じゃあ、一日の使い方

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。2023年初記事は、1日の使い方についてです。去年、日記を書き始めましたが、やはり1日1日が大事だと再認識しています。時間は有限であり、失った時間は取り戻すことはできません。

睡眠

私は睡眠を大事にしています。大事にしているというか、寝ることが好きであり、寝ないとやる気が起こらないです。何かしらの事情で睡眠時間を削らなければならないことはありますが、日常的に睡眠時間を削ってまで何かをすることはありません。

ショートスリーパー、という体質的に短時間の睡眠で全く健康的生活が送れる人もいるのでしょうが、多くの人にとって、睡眠時間を削れば、健康は失われていくでしょう。最終的には寿命を短くするだろうと思います。これに深酒まで加わっている人は早死の可能性が高くなるだろうと思いますね。

若い時に、何かを決意して睡眠時間を削って取り組むことは良いと思いますが、それはずっと継続できるようなことではないと思います。寝ない自慢話なんかは、典型的な子供が好む馬鹿話であり、いいおっさん、おばさん、はよく寝た方が良いと思いますけどね。

維持

食事、入浴、掃除、洗濯、日用品の買い物などは、外注化可能ですが、私は身の回りのことは自分ですべきであり、生活のリズムを作るために必要だと思っているので、外注したことはありません。ただ、本当に忙しい時、しんどい時は外注化した方が良いと思います。

一昔前の男性は、自分のことすら自分でできず、母親、妻に任せきり、という人も多かったようですが、褒められたことではないでしょう。身の回りの世話など、誰でもできることであり、やるか、やらないか、だけの話です。誰かに依存しながら生活することはないでしょう。

そういう意味では、私が外注化をしたくないのは、自分のペースに他人が入ってくることが嫌だからだとも言えるでしょう。妻、子供ですらペースを乱されるのが嫌なのに、赤の他人に自分の生活のリズムを崩される方が、楽になるメリットを上回っていると感じます。

快楽

よほど何か特別なものを持っている人以外は、余暇のために生活しているのだと思います。仕事が終わったら何しよう、次の休みはどこに行こう、などと考えていることでしょう。少なくとも私は余暇を削ってまで取り組むような仕事など持っていません。

私は、モノより経験だと思っているので、高価なモノ、ブランド品なんかは、興味がないです。必要だから買うだけであり、それが高級なのか、低級なのか、は判断材料ではないです。逆に経験に関しては、しょうもないことでもやったことないことはやってみたいですね。その経験によって失われるものがあまりに大きすぎないならやってみるのも一興です。

快楽とは昨日より今日、今日より明日、が何かしらの成長の跡が見られることだろうと思います。高級品を手にすることで、手軽に得られる優越感で快楽を得ても、残るのは虚しさじゃないかと思いますね。こうしたもののために、経験を犠牲にするのはお勧めしません。

仕事

全てを犠牲にして仕事ができる人は幸福な人だと思います。ただ、サラリーマンするために大きな犠牲を払うのはどうかと思います。結局は他人の持ち物ですし、信じ込んでいても、後ろからぶった斬られる可能性はいくらでもあるからです。

起業家、自営業者、芸術家、研究者など、仕事が余暇であり、快楽であり、人生の意義だというならともかく、A社のB長だとかいうつまらない肩書きのために、大きな犠牲を払っても、それに見合うようなリターンを得られる可能性はほぼゼロです。年収1億円もらってようやく、FYMを作れるくらいですから、夢のよう話ですね。そして、お金だけで満足感を得るのは難しいです。

前々から言っていますが、仕事が人生そのものだというのではないなら、良いキリをつけて仕事を減らしていく方が良いと思いますね。ほとんどの場合、30代半ばにもなれば、先頭集団から脱落してしまうわけです。だったら、中団で走ろうが、後方で走ろうが、さほどの差はないと感じます。

また、仕事は人生ではないので早めのリタイアも良いと思います。60まで、70までと働くのも自由ですが、働かない自由もあります。仕事一色の生活なんて、私は嫌ですし、徐々に減らしていこうと思っています。フルリタイアではなく、セミリタイアに移行していき、もっと1日の時間を増やしたいですね。

まとめ

1日は皆平等に24時間であり、その使い方は自由です。だからこそ、時間の使い方が上手な人もいれば、下手な人もいます。私は使い方が下手だったと思います。日記を書いてみると、それを痛感しますね。だから、今日と言う日を大事にしながら、何をするのか、何をしたいのか、を意識しながら生活していこうと思います。2023年が終わった時に、充実していたな、と言う記事が書けれるように、日々意識して行きます。

皆さんの2023年が素晴らしいものでありますように!

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The Lone Wolf
1 year ago

正直申しまして、新年早々手厳しいですね…。過去数十のタイトルの中で最も救いのない話の1つかもしれません。
まず対象を絞ります。「起業家、自営業者、芸術家、研究者など、仕事が余暇であり、快楽であり、人生の意義だというならともかく」なので、これらを除外し、対象をフツーの労働者にします。
で、結論から言うと、結局、時給と年間労働時間とは負の相関関係にある場合があります。例えば張り付けた画像は、国別の一人当たりGDPと年間労働時間の分布を表現したものですけど、明らかに負の相関にあります(挙げられてる国で線形回帰すると、y = -0.00653x + 2070)。この2つに因果関係があって、それに専門家間で理由の意見が統一されているのかは、私は知りません。ただ、短絡的ながら単純に1つ理由を考えるなら、こんな感じでしょうか。「原油など輸入材の価格は基本的に世界同一のはずで、その同じ価格のものを買うために、低い1人あたりGDPの国・地域の人、いわば安月給の人はより長時間働かざるを得ない。」
 
さてそういう前提で各々意見を書きますと、
睡眠>大事にしているというか、寝ることが好きであり、寝ないとやる気が起こらないです。何かしらの事情で睡眠時間を削らなければならないことはありますが、日常的に睡眠時間を削ってまで何かをすることはありません。・・・それはそうですが、安月給の人は寝る時間を削って長時間働かないと、パンが買えません。飢え死にします。
外注>食事、入浴、掃除、洗濯、日用品の買い物などは、外注化可能ですが、私は身の回りのことは自分ですべきであり、生活のリズムを作るために必要だと思っているので、外注したことはありません。ただ、本当に忙しい時、しんどい時は外注化した方が良いと思います。・・・睡眠が少ない場合など、外注を検討すべきしんどい時が常時になりかねません。
余暇>よほど何か特別なものを持っている人以外は、余暇のために生活しているのだと思います。仕事が終わったら何しよう、次の休みはどこに行こう、などと考えていることでしょう。少なくとも私は余暇を削ってまで取り組むような仕事など持っていません。・・・それはそうですが、安月給の場合、楽しい余暇を不可能とするボトルネックが、余暇に使える金と労働時間の長さになります。
仕事>仕事は人生ではないので早めのリタイアも良いと思います。60まで、70までと働くのも自由ですが、働かない自由もあります。仕事一色の生活なんて、私は嫌ですし、徐々に減らしていこうと思っています。フルリタイアではなく、セミリタイアに移行していき、もっと1日の時間を増やしたいですね。・・・それができれば、安月給の人はそんなくだらない仕事を今すぐ辞めてます。
 
間違いなくこれらは、人生の幸せに直結する内容と思われます。しかし結局、これら問題の根源は、安い時給の人が突然何かしらのスキルでも身に付け同じ会社(あるいは他社)に評価され、高い時給の仕事、かつ、短時間労働が実現できるようになることが極めて困難、と思います。極端な例を挙げるなら、今から一から学校に入りなおして、飛行機のパイロットや弁護士になれ、というのはほぼ不可能というものです。しかも短時間労働になる保証がありません。
とはいえ、職務内容によっては多少の改善の余地はあります。例えば、何かしら資格でも取ることを考えられている方は、修得後にその2点が本当に実現できるのか、と再度分析するのがいいのかもしれません。Excelでマクロ組んだり、Pythonで自動化処理をやりたがるなんて、手間の省力化の最たる例ですよね。

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The Lone Wolf
Reply to  シン
1 year ago

>添付で時給が高いとされるシンガポールですが、確かに労働時間は短く、報酬が多いとは思いますが、人生を豊かに過ごしているとは思いません。多くのシンガポール人は入れば入っただけ使う上、その使い方が短絡的かつ享楽的で、人生に深みを与えるようなことに使わないからです。

この話をするとまた長文を要するので、私は本当はここで書きたくないのですが、なるべく端的に書きます。これは二律背反というか、囚人のジレンマです。外部に輸出できる産品を持たない地域で、地域全体の人間が低収入方向を目指すならその地域の経済が崩壊する可能性があります。
シンガポールの人間のお金の使途を知りませんが、どのみち消費活動が小さい、つまり需要が小さいと、今度はそれに応える仕事が増えません。仕事がなければ、失業率とか給与上昇が望めません。そういうのを不景気と言います。また、所得税を考えれば、税収増加も見込めません。それから中央銀行が金利低下をおこなったりして、緩和的な政策を取ったなら、今度はインフレの可能性が付きまといます。
例外としては、地域外の自然人・法人がその地域の物・サービスを買うことで地域経済が高く維持されるという場合があります。日本の良い例は、北海道の猿払村(ど田舎の村なのに日本の中では平均所得が高く、ホタテで有名)がありますが、その猿払村はパンデミックでホタテの輸出が減って同村の平均所得が大幅に下がったようです。

話がややこしくなるのでmicrostate(シンガポールやリヒテンシュタインなど)を除外した、ある程度の大きさを持った国・地域のマクロ経済の話をします。middle income trap(中進国の罠)と言う概念がありますが、これの回避策は、誰でもできるような単純労働から高付加価値を物・サービスにつけることです。国・地域が、そういうイノベーションを起こせる人間を増やすよう、良い待遇を出す政策を出すことは必須と思われます。それが、高給で短時間労働と、長期的なマクロ経済の持続可能性の維持、との両立に思います。最初に救いがないと書きましたが、それの理由はこれです。結局この両者の実現とは、子供が、まともな国・地域に生まれて、親がある程度以上金持ちに生まれて、まともな教育を受けさせられ、大学進学に有利な中学・高校に通い、社会的に需要のある第3教育(tertiary education)を受けて、それで労働者になって運よく高給と短時間労働を実現できて…と言うことに尽きます。今から大人がこれをやるのは明らかに不可能です。

>そもそも勝手に「普通」だと定義していることを見直さないとお金が貯まることなんてないし、有意義に使うこともできない
支出停止も限りがあります。そりゃ依存症でなければギャンブル辞めるなどなら簡単に実行可能ですが、不可逆性のある支出があります。最もわかりやすい例は育児でしょうか。多数の人間が結婚から育児を行うべきかについて、徹底的に定量的に分析した結果、まず全ての人間が「子供が欲しくなければ、結婚なんかするのは無駄」と言う結論に至っているようです。それだけこれらにお金がかかるわけです。結婚に関しては離婚という手段があっても、長年専業主婦(主夫)など別居別生計の実現が難しい家庭があります。もっと酷いのは育児放棄で、これは保護責任者遺棄致死罪(日本だと刑法218条)に当たります。ですが、昔話では間引きがあるし、ルーマニアのシャウシェスク政権では子供を親が捨ててストリートチルドレンの大量発生と孤児院への押し付けが生じました。育児はそれだけ金がかかる上に、育児停止には極端な行動に出る必要があります。これは一度開始したら取り消せない支出があることを物語っていると思います。
すると、結局は低所得者は労働時間を増やしてなんとか所得を稼ぐ手段に出るしかありません。

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nobunobu
Reply to  シン
1 year ago

まったくその通りだと思います。
成人式が近いですが、私が成人式の時はスーツ持ってなく、参加しませんでした。
何とかひねり出せば数万円のスーツくらい買えたと思いますが、あんなの行っても市長かなんかのくだらないご託宣聞いて、当時はフォークソングかなんか聞いて終わりでしょう。
行かなくて正解だったと今でも思います。
特に女の人は、なんであんなものに数十万円もする振袖作ったり借りたりしてまで参加する必要があるんですか。
スーツでもいいじゃないですか、みんな振袖着てスーツが恥ずかしいなら、参加しなけりゃいいと思いますよ。
その分毎月の生活費を数万円でも上乗せしたほうがよっぽどいいじゃないかと思いますよ

そのほうがよっぽど大人だと思うし、参加しても参加しなくてもまったく変わりないでしょうと思いますよ。

娘は振袖に数十万かけて成人式に行きましたが、会場前で中学の時の友達に会って近くの喫茶店でだべり会場には入らなかったそうです。
それくらいのもんだと思います。
そんなもんに数十万円の出費をする必要などさらさらないと思います。

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かりりん
1 year ago

シンさん あけましておめでとうございます。
本年も多種多様な記事を期待しています。

ぬるりと生きる ブログももう何年になるのでしょうか?
継続は力なりといいますが、最近は読者も増えて、様々な視点からのコメントを見ていけるのも
楽しみです。

自分も今年の目標を定めているので、実行できるよう頑張りたいと思います。

本年もよろしくお願いいたします。

2+
dw
1 year ago

挨拶が遅くなってしまいました。
あけましておめでとうございます。今年もこのブログの記事とコメントを日課として楽しみにしています。

2023年の目標はいろいろありますが、日々、細かいことでもいいので新しいことにチャレンジするような年であるようにしたいと思っています。記憶に残るようなことをたくさんやりたいです。

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