ふと思ったんですが、人間は多かれ少なかれフレームの中で生きています。国、都道府県、市町村、会社、部署、チームと何かしらのフレームの中以外では生きられません。山でも買って、そこで一人で暮らすにしても、固定資産税を無視したら差し押さえられるので、それもできません。
合わせる
「じゃあ、採点ミス」という記事で思ったんですが、何かしらのフレームの中に入りたいなら、そのフレームに合うようにしていく必要があり、自分がしたいことをそのままぶつけて、フレームが変わるようにするなんていうのはあまりにもナンセンスです。
例えば、東大に入りたいなら、点数さえ稼げばいいので、受験マシーンみたいになって受験勉強以外のことを一切せず、興味も持たず、淡々と点数稼ぎをしていけばいいですが、それをそのままハーバードにぶつけても、ほぼ間違いなく不合格になります。ハーバードはそういうがり勉君が嫌いだからです。
企業だと、就職希望者に与えられる権利は「応募すること」「内定が出たら受けるかどうか」だけであり、あとはフレーム側が決めることであり、どれだけ優秀だろうが、フレーム側のニーズと合わないなら、内定は出ません。ここには多くの人が納得しているでしょう。
つまり、フレームに入り込みたいだけでなら、自分自身を相手が好むように、相手が意図する条件に合うように作っていく努力が必要であり、凡人にはそれがもっとも楽な方法です。自分が好き勝手やって、それを認めろ!とは傲慢すぎますよ。
突き抜ける
フレーム側のルールを変えさせることも出来なくないですが、それは本当に難しいです。でも、アメリカはフレームを変えてしまうことに関しては上から下まで慣れているので、簡単に変えてしまいます。
例えば、ハーバードに入りたいから、ともかくがり勉しまくって、ありえない位くらい点数稼ぎしたら、それはそれで突き抜けてきて、入学許可が出るかもしれません。日本人がセンター試験、Aレベル、IB、SAT、SATⅡすべてで満点とるなら、他に何の売りもないキモヲタでも評価されるかもしれませんね。
グーグルに入りたいなら、需要の高い分野のソフトウェアエンジニアになるのが最も簡単でしょうが、文系どころか、高卒でもでもユーチューバーとしてメチャクチャ有名になり、グーグルに利益を落としまくり、「雇ってくれ」と言えば、雇ってくれると思います。
HIKAKINさんって、アドセンス審査に落ちたらしいんですけど、ユーチューバーとして力をつけることで、相手からすり寄らせたみたいです。ユーチューブというフレームを使いたいなら、相手がこちらを向くほど、突き抜けるしかないんですよ。
採点の1点2点がどうのこうの、とゴチャゴチャいうより、どうしてもその大学に入りたいなら、次の年に満点狙いで死ぬほど勉強すればいいし、それほどの意気込みがないなら、どこの大学でもいいでしょう?その専門がその大学でしかできないことなんてほとんどありません。
アメリカの強さって、突き抜けた人間に対してフレームを変えることのできる柔軟さだと思います。悪く出ると、自分たちの不利益に対して、突然のルール変更で相手をつぶしにかかる、という卑怯な技になりますが、それを押し通せるだけの力があるともいます。
まとめ
人間はどちらかを選ぶしかありません。日本で生きていくなら、日本の習慣に合うように自分を作っていくしかないし、その習慣が嫌いなら突き抜けて相手が合わせる、合わせなくても済むような力を持つしかありません。海外で生きるだけの力もない癖にゴチャゴチャ日本の悪口ばかり言っても不毛です。
その大学にどうしても入りたいなら、その大学が望んでいることを合格ラインどころか、満点狙って死ぬ気の努力をするなり、相手から来てくれないか?と言われるくらいに何かで突き抜けたらいいんです。
その企業に入りたいなら、最も需要の高いことを選んで、コネを形成したりして相手に認められるようにするなり、何かしらの分野で圧倒的な存在になってぜひ来てほしい、と言われるくらいになるしかありません。
どちらも嫌なら文句言わずに与えられた環境で淡々とやるしかないですね。
大学入試のときに定期テストや家庭科や体育や課外活動が良くて、予備校の模試の成績が悪い人が推薦入試を受けることを非難する先生や生徒や会社の人事部がいましたが選ぶのは大学なんですよね。
長い目で見たら大学入試を頑張ったことなんて僅かなことしかないし、勉強は続きますしね。
選ぶのはフレームであり、どういうことを評価しても自由ですからね。だから、企業側が一般入試で入ったことを評価するのも自由です。
シン
先にですが、あちらでは幾分感情的になっていた部分もあるので、シンさんが気分を害されたのでしたら申し訳なく思っています。
あと、私自身もう社会に出て10年は経ちますので結構酷いこともどうにもならない理不尽も経験済みです。向こうでは試験の公正さのみを問いたかっただけであり、学歴厨ではないのでそこだけはご理解をおねがいします。
で、こちらの記事へのコメントです。
あるTV番組で東大卒の女性が『自分は優秀なのに何処も雇ってくれない』と宣うところを見ましたが、確かに傲岸不遜だと感じましたね。
少し詳しく書くと、私(その女性)の学力や能力は他の誰よりも突出してるのにリア充な奴の方が楽々と就職(上場企業が前提でした)を決めていく、一方、私は就職で苦戦する。何故だ?理不尽だ。
というような内容ですが、その能力や学力って相手が求めるものですか?と心の中で突っ込んでました。その主張を聞いてた芸能人の方々も皆様苦笑いです。
私も20代中盤くらいまでは仕事にも熱を持って取り組んでいて、納得できない事は上司にあれこれ食ってかかっていたクチですが、上司からしたら鬱陶しかったのか自己評価が高すぎると注意された事があります。
それ以後は『沈黙は金』の格言をずっと守っています。正直自分が情けなく感じるときがたまにあります。
話が逸れましたが自己評価が高すぎるのは大体の場合、不利益にしかならないですね。
客観的に自分を評価するのは難しいと思いますが、基本的に自分で思ってるよりも2段階くらい低く見積もっていたほうが何事もうまくいくと思います。
こちらこそ、学歴中毒認定して申し訳なかったです。私としては公平を追求しても最大幸福にはならないよ、と言いたかっただけです。
そうなんですよ。私は東大出てるのに、なんで世間は認めない、とか言われても、そんなことはあなたが決めることではない、ということであり、他人に評価されるように立ち回るしかありません。タダなら、誰もが東大出てるなんて凄い!っと言うでしょうが、お金払うことになれば、かなりシビアになります。使えない人にお金出したくないです。
権力のある人間に意見する、食ってかかりたいなら、力をつけるしかありません。経済力、技術力、政治力、最後は気概です。俺は東大卒だからもっと認められるべき、というようなバカなこと言う人間から先に食い物にされます。
ともかく、議論なんですから楽しみましょう!お互いに新しいアイディアが生まれるはずです。
シン
合わせる、突き抜けるということで、今回はとてもわかりやすい記事でした。
前回、不平等について話題になりましたが、事実認識と価値判断についてちょっと気になりました。
確かに、世の中不平等だという事実認識は妥当だと思いますが、それが良いことかは別だと感じます。
不平等は良くないと思います。これ俺の価値判断です。全く同じ条件で差別的に扱われるのは納得いかないところです。
>不平等は良くないと思います。これ俺の価値判断です。全く同じ条件で差別的に扱われるのは納得いかないところです。
その為には力をつけるしかありません。平等は与えられるものではなく勝ち取るものです。弱いから踏みにじられるんです。白人たちは自分たちの権利にメチャクチャ煩いですよ。そうして、勝ち取ってきたんです。同じアジア人の中国人ですら、自分の権利が踏みにじられたら徹底的に喚いて抗議しますし、やり返します。
採点ミスの話はすでにかなり平等なのに、もっと突き詰めろ!だと言うのは違うだろう?と言うことです。
シン
やはり現在も平等は勝ち取るしかないですか。ジャップと言われたら、落合信彦みたいに空手で白人をのして、スーパージャップと言わせるしかないようですねw
母子家庭の子供が、汚い身なりで学校に行き、毎日菓子パン1個食べてるのを小馬鹿にされイジメられるのも、やはり本人が戦って平等を勝ち取るしかないようですね。
広げるのはやめにします。シンさんの志の高いメッセージはわかるんです。採点ミスとも関係ない話です。
スーパージャップで行くしかなさそうですね!
持って生まれたカードは人によって違うんだから、その範囲で戦うしかないでしょう。文句だけ言う人、他人になんとかしてもらおうとする人は戦ってすらいないんです。
小学生も高学年になれば新聞配達くらいは出来るのでは?汚い身なりなんて洗濯すればいいし、古着なんてタダでもらえます。菓子パンを買うお金があればコメが買えます。野菜なんて家庭菜園でも取れます。やりようはいくらでもあります。
親がキチガイでまともなことを暴力で妨害してくるなら同情しますね。そういう本当にムリゲーの人もいますが、今の日本には滅多にいませんね。家が貧乏なはずなのにFラン文系に行って、奨学金が返せない!とか喚いている人は呆れます。
シン
私から見たら文系のみではないですが、Fランに行った人間はある意味では被害者ですね。
県立工業高校などでも提携大学への進学枠はありますし、自分の能力や現在の主要5教科の学力(全国区)の事なんてまだ17~18歳の若造に解る筈も無いのに担任が推薦枠で学力考査を受けずに受験できるよ、なんて甘い言葉をかけて来たら無知な若造ならそりゃあ何も知らないんですから飛びつくでしょう。ボーダーフリーと言われるだけあって、よっぽど素行が酷くなければそれで何事もなく受かりますから・・・
借りる方だけでなく、貸す方も貸す方で名ばかり審査、ザル融資をしてるみたいですし、貸した相手に自己破産されて焦げ付いてもそれこそ自業自得だと思います。
ホント大学ってのは美味い商売だと思いますよ。
Fラン機電なら仕事は見つかるので良いと思いますよ。卒業できるか?は別問題ですし、入ってからが大変でしょう。職業訓練校も割といい職場を紹介してくれると思います。ともかく、頑張れば先があるならアリだと思います。
でも、文系だと中堅レベルですら、頑張っても大卒の意味がないような職場しかないことはザラなので、罪作りだなぁ、と思います。文系はまったく実需がないので頑張ろうが、勉強しようがしまいが関係ありません。
シン
シンさんの仰るとおりなんですよね。やれることはいくらでもあるんですよ。出来ないと言ってるのは甘えなんですよ。
ホームレスなんかまさにそうですよね。イジメられる人間も貧乏人も結局、やる気がないからダメなんですよ。連中、何やってんでしょうね?!
ただ、「無気力の獲得」、「自己肯定感の低さ」、「有能感の欠如」「どーせ無理」、こんなので頭が満たされた人達だとすると、果たして踏ん張れるか疑問もあります。
同情すべき点もあるのですが。こういう人たち(時々自分もその一員)、結構多数派だと思います。意外にこの人たちに足引っ張られて、思わぬ所でやられる気がしています。
いつも言ってますが、ほんの少しでいいのでルーチンを持って繰り返すことで達成感の積み重ねをしていくしかないと思います。大それた事が出来なければ意味がない、という何もしない完璧主義者は良くなりません。
シン
今日もいい言葉を聞けました!ありがとうございます!
自分が生活している国、地域、学校、職場等をフレームに例えるのは分かりやすくて良いですね。
このブログでも、他のブログでも よく海外移住者の意見なんか聞き流せ、日本のことが分かっていないというような意見を耳にしたり、見かけることがありますが、そのフレームの外にいるからこそ見えてくるものってあるんです。
私もずっと日本で生活していたら、分からなかったであろう事はたくさんあると思います。
アメリカで生活してみて、日本のぬるさが良くわかりました。
自分もそのぬるま湯に包まれて、生まれ育ったのだなと思いました。
日本の豊かさ、豊かさから来ていたぬるさ。
平和なのは良いことなのですが、ぬるさに流されている間にも、世界は刻々変わってきている。
危機察知アンテナがいつの間にか外されているんでしょうね。
ビジネスにおいても、防衛においても。。。
アメリカは国という名前の大きな会社です。
よく冗談で United States of America, Inc. という話をしています。
そして今のCEOはトランプ大統領。
外に対しての圧力だけではなく、国民も弱者切捨て社会です。
年末にボーナスをいただいたのですが、半分は税金に持っていかれてました。
今はTAXリターン(年末調整)の時期なんですが、頭が痛いです。
逆に言えば、税金さえ払ってくれるのなら移民大歓迎という国です。
ただ、アメリカ国民の雇用を第一公約しているのが今のトランプ政権なので、審査は厳しくなる一方ですけどね。
少しズレますが、
数ヶ月前に飼っていたインコと外で遊んでいて、ちょっと目を離した隙にタカにさらわれてしまいました。
一瞬の出来事で、どうすることもできませんでした。
言葉も話すインコで、よく懐いてくれていた子で、家族同然でした。
ショックでしばらくペットロス状態、軽度なうつになっていたと思います。
アメリカは住宅街、ショッピングモール、ビジネス街 どこでもタカや鷲などの猛禽類を見かけます。
私の不注意で死なせてしまったのは間違いないのですが、それと同時にタカへの憎しみも沸きました。
調べてみたら、鷹や鷲などの猛禽類は、捕獲、狩猟は法律で堅く禁止されています。
連邦法でです。 強いものを守り、弱いものは無視。。アメリカらしいなと苦笑してしてしまいました。
アメリカの国鳥も鷲です。
もうそのものですね。
なので、アメリカで生活するには気を抜いていられないのです。
気を抜けばやられます。
韓国や中国も意識しているのに、日本はまだまだその意識が足りない。
足りなさ過ぎると見ていてハラハラします。
色んな視点からの意見に聞く耳を持たず、自分の身の周りのことが全てだ、というスタンスになると視野は狭くなります。比較対象をアメリカにするなら、日本はすごく平等、公平であり、戦わなくても生きていけます。その分だけ権利とは戦うことで得られるものだ、という感覚の人は少なく、与えられるものだと思っている人が多くなります。
すでに日本の内需だけで生活が成り立つわけではないし、今まで通用した手法が通じなくなっているわけで「そんなのどこでもある!」「こんな凄いことがある!」と一般化、例外を持ち出して日本をかばっても良いことはないですね。指摘に対して認めるところは認めて、良いところは出来るだけ維持して変わっていけばいいんですよね。
シン