じゃあ、辛い仕事

辛い仕事って何でしょうか?

不毛

私は絶対に市役所職員になりたくないのですが、待遇はそれなりであってもやっていることが不毛だからです。IT社会を無視するかのように紙媒体に固執して些細なミスを指摘してやり直しをさせているような不毛なことは辛いです。

自分のやっていることが何かしらの形で世間に役に立っているという実感がないことをするのは辛いです。IT化が進めば、一切やらなくて良い仕事を税金を使ってやっているんですよ。そして、前向きな提案は前例主義のよって踏み潰されるので黙っているしかありません。

市役所でなくとも日本企業の社内官僚も同じだと思うんですが、やらなくても良いどころか、いないほうが全体にとってプラスになる仕事を続ける気持ちってどういうものなんだろうか?と思います。

何のために生まれて、何をしていて生きるのか、答えられないなんて、そんなのは嫌だ。

アンパンマンになんと答えるつもりですか?IT時代に紙に埋もれて、些細な誤字脱字、文法間違いを延々と指摘して、されて、やり直しを要求して税金なり、利益を食いつぶしている社会の寄生虫をするために生まれて、生きていると答えるのでしょうか?

キツイ言い方をしましたが、IT革命により情報伝達速度が極めて早くなり、状況が刻々と変化するようになったのに、所属組織が自分の定年まで持っているという前提を安易に信じ込んでいるのが情弱なんですよ。

もっと言えば、年功序列、終身雇用というシステムが作用したのは歴史的にほんのわずかな期間しかなく、残りの期間は世の中を揺るがすような事件が定期的に起こってきたわけです。今現在、すでに不穏なのに過去の習慣が長期間継続すると信じ込んむのは現実逃避です。

不安

いつなくなってもおかしくない仕事、いつ解雇になってもおかしくない仕事を続けるのは本当に辛いです。アメリカ人がそんなに長時間労働をしていなくても仕事でストレスを抱えるのは契約がすべてで、規定の違約金でいつでも解雇される、という不安と戦っているからでしょう。

少し前の大金持ちのマスク氏が12年仕えてきたアシスタントが昇給を頼んだら解雇したって言うニュースを見ましたけど、アメリカだとそれがありえるんですよ。ボスの気に障ったら即解雇を喰らうし、黙っていても自動的に昇給が勝ち取れるほど甘い世界ではないです。

日本人が案外仕事上のストレスに強いのはそう簡単に解雇されない、という保証があるからなのかもしれません。犯罪、あまりにも酷い規則違反でもしなければ解雇できないのは公務員でない、一般サラリーマンでも同じです。

その分、ねちっこい嫌がらせはありますが、それも録音、録画を簡単に出来る時代になったので嫌がらせに対して適度に警告しながらゴネていれば、その職場にしがみつくことは可能です。大企業勤務なら部署を異動すれば白紙に戻ります。

だから、年功序列、終身雇用は悪いものでもなく上手く機能するなら素晴らしい制度だと思います。実際、高度経済成長期には大きな成果を上げました。単に現状に合わなくなったので維持できないだけです。

その意味で定年ゴールが目の前に見えているなら、明らかに無価値な仕事を片目をつぶってやり過ごしつつ、現実的に出来ることを副業なり、低リスク投資なりで確保しつつ動いていくのは現実路線だと思います。20代、30代でそれを望んでもかなり困難なので、リスクを取って踏み出すべきかもしれません。

進歩

人間にとって進歩は喜びであり、どんなに怠惰な人でも何かしらの進歩がないと辛くなります。厚顔無恥、意志薄弱、傍若無人の私ですらそう思います。本当に小さなことでいいので、昨日より今日、今日より明日が進歩していないと辛くなってきます。

成長期を過ぎた企業がどんよりした空気になりやすいのはこのためだし、非営利団体がねちっこい人間関係になりやすいのは組織にいる人間が連帯して利益を出すという目標に向かっていないので何の進歩も感じないからでしょう。

日本で「仕事がつまらない!」という人が多いのは当たり前で、ほとんどの企業が停滞しているので、やりがいを見出せないからでしょう。そうなってくると組織内での権力争い、安っぽいプライドを満たすためのつまらない社内政治が過激化してくるものです。

成長企業であれ社内政治はあるのですが、それは単なる熾烈な生き残りをかけたサバイバルゲームであって、成長しない企業のように些細なミスを誘発させるようなねちっこい仕掛けをしてライバルを落とす闘争ではないです。

日本に限らず、過去の歴史を見ても国が滅びる前は経済、文化の発展が止まってどんよりとした雰囲気になります。そして、官僚のねちっこい政治闘争が最重要課題になって政策がまともに機能しなくなり、他国に侵略される糸口を与えていることがほとんどです。

まとめ

私はすごいことは出来なくてもいいので、上記みたいなことはしたくないです。ほんの少しでいいので社会に貢献するような何かをしたいし、他人に感謝されることがあることをしたいです。食うために、そんなキレイごとを言っていられない一面もありますが、それは自分の精神にこびりついた贅肉のせいなのでは?という気もします。

40歳越えて人生のターニングポイントを越えているならともかく、若い人が組織にしがみつくことを前提としたような人生設計していると悲しくなりますね。そういう人が組織に裏切られた時は精神崩壊するだろうと思います。まあ、私には関係ないので、好きにしてもらえばいいですが、ありふれたことを言うと、人生は楽しんだものが勝者です。

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