リクエストで信越化学工業について記事にします。日本人にアングロサクソン流が出来ないし、無理に猿真似しても食い物にされるだけです。だったら、我々、日本人が出来る大和流を研究したほうが前向きです。
信越化学工業、という会社を語るとき、金川千尋氏、という天才経営者を抜きにして語ることは出来ず、すでに大企業であったものの、先行きが不透明だった会社をガチガチ筋肉質でフットワークの軽い世界企業にしたのは金川氏の手腕です。サラリーマン経営者としては史上最高クラスの経営者だと思います。
金川千尋氏
女性みたいな名前ですが、大正生まれのおじいちゃんです。日本統治時代の朝鮮に生まれ、終戦とともに帰国、東大を卒業して三井物産で働いていたそうです。もしかしたら、苗字もそれっぽいですし、血統的には朝鮮系の人なのかもしれません。
そして、三井物産を辞めて30半ばで信越化学に入るわけですが、この理由は良くわかりませんし、本人がはっきりとした理由を語っているのを見たことがありません。私は三井物産の仕事で知り合った信越化学の人に引き抜かれたのか?と思ったのですが、そうでもなさそうです。
役職就任履歴を見ると、確かに早い出世ではありますが、異例の速度とも言えませんし、特殊なコネがあったようにも見受けられません。総合商社出身ですし、海外営業部に課長あたりで入社したんだろうと思います。
その金川さんが大きな実績を上げるのは信越のアメリカ進出に成功することから始まります。かなりの悪条件ながら、今ではシンテック(信越アメリカ)は世界一の塩ビ生産量となり、まさにアメリカで大成功を収めることになります。
私はこのブログで度々主張していますが、ビジネスの世界で大きく勝つ=アメリカで成功する、と言うことであり、これが出来ていなければ、本当の意味で勝ったことにはなりません。アメリカは規制が厳しく、自国有利に勝手なルール変更をするが、それが世界標準となり、世界一の市場ですから、世界で勝つには避けて通れません。
バランス
信越は非常にバランスのいい会社です。たんまりキャッシュを持っているのもそうですが、事業バランスも安定しており、汎用品の塩ビ、ハイテクの半導体、電子部品関連があり、マグネット、セルロース、フォトレジストなどの新製品があります。つまり、何か一つが転んでも、手直しが効くのです。
そして、海外事業は政情不安を抱える国では大規模に行わない、としています。アメリカ、イギリス、オランダ、タイ、マレーシアに工場を持ち、いきなり接収されても文句言えないような中国、中東、中南米に工場を作るつもりがないそうです。これはニカラグア工場が政権交代で接収された経験から得た教訓だそうです。
信越には豊富なキャッシュがあるので、競合が二の足を踏む時に踏み込めるわけです。金川氏はリーマンショック時にもアメリカの復活を信じて、シンテックの増設を決断していますし、テロで揺れる2015年にアメリカ、ルイジアナ工場の新設を決めてこの好景気に利益を出せる体制にしているのは圧巻ですね。
本当に教科書どおりと言うか、経営のお手本のような采配だと思います。どんな事業も流行廃り、アップダウンがあるわけで、いくつかの系統の違う事業を確立し、それぞれが支えあう。動かすことが困難な不動産はベースがひっくり返らない場所を選んで、短期収益を追求しない。競合がひるむ時に勇気を出して前に行く。
誰もがわかっているけど、当たり前のことを徹底するのって本当に難しいです。そして、金川氏はその難しいことを短期間成果を出したのではなく、ずっとやり続けているという継続性はまさに天才経営者だと言っても言いすぎではないと思いますね。
コスト
汎用品である塩ビで勝てているのは本当に素晴らしいと思います。これは技術力がすごいわけではなく、競争に勝てるのは徹底したコスト管理にあるということです。特に無駄な人員を絶対に雇わないそうです。常にギリギリでまわしているので、不況になったからと言って業績を理由に解雇したことは一度もないそうで、経営者の鏡ですね。
金川氏が立ち上げから関わったシンテックには社内官僚は一人もおらず、工場長が人事権、購買権など一任し、すべての管理業務を一人でこなし、財務担当は二人、営業も最小限だそうです。前に話題にした未来工業並のことをこれだけの規模の会社でやっているわけです。
シンテックで上手く行った合理主義を金川氏が信越本体の社長になったときに踏襲し、慣習で前年並みに漠然と採用していた新卒採用を停止し、どの仕事にどれだけの人員が要るのかを徹底的に調査した上で、横並び的に配属するやり方を改めたそうです。その際、リストラをしなかったというから素晴らしいです。
アメリカ型のとりあえず採用して使えなければサヨウナラ、というシステムは日本にはなじまないでしょう。だったら、徹底的に合理性を追求して、その人に出来る精一杯のことをやってもらうようにすればいいでしょう。日本人のモラルの高さ、忠誠心を持ってすれば出来ないことではないと思います。
当たり前なんですが、日本人の人件費はアメリカ人ほどではないにしろ高いです。だったら、その人件費分に見合った密度の濃い仕事をしてもらわないと、コストが上がって国際競争に勝てなくなります。フワフワした業務をする社内官僚が跋扈するような企業は衰えるのは当たり前です。
まとめ
私は信越に対して漠然と「ニッチトップ」なんだと思い込んでいたんですけど、そうじゃないんですよ。汎用品である塩ビが最大事業であり、世界一なんです。これを他の日本企業でも見習えないかな?と思います。ニッチを狙うのは当然ですが、やはり王道で勝ち抜ける事業がないと、世界一にはなれません。
ジャパンディスプレイ、ルネサス、と汎用品になり、厳しい価格競争についていけず、赤字を垂れ流すゴミ捨て場のような企業が増えていますが、市場規模全体は大きくなっているのだから、やり方次第では勝てるっていうことを金川氏は教えてくれていますし、若い経営者は彼をモデルに勉強すべきだな、と思います。
安易なリストラは誹謗中傷に耐えられるなら、誰でも出来るし、あんまり儲からないから、と捨てたり、売るのも簡単ですけど、辛抱強くコスト削減をして生存者利益を狙ったり、その仕事のプロを育成、業務改善をして少ない人数で質の高い仕事を出来るようにする努力をして、社員一丸となって利益を生む努力をするほうが難しいです。
そして、その難しいことの方が日本人には向いているんだと思いますね。アングロサクソンみたいに血も涙もない首切りをするより、関係する人間を仲間だとみなして、苦しい時を知恵の出し合いで乗り切ろうとするのが大和流だと私は信じたいです。
>その難しいことの方が日本人には向いている
大きく腑に落ちました。
非効率の塊で利益の低い業界にいます。経営の事を勉強しようと思います。
金川さんが経営の半分は才能であり後天的に学べない、残り半分は経験で学ぶことだ、といっているので学校に行く意味はないし、日本人が経営を学ぶのにMBA(アングロサクソン流)を受講してもアングロサクソン系外資勤務でもなければ更に意味ないので、大和流事例を自習するのが一番の勉強なんでしょうね。
シン
全体主義、前時代的、非効率、安易に首を切れないなどが日本の会社の足を引っ張ってる的なネガティブな論調を見る事も多かったですが、安易に解雇の白人流が日本人の良さを生かす方法とも思えませんでした。
日本人的方法や気質は、時代錯誤的なものと、私自身が肩身が狭く感じていた事に気付きました。まだやりようはあるのだと希望が持てました(笑)
最近、日本企業の悪癖が目立つんですけど、数字で結果出している人がいるんだから、全部が間違っているんじゃないんですよね。
シン
他人から聞いた話と化学系の大学をでたわけではないので本当かわかりませんが、信越化学の新卒採用は学校推薦のみでかつ難易度は高いと聞きました。
また、本人にできることを最大にしてもらうってことが一番大事ですね。
日本で使えないならサヨナラだと派遣労働のようなデメリットが目立つと思いますので、全くやる気がないならクビにするしかないですが、飼殺しやリストラをしないで使えないと思う人でも配置転換で自分の給料分くらいは稼いでもらい自信をつけさせ、自分が考えて成長してもらうってのがいいと思います。
出来るだけ厳選して取って、取った以上は使えるようになるまで辛抱強く育成できるなら企業体力はついてきますね。終身雇用も悪いものではなく、やり方次第でプラスになることを金川さんが教えてくれています。
シン
シンさん
会社の人が言ってたことですが、新卒採用のメリットの一部に毎年希に超優秀な社員が格安で手に入ることを挙げてました。また、洗脳しやすいので能力があっても条件が他社が良くても辞めにくいそうです。
だから、新卒採用は辞められないと言ってました。
中途採用ですと技術力を把握しやすいこともあるのですが報酬を経験に応じて、前職の手当を含めた給与に上乗せせざるをえない場合が多くきちんとした人材を取ると高いらしいです。
確かに中小、中堅にいるすごいエンジニアって新卒採用でそのまま在籍して、自分の市場価値を知らない人ですね。
シン
シンさん
先日はコメントにご丁寧に返信いただいてありがとうございました。
またコメントさせていただきます。
シンさんのおっしゃる「その難しいこと」を実現できたら理想だと私も思います。
「辛抱強くコスト削減をして生存者利益を狙ったり、その仕事のプロを育成、業務改善をして少ない人数で質の高い仕事を出来るようにする努力をして、社員一丸となって利益を生む努力をする」
この実現を目指すと、行き着く形はアングロサクソン(欧米)のジョブ型雇用と日本型の終身雇用(家族的経営)がうまい具合に混ざりあった状態だと思います。
それぞれの仕事でプロを育成するには、まずそれぞれの仕事を可視化して、定義しなければならないでしょう。(=ジョブ型の考えを取り入れる)
そういった状態で、日本的な「育てる」考え方も導入して、長期的に雇用するには、即戦力でなくともそれぞれの仕事でプロになれる「卵」にはなっているレベルの人を雇う必要があると思います。
(採用時にそれなりにハードルをあげないと、アングロサクソン型のように成果が出ないからといって切ることもできず、うまく活躍してもらうこともできず、という状態になってしまいますから。)
そう考えると、ニコさんがコメントで触れられている、信越化学工業が厳選して採用している、ということは非常に合点がいきます。
ジョブ型雇用と日本型雇用のいいとこ取りは本当に理想だと思います。
しかし、徹底的に合理的に経営する欧米や中国と渡り合いながら、日本全体でそれを実現していく具体的な手段がなかなか思いつきません。
今後の日本が、どんな産業で、どう勝負していくのか。そしてそのためにどんな人材がどれだけ求められるのか。まずは国の戦略がが定まってこないと、難しいのかなと思います。
国全体として効率を上げる働き方をして、労働単価を上げ、労働時間を減らしましょう、という政策をしっかりと打ち出すべきだし、まずは役所の非効率から解消したほうがいいですね。取捨選択をしっかりしないと、理想の大和流を確立はできないです。
シン
信越化学の学校推薦は受験票だとも言われており難しいと言ってたのは本当みたいですね。
この考えが採用に浸透すると、優秀な人以外は新卒で詰みそうですね。
学生が社会に出たら教えてもらおう、という甘えがなくなり、大学で真面目に勉強するようになっていいんじゃないでしょうか?
シン
超天才、永守社長もリストラはしない方針だと言っていましたね。
ソニーにしろ松下電器にしろ、伸びている時はどこもリストラをやらなかったのですが、企業がダメになるとリストラを始めるようになり、リストラのソニーだとかパナソニックだとか言われるようになっています。東芝もそうなりました。
経営者は優秀でなかったら、本業に注力し、余計なことに手を出さない方がいいですね。老舗と言われる企業はどこもそうです。
日本は老舗企業の数が世界一だそうで、そのほとんどが中小企業です。
永守流は働き方には問題ありですが、経営者レベルはともかく一般社員のリストラはしないんですよね。日本企業で成長したいなら、リストラはしてはダメっていうことでしょう。
シン
大和流という非常に刺さる言葉で締めて頂き、ありがたく思います。
wikiの記事はさらっとしたものですし、ましてや金川さんに至っては記事すらないという状況なので、私も最近まではニッチャーがうまいことやっているんだな位の認識でした。(ITバブルの頃、光ファイバーのプリフォームで儲けていたイメージが強いんで。)こうやって記事にならなければ、まともに考察する機会すらなかたのではと思います。
こちらこそ勉強になりました。ウェルチだ、ジョブズだ、とアングロサクソン流名経営者を学んでも日本人には合わないことが多いんだから、同じ日本人の名経営者から学ぶほうが理にかなっていると思います。金川さんはいいお手本です。
シン
大手化学メーカーは研究、開発型の会社が多いので旧帝大以上で優秀な人でないとなかなか入社が難しいと聞いてます。
機械メーカーなので聞いた話ですが化学系専攻で化学メーカーは難しいので塗装工程の品質管理や生産技術をしてるよって言ってた人がいます。
塗装は製造やってるならたいていあります。
マーチ理系でなかなか化学を活かせる仕事がないと嘆いていた知り合いは地元の化学の公務員になってました。
何が言いたいかは、信越化学が例外ではなく化学メーカーって入社のハードルは高いです。ただし、全く活かせられないわけではないです。
妻が化学メーカーの事務職をしていましたが、入社が難しかったかはよくわかりません。技術系では確かに旧帝大や国立大の比率が高かったようですが、理系自体が国公立の比率が高いこともあり、そんなものだろうという気もします。
化学メーカーって、IT、小売、金融といった他の業界に比べたらホワイト企業の比率が高いという話を聞いたことがあります。まあ、ほとんどがBtoBですし、流行を負い続ける必要もないため、ストレスが少ないのかもしれません。
本編とはズレるのですが
元々知識として持っていた部分もあると思いますが、リクエストを受けてから記事にするために詳細に調べたことだと思います。どこで情報収集されてるのですか?
記事のタイプによっても違いますし得手不得手もありますので一概には決まっていませんが、ネットでざっくりと情報を入れて頭の中で反芻させながらあれこれ考察して自分なりの意見をまとめることが多いです。かなり知っていることなら、ほとんど調査せずに書きます。(単に事実誤認がないか?の確認はします。)そして、それにしたがって書き出しながら、もう少しネットで調べて試行錯誤することが多いです。企業記事なら有価証券報告書が一番の資料です。単に事実関係だけ書くなら、無料のウィキでも読んでいればいい話で、お金を払ってくれる人は私なりの意見、考察を読みたいのだと思います。だから、そこをどれだけ充実させられるかが記事の質になるのだろうと思います。
浅学の私は最初からある程度知っていないといいものはかけません。この記事、信越に関することは私は元々知っていて、株主であったこともあるので、そこそこ自信があり、依頼者さんにも喜んでいただけましたが、リクエスト記事でも明らかに質の低い記事もあり、申し訳ない気持ちになることもあります。
シン
大和流に同意します。やはり自分たちに合ったやり方がしっくりきて勝ちやすいと思います。もちろん大和流が苦手という人も当然一定割合は存在するはずなので、どっちが良い悪いではなく好きに選択できるような社会になればと思います。海外に行っても良いですし、いろいろ経験してやっぱり大和流に戻るというのもありだと思います。
時期的にノーベル賞関係の記事を読んでいたところ、大隅先生の逸話が載っていました。若い研究者時代は金はそんなにないけれど安定した環境で時間たっぷり研究に打ち込むことができたようです。おそらく他の日本人受賞者も似たようなものだったでしょうし、最近よくある短い任期でのポストでは十分な基礎研究は難しく、現実として日本の基礎研究の弱体化が進んでいるようです。安定した雇用環境で長く基礎研究をさせてほしいと願う若手研究者は多いと思いますし、大半の日本人の気質に合っていると思います。それに日本人は不安遺伝子の影響を強く受ける人が多いそうですし。
企業においても研究職や技術職などの専門職は終身雇用でかつインセンティブも増やしつつ(一旦増やして下げられないとなると企業経営を圧迫するので、徳川吉宗時代の足高の制のような形を上手く採用しつつ)、事務職はそれ相応の雇用として無駄な費用を削るような柔軟な人事体系にできれば良いのになとは思います。