じゃあ、役人根性

日本を巣食う病として役人根性が挙げられます。誰も責任を取らないし、効率、精度を無視して前例に拘ります。全く意味のないことには異常にこだわるのに、極めて重要なことは記録は残ってません。また、他人のすることに文句ばかりつけて、対案を出さない人ばかりになり、何の議論にもなりません。結果、何も産まない無駄な時間だけが必要になります。

官>民

私が知る限りで官が民より偉そうにしている国はありません。民主主義の国では政治家が全てを決めてしまうので、ろくに権限のない存在ですし、独裁国家では政治家、役人は同じです。

日本では若者の夢が公務員であり、政治家でも、官僚ですらありません。それが、使命感を負う国防なら理解できますが、たかが小役人になる為にお金を払い、予備校に通っている不思議な国です。

小役人になったら、役人根性丸出しで、何の意味もない些細なルールにこだわり、ルールだというお題目を声だかに叫び、延々とやり直しをさせることにやりがいを持つ、カス人間になることが夢だという国です。

全く人材の流動性がないので、あれこれ理由をつけて仕事を受け付けない人間が評価され、仕事をしているフリをする人間が出世する組織です。そして、民間企業にも社内官僚がいて、同じようにしていますね。

本筋と関係ない雑用をすること、文句を言うことがエリートだと考え、現場で汗をかいたり、前に進む為にリスクをとったり、恥をかくことをカッコ悪いとすら考えるようになったら、もう新しいものはうまれません。

ルール

日本人って、良くも悪くもルールを守ります。コロナでは単に政府が自粛しろ、というだけで、一定の効果を出したのは凄い民度だと思います。その一方で、上から命令されると自分の頭で考えることをやめてしまいます。

コロナ自粛みたいに一定の効果を期待できるときにルールを守ることは良いと思いますよ。でも、そのルールにまったく合理性がない場合でも、責任回避のためにルール遵守を突き通そうとします。

ルールとは最大成果を上げるために作られるべきですが、日本では責任回避の為に無駄に細かく設定されます。そんなのどうでも良いだろう?と言いたくなることをルールだから、と遵守を求め出します。

逆にルールさえ守っていれば、合理性のないことも通ってしまいますので、全く統一感のない意思決定が延々と繰り返され、課題の先送りをしていきます。その場凌ぎで、前例に沿って進めてしまうんですね。

自粛警察って、この役人根性だな、と思いますし、自粛警察行為で逮捕されたのが小役人だったのは、そうだろうなぁ、と思います。普段から自分勝手な正義感を振りかざして市民に高圧的に接していたんでしょう。

記録

日本人の書類好きって、どこから来ているんでしょうね?単に情報が伝達されれば良いことを紙媒体にしたがるし、判子に異常にこだわるし、ファックスが当たり前に使われています。

その癖、議事録も残ってない会議を普通にしますし、あれも、これも、何の記録も残ってません、ということが本当に多いです。これも責任回避の為なんでしょう。重要な決定すら誰が出席し、どのような議論をし、誰がどういう決定をした、とすら記録しません。

結果、何の根拠にもならない無駄な書類がハードコピーで残り、過去の記録を追うだけでも膨大な時間が必要になり、有耶無耶になってしまいます。そうすると、きちんも記録を取っている方に食い物にされてしまいます。

アングロサクソンが世界制覇をしたのは合理的なルールを設定し、記録を時系列にして残し、重要な案件を論理的に自己の利益を主張出来るノウハウがあることだと言っても良いでしょう。

意外なんですが、アングロサクソンはルール好き、記録好きは融通がききます。誰も損しない、不正の可能性がない場合はそんなのはどうでも良いとして、流してしまいます。アメリカ人は特にそうですね。

まとめ

いつから日本は役人根性が蔓延る国になったのでしょうか?高橋是清の自伝を読むと、筋の通らない決定に反発して何度も役人をやめては戻ってきているくらい緩い国だったみたいです。理があれば、割と意見が通ったとも書いてます。

今の日本は全く理の通らないルールが幅を利かせているのに、血税を投入するという重要な決定には議事録も残ってないし、有耶無耶に発注業者が決まって、丸投げしていても全く問題ありません。

芸能人の不倫だとか、は真剣になって追いかけるのに、巨額の血税が特定企業に注入される合理的理由を誰もが言わないし、問い質そうともしません。もう、日本の何に希望を持って良いのかわからなくなりますね。

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