じゃあ、ムスタファケマル

オスマン帝国が沈むトルコに現れた英雄を取り上げて欲しいとのリクエストがあり、記事にしたいと思います。

軍人

トルコの英雄、ムスタファケマルは元々軍人であり、軍の影響力を背景に政治の舞台に躍り出た人です。この当時、この手段で頭角を表す人は珍しくなく、ごく最近までリビア、カザフィー氏が政権の座にありましたが、彼もこのルートにより政権掌握しています。やはり、軍とは暴力であり、暴力とは良くも悪くも大きな影響力があります。

ムスタファケマルも若い頃に軍の中で人望を集め、階級以上の影響力を持つようになりす。前述のガサフィー氏は「大佐」という別称があったのは将官になる前、三十路になる前に国のトップに立ったからです。日本でも、石原莞爾、辻政信、という所は佐官の頃から影響力を持ってましたし、志半ばで倒れる永田鉄山も同じです。

世の中が戦争を中心に動いている時代は軍人の影響力は強いものですし、第二次世界大戦前はそこら中で戦争があり、戦後も暫くはそこらで独立戦争、紛争が連発しており、そうなると自然と軍人が力を持ちますね。よく戦争に関わるアメリカでも軍人の力は強く、元国務長官、パウエル氏は湾岸戦争の英雄だったりします。

伊土戦争、バルカン戦争、第一次世界大戦、と戦場を潜り抜けたムスタファケマルが大きな存在になるのは当然といえば、当然ですし、オスマン帝国が凋落する中で、カリフ、王家の他に拠り所を民衆が求めるのは当たり前だと言えます。もはや、王家主導の復興を信じなくなる、ということです。

脱イスラム

オスマン帝国の凋落は産業革命による西欧の圧倒的な進歩についていけず、国力が桁違いになってしまったからであり、イスラムの教えを中心とした国造りは時代遅れになったからだと言えるでしょう。それをムスタファケマルは見抜いて、必要のない習慣はスパッと止めることから始めます。

まず、憲法改正になるんですが、イスラム法って、古典的な神秘主義的手法でルールを決めているので、近代化の阻害になります。例えば、利子の否定とかしたら、お金が回りませんし、宗教者の政治介入は好ましくなく、政教分離を進めていく必要があります。未だに出来てないイスラム国家は少なくないので、ムスタファケマルの先見性は素晴らしいものです。

その上で、教育改革を行い、実体に合ってなかったトルコ語のアラビア文字表記を止め、アルファベットの導入をし、宗教教育を中心とした教育機関を制限して、西洋化を進めています。こうして、日本における明治維新に該当する革命を起こしているわけです。言うのは簡単ですが、これは本当に難しいことですし、よくやり遂げたものだと思います。

引き際

未だにムスタファケマルが英雄として崇められているのは引き際が素晴らしく、トルコ改革の為に一党独裁、大統領として絶大な力を集中させましたが、その限界を理解して、個人崇拝を止めさせ、将来的な多党制への移行を考えていたそうですから極めて綺麗な引き際です。

実子がいなかったこともありますが、後継に近親者を指名することもなく、軍からイスメトを指名して、そのイスメトもムスタファケマルの方針をよく引き継ぎ、無難な政権運営をしながら、多党制への移行をしています。第二次世界大戦のゴタゴタでも、中立保って戦火を避けることができました。

最晩年、自分で後継者と定めたイスメトと揉めて、元銀行家のバヤルを後継者指名して、若干の混乱を生じさせてしまったのはご愛嬌ですが、イスメト、バヤルが上手く和解して大きな混乱にならなかったのは幸いでしたね。非軍人のバヤルがトップに立ったことで、影響力低下を懸念する軍のクーデターが起こってしまいますが、割とすんなり民政化してますし、混乱は少なかったと言えるでしょう。

 まとめ

トルコがイスラム国家では異例なくらい世俗的な国なのはオスマン帝国時代から多民族、他宗教に寛容だったことが下地にあるでしょうが、ムスタファケマルの改革が大きな要因だとも思います。今でも、トルコ人は親しみやすく温厚な人が多く、親日家ですよ。

とはいえ、西欧でトルコ人は厄介者扱いされており、数の多いドイツでは面倒な奴らだと思われてますが、イスラムである以上、完全に同化はなかなかしないんだろうと思います。ドイツ以外でも似たような感じですね。歓迎されているのはサッカーくらいだと思います。

ともかく、オスマン帝国の飛躍、凋落、ムスタファケマルの改革で今のトルコがあるわけで、何かしらの形でトルコ、トルコ人と関わりのある人はムスタファケマルを抑えておかないと、彼らのことをよく知ることは出来ないのか?と思います。

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ニコ
3 years ago

オスマン帝国からのムスタファケマルさんの流れのリクエストに応えていただきありがとうございます。
未だに、イスラム教の国で政教分離ができておらず、近代化ができていないことでを根に持ったりしている連中や国が多いなか明治維新並の改革をやった政治家だと思います。
軍事、外交、政策全てにおいて実績を残した政治家はこの人しかいないでしょう。条約をひっくり返して西欧諸国から有利な条件を引き出すのは個人ではなかなかできないです。

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でら
3 years ago

ムスタファケマルの功績は確かに偉大ですが、明治維新並みのことをやったは言い過ぎです。
せいぜいタイのラーマ5世、イランのレザー・パフレヴィーと肩を並べる程度だと思います。

20世紀以降のトルコの国力はタイやイランと同程度であり、21世紀の現代の発展度合も同じようなものですし。

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ニコ
Reply to  でら
3 years ago

でらさん
明治維新って奇跡的な近代化なのかもしれません。
19世紀に清朝の洋務運動、オスマン帝国、東南アジアも明治維新を真似した改革をしようとしましたが失敗して列強の圧迫に耐えられなかったですね。
なにが違いなんでしょうかね?

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でら
Reply to  ニコ
3 years ago

明治維新の成果は日本が列強になったこと、そしてトルコ、イラン、タイの改革の成果は独立を維持したという違いです。
ラーマ5世、レザー・パフレヴィーの功績もwikiでよいので調べてみてください。彼らの改革もなかなかのものです。
まあ、パフレヴィーの場合は急激に西欧化しすぎたため、後でイラン革命という反動を招いてしまいましたけど。

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ニコ
Reply to  シン
3 years ago

中国人に明治維新を研究する学者がうるくらい明治維新って中国でも知られているのですか?

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