じゃあ、大学の商業化

各国で大学が商業化していますが、これは当然の流れだと言ってよく、本来必要のない人間が高等教育を望むので、安易な大学教育が求められ、そこに商機を見出した人たちがなだれ込んだわけです。戦前の日本で高等教育がどう行われていたのかを検証したいと思います。

帝大

東大は官僚育成校として設立され、税金を湯水の用の注ぎ込んで教育体制を整えてきた大学で、東京の中央政権化を進めるべく、各地からエリートを集めてきた学校です。それに続いて京大は日清戦争で得た賠償金を使って京都出身の西園寺公望が設立した大学であり、関西財界を担うエリート、研究者などの育成を目的としており、東大とは違う校風のトップスクールを作りたいっていう意図があったのでしょう。

他の地方帝大は小規模理系単科大に近い存在として設立されており、文系が設置されたのは戦後になってからです。旧制高校を卒業すると無試験でどこの帝大にも入学できるので、東大、京大以外への進学者は明らかに変わり者であり、何かしらの明確な目的を持った人以外が進学する大学ではありませんでした。例えば、医学部などの定員が少ない学部は東大、京大に入れず、他の帝大に行くっていうこともあったようです。

彼らは学力エリートと言うよりはアッパーミドル出身かつ、学力がそれなり以上に高い人たちであって、純粋に学力で選別されてきたわけではないです。と言うのも、戦前の日本、特に地方では旧制中学を出ていれば、高学歴と言っていいくらいで、旧制高校、帝大と進めるような資金を調達できる人は滅多にいなかったからです。

家がさほど裕福でないが、優秀な人は高等商業、高等師範、高等農林などの職業直結系の準大学的学校に進んでいたようです。帝大でなくとも、官立高等専門学校を出ていれば、優秀であるってことが証明されているわけで、彼らは中央官庁にでも行かない限りはどこでも幹部候補生だったようです。

そういう点で考えると、戦前から現在までの産業構造の変化を考慮しても、官吏、企業幹部として迎えられる東大、京大しか文系は必要ないっていうことになります。他の帝大文系は本来はなかった存在であり、戦後、高等教育が大衆化する家庭で出来た新しい存在に過ぎません。それでも、理系専門を学ぶなら、地方帝大は十分以上な存在でしょう。また、就職先に不安のない今の駅弁理系は官立高等専門学校にあたると考えていいのだろうと思います。

私大

帝大、官立高等専門学校が出来のいいボンボンたちだったのに対して、私立は大学ではなく、私立専門学校扱いであり、バカボンが集まるところでした。旧制中学を出ても、どこの旧制高校に受からない人がモラトリアムのためにお金さえ払えば入学できる私塾に入ったわけです。

慶応義塾は文字通りに私塾であり、他の私大も著名人設立の私塾、キリスト教宣教師設立の教会学校に過ぎなかったわけです。これはこれで何の問題もなく、金持ちの家に生まれた人間は生活のために働く必要もないので、しばらくプラプラして、親の家業を継ぐなり、コネでどこかに放り込んでもらうなりして、いずれは相続が出来るので、誰に迷惑をかけることもなく、タラタラ暮らしていたということです。

第二次世界大戦中の将校が死を覚悟して、戦地から妻に子供の教育を託すために書いた手紙を読んでいて笑ったのが、まずは陸軍幼年学校を狙って受からない、本人に合わないなら、官立学校に進むこと。それでもダメなら、私立学校なんかに進学させずにそのまま就職しろ!っと書いていました。

戦前の将校は二種類いて、皇族、華族の特権階級、たたき上げエリートの二手に別れます。上記の将校は後者のパターンで、変えれは旧制中学出た後、進学先は陸軍士官学校、海軍兵学校しか選択肢がなかったそうです。タダで勉強できて、お金までもらえる学校なんてそうはないからです。

要するにその将校は実家に資産のない人間は私大文系なんか行ってプラプラするのは言語道断だって言っているわけです。特にその当時の私立専門学校は理系はほとんどなく、文系メインの虚業をちんたらやる学校に過ぎなかったので、まったくごもっともな意見だと思います。理科大は漱石の小説にも物理学校として出てくるので、例外でしょうか?

商業化

高度経済成長期に入り、高等教育が庶民の憧れになると、国はお手軽高等教育を用意しなければならないので、駅弁大学が竹の子のように誕生し、私立学校は大学昇格し、定員をバンバン増やしていき、理系学部の設置にはお金がかかるので、あまり積極的ではなく、増えるのは文系だらけになるのは当然です。

国、私立大学が具体的な出口は考えてあげなくとも、大卒って言うブランドだけでいくらでも就職口がある時代がしばらく続いたので、学生が何を学び、何をして生きていくのかを考えて学校を運営していないのです。そして、バブルが終わり、IT革命が発生し、産業構造はがらっと変わったのに、旧来のお手軽高等教育は何も変わりません。

結果として、企業側が欲しい人材である理系専門を持った人間は取り立てて問題なく就職していくが、企業側が幹部社員しか必要としていない文系事務系社員はあぶれてくるのは当然だと言っていいでしょう。それにIT革命による事務の作業化、単純作業者の非正規雇用が進むので、社会に必要とされていないことを学んでいた文系が悲鳴を上げるわけです。

私立大学は高校生に何学部も併願させて、入試手数料で荒稼ぎして、合格通知を出し、入学が決まれば、学資ローンで学生に借金をさせて、収入を確保し、マスプロ授業を提供して、レジャーランドで4年過ごしてもらって、叩き出しているのでウハウハなんですよ。特に東京にある私大は東京志向の田舎者がなだれ込んでくるので、少子化でも何とかなります。苦しむのは情弱どもで、既得権益は高笑いです。

英語圏はもっと露骨で、グローバルな搾取を進めており、発展途上国の小金持ちの子どもを集めて、ろくに入学審査もせず、文系学位と言う紙切れを与えて、がっぽり搾取をし続けています。酷い大学になると、本国のみならず、各地にキャンパスを作り、情弱をかき集め、紙切れ乱発して、とんでもない荒稼ぎをしているのが現状です。こういった大学を私は「英語圏Fラン」と呼ぶのは当然でしょう?

まとめ

本来の社会構造は1%エリートにしか高等教育は必要ないし、ボンボン、オジョーでもないなら、私大文系なんか進んでも何の意味もないのは当然です。戦後、日本は高度成長して、国民は一億総中流化したので、本質が見えなくなっていますが、人間社会は産業構造は変わっても、1%エリート、1%アッパーミドル以上、10%エリート補助者っていうのがスタンダードなんだと思います。

現在の日本ではどんな貧乏人でも、大学に行くことができるので、そこで何かを身に着けて、それをお金に考えるべきでしょう。アッパーミドルなら、遊び狂っているのもいいですけど、そう多くはないです。一番ダメなのが、エリートでもないし、専門もない、手に職もない、大卒と言う紙切れしか持っていない文系だって言うことです。

非エリート貧乏人はそれを理解して、大企業に就職して、小さな利権、待遇を守るために必死に動き回るもいいし、手に職を身につけるもいいし、公務員になって不測の事態が起こらないことを祈りながら、しがみついているのもいいですが、何かしらの指針を持たずにタラタラやっていて、結果的に下流に落ちぶれても、それは国が悪いのではなく、自己責任だと思います。

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投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

「じゃあ、大学の商業化」への38件のフィードバック

  1. 将来、国公立の学費が値上げになるかもしれません。
    そうなると、国公立のメリットは半減してしまい、自宅から私立に通う方が安くなってしまいます。
    また、私立大学工学部でまともなのは、東京は山ほどありますが、関西は4つ、名古屋は3つくらいしかないと思います。
    偏差値は高くなくても、社会で活躍するエンジニアを多数輩出する大学はあるので、偏差値にこだわりすぎる必要はないと思いますが、数3や物理を満足にできないで合格できてしまうのは、問題だと思います。
    東京とそれ以外でも、かなり格差がありますが、
    国公立が値上げすれば、東京大阪名古屋あたりとそれ以外の地域での教育格差が広がってしまいますね。

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    1. あまり偏差値の高くない理系も手を動かす講義を中心にすればいいと思います。
      案外、Eラン理系でも真面目にやれば就職はそこまで悪くないはずです。高専みたいになればいいと思います。
      March文系に合格できてもなかなかDラン理系に受からないってことは見たことありますので数学3や物理の壁は高いです。

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      1. 悪いと言っているわけでなく、非難しているわけでもありません。主張自体はごもっともで、議論に値することなんですが、引っかかったことを記します。

        長くの読者、ほぼ毎日来ている常連で私の考えをよく理解しているであろうあなた方二人から「偏差値」という言葉がすぐに出てくることに日本に蔓延る「偏差値病」の根深さを感じます。

        私は偏差値という考え方を日本から消してしまうことが必要だと思っています。単にランク、カテゴリー分けすればいいんだと思います。

        文系、理論系を含む旧帝、実践メインの駅弁、半官半民の高専、にして、卒業後の進路に困る子供をできる限り少なくするようにすればいいのです。

        キチンとした教育をしている私立理系は半官半民の高専にして、経済的負担を駅弁並みにすれば、解決します。

        世界中で大学ランクはあるし、競争は必要なんですけど、りんごとオレンジに偏差値という数字をつけて優劣判断するのはおかしいと思いますよ。数字がつくから、やりたいことより、数字優先で進路を選ぶ子供が少なからず出てしまうのは本当に残念です。

        シン

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        1. 最近の大学の学部の増え方を見ると相変わらず文系の似たような学部も増えてますが、中堅だとリハビリや福祉、薬学のような資格が取れる、女子大なら看護、インテリア、栄養士などの学科に変わってきてます。

          地方の公立、知名度があり文系の単科大学だとまず情報関係の学科を作り、ある程度実績が出たら機電系を含む工学部を新設するところが増えました。情報でも理論学科でも理系なら応募を受け付ける会社は多いので文系学科増やすよりはいい戦略ですね。

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          1. こういうことは自然淘汰でなく、国がきちんと指針を立てて、それに沿って進めていくべきだと思いますが、徐々に進んでいるのは良いことです。

            シン

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        2. 相対評価の偏差値をだすより、理系として大学の勉強についていけるかをはかる絶対評価としての入試難易度と言うべきだったと思いました。
          大学入試も、必要な能力をはかるというより、ふるいにかけるためという側面が強いのは、問題だと思います。
          本来、予備校にいったり、過去問を解きまくって、解法マスターしないと、大学に合格できないという現状が間違っているでしょう。
          自分の大学の数学教授も、
          受験数学がどれほどできたかなんて、大学では何の意味もない。
          大学入試は、たくさん問題にあたり、解法をあらかじめ知っておかないと、そこそこ数学のセンスのある子でも解けないクソゲーだ。
          まあ、自分はクソゲーはクソゲーで楽しかったが。
          と語っていました。

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          1. まったくです。

            本来はその専攻を修了できるのかを確かめるための試験であるべきで、数学センスがまったくない子供を数学科に受け入れない、とか、基礎学力が明らかに足りないから、理論系専攻では受け入れできない、とか判断すべきです。

            バカロレア、アビテューアを全員が受けて、各受け入れ先ごとに独自選考するのが理想的です。センスがない子供が欲しくない、という学科はセンスを問う試験にすればいいし、手を動かして、真面目に取り組む子供が欲しいなら、忍耐を問う試験、面接重視にしたらいいです。

            高校、大学が一緒になって、もっとサマーキャンプだとか、まとまった時間を使って、入学後のイメージを出来るようなプログラムを作るべきだとも思います。

            これだけ一物一価がすすみ、単純作業の価値が落ちて、何かしらのプラスアルファ(絶対価値)が出せないと、生き残れない時代に相対価値の権化である偏差値なんかを使っているのが時代遅れなんですよ。

            シン

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  2. ranさん、
    私大で工学部が増えない理由は金がかかるからでしょうね。
    関西はまだ恵まれてると思いますが、名古屋は理系だと上位と下位に分かれてしまいます。製造業中心なのに文系の大学ばかりあります。おそらくですが、地方の国公立の工学部に愛知県出身が多いのは中堅層の理系が流れていくからだと思います。

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  3. 国公立も最近は、政府の意向で文系学部の定員を縮小、理系学部の定員を拡大させているので、いい事だと思います。
    しかし、ヤフーニュースのコメントには、よく
    偏差値の低い私立の私学助成金はなくせ
    国公立の学費を安くしろ
    という意見が多いです。
    東大から、大学で学んだ事が活かせない、胡散臭い広告をつくりステマをする仕事より、私立工業大学から大学で学んだ事を活かしている仕事の方に税金投資するべきだと思いますけどね。
    また、東京一極集中は問題ですが、都市部に集中するのは合理的だと思います。
    観光や発電所があるならともかくそうでない田舎にインフラ投資するより、広島や福岡みたいな地域の中心都市だけにインフラ投資や大学をつくるべきだと思います。
    一つの都道府県に基本的に一つずつ国立大を設置するのは、時代遅れで、埼玉には5つくらい国立大をつくるべきでしょう。

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    1. 文系学部の縮小、理系学部の拡大から始めて、理系学部の整理もすべきです。中堅私大理系に数学科があったりするのはチグハグです。数学センスが抜群でないなら、数学科になんか進学すべきじゃないし、抜群なら、旧帝理系に行けるんですよ。数学しかできない人もいなくはないんだろうけど、そういう人は大学院で旧帝の数学科にに行けばいいし、中堅私大理系の役割はもっと実践的であるべきです。

      首都圏に人が集まるのは当然なので、もっと投資すべきだし、地方中核都市も同様です。過疎化が確実な場所に駅弁国立を維持しているのももったいないです。少子化に合わせたコンパクト化が求められます。

      その上で、仕事の見つかりやすい教育をやる気があれば誰もが格安で受けられる体制にすることが必要です。

      趣味性の強いことは趣味でやるなり、大学院で高確率で就職できないことを承知でやれば良いことであり、就職できないと困ってしまう人が安易に進んでいる今の体制がおかし過ぎますよ。

      シン

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      1. 中堅私大の数学科って今はもう数理科学や情報科学に近い分野になってますよね。物理や化学はまだ実験メインなので天文学みたいな明らかに就職できない見えてる地雷みたいな専攻ならダメですけど。
        実際は、中堅理論系は中学校、高校の教員養成系みたいになってます。
        まだ、理系の理論系は中堅以上か大規模な大学しかついていけない流行らないので乱立しにくいのが救いですけど。

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  4. 訂正です。
    物理や化学の理論系は、まだその分野の素養を見ることができると考えてます。

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  5. 戦前の学制にお詳しいんですね。
    ご指摘のとおり、高等教育を受ける資格を有するものは1パーセントのエリートのみで、他の者は能力にあった実業を学ぶべし、というのが本来の姿なんでしょうね。50パーセントが大学進学する現状が明らかに行き過ぎなのは同意します。
    一方、大学進学が庶民の憧れなのは昔も今も変わりなく、経済的理由で進学を諦めた世代の人達や学力的に高嶺の花だった大学に自分の子供を進学させることが可能になった時、大学進学に熱狂した親の心情は理解できます。「大学に行くことができなくて割を食った。」という怨念みたいなものが今の進学率を支えている気がします。
    今後、大学進学にかかる費用はさらに高騰することが予想され、文系進学は専門性が身に付かないので報われる可能性がさらに低くなるという事実はもっと広く知られるべきだと思います。まず親の意識を変える必要があるのでしょう。ナイーヴ親や生徒たちが受験産業や教育関係者の食い物になっていることが悲しいです。

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    1. そうですね。

      大学に強烈に憧れたのはまだ大学進学率が低かった団塊なので、団塊ジュニアはとにかく大学に行きたがりました。それが新設大学の乱立に繋がり、その新設大学のほとんどがFランになっています。

      今、高校生の親は団塊ジュニアなので、受験生時代に流行った私大文系に過剰な期待をしているのでしょう。ただ、団塊ジュニアはまだ現役サラリーマンなので、実社会で、私立文系が苦しんでいるのは知っているでしょうから、現実的な親から、具体的な専門、進路先が見えない学部への進学を止めるようになるではないか?、と思います。

      それでも、文系人気とか言われるように受験産業、教育関係者に食い物にされる人はまだまだ多いのでしょう。情弱税みたいなものなんでしょうね。

      シン

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  6. 中堅大学の理学部は、教師養成と極一部の研究者を輩出する機関としてなら、意味はあると思います。
    前述のクソゲー発言の数学教授は、旧帝大卒ですが、その先輩格の数学教授は、マーチ関関同立あたりの大学で博士までとっています。
    彼は、子供の頃は転校が多く、そのせいで九九をマスターできなかったらしいです。
    しかし、数の性質を自力で発見。足し算と引き算だけで、掛け算割り算の計算をこなし高校生までマスターしなかったらしいです。
    高校の途中から、教師にそれがバレ、強制的に放課後九九をマスターさせられましたが、そこから大学に合格し、教授にまでなりました。
    しかし、私立大学だからか純粋な数学ではなく、物理数学という物理に応用する数学が専門でしたね。
    親が金持ちでもなかったので、教授になれなかったら、教師は嫌だから予備校講師になるつもりだったらしいです。
    とはいえ、少子化で教師需要は減っているし、研究者になるのはかなりレアなので、そこまで定員はいらないと思います。
    自分は、工学部ですが周りは物理学科志望だった人が多いです。
    教師になりたくないから、工学部に鞍替えしたようです。

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    1. 教員育成なら、教育学部数学科、物理科に行けばいいし、例外的にセンスのある人は院から理論系をすればいいので、やはり目的が曖昧になっていると思います。

      中堅私大数学科は実質的に教員育成、情報系学科になっているなんて、知らない人の方が多いだろうし、高校生が理解しづらいのは一番の問題です。
      ‭‭
      シン

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  7. コメントまで読みました。面白い議論です。偏差値が話題に上がってましたが、これは政府が仕掛けた愚民政策の一つで大きく成功していると思います。
    大学から偏差値を切り離し、もっと職業というものに対して、地に足がついた人間を作る教育を提供しなければ日本は没落していく一方でしょう。日本は戦後からアカデミックな教育に重きを置いていましたが、シフトして市場に求められている実学中心のエンジニアを多数輩出していくのが理想です。
    まだ日本国は豊かなので、モラトリアムが許されてますが、大学が変わることを待つよりも自分が情弱を脱する方が早道だと考えます。

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  8. アビトゥーアの話がコメント欄にありましたので、私の知っている限りで補足です。あくまでNRW州のものに関してですが、本屋で試験対策本をいくつかの教科で立ち読みしたところでは、一般的なレベルの日本の大学受験と比較して理系科目は易しい、文系科目は難しいという印象です。大学入試について日独の違いとしては一般的に下記のようになります。

    【日本 | ドイツ】
    ・どの高校からでも大学受験できる。 | 通常ギムナジウム(もしくはGesamtschule)からのみ大学進学可(10歳で進路決定)。
    ・学校の成績は通常関係なく入試の点のみで判定。 | 学校の成績とアビトゥーア試験の合計で判定(学校の成績の方が比重大のために学力試験で巻き返しが効かない上に、就職時にも考慮される)。
    ・理系科目が難易度高。 | 文系科目が難易度高。
    ・通常口述試験なし。 | 口述試験あり。
    ・あまり回答の過程を見ない(穴埋め問題とか)。 | 回答の過程(論理)を重視する。
    ・相対評価(落とす試験)。 | 絶対評価(そもそも大学で学習する能力を持っているかどうかを見る試験)。
    ・合格したらその年に限り入学資格が有効。 | その年より後でも入学資格は終身有効。
    ・大学の卒業要件は緩い。 | 大学の卒業要件は厳しい。
    ・どこの大学を卒業したかを見られる(特に新卒)。 | 大学で何を学んでどのような能力や資格を修得したかを見られる。

    コメント欄でranさんが仰るように日本の入試数学はある意味クソゲーではありますが、やっていることの難易度は数学も理科も高く、高校卒業時点で日本の理系受験生の数理能力は世界でも最も高い部類に入る(入っていた)とは思います。そうでないとここまで工業化は達成できなかったでしょう。しかしながらドイツも工業が強い国なので、入試の問題の難易度だけではその後の展開は計れないです。

    一方日本の文系入試では一部大学を除いて穴埋めやチョロっとした20文字などの記述問題に過ぎないですが、ドイツは長い記述式で重いです。しかもきっちり口述問題もあります。正確な知識に基づき、いかに出題者を納得させる論理を組み立てて記述または口述ができるかを見るようです。我が国の文系入試は一般的に正直なところかなり低レベルです。

    以上から日本の大学入試への提言としてはとりあえずのところ、下記2点を実行すれば良いところ取りになると思います(これさえも改革されないでしょうが・・・)。

    ①文系入試の難易度を上げる(重い記述式および口述式の両方に変更する)。
    ②理系入試の難易度は下げずに学力の質は担保するとともに、口述式を導入して受験生の志望分野への適性試験も行う。

    後は③として雇う側である日本企業が、ドイツのみならず他国企業で普通に実施されているように、「大学で何を学んでどのような能力や資格を修得したか」を評価基準にすれば、大学側も変わらざるを得ないとは思います(これも今の雇用制度から改革されないとは思いますが・・・)。

    ①から③が本当に実行できれば、お遊びのような簡単な大学は変わらざるを得ず、変われなければ淘汰されることになって、大学の質の向上につながると思います。

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    1. 文系の入試を記述式にシフトするのに、そこまで意味があるとは思いません。
      文系の入試が簡単だから、文系が駄目というより、文系は学んだ事が仕事に活かせられずノースキルな事が問題だと思います。
      難関大の文系なら、教授、官僚、弁護士になる人が多いので、深い理解と文章力が必要な記述式はいいと思いますが、非難関大の文系は、大学で学んだ事をほとんど活かせない営業職などになりますから、あまり意味ないと思います。
      そして、教授、官僚、弁護士になるような人の多い東大など難関国立大は既に記述式ですから。

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      1. コメントありがとうございます。文系は結局学んだことが仕事に活かせず、ほとんどの学生が専門性のない職に就くしかないというのは仰るとおりです。

        ただ現実として、文系学生の人数分を追加で収容できる理系の枠がすぐには用意できない点、高校生(特に普通科)が文系学科にさえも進学せずに高卒で就職するのはより一層その学生の将来が厳しくなってしまうであろう点、また皆が皆理系や職人職に素養のあるわけではない点から、文系学生の基礎学力の底上げがとりあえずはトップ校以外の文系学生の将来のために実施できる施策かと考え、先のコメントで①を書いた次第です。

        本当は出口側である③の企業側が変わり、専門性のない文系の将来の厳しさが世間(特に中高生とその親)の認識として浸透すれば自然と文系の大学数や人数が絞られてくるとは思うのですが、日本の性質上本当にのっぴきならないところまで行くか、もしくは激しい外圧を受けるまではずるずると変わらないものと予想されます。

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        1. ドイツの文系は日本以上に仕事が見つからないので、文系入試、講義内容を難しくしても、とりたてて意味ないでしょう。おっしゃるように焼け石に水だけど、すぐには社会が対応できないから、仕方なく、厳しくした方が遊んでいるよりはマシというところですね。

          お客さんに挨拶しに行くだけ、酒飲むだけの営業はドイツにはいないので、ドイツの文系は日本よりも仕事の総数が少ないでしょう。

          IT革命によって、世の中の構造が完全に変わったのに、それを認識せず、高度成長期の感覚でいる人が極めて多いです。職業に結びつかない勉強をすることがいかに危険なことか、をもっと親、教師が子供に警告しないと、国力が大幅に下がるでしょう。

          >日本の性質上本当にのっぴきならないところまで行くか、もしくは激しい外圧を受けるまではずるずると変わらないものと予想されます。

          もっと早く手を打てばいいのに、と思いますが、窮地に立たされる、外圧で脅される、のどちらかがないと、本気になれない国なんですよね。

          シン

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      2. ranさん、
        おっしゃることはごもっともなんですが、その理屈が通用するのは同級生の上位3割になります。中学校でクラスの真ん中あたりの生徒には能力的に数Ⅲ、物理をやるのはきついです。数Bあたりでドロップアウトしてしまいます。
        昔、文系で数学を教えてたのでわかりますが正直いってこなせないですし、私の講座は閑古鳥がないてます。
        仮にEラン工学部あたりに進学してもついていけない、実習がこなせないで卒業が難しいです。

        だからどうしたらいいかは難しいのですが、理学療法士や文系学科の情報科や管理栄養士、医療系大学での経営学部といった本人の適正や興味を考えてなんとか飯が食える専門家になるということを一緒に考えました。
        私自信は人のことは言えないのですがね。

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        1. はい、自分もそれがいいと思います。
          エリート文系、理系になるのは無理、高卒で就職も今の時代なかなか定着しないだろうから、専門学校のような大学にいくのが、ベストではないがベターだと思います。
          専門学校も最近盛んですが、内容が同じなら、大卒資格を得られる大学が、専門学校の上位互換です。

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  9. Garfield様 情報ありがとうございます。自分なりの見解をまとめました。
    ドイツの教育制度の関心出来る点
    ・十代の早い段階で大学などの高等教育機関に進むかどうかふるいにかける
    →十代になればある程度勉強に向いている子と向いてない子が分かるので、向いていない子には早い時期に戦略的な進路選択をさせるのは現実的ですね。日本の就活で鬱になってしまう学生がいる背景には本来十代で直面すべき現実が22.23歳までベールに覆われて、その時になっていきなり現実を突きつけられて、それに自己評価が追いつかないのだろうと思います。(根拠のない無限の可能性を二十代前半まで信じ込み続けてきてしまった。)
    ・一度大学に合格すれば入学資格がその後でも有効なのも良いです。
    合格後にみっちり遊んだ後に大学では勉強に集中する。日本の大学のようにサークルの片手間に大学の授業に出るよりもメリハリがあって良いと思います。海外を旅しているときに一年海外を周遊して、来年に今年合格した大学に進学予定のドイツ人に何人か出会ったことがあり、正直羨ましいと思いました。サークルでくだらない飲み会やイベントを何回もやるよりも、世界を一人で見て回る方がよっぽど有意義だと思います。(自身の後悔も含めて)

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  10. Y様、コメントありがとうございます。私自身元々東京に漠然と行きたいと思って何となく大学に進学した者なので、10代で自分自身を見つめて適性を見極めて進路の戦略を立てるべきというご指摘に同意いたします。ただドイツのように10歳で進学先の学校の種類を決めてしまうのは、心身の成熟速度や文化面から日本人には辛いかなと思います(私の場合で言えば10歳当時勉強ができなかった部類なのでドイツだったらきっと大学に行けていなかったです・・・)。13歳のハローワークという本がありますが、感覚的には早くてそのくらいの年齢からじゃないかなと思います。

    若者の20代前半までの根拠のない全能感のようなものについても、仰る通りだと思います。私自身小学生のときは中学生が、中学生のときは高校生が、高校生のときは大学生が何だかすごく大人びて見えていましたが実際はまだ全くの子供で、働き始めてからようやく大学でのお客さん気分が抜けて、仕事で失敗したり怒鳴られたり追い詰められたりして社会人として一歩ずつ成長を始めるという感じでした・・・。

    サークルや飲み会のご指摘についても同意です。私はあの何とも言えないウェットな雰囲気や関係性が苦手です。オヤジ文化の上下関係を早いうちから注入して仕込む、ある種の儀式集団および儀式のようなものなのかなと解釈しています。お金があれば世界の一人旅、そうでなければ自転車で日本を回るなど、しばらく孤独になる時間が学生の内に必要ではないかと考えています。

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  11. スーパーグローバル大学について記事にしてくれませんか?
    端的にいうと、文科省が、グローバルな大学を指定して、その大学に補助金をあげるというもので、国のお墨付きと補助金が貰えるので、少子化に危機感をもっている主な大学はだいたい応募しました。
    一橋が選ばれず、旧帝大など理系の大学が選ばれたのは、理系重視なんだろう、と納得しました。
    外語大もわかります。
    しかし、平凡の文系中心の大学が選ばれたり、かなり珍しい大学も選ばれていました。
    文科省および政府の意図は、なんだでしょうか?
    また、このスーパーグローバル大学制度に、賛成ですか?

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    1. よく知りませんので、まずは調査しないと記事にはできません。色んなしがらみがあって選ばれたものでしょう。死活問題になりえる私立大は必死にロビー活動したでしょうね。

      シン

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  12. Garfieldさん
    こんばんは。
    ・十歳の頃はあまり勉強が出来なかったとおっしゃっていますが、何がきっかけで勉強に開眼したのですか?
    ・サークルについては私も馴染むことが出来ず大学二年くらいにさっさと脱退し、授業やサークル内で仲良くなった友達と行動することが多くなりました。結婚式の披露宴でもサークルの仲間が宴会で醜態さらして、記念写真というのもなんだか・・・・。自分たちが楽しい、充実していることを無理やり確認しあう行為に違和感ありありでした。そのため、サークル内での問題も無かったこと、見えなかったことにして楽しいことだけ追求することに幼さを感じました。それに迷いなく邁進できる奴が幹部になる。それって会社にも言えることですかね。

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    1. Yさん
      こんにちは。自分語りになって以下長くなって恐縮ですが、開眼のきっかけは、私が中学2年生になるのと同時期に県外から進出してきたある塾に1期生で入ったことです。中学1年生の時は別の塾に通っていましたが、塾内が2クラス(各70人くらいで成績順にA、Bクラス)ある中で万年Bクラスで、私の当時の成績は学校および塾のテストで5教科500点満点中ずっと300点台でした。その塾は月謝が1万円未満で安かったのですが、授業を聞いてもよく分からず、建物は駅前の古い雑居ビルで汚く、教師にはやる気も見られず、Bクラスの中でもさらに下位層の生徒の質が悪い(ナイフを持ってきたり、この建物燃やそうぜと塾のカーテンにライターの火を近づけたりする連中)環境でした。そのような環境にいると、自分は所詮Bクラスでそういうものなんだと悪い意味で洗脳されていきます。

      新しい塾に入ったきっかけは、私の母親がこのままでは私にとっていけないと考え、どうやら直感から当時進出してきたその塾の説明会案内にピンときて、私を無理矢理引きずって連れていったことです。説明会では授業の例として、理科の星の動き(角度)の説明をしていました。それまでは例の塾でも学校でもまったく分かりませんでしたが、新しい塾の教師の説明は非常に分かりやすく一発で理解できました。説明会に来ていた他の親たちも皆分かりやすいと言っていました。それでその塾に入ることに決めました。家が裕福ではなく月謝は高かった(25000円)ですが、親は許可してくれました(というよりも絶対にここにしようと言われました)。

      中学2年生の始まりと同時位に新しい塾に通い始めました。最初は生徒は5人だけでしたが、教師は情熱のある方たちばかりで、分かりやすい授業をするだけではなく、授業中にいろいろと面白い冗談も言ったり、生徒を褒めてやる気を引き出したりする質の高い塾でした。お前たちならできると繰り返し鼓舞していただいたことを覚えています。2年生の1学期には早速400点を超え、2学期には450点を超えて、それからは各教科当たりの平均点が90点を毎回越えるようになりました。私は結局受験まで家では全然勉強せず、塾の授業をちゃんと聞いて配られたプリントをこなし、その他は友達とKOFなどの格ゲーに勤しんでいただけでしたが、あっさりと県内のトップ校に受かりました。自分に合う環境と方法を得たことで、自然と勉強ができるようになっていったという感じです(逆に言えば合わない環境や方法だと、いつまでも最初の塾のように苦しむことになると思います)。

      会社の昇進についても同じようなことではないかなと思います。同じ日本の会社であっても、業種や会社毎に全然違う文化を持っており、例えばどこかの上場企業で社長をしている方であっても、もしも違う会社だったら全然到達できなかった可能性もあると思います。会社の土壌に合った人が邁進することで上に行きやすいのではと思います。また、環境と方法の他に重要な要素としては、運勢も確実にあると思います。

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  13. 私の卒業した大学の先生が言ってたのですが、うちの大学のレベルで工学部を作れば学生はそれなりに集まるんだけど理工学部は赤字だと言ってましたね。
    就職もいいので地域社会に貢献してるけど収益が悪化したと言ってました。
    知名度がないので最近はじめて理系できたことを知って企業から学生の採用を申し出てきます。以前は、ある会社で事務系社員がエントリーシートを読まずに捨ててたらしく技術部長にひどく叱られたとか言ってました。
    本当はもっといろいろやりたいことがあるのに文系学部の教授会の既得権が邪魔すると言ってましたね。

    卒業生だから言うわけではないですがきちんと教育と就職をしてる大学には予算をつける、通いやすくするってのは国策でやるべきですね。

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    1. 箱、教員さえ確保すれば、いくらでも拡大出来る文系と違って、設備を伴う理系は国からの支援なしに成立しません。国からの予算を取らないと、数の力で文系教員がワーワー騒いで、拡張を拒否するのでしょう。彼らからすると、文系大学として、黒字を続けて、自分たちの待遇を上げたいですから、赤字になる理系は邪魔でしょう。

      ようやく国も動き出しましたし、いい方法に行くといいです。

      シン

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      1. 都道府県に一つある国立大学以外は、地方には工学部はあまりないんですよね。公立大学だと医療、福祉を作るのはいいのですが文系学部を私立みたいに作るので理系の選択肢が少なくなります。
        大学側としては、そこに目をつけて理工学部を開設しました。学生を増やす戦略は当たりましたので後は経営ですね。収益改善策のためまた文系学部作ったのが残念ですが。

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  14. 文系学部の利益(特に私立)が社会にとっての損失という矛盾をどうやって解決するかが課題ですよね。賢明な学生や親御さんが増えて、実態のない文系学部には進学しない流れが今後進むかがポイントだと思います。(実益のない文系学部が淘汰され、実益のある理系や医療系学部が生き残る)
    そもそも大学四年間の中のささやかなモラトリアムって一定程度の能力があって、それなりの努力をして試験を潜り抜けた者達に与えられるものだと思うんです。そうじゃない人は働くべきだと思うんですよね。そういった意味でFラン文系はのび太養成学校っていう気がしてならないです。運動部で何か活動していたり、自分で沢山本を読んでいれば少しは救いようがありますが・・・。勉強もちゃんとしてきてません。大学に入ってからも頑張る気もありません。体も鍛えてません。本当に四年間をドブに捨てているようなもんだと思います。高卒で正社員として四年働いたら、お金を貰えて、なおかつそれなりの能力が身につくのにもったいないです。電車のつり革で大学の広告を見ても、Fラン文系は正直何をやってるのか分かりません。ボランティアで熊本自身の炊き出しを手伝いました。とりあえず外国に行って外国人のパーティーに参加してみてピースしていますetc・・・。正直それって大学生という立場じゃないと出来ないことなのかな?って疑問に思いました。学問をする場所なのに、課外活動を宣伝する矛盾と言いますか・・・・。そんなことはその辺の国立大学の学生も普通にやってますし。
    つまりそうやってなんだか実態は分からないけど楽しそうっていうパッケージングやイメージ戦略を使わないと生徒が集まらないのでしょう。
    そこら辺を親御さんがシビアに見極めて、そんなところなら行かせないよっていう判断を下せるようになるかがポイントです。ただし今の高校生の五十歳前後の親御さんは中途半端にお金を持っているので、とりあえず子供を大学に進学させてしまうことが出来るんです。ただし、今後の就職氷河期を経験した団塊ジュニアあたり(十年後くらい)が高校生の親になるあたりから子供の教育費の捻出が厳しくなり、大学の価値をシビアに見極めて、大学、学部の競争と自然淘汰が起きると思います。
    さらにそうした学校は高校三年生向けのオープンキャンパスに親同伴が多いことに驚きました。もう18歳っていったら立派な大人なのに自分の進路も自分で判断出来ないのは大学に進む以前の問題だと思いますし・・・。あとは学祭の運営が生徒だけで出来ず、教員が手伝っているのには目を覆いたくなりました。社会人を一年もやれば、学祭の運営くらいは生徒だけで出来るようになるでしょう。

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    1. 一定の年齢制限下で、社会人経験者は大学入学において優遇するというようにできたら良いかと思いました。社会人を経験していれば、なぜ大学に入り何を学びどう活かしたいのかという目的意識がはっきりした上で入学する方が増えると思います。そうすれば進路や雇用のミスマッチもかなり減ると思います。今の雇用体系や慣習が変わることが前提ではありますが・・・。

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  15. Garfieldさん
    ・ご自身の開眼のきっかけを教えていただきありがとうございました。
    ・貴殿の提案は有益だと思います。高校卒業してすぐに大学進学する必要はなく、社会に出て必要だと感じたものを大学で自発的に獲得していくっていう姿勢が必要だと思います。そこからレベルアップして待遇の良い新しい職場に移っていくとかが良いのではないでしょうか?

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    1. Yさん
      そのようにステップアップして行けたら良いだろうなと思います。ただ書いた後で思ったのですが、そうなると高卒時に雇ってくれる企業が必要で、そもそも企業は普通の高卒では今の時代望む職種では雇ってくれないのでスタート地点にさえ立てなくなるのではと考え直しました。だとすると、やはり10代前半から将来に何をやりたいかを子供に選択させるよう促すとともに、選択ができるように情報提供や実直な話し合いや手助けを親や教師など大人の側で実施していくことになる(欧州でやっているような方法)のだろうなと思いました。なお日本では以前から大学卒業後に専門学校や社会人コースで実学を学ぶ方が増えているようなので、専門学校で学んでから大学へ、というルートの拡充が現実的かもしれません。

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  16. つい最近ですが、自民党が大学の授業料を無償化する教育国債なるものを検討開始するそうです。

    これが実現すれば、学資ローンの問題は全部解決しますねw

    なんだか日本が悪い方向に進んでいる気がしてならないです…。

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    1. 原資が借金なら、同じことでしょう?、と言いたくなります。政治家にはもっと頭を使ってもらいたいです。

      シン

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