じゃあ、社畜って?

社畜という言葉が一般化してきてきますが、これってどういうことなんでしょうか? 私の社畜のイメージを書いていこうと思います。

定義

私は社畜を組織に過度に依存し、その組織でしか生きられなくなって、飼いならされてしまった人のことを社畜と定義します。会社経営、フリーランスをしていて、生きること、仕事をすることが同じことであったり、損得度外視で仕事に取り組んでいる人もいますが、ほとんどのサラリーマンやっている人は生活のために仕事をしているわけで、お金さえもらえれば、仕事なんてなんだっていいはずです。単なる社会の歯車が必要以上のことなんてする必要はないです。

国外に目を向けると、社畜なんて存在しないし、組織に愛着を持っていても、滅私奉公する人なんてまずいません。例外的に韓国人は上の命令に対して、身を削るような働き方をする人が珍しくないですが、世界的に見れば、本当に珍しいです。少なくとも私はシンガポールでは見たことないですし、アメリカでも、欧州でも見たことないです。日系企業ですら、死ぬほど働いているのは駐在員、日本人現地採用くらいのもので、ローカルにそんなことを求めても、呆れられて、人がいなくなるか、訴えられます。

社畜は家畜から転用されて単語になっているので、株主という資本家たちに飼いならされ、時間を売っぱらって、お金をもらい、安全だと思い込んでいる草食動物だということでしょうか?家畜は最終的に出荷されるのと同様に、いくら飼い主を慕っていても、ほとんどの家畜は売られてしまうんです。優秀だと認められると、種馬のように牧場に残れるのかもしれませんが、サラリーマン役員として、経営者になるのと同じことなんでしょう。

思考停止

人間って、思考停止を望んでいる側面があり、何も考えなくとも、それらしくなっていくことに心地よさを感じることがあります。だから、建売り、マンション、均一化された家に住み、みんなと同じように学校に通い、偏差値を追いかけ、偏差値で進路を決め、就職先を知名度、規模で選び、内定をくれた会社に就職して、勝手に決められた配属先で上司の言われた通りに、同僚と同じことをひたすら続けて、組織の中で評価されて、出世する、という人生を安定していると感じて、生きている人もたくさんいます。特に高度経済成長期と共に人生を過ごした、団塊、ポスト団塊、その子供達はそれを正義として生きてきました。

ホリエモンがやたら叩かれるのって、彼のように自由に発言し、本音をぶつけてきて、当たり前とされていることに疑問を投げかけてくる人って、社畜的思考の人からすると、恐怖なんですよ。私はホリエモンがいつも正しいとも思わないし、賛同できることもあるし、賛同できないこともあります。彼も全然完璧じゃなくて、既得権益にブタ箱に放り込まれているし、宇宙詐欺に引っかかったり、間抜けな面もいっぱいある人だと思っていて、思うことをあれくらい自由にいうのは立派だと思うし、あれくらいはっきりいいたいことをいうのは誰でもできることではないと思っています。

社会に入ると、大学生の頃に思っていた、社会に出てすぐぐらいにに感じていた、自分の頭で考える、という原理原則が正しいのか?、と疑問に感じるし、思考停止させて、社畜やっていた方が、トータルで旨みを得られるのではないか?、というのもあながち間違いではないと思います。ある一定の既得権益の末端に所属して、思考停止させて、社畜に徹していれば、中途半端に自分の頭で考えているより、旨みが多いでしょう。上司の言うことさえ聞いていれば、お金がもらえるし、昇給するし、社会から信用が得られるし、その小さな利権に女の子が食いついてきて、女の子と遊ぶことができるかもしれません。

個の力

新しいブログになって、ずっと言い続けていますが、私は個の力を磨かないと、AIに駆逐されるんじゃないか?、と思っています。指示が降ったことを早く正確にこなすだけなら、CPUに人間が太刀打ちできるわけもなく、指示を与える側になるなり、CPUにはできない技術なり、CPUの管理、メンテナンスをする側に回らないと、市場価値がなくなってしまう、のではないだろうか?、と思っています。特に事務仕事はAIと相性がいいので、総務部、管理部はシステム部に飲み込まれて、システム導入、管理、運営をするエンジニアが務める部署になるのではないかと思います。

自分が勤める会社からリストラ食らったり、会社が潰れたり、パワハラ上司を持ってしまったりした時にきちんと対処するのは世間じゃなくて、自分なので、個の力を持ってないと、対処できません。自分の身に降りかかる火の粉を払えないなら、個の力などないに等しく、日々、牙を磨いておかないと、いざ、戦うべき時に戦えるだけの資金、体力、知力、精神力がなく、資本家の食い物にされてしまいます。だから、日々の努力が大事だし、きちんと戦略を持って、意味のある努力が必要です。

まずは大学で売り手市場のスキルを身につけて、会社を選べる立場となって、自分にとってプラスになる就職先を選び、社内でしか通用しないスキルを最低限しか学ばず、市場価値の高い汎用性のあるスキルを身につけて、それを磨いていけば、その会社が気に入らなければ、自分のスキルを売る相手を変えて、転職するなり、フリーランスになればいいだけです。メジャーリーガーみたいに、契約次第でどこにでも行けばいいんですよ。

まとめ

日本企業、社会の閉鎖性、社畜文化が嫌でしかないので、シンガポールに行って、日系企業勤務なり、ジャパンデスクをやっている、とか意味のわからない人がいますが、それは場所が変わっただけで、やっていることは全く同じ、それどころか、待遇が悪くなっているってことに気がついた方がいいです。場所を変えることなんかに意味はないのです。お金をもらう方法を変えなければなりません。

日本と関係ないことで、自分のスキルを売って、お金に変えられるようになったら、売り先は日本人に限定する必要はないので、高く買ってくれる人に売ります、というところまで行くのが個の力であって、日本で高く買ってくれる人がいるなら、それでいいし、高く買ってくれるっていうのはこちらの条件を飲ませることができるわけで、自分の嫌いなやり方を拒否する自由もあるということです。

そんなに簡単なことではないですが、そこを目指して、努力をして行くのが個の力なんだと思います。意識高い系(笑)のように手段が目的になってしまわないように、足元から固めていかないと、目的に到達しません。MBAだ、起業だ、NGOだ、とか、聞こえのいいことを追いかけても、限られた時間、大切なお金をしゃぶられるだけで、なんの成果にもなりません。手段が目的になっていると、やった時点で満足してしまうからです。

まずは早寝早起き、適度にワークアウト、身綺麗にして、きちんと性欲を処理して、元気よく挨拶、自分から声をかける、とか、お金なんて全然かからない努力の仕方がいくらでもあるのに、こういうこともしないのに、それっぽいことだけしていて、結果が伴うわけないです。個の力って、自分の名前をお金にするっていうことでもあるので、信用を勝ちと取るには綺麗事でなく、毎日の小さな積み重ねだと思います。

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

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