じゃあ、残された時間

人生もある時点を過ぎると、残された時間を意識すると思います。

青春

若い時は若さが死ぬまで続くような錯覚をして無敵感に溢れているからこそ、青春とはかけがえのないものであり、人生の中で最も価値のある時間だと言っても良いのかもしれません。

極みを目指す若者ならともかく、凡人は時間に追われるように過ごすことはしないません。気が向くまま無為に過ごして若さを浪費していくものです。少なくとも私はそうでした。

後になってみれば、この時期にしか得られないものは本当に多いですし、若さの無駄遣いをしたことを後悔するものですが、取り返せるものではありません。

もはや、青春を使い果たしてしまった私からすると、若者が青春をどう使うのかは自由ですが、よく自分の頭で考えて価値あるものに使って欲しいと思います。誰も責任をとってくれはません。

中年

三十も半ばを過ぎて、中年になってくると世間知が身についてくるので、無為なことに振り回されることは少なくなりますが、もう時間切れ、ということになります。

後の人生は今までに身につけたことをベースにして残された時間を有意義なものにしようと必死になるわけですが、必死になっても時すでに遅しです。

タイムスリップ物語は焼き回された手法ですが、一定のおもしろさが確保されているのは、中年になると誰もが夢を見る展開だからでしょう。あり得ないから面白いのです。

人生の時間が100年前より伸びたとは言え、四十にして立つ、がギリギリであり、何かを成し得るギリギリのラインが四十歳ということでしょう。ここを意識すると、もはや時間がないことに焦りますね。

老年

還暦に近くなると、もはや積み上げた有形無形の財産しか支えがなくなります。もはや、新しいことをするはほぼ不可能です。趣味ですら今までの流れなしに始められません。

そして、若さがかけがえのない財産で有り、その財産を自分が生かすことができなかったことを悔やむのみです。成功した人ですら、そんな気持ちが少しはあるでしょう。

死が目の前に来て、刻々と迫る終わりにどう向き合うのか、それが「土壇場」ということであり、もはや、いつ死んでもおかしくない状況でこそ、真価が問われるわけです。

老境とはどんなものなのか、わかりませんが、見苦しく生にしがみつきたくはないな、とは思います。それも今までの人生の過ごし方になるなだろうと思います。

まとめ

何をするにも一定の成果が欲しければ、最低3年くらいはいるんです。欲を言えば、10年やれば、何かしらにはなっていると思います。

無為に時間を使えば、何も得ることができないし、関連のないことを摘み食いしていれば、いつまでも素人です。若者が素人でも許されますが、中年が素人なら相手にされません。

日本が伸び盛りの頃なら素人のオッサン、オバサンでもなんとかなったのかもしれません。今後の日本では、そんな人たちはどうなるのでしょうか?社会保障が崩壊するのは目に見えてませんか?

今日という日をこれに使って良いのだろうか?と考えることが増えました。メインの時間だけでなく、隙間時間も有効に使いたいです。無理は効かないので、よく考えて時間を使おうと思います。

やるだけやってダメならともかく、斜に構えて何もしない、現状維持で十分、と考えることを放棄して、地獄に叩きつけられたら悔やんでも悔やみきれません。

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