解析が専門らしいです。

      私のことになりますが、現在文系修士というか研究員?で講習会や研究会でゼミみたいなのに参加しますが、ほぼただの親睦会で会社が学費と給料を負担するから参加してるだけで本業はまたみなさん別にある人が多いです。
      文系がダメというわけではないですが実学ではないとはこんなことではないでしょうか?

      1. あらためて、コメントを拝見しました。実学ではない、そうですね。
        私自身、高校時代は理系にいた人間でした。微分・積分・数列?、当時数IIIという言い方をしていたかどうかは忘れましたが、とりあえず数学はなんとか学びました。理系を出てどのような分野に進めばよいのか全く分からなかったので興味のある心理学へ。医学部も考えていたのですが、解剖学の話を聞いた時点でアウトでした。
        今の時代は、いろんな職業の方のお話を聞いたり、考え方に触れる機会が多く、自分の進路を決めるにあたってもたくさんの情報が得られるので羨ましい限りです。私の時代は、オープンキャンパスなどもなく、学園祭に行く程度だったかと思いますが、私は遠方のため、受験前日が初めての大学訪問でした。理系に進みたいと漠然と話している中学生の娘もいますので、皆さんのお話が非常に参考になりました。

  5. 専門分野にもよるんでしょうか。
    博士号でも高周波(無線)やパワエレ系なんかは就職難とは無縁のような気がします…

    1. 売れ線の専攻なら博士でも問題ないでしょうけど、修士で就職した方が選択肢は多いと思います。

      シン

  6. 心理学って私の感覚だと統計学に見えるんですよね。文学部の卒論のときによくアンケートが回ってきましたし、いろんな回答を推定統計学や重回帰分析でこんな傾向だよってやるとか聞いたことあります。正規分布と仮定してから有為水準5%で棄却するとか、アンケート結果から相関を計算して関係性を見たりとかをコンピュータで計算したりすると思います。
    数式の証明は勉強しましたがかなりしんどいです。

    精神科医みたいに投薬や発達障害をやるわけではないのでいまいち歴史学と同じで何が結論なのかわからない学問と私は思います。
    だから、数学でまとめる人が多いのかもしれませんが。

    1. 中学生の娘と話をしていて気づいたのですが、理系に進んだらどうなるの?と娘に聞かれても私は具体的に答えられないのです。漠然とですが、ニコさんが心理学に対して持たれているイメージと私が理系の学問に対して持っているイメージ、どちらもそのイメージが曖昧であるという点で似ているように感じました。

      理系の学問、物理学や数学もきっと細分化されると思うのですが、心理学も細分化されています。
      ニコさんがイメージされているのは、観察、実験、アンケート調査などを通じてデータを収集、その分析を行う実験心理学と呼ばれる基礎心理学の分野で、ニコさんの仰る通り、まさに統計学、数学の知識が必要とされる分野です。
      発達障害については、私自身、昔、発達障害のお子さんの療育活動にも関わっていましたが、心理士は精神科医のドクターのような医療行為はもちろんできませんが、その子どもの個性を伸ばすために様々な心理療法を通じ、アプローチします。現場から離れているので説明が不十分かとは思いますが、私なりにコメントさせていただきました。なんとなく伝わりますでしょうか?

      1. 美和殿、説明ありがとうございました。
        私の勉強不足もありました。
        私も昔、発達障害のこどもを相手にしたことがあったことを思いだしました。奥が深いです。

      2. 美和さん
        私は心理学は統計学だなと見ていて思います。日本ではどう臨床心理士が働いているのか私はわからないのですが、主人が博士課程にいますので、見ていて分かる範囲で話します。アメリカでは精神科、神経内科、脳神経外科、心理学者、脳科学者がチームを組んで病院で研究や治療に当たってます。州によっては臨床心理士が薬の処方もしています。日本は分業がきっちりなされていないので、もしかしたら現場の状況が部外者からはよく見えないのでしょう。私もわからないです。心のことですが、結局は「脳」なので、取り組む組織は本当に大きいです。基本的に脳を頭を割って直接見ることは不可能なので、アセスメントやMRI、脳波など様々な角度から、形質状態、言語、視覚、運動機能などで脳を見てます。言動や、情動も脳の機能やパターンなので、そう思えば心理学がソーシャルサイエンスと言われる所以は私には理解できます。心理学は理系でもあるし、文系でもあると思います。博士は研究や大学で教育に従事したい人には進む意味はありますが(これですと、統計ができないとです。)、臨床に従事したいだけでしたら修士で十分のような感じがします。資本主義を基準に心理学者を見ると確かにお金にするのは難しい分野ですが、研究するのは面白い分野だと思います。お金を稼ぐことに人生の意味を見出す人には美味しくないでしょうけれど、衣食住に困らない範囲で生活ができ、飽くなきことに没頭している幸せな人もいます。どんな生き方もいいと思いますよ。

        1. 二コさん
          現職の方がコメントをくださると一番よいのですが、私なりにお答えします。給料のことについては分かりませんが、臨床心理士では常勤で総合病院、精神科の病院に勤務されている方々がいます。ターミナルケアの領域に関わっている臨床心理士さんもいます。心の問題を扱う仕事は、自分自身にも向きあいながら研鑽を積んでいくことが常に求められ、知識と経験はもちろん大切ですが、常に柔軟であることが求められているのだと私は感じています。

          まいまいさん
          貴重なお話、ありがとうございます。心理学と一言にいっても、その領域は多岐に渡り、アプローチの仕方も様々です。あらためて『数学の重要性』の記事も読み返し、数学が「問い」に対して様々なアプローチをし「回答」まで持っていく論理学であるならば、まさに心理学もそうであり、心理学は文系でもあり理系でもあると私にも思えました。

          まいまいさんの「どんな生き方もいいと思います」という言葉を受けて考えました。今回の記事も、これから就職・進学を考えていく子どもを持つ母親であると同時に、私自身も大学に戻ろうと思い始めていだけに深く考えさせられるものがありました。在学中に私と同じような状況で大学に戻ってこられた主婦の方、そんな先輩がいたことも私が大学に戻りたいと漠然と思っていた理由の1つですが、そもそも「博士号の価値」とは何か、博士課程を卒業しても行き場がないという現状を知った上で、博士課程に進む必要があるのか、自分のやりたいと思っていることは大学にこだわらなくてもできるのではないか、団塊世代の親に育てられ、学歴にこだわっていたのは親だけはなく私自身だったのではないか等々、たくさんの「問い」が生じ、再び原点に戻り考えてみようという気持ちになりました。以前も他記事にて考えるきっかけを皆さんからいただいたのですが、理想と現実の間には常にギャップがあることを知ること、自分の力を過信せず、目の前にある小さなことをひとつひとつ積み上げていくことの大切さをあらためて感じています。ぬるりと生きるという意味もじっくり考えてみたいと思います。

          度重なるコメント、失礼しました。ありがとうございました。

          1. 現実を知った上でやれるかどうか?、はすごく大事で、茨の道だと知りつつ、突き進むなら、活路が開けるかもしれませんが、自分に都合のいいパターンだけを想定して、甘い夢を見ているだけなら、現実が見えたところで挫折するだろうと思います。

            人がしたがることって、似通っていて、特定分野に人が集まりすぎるものです。特に華やかなこと、聞こえのいいことは物凄い供給過剰になります。

            私は興味ないので、その魅力がわかりませんが、心理って、特に女性に絶大な人気があり、完全に供給過剰です。だから、逃げ恥のヒロインも臨床心理士という曖昧な資格は取ったけど、仕事が見つからず、派遣、ニート、ということなんでしょう。

            似た例だと日本語教師でしょうか?外国人で日本語を学びたい人より日本人で日本語を教えたい人の方が多いくらいだと思います。ろくに需要がありません。

            あとはジャーナリスト、ライター、とかですかね?従来型の市場が縮小してるのに、やりたい人ばかりで溢れています。

            このブログとの出会いが深く考えるきっかけになったなら、良かったと思います。長文だろうが、連投だろうが、荒らさないなら、大歓迎なので、気にせずに利用してください。

            シン

          2. 独占業務のある国家資格取得を目指す法科大学院でさえ、それで人生狂った人はいると思います。何でもそうですが、リスクとリターン、プランB、場合によっては退路を想定しておくのは何事も重要だと思います。

            臨床心理士の事は、勤務の性質上非常勤が多そうだなと思うだけで、詳しく存知上げないのですが、以前のぬるりブログの内容の、京大が公式HPで「院文系は就職キツイよ!」と注意喚起してたのを思い出しました。トップ校の親心というか、良心的だなと思いました。その他の学歴ロンダリングにすらならない所の就職状況は推して知るべきだと思います。

            私は学歴ロンダ自体は前向きな面も僅かにあると思ってまして、作家・ジャーナリスト志望者、アーティスト、活動家、革命家等になりたい場合は人目をひく箔付け位にはなるのじゃないでしょうか。当然ハイリスクですが(笑
            自分は俗物なので、アジア圏からの留学生が、出どころが自国なのか日本政府なのか月15万円程の奨学金貰いながら授業そっちのけでフルスロットでバイトしてひと財産築いて凱旋帰国、とか、大学院で知り合った大企業勤務の日本人と国際結婚して奨学金と財布二本立てプロ学生からの専業主婦上がり、等の話を聞いて、自腹切りながら将来の不安に震えるのは精神崩壊しそうだなと思いました。

            それでも美和さんの様なケースは、就業できなくても命まで取られるわけもなし、やらずに後で後悔するくらいなら、チャレンジしてみてもよいのでは?本来ハイリスクな職業選択はそういった余裕のある人しかしてはいけないものだと思っています。せっかくの人生なんだし、もし万が一仕事なかったにしてもやらずに後で後悔するよりはやってみて後悔する方が後味いいと思います。自戒を込めて書いてます。。。

  7. 外国人(特に先進国白人)は日本の大学の博士号取得者をあまり博士と認めていないフシがあります。自分のいた研究室でも博士過程の学生間のレベルの差が大きく、これでも博士になれてしまうんだと少々驚いたことがあり、肩書きだけではやはり判断はできないなと感じております。

    学部別に見ると、日本では医者が数年勤めて博士号を取りに大学に戻る(戻らされる)のが実際収入や社会的地位の点で安定感があってお得感が高いなとは思います。

    他には同級生で学生結婚をしたカップルがおり、旦那は学部で就職し、奥さんはそのまま博士になっていました。このような収入の安定や男女差というのも考慮した上でやりたいならば博士課程に進むのはありかなと思います。

    1. 欧米で博士号は特別で、有資格者の査読があり、査読待ちで半年とか平気で待ちます。認証した人の責任にもなるので、安易に学位を振り出せません。その点で日本の博士号は簡単すぎます。だから、舐められるのでしょう。

      夫に稼いでもらいつつ、妻が博士課程、と言うのは生活が安定します。保険付きでチャレンジできますから。逆なら、医者、看護師などの資格職でないと、博士課程の夫を支えらのは困難だと思います。

      シン

      1. やはり舐められますね。私は欧米で教育を受けたことがなく肌実感は分からないですが、それでもやはり日本は一般的に学位審査が甘々だと感じます。

        記事の冒頭にあるPh.D.をMr.と呼ばれるとムッとするという点についてですが、こちらでは例えば電車のチケットをオンライン予約するときでさえ敬称欄にDr. / Prof. / Prof. Dr.を選択できたりします。やはり博士(と医者と大学教授)は特別な扱いだなと感じますし、その地位を担保する厳しい審査があるのだろうなと思います。

        ところで日本は博士の反対側が義務教育修了(中卒)ですが、ふと中学時代の社会科教師を思い出しました。もう20年近く前ですが典型的な田舎の頭がおかしい左翼教師で、授業中にスイッチが入ると興奮して「大卒なんて偉くない。大学なんて行かなくても問題ない。中卒で回転寿司屋で働いている奴の方が偉いんだ!」と絶叫し出すおっさんでした(でも本人は大卒)。とは言いつつも中卒だときっと辛い思いをするだろうし、かといって博士を取ってもニートになってしまったらもっと辛い思いをするだろうと思われ、国内ならば大卒か理系修士卒までにしているのが何だかんだで無難で良い選択になっているのだなと感じます。

        1. なにかしら強い希望がなければ、大卒、理系修士くらいが無難で、博士、高卒、中卒はリスクが高いです。大学行かないなら、職業直結の訓練校、専門学校、弟子入りをして、腕を磨くといいと思います。なにも考えず、文系行くよりもいいと思います。

          シン

  8. 現役博士課程在学者ですが,なかなかに耳が痛い話です.
    私自身の専攻が機械工学,応用数学なので,大学,民間含めて,就職先が無いわけではないですが,修士と比較すると選択肢が絞られますね.
    博士修了者のほうが,企業から求められる能力のハードルが高いと感じます(3年多く,研究してるのだから当たり前ですがね).
    博士号をとるメリットとしては,20代の可処分時間が大きいこと,企業と比較して研究プロジェクトに主体的に関われること,専門知識を深めることができること,ぐらいかと思われます.
    デメリットは書ききれないほど,多いですけどもww
    経済的なことを言えば,最近は学振(DC)以外にも,収入源を探せば割とあるので,120~240万円は,有能なら確保できますね.

  9. 博士号取得→アカデミアコースは、金銭的に自分の子供を博士課程には進ませられない。
    それは理解した上で進学したほうがいいですね。
    もちろん実家が何代も続く名家で金が湧き出てくるなら、いいと思いますが。

    1. アカポスはそこそこ上手くいっても、トータルの生涯獲得賃金は高くないので、一部の恵まれた人以外は子供に自由にはさせてあげられないことが多いだろう、と思います。

      シン

  10. 少し前に、逃げるは恥だか役に立つというドラマがやってましたが、そのヒロインも文系修士で派遣社員や無職になったという設定だったので文系は大学院なんかいかないほうがいいんだなと思いましたね。

    1. 見てないので知りませんが、世の中全体に文系修士は無職、非正規予備軍、という認識が広がっているのでしょう。

      シン

  11. 臨床心理士での正社員の仕事って聞いたことないですね。会社だと産業医がカウンセラーになる場合が多いです。
    学校カウンセラーだと夏休みになると仕事がなくなるそうです。春休みはクラス分けなどで先生と話し合いなどあるのですがあまり仕事がないそうです。
    男性だとこんな待遇で仕事できないですよ。私の知ってる限りでこの仕事してる人はみんな既婚女性です。もしくは、精神科医か大学教員です。
    知り合いのカウンセラーから聞いた話だと専門職なのにこんなに給料安いのって文句言ってた人がいました。
    私もストレスで吐いたこともあるのでわかるのですが、メンタルの問題って自分がどうしたいかわからないと治らないんですよね。大人の場合は、聞いてほしい、答えがほしいだけだと困ってしまいます。
    子どもの場合、家庭環境やいじめの問題がありますのでそこは扱いがデリケートですね。

  12. 臨床心理士が常駐している精神科クリニックは少ないですね。精神科はどこも患者でいっぱいなので、心理士によるカウセの保険適用が一般的になったら状況は変わるかも知れません。近々受験資格条件も緩くなるようですね。日本の精神科は投薬ばかりなので、いろんな精神療法が保険で受けられるようになって欲しいです。服役中の殺人犯が精神障害やコミュ力復帰プログラムとかを税金で受けてるのに、塀の外では自力で精神療法を受けられる環境が乏しいのはどうなのかと昔から思います。

  13. 臨床心理士の方には申し訳ないのですが、大学生の一時期に精神的にまいってカウンセリングを半年程続けましたが、何の役にも立ちませんでした。大学の教官をやっているカウンセラーで立派な経歴の方でしたが、こちらの話に頷くだけで、それ以上は何の具体的な解決への提言も議論もなく、結局はお互いに時間の無駄でした。

    カウンセラーは相談者の内側に具体的に踏み込んではいけないという取り決めでもあるのかと感じました。そうだとしたらどういう役に立つのかますます不明なところです。心の問題は定量化できずあやふやな特性を持っていることが原因かもしれませんが、具体的な解決策を形にできないからこそ需要がないのではと思いました。

    1. 過去記事ですが、Garfieldさんのコメントに気づいたので、私なりに再びコメントをさせていただきます。
      便利な世の中、詳しくはネット検索をしていただければよいのですが…Garfield さんが受けられたカウンセリングは、来談者中心療法(Client centered therapy )と呼ばれるもので、言葉通り、来談者が中心になり進められていく非指示的な心理療法です。つまりカウンセリングのプロセスでカウンセラーは決してアドバイスをしません。傾聴、共感という言葉も聞かれたことがあるかと思いますが、来談者中心療法では、ただ私の言ってることを聞いているだけで何も言ってくれない、無駄な時間だったというようなGarfield さんも感じられたような、後味の悪いカウンセリングになってしまう場合も起こり得るのです。
      もし、今、かつてのGarfield さんと同じような気持ちでカウンセリングを受けている学生さんがいらしたら、「〇〇先生は私の話を聞いているだけですが、私は具体的なアドバイスがほしいのです…」と思ったことをズバリ伝えてみると展開が変わるかもしれません。不信感を抱きはじめたらそもそもカウンセリングが成立しなくなるので、遠慮せずに何でも言葉にして伝えてみたらよいと思います。上手く言えないなら、上手く言えないという気持ちを伝えればよいのです。
      本当は現職の方にコメントしていただいたほうがよいのですが、私自身が大学生の子をもつ母親でもあり、親心から、参考になればと思い、私なりにコメントさせていただきました。ちなみに、私は、当時、子どもの心の問題に遊びを通して関わる遊戯療法(play therapy)に携わっていました。

      1. 主人がいつも言ってますが、カウンセリングではクライエント自身が、自分で道を見つけるのを手伝うのが仕事だと言ってます。それとカウンセラーとは相性もあるようで、自分に合わないと感じたら別のカウンセラーに変更すべきだとも言ってます。別に担当のカウンセラーに対して悪い気になる必要はないとも言うのですが、私はここがネックで変えるのに半年かかりました。変えて次のカウンセラーにお願いしたところ、すごくいいです。偏見ではないのですが、個人的にカウンセラーと婦人科医は女性がいいです。デリケートな部分に男性的なシャープで荒い扱いはされたくないですし、最近の論文で入院患者を担当する内科医は女性医師が担当した方が入院患者の寿命が長いそうですよ。

        1. 私は産後、精神的に不安定だった時期に女性医師の言葉に傷ついたことがあるので性別については女性がよいとも言い切れないのですが、まいまいさんがおっしゃる通り、カウンセラーとの相性は確かにあると感じます。セカンドオピニオンを求めて他の医療機関を受診するような感覚で、カウンセラーを変えることを前向きに考えること、きっと大切なことですね。

          「へえ、心理学勉強してたの?じゃあ、心理テストとか占いとかやってほしいな。」と最近、若い子に言われました。(笑)
          やはり一般的には「心理学」はやはり曖昧な学問として解釈されているのだと感じます。「心理療法」については、来談者中心療法が全てではないので、どんな心理療法があり、どんな効果があるのか、分かりやすく有益な情報が広く世間に伝わらなければ現状のまま、さらにsheywave さんもおっしゃる通り、治療として保険適用にならないと、いつまでたっても日本では心理士の置かれた状況は変わらないのだろうと感じました。

          1. 私も日本では全く受け入れの環境が整ってないので、初めは理解するのに時間かかりました。主人が、何の勉強しているんですか?に心理学と答えると決まって、人の心が読めるのか?とかそう言うことをいう人の方が多いです。薬に頼るようになる前に、受け入れ先のようなものが日本にも浸透してほしいなと思います。日本もアメリカも精神疾患はかなりの社会問題ですし、私はアメリカに来てから初めてカウンセラーというものにお世話になりまして、それから馴染みになりました。医学教育を受けた精神科の先生がカウンセリングのトレーニングを受けているかはわからないのですが、薬を必要とする症状になる前に予防ができるのであれば、その方が体にも良いですし、私は人が意識することで予防が可能であるのならば、それに越したことはないと思います。日本の国民皆保険が疾患に対しての保障しかしていないのが、問題なのですよ。私の専門でもここが問題で治療になる前にできることが多いのに予防が保険適応でない状況に、疾患になってからの対処で残念な気持ちになります。

          2. 美和様
            コメントいただきありがとうございます。来談者中心療法という分類があるとは存じませんでした。無知はダメですね・・・。私が当時受診した先は大学の心理相談室で、学生でお金に余裕がなく無料であった点や心に余裕が無かったのでとにかく早く受けたかった点、学内なのでアクセスが便利だった点で選びました。

            カウンセラーは女性の先生でしたが、私自身当時は受身的な要素が特に強い人間でしたので、自分からああしたいこうしたいというのがほとんど無く、先生も困ってしまっていたのだろうなとコメントを拝読して今更ながら反省しています・・・。

            もしカウンセラーが男性の先生で強い提案があったとしたら、それにそのまま従っていたかもしれません。しかしその場合はまいまい様が指摘されたように、クライアント自身が自分で自分の道を見つけるという本筋から離れてしまったのだろうなと思います。相談者側もカウンセラーに頼りきりにならず、心理療法に対する事前知識を多少でも得ようとする点、および自分で自分の道を見つけるように意識するという点の2点から主体性が必要であろうなと感じました。

          3. Garfield さんが大学の心理相談室を利用したこと、大学の心理相談室はそもそも学生が気軽に利用できる場所ですし、気にされることではないのです。「自分からああしたいこうしたいというのがほとんど無く、先生も困ってしまっていたのだろう」という点については、「そんなことはないのですよ」とその先生の代弁をさせていただきたいです。
            そもそもどうしてよいか分からなくてカウンセリングを受けるのですから、自分の中で明確なものがあるはずがないのです。クライエントが苦しんでいる状況から自らの力で何らかの方向性を見つけていくプロセスに寄り添う、そんな立場でクライエントを受容していくカウンセリングがまさに来談者中心療法だと私は解釈しています。その先生は、当時のGarfield さんには自分の力で解決していける力があると判断されていたのではないかと思います。
            例えば精神病を患う患者さんには来談者中心療法と呼ばれるカウリングは向かないわけで、その判断は精神科医、心理士の判断に委ねられることになるのです。悲しいことに心の病による自殺も増えています。日本でも、まいまいさんが仰るように気軽にカウンセリングが受けられるような社会になるといいなと私も思います。

            一方で、ネット上のコミュニティは、とても意味があるのだと感じます。誰かと繋がることのできるオンラインの世界は心の健康を保つのにも有効なのかもしれないと最近、他のブログもちらちらと眺めながら感じます。私の場合は、子育ての悩みを綴られているブログを読むとついコメントしたくなります。

  14. Fラン文系の修士課程に行っていたので、皆さんのおっしゃっている事はよくわかります。
    文系の修士課程で勉強した内容なんて社会に出たら本当にクソの役にも立たないです。
    ただ、それでも無駄金使って修士課程に行って良かったと思ってるのは大学の勉強って本気で勉強したらめちゃくちゃ面白かったと実感できた事ですかね。
    確かに出口戦略なく文系の修士課程に進めばその後の人生狂う事は間違いなしですが、自分は元々狂っていたので大勢に影響なく、楽しい思い出だったなで今を生きてます。

    1. バカなことしたけど、楽しかったな、というスタンスならいいんですよ。私は頑張っているのに、なんで社会は認めないのだ!っと拗らせてくると、手に負えないモンスター化します。

      シン

  15. チバさん、シンさん、
    ほんとに才能があるや正しい努力や好きで勉強や研究をしている人なら文系の学問や理論系の学問のほうから寄ってきますよ。ほんとに好きで勉強してるなら本職の片手間でも勉強してるはずだし、才能があるなら嫌いでも給料払ってでも仕事のほうから寄ってきますよ。

  16. ニコさんの >学問から寄ってくる というコメントを拝見して思い出しました。

    ベストセラー本を出した作家のエリザベス ギルバートさんのスピーチです。「才能」について、「結果を出さなければならないというプレッシャー」についての話です。

    https://www.youtube.com/watch?v=4HBJa279i8M

    古代ギリシャ、ローマ時代、「クリエイティヴィティー(創造性・ひらめき)」は人間の手の届かないもの、人間を媒介して発現される神の気まぐれ、と考えられていた。ゆえに、その発現されたもの(音楽なり、絵画なり、詩なり)がどれほど素晴らしいものであっても、その功績はその人(表現者・媒介者)のものだけではないし、逆にシケたものであっても、だからといってその人がダメなわけじゃないんだよ、ということだったらしいです。

    それがルネッサンス、人間を世界の中心として考えるようになったことから、「ひらめき・創造力・センス」も人間個人の能力と捉えられるようになってしまった。この変化は過ちだったと思う...と。
    共感できるスピーチでした。

    また、さいとうたかをさんがゴルゴ13に「プロとして成功する条件」として「「10%の才能と20%の努力…そして、30%の臆病さ…残る40%は…”運”だろう…な…」と言わせていらっしゃいますが、私は「私たちの人生を決めるもの」も大体こんな感じではないかと思っています(「臆病さ」はシミュレーション能力・計画力と解釈)。

    なので、作家だけでなく、研究者や技術者、他のどんな立場でも、社会的承認にこだわる必要はないと思います。たしかに社会に認められる結果が出せれば、それはそれで嬉しいですが。でも、たとえ社会的に成功しても、「成功 = すべて私」ではないんだと思える謙虚さは持っていたいです。
    で、逆に万年ベンチウォーマーでも(おそらくそうだとは思いますが)、常に自分なりのベストコンディションの維持に努力できた人生なら、「神の媒介者」になれる運はなかったとしても、ほどほどには満足です。(もしかしたら来世には運が回ってくるかもしれません。笑)

    (おヒマな方へ。「TED Talks」の動画、英語の勉強用としてもなかなか面白いです。スピーチ内容のジャンルも豊富です。スクリプトが出るものも沢山あります。)

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