じゃあ、太平天国の乱

リクエスト記事で太平天国の乱について書きたいと思います。

洪秀全

太平天国の教祖は洪秀全、と言ってローアーミドルに生まれて、科挙に合格して官僚になることを夢見て勉強してきた人です。田舎の秀才、というところで、図抜けた存在ではないが、ある程度の学力を持っていたので、家族の支援で受験勉強を続けられたのでしょう。

古今東西、同じパターンになりますが、この手の人が目的の試験に合格できないと、気が狂ってきます。洪秀全は三度目の失敗で精魂尽きて寝込んでしまいます。日本の大学入試でも二浪が限界で、それ以上は単なる消耗戦になる、と言いますが、人間の気力が続くのは三年までなのでしょう。

そこで、洪秀全は寝込んで熱にうなされる中、神の啓示を受けた、と幻覚を見ます。現実に耐えられなくなり、精神世界に入り込んでしまった、と考えるのが一般的な見方だと思います。しかし、洪秀全は科挙に固執して、さらに6年後にも受験して失敗します。医学部浪人みたいになってますねw

キリスト教

洪秀全がハマったのは西洋からもたらされたキリスト教です。科挙とは中国の古典思想、文学の丸暗記なので、コンプを完全にこじらせて、激しい嫌悪になったのだろうと思います。キリスト教は神のもとに全ての人は平等である、と考えるため、序列主義になりがちな、孔子の儒教思想へのアンチテーゼとして丁度良かったのでしょう。

他の新興宗教、運動も同じですが、完全に新しい教義、思想を構築するのはかなりの手間暇がかかり、並の人間に出来ることではありません。マルクスも気が狂うほど取り組んで資本論を書き上げてますし、チュチェ思想も一線級の思想学者が生涯の仕事として取り組んだ作り上げたそうです。そうなると、他からプラットホームをパクって来ることを選択するわけです。

某新興宗教は古今東西、生存中の人物すら憑依させて有難いお言葉を発するらしいですし、オウム真理教も仏教界のカリスマ、ダライ・ラマ氏も利用しようとして近づいてます。シールズも団塊世代が作り上げた左翼の一派ですしかありません。多かれ少なかれ有名であったり、権威を持っている何かを乗っ取ってしまうことが楽なんでしょう。

興廃

清朝末期って、完全に混乱期で名君亡き後に入り込んで来た西洋勢に中国は食い物にされ、誰もが不安を感じているため、その心の隙間に徐々に入り込んで大きな運動になっていきます。その為、活動地域は南部の広州などの西洋化が進んで来た地域であり、西洋への興味、反発が入り混じった感情に突き刺さったのでしょう。

首都を南京に定めたのも偶然ではなく、西洋諸国が拠点とする上海、香港までは迫らないし、清の本拠地である北京と対になる場所が好ましいからです。その後の日本軍が支援したのも南京政府ですし、中国において南京という立地は中央、西洋のちょうど空白地帯になるのでしょう。

陳勝、呉広の乱もそうですが、何かしらの着地点を持って起こった反乱ではなく、学歴コンプのおっさんが世の中への怒りをぶつけただけの反乱ですから、内部崩壊したところに、清が危機に対して復活の兆しを見せ、西洋勢の支援を受けると、見る影もなく萎んで行きます。

まとめ

コンプ、怒り、というエネルギーは大きいのですが、それだけで突っ走っても、その先は見えています。だから、どんな運動を起こすにしても、理念を体系的にしっかりと用意して、着地点を見据えた上で動くべきなのだな、と思いました。そうでないと、プラットホームの乗っ取りから、カルト集団になりかねません。

政治運動にしても、大阪維新が一定の成果を上げられたのは理念が明文化され、着地点が定まっていたからです。瓦解したのは国への圧力を加える為に大阪が定まる前に国政に手を広げてしまったこと、最終決戦の住民投票で負けてしまったことです。本当に理念を共有できる仲間だけで、初志貫徹できたら、結果は違ったのかもしれません。

政治家になることを検討している温利としても、運動とは前段階の理念の明文化、着地点をあらかじめ設定しておくことが大事なのだ、と言うことを改めて思いました。現状への不満をぶちまけて、怒りをぶつけて大きくなっても、内部崩壊するんですよね。

3+

投稿者: シン

思いついたことを記事にして、コメントをもらって、議論するのが楽しくてブログをやっています。

「じゃあ、太平天国の乱」への8件のフィードバック

  1. リクエストありがとうございました。
    歴史に名を残す大反乱ですが、結局コンプ丸出しのオッサンが暴れ回っただけになってしまいましたね。
    オウム真理教のテロも似たような匂いを感じるような印象です。
    ただし、太平天国も10年近く粘ったのは凄いです。

    まだ、陳勝・呉広の乱は遅刻で死刑なので致し方なしだと思いますけど、太平天国はテロですね。

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    1. こちらこそありがとうございます。

      単なる怒りから始まった陳勝、呉広の乱よりも、キリスト教のプラットホームを土着化している太平天国の乱は強固だったということでしょう。時代とマッチしていたし、思想的には熟成されています。

      シン

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  2. 新興宗教、新宗教の歴史を調べると、分派またそこからの分派ばかりで本当に、他からプラットホームをパクって来たものばかりですね。

    大阪維新が一定の成果を上げられたのは理念が明文化され、着地点が定まっていたからです。瓦解したのは国への圧力を加える為に大阪が定まる前に国政に手を広げてしまったこと、最終決戦の住民投票で負けてしまったことです。本当に理念を共有できる仲間だけで、初志貫徹できたら、結果は違ったのかもしれません。

    絶頂期のころの大阪維新の会を応援していた私としては、太陽の党と合併するということから違和感を持ち本当に残念な気持ちになりました。また、思っていた通りになりました。

    2+
    1. まったくです。数を増やすだけの為に理念の違う人、単に議員になりたいだけの人を中に入れると不祥事、内輪揉めで内部から瓦解します。

      シン

      1+
  3. 蒼穹の昴にも書いてありましたが、科挙に合格するってのは大変なんだなと思いましたね。
    明の時代の唐寅のように科挙に落ちても気もちを切り替えて生きていけばいいのになと思いますが、学歴コンプあらは抜け出せないのでしょうね。
    学歴ではなく、勉強や芸術が好きだというならいいのでは?と思いますね。

    0
  4. 気になっていた太平天国について、
    記事にして頂きありがとうございます。

    たまに挫折した人に対して
    「コンプレックスを糧に頑張って巻き返せ」
    と檄を飛ばす人がいますけれど、
    洪秀全はそれを最も過激な形で
    実行した例だと言えそうです。

    人間の資質には自ずと限界がある、
    と言うのを理解した上で、資質に見合った
    努力をすることが大切なのかと思います。
    高みを目指すことではなく、低空安定飛行を維持する努力、
    と言いましょうか。

    決起前の洪秀全も、極端に生活に困っていたり、
    支配者に追われていた訳ではなく、
    私塾の教師をしながら生計を立てていたので、
    そこで満足していれば、田舎のインテリとして
    それなりに充実した人生を送れていたでしょう。

    それがコンプレックスをこじらせたせいで、
    カルト宗教を興して凄惨な内戦を引き起こし、
    自身も非業の死を遂げる羽目になりました。

    尤も、良くも悪くも歴史に名を残せたので、
    本人は満足なのかも知れませんが。

    1+
  5. 明を滅ぼした李自成も着地点を見つけられずに瓦解しましたね。
    そこを満州民族の清に叩かれましたね。

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  6. 宗教運動に合理性を持ち込むのはどうかと思いますがね

    私の意見ですが、人間の心の中には何らかの宗教的な”スイッチ”があって、それが入ると、当人は”本当に”神様の声を聞いたり掲示を受けたり
    するんでしょう。
    利害や損得の次元から外れてしまうから恐ろしいんでしょう
    シンさんも政治家になられたら宗教にご注意ください

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