じゃあ、色んな稼ぎ方


引越し後、初の記事は稼ぎ方について再考したいと思います。ファッキューマネーの記事に書いたように、サラリーマンとして他人と競い合うって、凄くバカバカしいことだと思っていますが、組織の一員として、決まった額の報酬を得るのって、安心するものです。

  • サラリーマン

ぬるりと生きる、で勧めてきたのは何か技術を身につけた上で、組織の中で報酬を得ることです。市場価値を意識して動けば、社畜にならずに済むし、大きなリスクを取らなくとも、安定した生活を得られます。雇用の流動性が高い社会では組織内でも、フリーランス的に動くことが求められ、常に市場価値を意識することになりますが、日本ではまだまだ転職を常に意識している人は少ないです。

売るものが単純作業だと、替わりはいくらでもいる作業者として扱われるし、その組織でしか通用しないスキルだったりすると、組織にしがみつく社畜となります。日本の労働環境だと、一度正社員となれば、犯罪でもしなきゃ、無能でも解雇されない代わりに雇用の流動性がないので、転職も簡単にはできないので、労働者なのに経営者目線の社畜が誕生します。

社畜が作業者を見下す構図は滑稽で、資本家が大喜びする搾取システムの完成となります。これって、日本独特の構造で、欧米、どちらでも、作業者の組合は強く、守られますが、事務職、技術職員なんかは組合に入ることができず、契約が全てなので、社畜として、組織に尽くす意味がありません。

  • フリーランス

技術屋が組織を脱したのがフリーランスであり、鳴りかしらの技術なり、サービスなりを個人の裁量で提供し、期間なり、仕事なりで区切った契約を他者と結ぶことになります。 これは一定の固定客さえいれば、安定はするし、サラリーマンよりも自由があり、仕事を断る自由もあり、上司もいません。

芸能人、プロスポーツ選手などは巨額の報酬を得られますが、本当に特殊なことをしないと、リスクは高く、報酬はしれたもので、ハイリスク、ローリターンになります。雇用の調整弁として景気が悪くなると、切り捨てられる外注として扱われる可能性が高いです。

派遣社員も本来は不安定な雇用の代わりに高額な時給で雇われる技術者、フリーランスを想定していたのですが、小泉政権で単純労働で解禁され、単なる非正規雇用になってしまいました。強すぎる正社員の権利を守りつつ、雇用を増やそうとすると、この形しかなかったわけです。

  • 起業

資本を投入して、そこからフロー収入を得ることが起業であり、その形態はさまざまです。自分で組織を作らなくとも、他人の組織に資本投入をする株式投資もありますし、土地、国に資本投入する不動産投資もあります。フリーランスもある一定の規模を超えると、個人事務所を設立して、自分の城を持つことになります。

これは非常に難しく、いろんな投資があれど、10年持つのは1割以下、と言われます。気軽に起業を勧める人はいい加減な人、詐欺師であり、信用しないほうがいいです。世に多くいるコンサル稼業の人間ほど怪しい人たちはいないです。そんなに上手くできるなら、あなたがやればいいので、他人のお金でやらなくてもいいでしょう?

起業は破産覚悟で、飛び込むものであり、成功者は何度か死線をくぐり抜け、成功まで漕ぎ着けているわけで、一歩間違えば、破産している可能性も高いのですが、成功者は自身を神格化したがるもので、それを言いたがりません。

  • 新しい生き方

最近、ゆるいフリーランスだとか、起業が増えました。なんか、社会起業家、とか言って気取る意識高い系のひとが多そうで、今まで食わず嫌いだったんですけど、ありじゃないかな?、と思っています。

サラリーマン向きでない人が退屈とストレスに耐えながら、会社で時間を売って、資本家からお金を貰い、そのお金を資本家に貢ぐくらいなら、もっとぬるりとした生き方してもいいんじゃないか、と思います。

地方に行って、お金持っている高齢者の手伝いをして、お金をもらったり、ネットでブログ書いて、広告料もらったり、イベントやって、テラ銭もらったり、生きて行く程度の稼ぎなら、どうとでもなる気がします。

それで家族を持つのは大変なんでしょうけど、似たような志向のパートナーを選び、子供に余計なお金さえかけなきゃ、どうとでも生きられると思います。塾代を稼ぐために残業したり、パートに出るなら、一緒に宿題したり、遊びに行く時間を作ったほうが教育上、いいのではないか?、と思います。

すでに人類は必ずしも働く必要がない時代に突入していて、ベーシックインカムが検討段階に入り、スイスでは実際に住民投票が行われました。(結果は否決されましたけど。)だったら、楽しくもないのにサラリーマンを続けて、ストレスで胃を荒らしながら、生活する意味ってなんだろうか?、と思います。

  • まとめ

ぬるりと生きる、と言いながら、本筋にあった記事が減り、議論したくもないようなことについてのコメントに煽られるように、反論記事を書き、それが更につまらないコメントを増やす、と言う悪循環になっていたので、引っ越しを機に修正します。

競争したい人は存分にしてもらったらいいけど、私は競争がしたくないし、勝ち抜く能力もないですし、勝ち抜いて、称賛されることに魅力も感じません。自分の絶対価値を信じ、自分がいいと思うことをできるだけ素直にできる環境を作るための試行錯誤がこのブログで、原点に戻ってやっていきたいです。