じゃあ、ナポレオン

英雄、と言えばこの人、ナポレオンについてリクエストがありました。知っているようで知らない人であり、欧州史に極めて大きな影響を残した人です。

コンプ

ナポレオンはコンプレックスの塊みたいな存在です。フランスの片田舎、コルシカ島の成金イタリア系貴族の家に生まれます。幼い頃から才気に溢れるものの、見た目も良くなかったみたいですし、体も小さかったようです。

こういう人ってコンプが強くなりがちで、田舎じゃ神童であり、実家は有力者だけど、中央では馬鹿にされる存在であり、士官学校に通っていた時は馬鹿にされたんでしょうね。イタリア人みたいな名前で、コルシカ訛りの田舎臭いフランス語を話すチビのブ男な上、かなりの変わり者なんだから、散々虐められただろうと思います。

そんなハンデを猛烈な努力で跳ね返し、四年の修学期間を史上最速、一年未満で終わらせたそうなので、不眠不休の生活を送ったんでしょう。特に彼は数学が抜群に出来て、砲兵科を選択しています。これが彼の戦術に大きく影響を与え、欧州を駆け巡ることになります。

フランスでは伝統的に騎兵科が花形であり、王道とされており、戦術も騎兵戦を好んでいます。ちなみに、日本陸軍騎兵科の泰斗である秋山好古もフランス留学しているので、ナポレオンの後もフランスと言えば、騎兵だったんでしょうね。

革命

士官学校を卒業してしばらくすると、フランス革命が勃発しますが、ナポレオンはコルシカ民族主義だった為、無関心であり、頻繁にコルシカ島に帰って傍観していたみたいですが、片田舎のコルシカ島にも革命の波は到達し、巻き込まれるような形でコルシカ島を追われることになり、家族でマルセイユに移住します。

そして、原隊に復帰するのですが、素人みたいな革命軍に担ぎ出されるような形で司令官になり、トゥールーン戦で得意の砲術作戦が成功して英雄となります。革命軍の素人指揮官無謀突撃をしていたのを止めさせて、高地を奪取し大砲で敵戦艦を狙い撃ちにする、という近代戦術を取りました。

後に日本軍が日露戦争、旅順攻略戦で突撃を繰り返し、203高地の奪取から敵戦艦砲撃、攻略をしてますね。近代における砲術戦の先駆者はナポレオンであり、日露戦争当時ですら、定番化してなかったことを考えると、ナポレオンの戦術眼、先見性は凄いですね。

フランス内乱のどさくさで活躍した結果、ナポレオンは24歳という若さで、国の重要人物になっていきます。でも、戦争の天才ではあるが、そこに思想があったわけではなく、周りの動向について行くようにして成果を上げていただけで、彼自身はフランス、欧州をどうしたい、という気持ちはさほどなかったのではないか?と思います。

劇薬

フランス革命は新しい時代の幕開けになった歴史的事件ですが、その先進的過ぎる民主化は上手く作用することなく、人類は民主主義という新しいやり方を持て余すようになった結果、ナポレオンは皇帝に突き進むことになりますし、ハプスブルク家のような各地の王を親族で固める戦略を取っていきます。完全に逆行してます。

膨張の詰まりは東のロシア、北のイギリスなのは欧州史の定番であり、今のEUも同じ流れなのは面白いところです。地勢的に気候が大きく変わるロシアは征服が困難ですし、ドーバー海峡は色んな意味でイギリスを大陸から離している為、同化はしないということなんでしょう。

面白いことに、フランス革命の余波はナポレオン軍の侵攻とともに各地に伝染していき、民主化、民主主義という概念が浸透して行くことになります。外敵が来ることによって民族主義が盛り上がり、幅広い層が団結するというのは明治維新を迎える日本ともよく似てますね。

ナポレオンが失脚してブルボン家が王政復古しても、ナポレオン以前に戻すことは出来ず、ナポレオンの甥にあたるナポレオン3世が登場し、フランスは行ったり来たりを繰り返し、力を失います。そして、イギリスに覇権を奪われていき、欧州の主役から身を引くことになります。

まとめ

ナポレオンは軍人であり、政治家ではなく、革命家でも、思想家でもありません。フランス革命、民主主義という新しい歴史のスタートにおける劇薬的な存在であり、強烈な存在感を欧州全土に撒き散らし、その反動で強烈な拒否反応を示しながら、人類は民主主義を受け入れていきます。

古代から続いた軍事の英雄が国のトップに立つ、というフェーズはナポレオンで終わり、これ以降は思想家、政治家が国のトップに立つようになります。これが社会主義革命時代から今に続きます。

最近はトランプ大統領のように実業界出身がポツポツと現れて、ベゾス氏、ザッカーバーグ氏なんかの政界入りは取り沙汰されることがありますね。

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いつき
3 years ago

英雄ナポレオンを、最後の軍人の国家指導者、とする捉え方は興味深いです。
国の最高指導者は、宗教者⇀軍人⇀政治思想家、
と移り変わっていくのが、人類史の普遍の法則のようですね。
そして現代は経済実業家が国家のトップに立つ、
新たな段階へ向かおうとしているのかもしれません。

もう一つの国のトップのパターンとして、煽動家はどうでしょうか。
奇しくもナポレオンと同じく、一時的に欧州大陸を軍事的に制圧し、
イギリスとロシアの征服に失敗して破滅したヒットラーが
国のトップに立った煽動家、民主主義が行き着いた衆愚政治の申し子と言えますが、
今後、こうした存在が普遍的に表れるかどうかが気になります。

安倍晋三やトランプはこれに片足を突っ込んでいると思いますが、
半分は財界の支持をバックにした実業家としての性格を持っています。

1+
ニコ
3 years ago

リクエストありがとうございました。
彼は、政治家ではないけれどその後の19世紀の欧州の秩序と戦のやり方を変えた存在なのは間違いないですね。
特に、ドイツはナポレオンの軍隊の強さを戦術や装備だけではなく、民衆から選ばれた指導者から生まれた軍であるが故の強さだと考えてますね。

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ran
3 years ago

ナポレオンとヒトラーは、共通点が多いですね。
ヨーロッパのほとんどを征服したが、イギリスだけは征服できず、ロシア(ソ連)の冬将軍に負けて破滅した事。
ヒトラーもオーストリア生まれで、生まれが傍流だった事。
ちなみに、スターリンもグルジア生まれなので、独裁者の生まれは傍流なところが多い印象です。
違う点は、ナポレオンは政治も軍事も、自分1人で全てやっていて、参謀役がいなかった事と、
ナポレオンは人種差別は特にしなかった事ですかね。

ヒトラーは、歴史好きでナポレオンを尊敬してた割には、ナポレオンと同じ失敗(冬将軍)をしているのが、気になりました。
戦争末期になると、ヒトラーも冷静な判断ができなくなっていたんでしょうかね。

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ニコ
Reply to  ran
3 years ago

ranさん
一般に、寒くて広い国に戦をしかけたら攻めたほうが負けです。
ロシア(ソ連)は逃げているだけで相手が消耗するので勝てます。

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くろねこ
Reply to  ran
3 years ago

ranさん
ヒトラーは、軍事的才能は戦略的にも戦術的にも皆無ですよ。
民衆を扇動することに長けた政治家、思想家ですね。
我が日本も、この口上手な基地外に騙されて同盟なんて結んでしまって、痛恨の極みだと思いますw

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ran
Reply to  くろねこ
3 years ago

自分も、ナポレオンは軍事の天才だと思いますが、ヒトラーの軍事の才能はさほど高くないと思います。
ヒトラーは、ヨーロッパを征服したと言っても、大国のフランスが軍縮しすぎて自滅したのに、助けられた気がします。

日独伊同盟で、疑問なのが、日本から遠く離れたヨーロッパのドイツやイタリアと同盟を結んで、日本になにかメリットがあるのでしょうか?
ソ連をドイツと挟み撃ちするつもりなら有効だと思いますが、そうでないなら、同盟を結ぶメリットは特にないように感じます。
むしろ、米英を完全に敵に回す事になるなどの、デメリットが目立ちます。
満州事変で勢力拡大した日本を、アメリカが潰したがっていたとはいえ、
それでも、アメリカとの対立は避けないといけないはずです。

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ニコ
3 years ago

よく考えてみると、日本がこのヨーロッパの新しい政治の秩序になったのは明治維新からであり、中国(清)は、日清戦争後の光緒新政からですね。

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ニコ
3 years ago

フランス革命~ナポレオン第一帝政までで民主主義というものを思考錯誤したって感じですよね。
王政を維持したいという国はイギリスや日本のような近代化と民主化をモデルに立憲君主制で上からの近代化をしたい思惑がありましたが、明治維新のようにうまくいかずに倒されましたね。

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ニコ
3 years ago

世界史の先生曰く、入試やテストではナポレオンは負けた戦いを押さえておけばいいと言ってました。
トラファルガーの戦い、モスクワ遠征、ワーテルローの戦い以外はほとんど勝っていると言ってましたね。
18~19世紀における戦争の天才ですね。

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ニコ
3 years ago

シンさんとぬるりを通じて歴史や社会問題を勉強させていただいてます。
最近では、シンさんの考察と予習で考えたことを最近では自分の大学の先生(文系の学科ですが)にメールで質問して趣味を充実させてます。
お金をかけなくてもいろいろ教えてくれるのでわざわざ文系の大学に入らなくてもいいのでは?と思ってしまいます。

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ニコ
3 years ago

袁世凱が辛亥革命のときに清朝に代わって北洋軍閥を率いて武力を持って、中国の皇帝になろうとしましたができなかったのは、ナポレオンの時代で軍人が国家の指導者になれる時代が終わっていたのですね。

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